【完結】Fate/Zero 正義   作:北条 ゆう(いすわーる)

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《第一六話 間桐邸決戦》

 

「時は来た、いくぞランサー」

 

「はい、キリツグ! アイリスフィールの救出に!!」

 

 アルトリアは英霊とはいえ、やはりまだ幼さを残した少女であった。深刻な状況であるにも関わらず、どこか英雄憚(えいゆうたん)に憧れる少年のような輝きを彼女はまとっている。

 

「ではいくぞ」

 

 しかしそれを諌める気にはなれなかった。

 切嗣は最近、彼女に当てられて、かつての、幼き日の正義の味方に憧れていたかつてをよく思い返すようになっていた。

 

「はいっ!」

 

「(不思議な少女だ……)」

 

 令呪の宿りし右手の甲を空に掲げる。

 心の内に願いを唱えると、アルトリアと切嗣は瞬時のうちに間桐家正門前へと瞬間移動していた。

 

「解放だ」

 

「はい!」

 

 宝具を構え、解放する。

 第四、第五、第六、第七解放。

 対界宝具:ロンゴミニアドが現れる。ランク:EX。

 

「やれ、ランサー!」

 

「はい!!」

 

 力を解放する。

 間桐邸の結界、魔力炉、全てを一撃のもとに破壊する。

 残ったのは地下空間のみだ。

 だが犠牲者は0。

 時間を見計らい、間桐雁夜・臓硯父子以外の人間が邸宅を出払ったのを確認して、二人は襲撃をかけたからだ。

 令呪の力で持って結界を張り、同じく令呪の魔法のごとき力で持って周囲の人払いも済ませている。

 

「(いいじゃないか、人の心を持ってたって。どのみち僕は、生粋の魔術師でもなく、暗殺稼業(かぎょう)からも足を洗った、ただの傭兵なのだから……)」

 

 切嗣は昔を思い出していた。

 かつていたアリマゴ島での幼少期の思い出。女傭兵ナタリアと共に戦場を駆け抜けた日々の思い出。

 いつからだろう? いかなる犠牲を払ってでも、任務を優先すべきだ、などと考え始めたのは?

 いつからだろう? たとえ大切な人を失うことになっても、正義を遂行すべきだ、などと考え始めたのは?

 いつからだろう? 悪を征するためには、自らも悪に染まらなければならない、などと考え始めたのは?

 

「キリツグ、油断は禁物ですよ」

 

「あぁ、分かってる」

 

 思えば、暗殺業から足を洗って、もう七年も時が経った。

 感慨に耽りながら、しかし決して油断はせずに自動小銃を乱射し、間桐の使い魔の巨大な蟲達を始末しながら切嗣は思う。

 

「(いつの間にか暗殺業に携わる自分が本当の自分のように思えてた……だが、よく考えてみれば違ったな……暗殺者だった僕こそが、本当の僕ではなかったんだ)」

 

 時と共に心がすり減り、世の中の邪悪な、醜い側面しか見なくなっていた気がする。

 妻や娘と(たわむ)れながら、しかしどこかでいつも思っていた。これは欺瞞(ぎまん)だと、現実はそう甘くないと。

 だが、欺瞞に充ち、現実を厳しいものだと見なしていたのは、自分の思い過ごしだったようにも思える。

 

「(確かにナタリアを正義のためと殺してからの人生は真っ暗だった、思えば父さんを殺してしまったことが全ての過ちの始まりだったのかもしれない……正義のためだからだとかなんとか……僕は一体今まで何をしてきたのだろう? なぜ自分から暗い、闇に落ちた場所へと進み続けていったのだろう?)」

 

 気づけば最下層だった。

 扉を開ける。階段を降りていくと立ち塞がるのは、アサシン十数体にセイバー、それにそのマスター:臓硯と雁夜であった。

 

「ランサーはアサシンを殺れ。僕はセイバーを殺る」

 

「……正気ですか?」

 

 驚いた様子のアルトリア。

 

「あぁ、本気さ。ロンゴミニアドは必要以上に多用するな」

 

 そう口にすると切嗣は魔術を発動した。

 

固有時制御・十倍速(タイムアルター・ディカプル)!」

 

 限界を超えて、肉体が破壊と再生を繰り返している。

 アイリスフィールからアヴァロンを譲り受けていなければ、間違いなく即死だが、宝具の力を借りて人智を超えた力を切嗣は発揮していた。

 セイバー:ランスロットのアロンダイト剣を華麗に受け流しながら、自動小銃や切嗣の愛銃コンテンダーから弾丸を次々と雨あられと打ち放っていく。

 アルトリアの攻撃をかわし、切嗣へと襲いかかるアサシン達。

 切嗣は壁面を足で蹴り、上下左右に自在に空間を駆け巡る。追撃を華麗にいなしながら、次々と敵を始末していく。

 切嗣は時折標的をサーヴァントからマスターである臓硯や雁夜へと移し、銃撃をお見舞いする。

 アサシンやランスロットは翻弄されている。

 切嗣へと巨大な羽蟲の一団が襲いかかってくる。臓硯と雁夜の操る羽蟲の連合軍。

 切嗣は無意識の内に腰のベルトにぶら下げた手榴弾を掴み取ると、栓を抜き、群れに投げつけた。大爆発。息もつかせぬ内に、蟲の一団は全滅した。

 思考は現在を離れ、遠く彼方へと旅立っていく。

 一〇代の子供であった時代へと。

 

「あぁ、そうか。そうだったんだな……」

 

 気づけば切嗣は床に倒れ込んでいた。

 首筋にはアロンダイトの剣先が突きつけられている。

 十倍速とはいえ、全能力値がAランク相当のランスロット相手では流石に分が悪かったようだ。

 

