《悠久の果てに……》
ある少年がいた。少年は俗に言う《ヒーローもの》の特撮ドラマが大好きだった。
「出てこい、モンスター!」
特に少年が気に入っていたのは、ヒーローが怪物を召喚して自分の味方として使役するドラマだった。今少年はその真似事を自宅でしているのだった。
「行け、悪いやつをやっつけろ、僕のモンスター!」
両親は近所迷惑だと思い最初は止めさせようとしたが、ある時近所の老人に『微笑ましいですね』と朗らかな表情で言われて以来、好きにさせていた。今も一階のリビングで何時ものように、妄想の中で召喚モンスターを出して悪の怪獣と戦う少年を置いて、母親は二階で洗濯物を取入れていた。
「出でよ、僕のモンス――イタッ、な、何?」
特撮ドラマのビデオを流しながらヒーロごっこをしていた少年が真似事を中断し、呻き声をあげた。二階の母親はロールプレイングの一部だと思ってか、あるいは単純に聞こえなかったのか、何の反応も示さない。
「な、何これ?」
少年が痛みを感じたのは右手の甲であった。その手には赤い入れ墨があった。当然少年が彫ったものではない。痛みを感じたと同時に、それは突然現れたのだ。
「何かの病気かな? ママに言ったら、病院に連れてかれるかな……それは……注射はいやだ!!」
少年は注射が嫌いだった。『これは何かの病気かもしれない』。そう思った少年は一一月に入って寒くなったことにかこつけて、両親に買ってもらったヒーローものの手袋をはめた。
「これでよし! ママ、友達と遊びに公園に行ってくるね!」
「晩御飯までには帰ってきなさいよ」
「はーい!」
手袋をはめたことで、見た目上はその入れ墨は見えなくなった。外に出ることで母親にすぐさま病院に連れていかれることもなくなった。
子供らしい場当たり的な対策であった。夕方には家に帰らなければならないし、夕食になれば両親に手袋を脱ぐように言われ、それで入れ墨はばれてしまうのは必然であったが、少年はまだ八歳の年若い少年だった。先の事よりも、眼前の苦しみを逃れようとするのは、それもまた必然であった。
少年にとって幸いなことに、公園には友達がいて、夕方までは一緒に遊ぶことが出来た。しかし皆、日が暮れれば家に帰っていったので、夕暮れ時の今、公園には少年の姿しかなかった。
「これから、どうしようかな……」
家に帰るのは、入れ墨を発見され病院に連れていかれるかもしれないので、少年は嫌だった。しかし、日が沈み暗闇の公園に一人ぼっちで残されるのも嫌だった。世の多くの子供同じように少年は暗闇や幽霊が怖かったからだ。
「どうしようかな……」
少年は砂場にいた。棒切れを使って砂場に円を使った模様を書いていた。少年の好きなヒーローがモンスターを呼ぶために使う手段が魔方陣であった。少年は自分の不安な心を誤魔化しながらそれを描いていった。
「出でよ、僕のモンスター!!」
普段なら人前、友達の前ではヒーロごっごはしないようにしていた。『子供っぽい』と馬鹿にされたことがあり、恥ずかしい思いをしたからだ。だが、今は公園には少年以外誰もいなかった。周囲の目を気にする必要もなく、手にはヒーローものの手袋をはめており、足元には魔方陣モドキがあった。雰囲気はバッチリ出ていた。
「出てこい! 僕のモンスター!! 悪いやつをやっつけるんだ!」
心配な気持ちも忘れて、ロールプレイングに浸る少年。どっぷりと夢中にはまっていると夕暮れは終わり、公園は完全な暗闇に包まれていた。
と、少年の足元が赤く光始めた。
「な、何!?」
妄想は吹き飛び驚いて腰を抜かす少年。直後、地面から煙が吹き出す。視界が遮られる。恐怖のあまり少年は動けない。
数秒後には煙が晴れた。少年の前に赤い中国の民族衣装のような服を纏った白髪のスポーツ刈りの男が立っていた。
「ふむ。君が私のマスターか?」
背筋をピンと立てた姿勢の良いその男は、少年に問いかけた。少年は恐怖のあまり、衝撃のあまり口をパクパクと動かすだけだ。
「むっ! まさか……」
男はふと何かに気づいたように眉を潜めた。直後顔が硬直し、恐ろしい冷酷な顔へと変貌する。少年は動けない。男は少年へと手を伸ばしてきた。それは《少年の首を絞めるためだった》。
「た、たすけて……」
少年が絞り出したのは小さな擦り声だった。しかし男にははっきりとそれが聞こえていた。手が止まる。
男は逡巡しているようだった。顔は苦悩して表情をコロコロと変えていた。数分の出来事であったが、少年には無限の時間が流れているかのように感じた。
「君……名前はなんと言う」
男が突然口を開いた。
「……し、《士郎》。《佐藤》 士郎」
唇を震わせながら何とか言葉を発する少年:《佐藤 士郎》。
男はそれを聞いて眉をピクリと動かした。しかし表情を変えることはない。それからさらに数分が経った。
男は手を引っ込めて体の横に戻した。
「私は君を救おう」
男は士郎に突然そう言い放った。士郎は言葉の意味が理解できなかった。しかし士郎はそれを男に問い質すことは出来なかった。
何故なら男はそれを言い終わったと同時に、空気中に塵となって消えていったからだ。
「う、うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
さらにそれから数分して何とか口も体も動くようになった士郎は、叫びながら自分の自宅へと全力疾走していった。
「ママぁぁぁぁぁ!」
「しーくん、遅いじゃない! 晩御飯までには帰ってきなさいって――ど、どうしたの!?」
リビングから玄関まで出てきた母親に士郎は泣きながら、絶叫しながら抱きついた。
少年はそのあと母親に今日起きたことを洗いざらい全てありのままに話した。
当然のことだが、母親もそして話をまた聞きした父親も士郎の浮世離れした発言を信じることはなかった。『不良にイタズラとして入れ墨を彫られてしまったのだろう』というのが両親が出した最終的な見解で、警察にもそのように被害届を提出することになった。
小学校にも事情を説明し、しかるべき専門家に依頼して入れ墨を消すまで、しばらくは手袋をして学校に登校することも認められた。
折しも士郎達家族が住むこの《冬木》では、猟奇的殺人事件が多発し、世間が騒がしくなっていた。士郎の事件は平時なら大事件であるが、さほど表沙汰にはならず、プライバシーへの配慮もあってテレビや新聞で大きく報道されることもなかったのであった。
・あとがき
初めまして。あるいはお久しぶりです。
作者のいすとわーると言うものです。
ハッピーエンドの『Fate/Zero』を目指して、この作品を執筆いたしました。
最新のお話はツイッターで連載しますので、もし宜しければそちらにも遊びに来てください!
アドレス→https://twitter.com/Houjou_Yuh
それでは、また会える日を楽しみに待っております!
感想等ありましたら、お気軽にどうぞ。