はい終わった(藤丸)。
私は、マシュと一緒にカルデア内を散策していた。人理の修復のため、色んな人に協力して貰っているここは、今や少しずつサーヴァントが増えていって、数多くの英霊が中を歩いている。
こうして散歩しているだけでも、色々な人たちとすれ違うのだ。今もまた、前から歩いて来る大きな影が目に入る。
「おお、マスター。マシュ。元気か?」
「元気です!」
「こんにちは、イスカンダルさん」
「うむ。散歩か?」
「はい。次の特異点への出撃まで、まだ時間がありますから」
……にしても、イスカンダルさんのその「大戦略」っていうTシャツは一体、何なんだろうか……。もう筋肉で張られてピッチピチになっちゃってんじゃん……。
気になってる私の横で、マシュが聞いた。
「イスカンダルさんはどちらへ?」
「余はレクリエーションルームよ! 佐々木とクー・フーリンとアストルフォとゲームの約束があってな!」
そういえば、田中さんの影響で色んな人がゲームにハマっているらしい。週一で田中さんのマイルームに集まって、モンハンだとかスマブラだとかア○ビ大全だとかやっているんだったっけ。
特に、ア○ビ大全は大好評で私も混ぜてもらったことがある。
……そういえば、田中さんのこと最近、見ないな……。何してるんだろう?
「ちなみにどんなゲームを?」
「今日はマリカーとの事だ! あのレースの中での戦略というのも中々、悪くないものよ!」
「イスカンダルさん、ライダークラスですし、車のゲームは得意そうですもんね」
「何を言っている、マシュ! 余に苦手なゲームなどない!」
なるほど、なんでも出来る、と。まぁ確かになんでも出来そうではあるかな。この人、イアソンとの決戦の時も、ヘクトールと良い勝負してたし。
「ではな、マスター!」
「あ、はい。また!」
「失礼します」
イスカンダルさんとお別れして、そのまま散歩に戻る。
「マシュもゲームとかやるの?」
「いえ、私はあまり……でも、先輩とでしたら、何かやってみたいです」
「じゃあ……モンハンで協力プレイでもする?」
「是非お願いします!」
マシュ、でも下手くそそうだなぁ……。ガンランスでもオススメしておけば大丈夫だと思うけど……。
そんな事を思いながら歩いていると、また前から見覚えのある顔が歩いてきた。
「あ、立香ちゃん! マシュ!」
「お、アストルフォ!」
「こんにちは」
女の私から見ても可愛過ぎに見える、田中さんが天使と信仰するのも頷ける天使、アストルフォきゅんだった。これが男の子なんて信じられない。
「何してるの?」
「散歩だよ」
「じゃあ僕も行きたい! マスターいないからやる事なくてつまんないんだー」
アストルフォと一緒にいるわけでもないんだ。ホントあの人、何処で何してるんだろう……。
少し不思議に思っていると、隣のマシュが恐る恐る、といった感じでアストルフォに聞いた。
「あの……というか、アストルフォさんはこれからイスカンダルさん達とゲームの予定では……?」
「あ、そう言えばそうだった!」
ヤバイやばい、と言うようにアストルフォは声を漏らした。相変わらず、呑気というかアホというか……その上、サーヴァントの中では決して強い方ではない。
でも、田中さんは上手いことアストルフォの能力を活用して戦ってるんだよなぁ……。私も見習わないと。
「じゃ、またね!」
「うん。またね」
アストルフォが急足で移動して行ったのを見ながら、私とマシュも移動する。
しばらく、またカルデア内をのんびり歩いていると、何やらビシッ、バシィッという甲高い音が耳に響く。竹刀同士の打ち合いの音だ。
あれ、でもこの辺にシュミレーター室は無かったと思うんだけど……。
「何の音でしょう、先輩?」
「さぁ……ん?」
ふと横の壁を見ると、薄っすらと亀裂が入っているのが見えた。まさか、隠し扉だろうか? こんなのここにあったっけ?