「……なぜ笑っている?」

 

 問いかけるのはランスロット。

 切嗣はどこか達観した様子で返事を返した、

 

「解を得たからだよ」

 

 と。

 

「そうか」

 

 ランスロットは呟くと、大剣アロンダイトを振り上げた。

 一息に降り下ろす。

 空間に衝撃音が響き渡る。

 

「私もだ……これでようやく楽になれる。罪の意識から解き放たれる。有難う御座いました、我が王よ……ギネヴィア、ようやく私たちの罪は断罪を、贖罪を受けた。ギネヴィア、今君の元へ……」

 

 剣は地面に落ちた。ランスロットも地面に崩れ落ちた。

 その胸には大穴が空いている。

 

「キリツグ、大丈夫ですか?!」

 

「あぁ……」

 

 相変わらず呆けた様子の切嗣。

 ランスロットは消滅し、魔粒子となってそれはアイリスフィールに吸収されていった。

 

「クソッ! ここまでじゃなっ!!」

 

 臓硯はそう悪態をつくと、人の姿から無数の淫蟲へと姿を変えて、地下室の壁の隙間から何処(どこ)へなりとも消えていった。

 

「あなたは逃げないのか?」

 

 一人残った雁夜は達観した様子で両手を挙げた。

 

「降伏するよ」

 

「了解した。キリツグ、縄はありませんか?」

 

 問いかけるアルトリア。

 対する切嗣は隠し持っていた手錠を投げつけた。

 本来は拷問用に常備していたものだが、当然捕虜の拘束のためにも使うことは出来る。

 雁夜に手際よく手錠をつけ捕縛するアルトリア。

 切嗣は立ち上がると、ゆっくりアイリスフィールへと近づいていった。そしてアヴァロンを体内から取り出し、それを彼女へと移植した。

 宝具アヴァロン。

 その再生能力は絶大であった。

 アサシンとセイバーの魂を吸収し、昏睡状態に陥っていたアイリスフィールは目を覚ました。

 

「切嗣? 本当に切嗣なの? あぁ、夢みたい。また会えるなんて」

 

「待たせたね、アイリ」

 

 嬉しそうなアイリ、そして安らかな顔で微笑む切嗣。

 

「あなた、随分柔らかい印象に戻られましたね。ようやく、いつものキリツグに戻ってくれた。聖杯戦争が始まってからは、まるで別人みたいだった。良かった……」

 

 女性の勘というのは、やはり鋭いようだった。

 

「……アイリ、話があるんだ」

 

「なぁに?」

 

「大聖杯を破壊しよう」

 

 ゴクリ、と文字通り息を呑む音がした。

 

「どうして?」

 

 問いかけるアイリスフィール。

 切嗣は迷いのない目で、続けた。

 

「平和は自分達の手で掴み取るべきだからさ。誰かに与えられるものじゃない。悩み葛藤し、あるいは理想を目指し時には妥協し、自らの手でつかみ取るべき物だからさ……もし今仮に僕が聖杯に恒久的平和を望んだとしよう……そうだったとして、僕には想像できないんだ、それがどういう世界なのか……いや、正確に言えば想像は出来た。それは、僕とアイリ、イリヤの三人のみがこの世界に存在することだ。他の人間が消えれば、争うことなく平和な世界を作れると思った。だが、それは間違っている。アイリ、君もそう思うだろう? そして何より、こんな万能の願望器などというふざけたものがあるから、多くの魔術師達が欲にかられ、醜い殺し合いをすることになった……聖杯戦争という儀式そのものが間違っていたんだ。巻き込まれて亡くなった冬木市民は言わずもがなだ。アイリ、大聖杯は破壊しよう」

 

「……」

 

 アイリスフィールは葛藤しているようだった。

 彼女にも感情があり、意思がある。

 アイリスフィールはアインツベルンによって聖杯を使って第三魔法を成就するために産み出された人造人間ホムンクルスであったからだ。

 切嗣の提案は大なり小なりの自己否定に繋がっている。

 完全な否定にならないのは、アイリスフィールには与えられたアインツベルンの願望以外に、自分自身が獲得した固有の願望があったからだ。

 

「イリヤは……城に残ったあの子はどうするの?」

 

 アイリスフィールは問いかけた。

 切嗣は右腕を掲げた。

 

「これで救いだす。城までワープして、もし追ってくる奴がいれば僕が責任を持って打ち倒す! それからは、僕は君とイリヤのため、そして《出来る範囲内で》世界平和のために力を尽くそうと思う!! アイリ、共に行こう」

 

 切嗣は左手をアイリスフィールへと差し出した。

 時が過ぎていく。

 一分、二分。

 アイリスフィールは逡巡しているのだ。

 彼女は物ではない。人なのだ。ホムンクルスであっても、感情も魂もある。

 

「ええ、分かったわ、切嗣。あなたの信じる道を進みます、私も」

 

「有難う、アイリスフィール……」

 

 二人は抱き合った。

 それを見つめるのは雁夜とアルトリア。

 所在なさげであった雁夜はつい、こんなことをアルトリアに問いかけた。

 

「君もそれには異存はないのかい? 何か願いがあって、君も聖杯戦争に馳せ参じたんだろう?」

 

 問いかけに対し、しかしアルトリアはポカンとした様子で。

 

「……それが、特に願いは思い付かないのです。未来の私は色々な葛藤を抱えていたようなのですが、どうにもピンとこなくて。特に異存はありません」

 

 何の迷いもなくアルトリアはそう返した。

 彼女はどこまでも真っ直ぐな少女なのであった。

 

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