ジパング×艦これ外伝 ~あの日を忘れない~   作:秩父快急

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災害派遣

 

 3月13日 0630

 

 宮城県仙台沖合で待機していた護衛艦みらいと護衛艦いかづち。ようやく津波注意報が解除され、短挺による捜索が開始された。そして、米軍も災害派遣要請を受けて宮城県沖合に空母艦隊が集結していた。海上自衛隊も舞鶴から派遣された護衛艦いせを使い陸上自衛隊や各県警、消防、海保の後方支援および被災者の収容に当たっていた。護衛艦みらいには現在救助された人が10名。休息と食事を取った人から順次、護衛艦いせへSH-60Jを使い輸送している。

 

 「ーこちら海鳥。現在のところ要救助者発見できず。」

 と、CICに無線が入る。地震発生からまもなく72時間。これ以上の長丁場は生存率が急激に低下する。その為、各自衛隊等、救助部隊は急いでいた。

 

 同時刻 宮城県 東北自動車道

 

 亀裂が走り段差が激しい高速道路を87式偵察車を先頭にした朝霞からの災害派遣部隊が走行していた。その様子はNHKニュースの中継でも報道され、護衛艦みらい艦内のCICでも確認できた。

 

 「梅津艦長。…あのときと違って、陸自との合同作戦が出来ませんね。」

 と、角松が残念そうに呟く。阪神淡路大震災の時は梅津の機転で陸上自衛隊の普通科連隊と合同で救助活動をしていた。だが、当時の自衛隊の災害派遣では陸海空各部隊が合同で作戦を遂行することは禁じられていた。だが、梅津はそれをごまかしつつ…。救助技術の専門である陸上自衛隊の指揮下で海上自衛隊の部隊を動かし、多くの人命を救ったのだ。勿論、市ケ谷から減俸処分を受けたが…。梅津は後悔はしていなかった。後に梅津らの判断が正当だと国会で議論になり、災害派遣時の自衛隊法が一部改正された。今回、市ケ谷の防衛省から海上自衛隊に下った指令は「陸上自衛隊等各、救助機関の後方支援に当たれ」と言うことだ。そこでイージス護衛艦みらいは、自前の機動力と情報収集能力及び艦積機の運用能力を活かして、護衛艦いせ や 輸送艦 おおすみ 等への中継拠点として活躍することになった。それと同時平行で沿岸部での短挺による被災者捜索をすることとなった。

 

 「うっ…。」

 地震発生から3日経つも依然、瓦礫だらけの沿岸部。消防、海保のボートと共に捜索活動をする。その中で、みらいの短挺が遭難者の遺体を見つけたのだ。消防と共に短挺に引き上げる。長時間水に浸かってふやけているが…。見たところ、まだ幼い子供の御遺体だ。至るところにこのような遺体が浮かび、それをカモメやカラスがつついている。瓦礫をよけ、そうした御遺体をひとつひとつ引き上げる。中には車の中で亡くなった人もいた。

 

 1230 みらい艦長室

 

 (ローテーションで捜索活動をしているが、乗組員達のメンタルも体力も限界だろう…。)梅津は艦長室でパソコンのニュースを見ながら思っていた。報道各社この巨大地震の報道ばかりだ。

 

 平成23年3月11日午後2時46分に発生したこの大地震は気象庁により[東日本大震災]と命名された。津波による被災は北海道から千葉県まで広がり、日本全国で揺れを観測した史上最大かつ観測史上最悪の大災害となったのだ。

 

 トントントン

 

 「どうぞ。」

 ふと、角松が入ってきた。収容した御遺体の収容場所について相談に来たのだ。

 

 「…わかりました。では第一浴室に収容します。」

 やはり皆、憔悴している。ここ数日食事も風呂もろくに取れていない。私自身、前回食べた飯は12日昼の戦闘糧食だ。隊員にも疲れが見え始めている。それを見た梅津艦長は艦内放送のマイクを取る。

 

 「皆、長期戦大変御苦労。本艦は1500から一時間ずつ各科ごとであるが一時間ずつ休憩を取る。各員、それぞれ食事と仮眠を取りなさい。」

 その言葉に一瞬どよめきが走るが、角松は(艦長、正しい判断だと思います。)と思っていた。

 

 1500 みらい 食堂

 

 三日間徹夜で疲れはてた隊員が入ってくる。食堂では給養科が作ったおにぎりと豚汁が振る舞われた。このところ毎日このメニューが続いているが、戦闘中であることには変わり無いためしょうがない。でも、疲れはてた隊員達には最高のご馳走だった。中にはあの惨状を見て食が進まない隊員も居たが、その隊員には豚汁うどんが振る舞われた。梅津艦長の計らいにより活気を取り戻した護衛艦みらい。この行動は共に行動する護衛艦いかづちでも行われた。

 

 そしてまた日が暮れる。今夜はSH-60Jの捜索活動は中止だ。原因は震災直後から飛ばしていた影響で、フレームに軽微な歪みが生じていたからだ。明日の飛行に備えて徹夜で佐竹達航空科か修繕と補給に当たる。明日、横須賀から補給艦 とわだ が補給物資と災害派遣の支援物資満載でやって来るそれまでの辛抱だ。

 

 




今日で、あの日から7年経つのですね…。時間が経過するのは早いと言う方も多くいると思いますが、東北の復興はまだまだコレからです。昨年、私は陸前高田へ行ってきました。津波の恐ろしさ…。身に染みて感じ、地盤のかさ上げ工事等もあり復興にはかなりの時間がかかると知りました。未だに行方不明の方々も多くいると聞きます。この場をお借りして改めて追悼、御冥福をお祈り致します。
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