【完結】Fate/Zero 正義   作:いすとわーる

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《第一〇話 人ならざるもの、その名は魔術師》

 

 時臣が間桐の家を訪れたのには二つの理由があった。

 一つは桜の魔術の修練の様子見だが、これはついでに過ぎなかった。

 本当に大事な理由は、間桐家のマスター:間桐 雁夜の偵察であった。

 

「それにしても雁夜のボンクラ! あの出来損ないが!! ……恥ずかしいことですが若当主殿、当家のマスター:雁夜めはサーヴァント召喚に失敗しおったのです。魔力不足で、サーヴァントを維持できませなんだ……お恥ずかしい……キチンと魔術の修練を積んでいればこうはならなかったものの、あのウツケ、長らく当家を出奔(しゅっぽん)しておったもので……ここ一年修行させてみたものの、どうやら基礎的な魔術師のレベルにまで達しなかったようなのです」

 

「……」

 

 時臣の心はざわついた。

 

「サーヴァント召喚に失敗したあげく、再び全てを投げ出し、またこの冬木から出ていってしまいました……手前味噌ながらアヤツには魔術の才能があるとワシは見込んでおるのですが……親の心子知らずとでもいいましょうかな……心を改め、今度こそ、この間桐の家を継いでくれるものと期待しておったのですが……」

 

 しおらしい臓硯。その背中は哀愁(あいしゅう)を漂わせている。

 時臣は我慢ならなかった。

 

「……間桐 雁夜は魔道の恥だ……人以下の犬だ……」

 

 つい呟いてしまった。臓硯の肩がピクリと動いた。

 ウツケ者とはいえ、息子を侮辱され怒ったのだろうと時臣は感づいた。

 しかしそれには気づいたが、時臣は謝罪する気にはなれなかった。

 

「(桜が魔道の道に進むことが出来たことから言えば、むしろ感謝すべき存在とはいえ、しかし私にはあの男が許せない。血の責任から逃げた臆病者!)」

 

「おや、慎二。どうしたのじゃ、客人の前で? ……ふむふむ、申し訳ない若当主殿。かの殺人鬼による新たな犠牲者が出てしまったようで、それがワシがPTA会長している小学校の生徒のようなのです。今、理事長より急ぎの電話が入ったようで……玄関までは、ワシの孫、この慎二めに案内させましょう。無礼をお許しいただきたい」

 

「(魔道の秘奥は一子にしか相伝出来ない……しかし二子の凛も桜もどちらも類稀(たぐいまれ)なる魔道の才を秘めていた。親として、この悲劇を嘆かずにいられようか?! そこに降ってわいた養子の申し出……まさにこれは天啓に等しかった!!)」

 

 しかし時臣は思索に耽っているようで臓硯の言葉は右耳から左耳に通り抜けた。一人で玄関まで歩いていく。

 後ろに続く人の気配にも注意を払えていないようであった。

 

「(娘の一人を凡俗に落とさねばならぬところであったが……雁夜のその無責任さによって救われた。それは事実だ。だが、私はそうであっても、あの男が許せない! 血の責任から逃げた臆病さ! 軟弱さ! 機会があれば、私自ら懲ば――)?!」

 

 と、そこで時臣の思索は途切れた。

 ボトリ、と床から気味の悪い音が響いたからだ。何だろうかと視線を向ける。

 

「な、何だこれは……」

 

 そこにあったのは人の両腕であった。赤ワイン色のスーツとワイシャツを被った。

 どこかで見たことのある。

 時臣はそれを触ろうと腕を動かそうとした。

 

「な、なんだとっ?!」

 

 だが動かなかった。いや、腕その物がなかった。

 不思議と痛みは感じなかった。激痛のあまり、脳が麻痺していたのだ。

 動揺し、辺りを見回す時臣。

 後ろを振り向いたとき、顔にベチャリ、と何かが張り付いた。

 

「ぐ、うぐぅぅぅ! ぐわぁぁぁぁぁっ!!!!!! うぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 それは桜を取り囲んでいた蟲、淫蟲であった。

 数秒後には声は消えていた。

 時臣の顔面も消えていた。

 

「時臣……醜い男だったが……流石に憐れみを感じるよ」

 

 通路の影から人が現れた。

 雁夜だ。

 彼の視線の先には床に倒れこんだ時臣の亡骸と、それに群がる淫蟲の群れがあった。

 淫蟲は死骸を食い漁っていた。

 かの蟲は寄生するか、あるいは死骸を喰らうことによって自らの生存を確保する生物なのだ。

 数分後にはかつて時臣だった肉塊は消え去っていた。

 淫蟲達は一塊にまとまっていく。人のシルエットに近づいていく。

 そして最後には完全に人の形をとった。

 

「ふぅ~……カッカカカカッ! 遠坂の家系に油断はつきものじゃが、その中でも特級じゃったな! このコワッパめは!!」

 

 淫蟲達は合体し、間桐 臓硯となった。

 

「親族とはいえ聖杯戦争のカタキ同士。魔術師は人間ではない! 何だかんだと言っても甘い若造じゃったな、アヤツは!! カッカッカッカ!!」

 

 臓硯は気味の悪い独特な笑い声を高らかにあげていた。

 

「あっはっはっは! 最高だよ、爺さん!! あー、僕も早く魔術師になりてぇーーーー!! 人殺してぇぇぇーーー!!!」

 

 臓硯の孫:間桐 慎二も異常なハイテンションでその場で躍り狂っている。

 

「忌まわしい奴等だ」

 

 遠目にそれを見つめるのは間桐 雁夜。

 心底憎たらしいと言わんばかりの鋭い視線だ。

 事実、まだ幼い子供というのを差し引いても慎二は悪魔のようだし、臓硯に至っては鬼畜といって相違ない。

 時臣は雁夜にとって仇敵であり、事実心の底から憎いと思ってはいたが、臓硯と慎二を見ていると、そんな時臣に対してですら憐憫(れんびん)と同情の念が湧いてきていた。

 

『マスター、魔術師とはそういうものさ。私の生きた(はる)か古来よりそれは変わらない……強大な力と引き換えに、人であることを諦めた者、それが魔術師なのだ……』

 

「セイバー……あぁ、そうだったな……だから俺はこの家を捨てたんだ」

 

 雁夜は姿の見えない何かと会話していた。

 何かと問われれば、それは霊体化したセイバーのサーヴァント:湖の騎士ランスロットであった。

 

「良くやったセイバー。これで俺達の聖杯戦争は勝利が確定した。お前はお前の、そして俺は俺の、それぞれの願望を遂げることになる」

 

 時臣の腕を一瞬にして切り落とすという常人離れした芸当を見せたランスロットに雁夜は健闘の称賛をかけた。

 そう、霊体化したランスロットが時臣の背後に回り込み、一瞬のうちに実体化し、息もつかぬ内に両腕を切り落としたのだ。

 令呪の使用を封じるためであった。

 

『……』

 

 作戦には成功したが、浮かない様子のランスロット。

 今後の成り行きが不安であったからだ。

 果たしてそう上手く行くだろうか?、心の内でランスロットは思ったが口には出さなかった。

 

『(ギネヴィア……私は今度こそ……)』

 

 決意を胸のうちで反復する。

 今は思索に耽る時ではない。

 戦いに求められるのは品格ではなく、今この時に意識を向ける集中力なのだ。

 


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