【完結】Fate/Zero 正義   作:北条 ゆう(いすわーる)

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《第九話 邂逅(かいこう)

 

 七体のサーヴァント全ての現界が確認された。それと同時に時臣は一つの計略を打った。

 表向きは敵対していると見せかけているが、真実は内通しているかつての弟子:言峰 綺礼のサーヴァントに自身の邸宅(ていたく)を襲撃させたのである。綺礼のアサシン《のうちの一体》は時臣のライダーに倒された。

 狙いは綺礼のアサシンが消滅したのだと他のマスターに誤認させて、今後の諜報活動を円滑に進めるためだった。

 

「(しかし上手くいかなかった……)」

 

 時臣は今、間桐家の邸宅内を当主:間桐 臓硯に案内されながら歩いていた。

 

「(続くキャスター討伐にマスター達を動員することも上手くいかなかった)」

 

 アサシンの諜報活動はある一つの情報を手に入れたこと以外に活躍の日の目を見なかった。

 

「それにしても世間は、連続殺人鬼の話題で持ち切りです。ワシは孫の慎二が通っている小学校のPTA会長を勤めているのですが、最近はその業務に忙殺される日々でしてな」

 

 その一つの情報と言うのは冬木や日本中を騒がしている猟奇的殺人鬼がキャスターのサーヴァントを召喚し、子供や女性を誘拐して、残虐無道な手法で手にかけているという情報だった。

 しかしそれは時臣が真に求めていた情報ではなかった。

 

「お役に立つかどうかはわかりませんが……例の殺人鬼がキャスターのマスターとの情報が私の耳に入っています。真偽の程は分かりませんが。しかし監督役より各マスターにキャスター討伐の令が今下っています。もし情報が真実であったなら、近い内に問題は解決するでしょう」

 

 だから時臣はさっと口からそんなことを溢した。

 時臣が求めていたのは、一流魔術師のマスターとそれが呼んだサーヴァントの情報であった。

 三流どころか魔術師でもない亜流のマスターとそのサーヴァントなどその気になれば討伐できるのは当然であって、そんな情報に一文の価値もないと時臣は見ていたからだ。

 

「ほぉ! それはそれは……なるほど、そういう裏があったわけですか。どうりで冬木の警察組織がいつまでも犯人確保に至らなかったわけです」

 

 臓硯は心から驚いている風な様子で、顔には合点が言ったという納得の表情と不安の色が出ていた。

 

「しかしとなると、事態は深刻ですな……通常の手段ではどうにも……お恥ずかしいことですが、お話ししたように我が間桐の家の人間に霊魂は《再びは》現れませなんだ。本来なら冬木の地に住まう魔術師としてキャスター討伐に参画せねばならぬというに、面目ない」

 

 臓硯は無念そうな、申し訳無さそうな声色でそう言った。霊魂とは令呪のことだ。

 

「(どうしてこうも策が思う通りに進まないんだ……)」

 

 しかし時臣の心は、そんなしおらしい臓硯の様子よりも、現在の聖杯戦争の状況に向いていた。

 

「(キャスター討伐の報奨に追加令呪を与える、というのは穴熊を決め込んでいるマスター共でも目が眩むかとも思った。だが三日経った今でも誰も討伐に動こうとしない! 何故こうも思惑通りに事が運ばない!!)」

 

 聖杯戦争は完全にチキンレースの様相を呈していた。

 マスターとサーヴァント秘匿はこのサバイバルゲームの鉄則。

 しかし一方で、聖杯は戦いで功績をあげた者の望みしか叶えないというルールもある。

 そんなわけで痺れを切らしたマスターが所在の明らかな御三家の邸宅に決闘を仕掛けるなどする訳だが、今もってそんなことは起こらず。

 加えて魔界より大量のタコ型モンスターを召喚し、冬木中にそれを解き放って人々を虐殺するに及ぶキャスターの出現。

 魔術の秘匿が聖杯戦争続行の前提条件である。

 となれば聖杯を望む以上、キャスター討伐はすべてのマスターとサーヴァントにとって共通利益である。

 討伐に参加した者には追加令呪を付与することも監督役より宣言されていた。

 

「(欲に駆られたマスターとサーヴァントの情報を収集するチャンスだと思っていたのに、とんだ誤算だ! どうしてこうも策が裏目に出る!!)」

 