開けてみることにして、適当に亀裂の隙間に指を差し込み、横に引っ張るが……固くて、動かない。
「わ、私もお手伝いします!」
「お願い!」
マシュと組んで、2人がかりで扉を動かそうとするが、それでも動かない。ただの傷なのかな……と、思いながらも、何処からか開けられないか探していると、ボタンを発見した。押すと、真上に扉が動いた。
「あ、そういう……」
ここから音が聞こえているのは間違いないようで、竹刀の打ち合いの音が一層、大きく聞こえた。
何かな? と思って、二人で中にはいると、奥は剣道場になっていた。竹刀を持って打ち合っているのは、セイバーオルタさんと田中さんだった。
「田中先輩……?」
マシュが隣から驚いたような声を漏らす。というか、私も実際、驚いてる。あの人、何をしてるのかと思ったら、特訓していたのか。
こちらのリアクションに対し反応しない辺り、おそらく本気で特訓しているのだろう。
「オオオオラアアアアアッッ‼︎」
「遅い」
「このっ、そらァッ‼︎」
「甘い」
「喰らえッ!」
「鈍い」
正直言って、セイバーオルタさんには全然、勝てていない。田中さんの素人剣術は、平然とあしらわられているように見えた。
しかし、必死に向かっていくその表情を見ては、実力差など関係なく賞賛する気になってしまった。
以前、私が付き合っていたごっこ遊びのような特訓とは天と地ほどの差がある、少なからず私はそう思った。
私もマシュも、普段の彼の痴態も忘れて、ただただ見入ってしまっている。それは、審判の代わりのように立っているエミヤさんの表情からも読み取れた。一体、この人に何があったのだろうか? ここまで人が変わってしまうような事が、前の特異点であっただろうか?
その答えは、すぐに本人の怒号から漏れて来た。
「くたばれ斎藤一ェエエエエッッ‼︎」
「えっ」
「えっ」
……き、聞き違い、かな……?
「死ね斎藤一! 座に帰れ斎藤一! 砕け散れ斎藤一ええええ!」
聞き違いじゃないね! え、なんで? なんでこうなる? てか、なんで誰も止めないの?
「そうだ、マスター。人を憎め、他人を恨め、その先に強さがある!」
むしろ煽ってやがった! なんて人なんだ、セイバーオルタさん!
私だけでなく、隣のマシュも完全にドン引きしていると、私の後ろから声を掛けられた。
「どう思う? 藤丸ちゃん、マシュ」
「ひゃっ……て、さ、斎藤さん?」
「僕、こんなに早く他人に嫌われたの初めてなんだけど……」
こ、この人ずっとここにいたのかな……?
「だ、だいじょうぶ? その……」
「大丈夫だよ。僕ってば、生き残ることに関しては誰よりも優れてるからね。それだけ多く敵は作ってきたから」
さ、流石、英霊……嫌われるくらい、どうって事ないって事なのかな?
その隣で、マシュが恐る恐る尋ねた。
「な、何があったんですか? どうやったら、田中さんがこんなに人を嫌いに……」
「あー……まぁ、察しはついてるんだけどね?」
あ、ついてるの? でも、どんな理由だろう。斎藤さん、結構緩い人だし、今までの厳しい人達とは違うから仲良く出来そうなのに……。
と、思っていると、扉がまた開かれた。現れたのは、沖田さんだった。
「あ、斎藤さーん! こんな所にいましたか!」
「やぁ、沖田ちゃん」
「甘いもの食べに行きましょう? ほら、早く!」
「良いよ……」
「ああああああ手が滑ったあああああ」
「「「「ふおおおおおおお⁉︎」」」」
直後、道場の方から竹刀がブロロロロッとフル回転しながら飛んで来る。反射的に四人揃ってしゃがんで回避する。
頭上を竹刀が通り過ぎ、後方からズガンッという音。後ろを見ると、壁に竹刀が突き刺さっていた。
「何するんですかマスター!」
「あーいや、沖田ちゃんがキレると……」
「うるせええええ! 死ねバーカバーカ! ブアアアアアアカッッ‼︎」
「はああああ⁉︎」
ていうかどんだけ馬鹿力出してんの……? 怒りは人を強くするなぁ……にしても、なんで怒ってんのあの人……?
