葵の発言は予想外で、一瞬雁夜の頭は真っ白になったけれど、すぐに正気を取り戻した。
よく考えれば、そうであった。
出奔直前のデート中に彼女は何度か気持ちが悪くなったと洗面所に立ち寄るようになっていたし、確かに時臣から告白されたと打ち明けられた時も、雁夜にそれに嫉妬して欲しいと、間桐の家に留まってほしいと、そう言っていたように、今思い返せば思える。
桜が間桐の魔術に適正があったのも、凛や桜が類い稀なる魔術の才能を持っていたのも、魔術師としての
何より、命をかけて守りたいと桜や凛を見て、常々雁夜は思っていた。
最愛の人の子供だからと思っていたが、違った。
自分の子供であるから、血の繋がった実の子であるから、そう思えたのだ。
『あなたは私を愛してくれた……でも好きになってはくれなかった。自分の物にしたいとは思ってくれなかった……でも、あの子達は違うでしょう? お願い、雁夜君。二人のためにも、何としても聖杯戦争を勝ち抜いて、生き残って……お願い、お願いよ……』
電話の先で葵が
「(俺は……最低の男だ……)」
雁夜は
時臣の言う通りだ。血の責任から……いや、愛するものを、守らなければならなかったものを全て放り出して、それが正しい道なんだと、自分に言い聞かせていた。
だが――
「(時臣……俺が間違っていたよ……)」
そう、雁夜は間違っていたのだ。
確かに魔術師は人の道を外れた外道だ。
しかし、愛するものを、生きる意味をなくし、ただ平穏なだけの生活にやすんじていた自分はもっとクズの、最低なゲス野郎なのではないか?
葵の、桜の、凛の、その後の人生を考えず、ただひたすらに彼女達の命さえ守れればそれでいいのだと、そう考えていた自分は何よりも浅ましく、自分勝手な人間ではなかったのか、と……
「分かった、葵さん。俺生き残って見せるよ。そして桜ちゃんを、凛ちゃんを、そして葵さんを責任を持って見守ってみせる。戦いが終われば、間桐家に俺は戻る……随分遅くなってしまったけど、あの日の続きを始めるよ」
『うぅぅうぅぅ……お願いよ、雁夜君。約束よ……』
「あぁ。絶対に生き残って見せるよ」
雁夜はそれからしばらく葵をなだめ、そして終わると電話を切り、再び地下室へと向かった。
「アイリスフィール。俺と取引をしないか? 俺は愛する人を、そして娘達二人を救うために、聖杯戦争に参戦したんだ」
そう、アイリスフィールに切り出したのであった。