「さぁさぁ着きましたぞ、遠坂の若当主殿。ここが桜の魔術修練場じゃ」

 

「……ほぅ、ここが」

 

 思索に耽っていた時臣であったが、臓硯の呼び掛けにより現実に引き戻される。

 陰気な場所であった。

 間桐の家の地下に設置されたこの魔術工房は薄暗さを通り越して洞窟のように真っ暗で淡く緑色に光る壁面が唯一の照明である。

 壁に沿って配置された階段を降りれば床に達するが、そこには無数の巨大な蟲が徘徊している。

 淫蟲と呼ばれる虫の魔物だ。魔力を吸い尽くす能力を持ったおぞましい存在。

 その数百という群れが床を徘徊しているわけだが、部屋の中央には一人の少女の姿があった。

 

「ほれっ、桜! 実父殿がお前の修行の成果を見に足を運んでくれたぞ。挨拶をせい」

 

 階段の踊り場まで来ると臓硯が持っていた杖で地面を小突きながら、そう声をあげた。

 少女、間桐 桜は顔を動かし声がした方向へと視線を向ける。

 (うつ)ろな眼差し。死んだ魚の目とでも言おうか。心を感じさせない冷たい視線がそこに向かう。

 しかし次の瞬間、桜の目に感情の火が灯った。

 父、時臣の姿を確認したからだ。

 

「ぁ……た……た、助けて! お父さん!!」

 

 どこにそんな体力と気力が残っていたのか。桜自身思いもしないことだった。

 しかし何を思うよりも先に、体は動いていた。

 大声をあげ、立ち上がると周囲の淫蟲を踏み潰し階段へと向かう。フラフラではあったが、よろけ階段に倒れ込みながらも何とか踊り場に辿り着き、時臣の足に桜はしがみついた。

 安堵(あんど)の表情を浮かべる桜。

 

「(お父さん……助けに来てくれた。また皆のいる家に帰れる)」

 

 遠坂家から間桐家に養子に出された桜。

 すると一変、生活は激変した。

 穏やかな日常は消え去り、悪夢の日々が始まった。

 

「(もう一生戻れないんじゃないかと思ってた……)」

 

 間桐 雁夜という人間がいた。桜を救うと約束した男。

 彼女も養子に出される前には姉や母と共に彼と公園やテーマパークで穏やかな、何気ない、しかしかけがえのない温かい日常を共に過ごしていた。

 最初は助けてくれるのかもしれない、とも思った。

 しかし時が経つにつれ理解した。

 『彼は私を助けに来たのではない……自分と同じく臓硯(おじいさま)生贄(いけにえ)として捧げられたのだ』と。

 ハッキリとした理由は分からなかった。だが桜の実母:葵に頼まれたのかもしれない、と桜は推測していた。雁夜と葵は普通の幼馴染の関係ではないと、子供ながらに察していたからだ。

 

「(よかった……本当によかった……)」

 

 だから桜は安堵した。

 絶望を味わい、希望を抱き、そしてそれに裏切られた末に、遂に救われた。

 目の前がパッと明るくなった。

 真っ暗闇にも関わらず、部屋が光に満ち溢れているように思えた。

 顔をあげる桜。

 そこには冷たい、冷酷な表情を浮かべた時臣の姿があった。

 

「臓硯殿、娘は間桐の魔術に適正はありそうですか?」

 

 それを聴いて臓硯はニンマリと満面の笑みを浮かべた。

 

「えぇえぇ勿論。この子のような優秀な後継ぎを得て、これで間桐の家も安泰。若当主殿には感謝しても仕切れませんと、セガレともしょっちゅう話をしておるのです」

 

「それは良かった」

 

 時臣はようやく安堵の表情を浮かべた。

 

「桜、これからも臓硯お爺様の言うことをよく聞いて、魔術の修練に励みなさい」

 

「お、お父さん……」

 

 絶望はひとしおであった。

 桜の全身から力が抜けて、踊り場に倒れこんだ。

 それを救い上げるのは彼女の父:時臣ではない。

 

「鶴野、桜をもとの場所に戻しておけ」

 

「あぁ」

 

 臓硯の息子にして桜の養父:間桐 鶴野であった。

 

「では、そろそろ。桜の修行の邪魔はしたくないので」

 

 時臣はそう告げると、階段を上り地下室を後にした。

 桜の目は再び死んだような虚ろなものに戻っていた。

 

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