「なんですかいきなり! 喧嘩売ってるんですか⁉︎」
「うるせー! 死んでしまえ、アバダケダブラ!」
「なっ……い、いきなりなんですか!」
「沖田ちゃん、落ち着いて」
「止めるのは向こうでしょう!」
「もう止まってるから」
「え? ……あっ」
あ、ほんとだ。セイバーオルタさんに後頭部引っ叩かれてダウンしてる。
「まったく……ふんっ、マスターのバカ」
「まぁまぁ。甘味ならご馳走してあげるから、落ち着いて」
「本当ですか⁉︎ 行きましょう!」
あっさりと食べ物に釣られた沖田さんは放っておいて……田中さん、微動だにしないけど大丈夫かな……? いや、まぁ自業自得な気もするわけだけど。
一応、様子を見に行った。
「田中先輩、大丈夫ですか?」
「生きてる?」
「生きているに決まっているだろう。竹刀で殴って加減までしてやった」
「でも、動かないんですけど……」
セイバーオルタさんはそう言うけど、この人普通に喧嘩弱いからなぁ……。沖田さんに何度挑んでも負けてるし。
少し心配になったので、しゃがんで蹲っている顔を見ると、真下に水溜りが出来ていた。
「え、泣いてる⁉︎」
「痛みで涙を流すとは……我がマスターながら情けない」
「そんなに痛かったんですか? エミヤさん、湿布を……」
「いや、必要ないだろう」
エミヤさんがそう言う通り、田中さんは身体を起こす。その表情は、いつもの下衆な顔でも、戦略がハマった時のドヤ顔でも、クー・フーリンさんやエミヤさん達とバカやってゲラゲラ笑ってる時の顔でもなく、力無くしょげている顔だ。
「自分で自分が情けない……」
「急にどうしたの?」
「斎藤と沖田がムカつく……何も悪いことされてないのに……そんな自分がムカつく……」
「……」
あ、自覚はあったんだ。ていうか……これってさ……。
チラリ、とこの中で一番、その手の話に理解がありそうなエミヤさんを見た。
すると、エミヤさんはコクリと無言で頷く。なるほどなるほど……つまり、やっぱり、要するに……。
「リア充爆発しろ」
「だよな! あのクソリア充どもマジ爆破すりゃ良いのにな! 令呪でも使ってやろうか⁉︎」
「するのは田中さんの方だよ」
「え、なんで……?」
説明なんてしないよ、バカバカしい。
「ていうか、エミヤさん止めなよ。この人、バカだから本当に斎藤さん殺しちゃうかもよ」
「それはないだろう。どんな理由があれ、鍛錬にやる気を出してくれたのなら良い事だ」
「いやそうだけど……」
まぁ……斎藤さんに対する信頼だとでも思っておけば良いのかな?
これはー……私にもマシュにも出来ることはないかな。あるとすれば、沖田さんに少し話しておくことか……。
「マスター、それはつまり嫉妬という奴か?」
「なわけねえだろ貧乳! 何も知らねえくせに口挟むんじゃねえよ舗装道路!」
セイバーオルタさんにアッパーを喰らい、天井に減り込む田中さんを眺めながらしみじみと思ったと同時に、緊急の呼び出しが発令された。
×××
場所はいつもの場所。新たな特異点が発生した為、集められた次第だ。魔神柱やソロモン王の話を聞きながら、今後の予定が決まる。
次の特異点は十九世紀のロンドン。イギリスの時計塔がある有名な街だ。そして、産業革命が起こった頃の話。車や電車が使えるだけでもありがたいという物だ。
話はまとまり、ドクターが全員に声をかける。
「さて、早速レイシフト……と言いたい所だが、今回からはレイシフトする人数を減らそうと思う」
「なんで?」
「単純な話だよ。魔力が不足してしまうからだ。現在、カルデアには数多くのサーヴァントがいるけど、それらを全てレイシフトさせるのは流石に魔力が枯渇しちゃうし、リスキーと言わざるを得ない」
確かに、一人で指揮を取るにも限界があるからね。田中さんは問題ないだろうけど、私は前回のオケアノスで大分、いっぱいいっぱいだった。
「それに、霧の都となれば尚更だからね。逸れたりなんてしたら大変だ」
「そこで、君達マスターには連れて行くサーヴァントの選抜をお願いしたい」
ドクターに続いてそう言ったのは、ダヴィンチちゃんだった。選抜、選抜かぁ……。なんだか、偉そうな真似をしているみたいで少し気が引けるなぁ。
「連れて行けるのは……そうだな。四騎まで。藤丸ちゃんの場合はマシュを除いて三騎まで。慎重に選ぶ事。良いね?」
私のサーヴァントはマシュ以外だと、ジャンヌオルタ、小次郎、リップ、イスカンダルさん、頼光さん。この中から三人かぁ……。
霧の街、か。厄介なのは、敵にアサシンがいた時。ならばこちらもアサシンを連れて行ったほうが良いと思って、まずは小次郎。後は戦力差を覆せる力を持ったイスカンダルさん、あと一人は……そうだな。新しい人だし、頼光さんかなぁ……うん、決まり。
早速、声をかけに行こうっと。……そう言えば、田中さんはずっと黙っていたけれど、誰にするんだろう?
〜10分後〜
レイシフトのメンバーが集ったのだが……この人、正気?
沖田さんにセイバーオルタさんに、エミヤさん……そして、斎藤さん。え、何この修羅場パーティ……エミヤさんも斎藤さんも少し気まずそうじゃん……。
一番、嫌な予感がしたのか、斎藤さんは引き攣った笑みのまま自身のマスターに尋ねる。
「ま、マスターちゃん? なんで僕も?」
「ん? いやだって霧の都だよ? 上手くやれば逸れて斎藤さんだけ孤立させられて、後ろから刺さるでしょ?」
「それ本人に言うか……?」
「ちょっとマスター、斎藤さんに何かするようであれば私が斬りますからね」
「やってみろクソビッチが」
「だ、だれがビッチですか! この童貞!」
「ああ⁉︎」
沖田さんは斎藤さんに甘味をご馳走されたばかりだからか、微妙に釣られかけていることもあってか、作戦前から揉め始めていた。
一方で、セイバーオルタさんは完全に「我関せず」を貫いているし、エミヤさんも「もう知らん」みたいな空気をビンビンに放っている。これは……私がしっかりしないといけないパターンかな……。
「と、とにかく! 今回も、一人も減ることはないように! 良いね?」
強引にドクターがまとめると、私達は一気に青白い穴に吸い込まれ、レイシフトされていった。
×××
レイシフトには慣れてきたが、レイシフト後の不思議な感覚にはいつまで経っても慣れなかった。
目の前にあったカルデアス等の風景から一転し、時代も文化も何もかもが違う地に降り立つことになるのだから。
それでも、7つある特異点の中では、今回が一番現代に近いはず……なのに、私の視界に広がっているのは、今までで一番、現実味のない世界だった。
「え……」
「すごいですね……視界が阻害されるほどの霧です……」
マシュがそう呟くのも頷ける程、濃度の高いからだった。もはや煙の中心にいるような感覚だ。
そんな中、私の前に誰かが立ち塞がり、腕を握られる感触。
「ひゃっ……?」
「落ち着いて下さい、マスター。母が手を握っていますので、逸れないようお願いします」
「あ、ありがとう。頼光さん……」
頼もしいなぁ……。母とか何とか言われた時は少し困惑したけど、こういう時は頼もしい事、この上ない。
そんな中、セイバーオルタさんの声が聞こえる。
「というより、この霧はまずいな」
「どうした? セイバー」
「うむ、まずい。異常なほどの魔力を感じる。濃すぎるなんてものではない。マスター、体の方は無事か?」
「平気だよ」
エミヤさんの質問に同意し、私を気にかけてくれるのはイスカンダルさん。
『多分、マシュと同化した英霊の耐毒や神秘性などのスキルが藤丸さんにも身についたんだと思うよ』
「なるほど……私がお役に立てたのならよかったです、先輩」
「うん、ありがとう。マシュ」
とにかく、お互いの位置も把握できない時に奇襲でも受けたら溜まった物じゃない。指示を出さないと。
「小次郎、マシュ。周囲警戒して。近くの建物を探して中に入ろう」
「分かりました」
「了解した」
「じゃあ、僕が安全そうな道を選ぶよ」
斎藤さんのそういう所は頼もしい。生き残ることに関しては百戦錬磨の強者さんはとてもありがたい。
「じゃ、ついておいで」
斎藤さんの指示で、全員移動を始めた。途中、機械の敵やホムンクルスと出会したが、私達の戦略の前では負ける要素がない。そのまま強引に突破している時だった。
「……ところで、マスター」
「何? 小次郎」
「もう一人のマスター殿は無事なのか?」
「え?」
言われて、そういえばさっきから一言も話をしていないことを思い出す。そう言えば、確かに静か過ぎるような……と思って辺りを見回すと、どうにも人影が足りない気がする。
……なんか、嫌な予感がするよ?
「み、みんなストップ!」
慌てて動きを止める。
「突然だけど、点呼を取ります!」
それを言ってから、全員の名前を呼ぶ。
「マシュ!」
「はい!」
「小次郎!」
「うむ」
「イスカンダルさん!」
「おう!」
「頼光さん!」
「はい」
「エミヤさん!」
「うむ」
「セイバーオルタさん!」
「もぐもぐ」
「斎藤さん!」
「はいはい」
「沖田さん!」
「(欠席)」
「田中さん!」
「(欠席)」
「「「……」」」
……そうだね、マシュのマスターは私だけだもんね……。耐毒スキルなんて、普通の人は持ってないよね……。それどころか、沖田さんは病弱持ちだったらしいね……。
「田中さんと逸れたああああ⁉︎」
「さ、探せー!」
「いや待て! この霧の中で単独で動くのは危険だ!」
「どうすんの⁉︎ どうすんの⁉︎」
「み、皆さん落ち着きなさい!」
『話の途中だけど、ホムンクルスだ!』
「あああああ!」
控えめに言って、大ピンチだった。
×××
一方、その頃。
「……」
「……」
「……置いて、行かれた……」
「……喋らないで下さい、マスター。深く吸い込めば命に関わります……」
「……もう関わってるわ……ていうか、ここどこ……?」
「……もう何処でも良い、です……」
「……」
「……」
「……沖田さん……」
「……なんですか?」
「……今まで、ごめんね……?」
「……こちらこそ……」
「ねえ、お姉さん達」
「「?」」
「かいたい、するよ?」
「「……」」