《結婚》
「ほぅ、懐かしい客人が来たな」
「久しぶりだな、ケイちゃん」
「よせ、私が何歳だと思ってる」
第四次聖杯戦争終結より数か月ほどして、ロード・エルメロイの部長室に客人が来た。
「ところで雁夜、本気なのか? いまさら魔術刻印をその体に戻すと言うのは?」
「あぁ、本気さ。俺は魔術師になる」
応接室で茶を飲みながら談笑していた二人であったが、ケイネスは折りを見てそんな話を切り出した。
ちなみにケイネスの手は、魔術人形の技術によって治療され、見た目は五体満足の人間と変わらないまでに回復していた。
「確かに君の魔術師として血統は申し分ないものだ。数一〇代続く魔道の名家だからね、間桐家は……だが、魔術理論の方はどうだ? あるいは魔術師同士の駆け引きスキルは? 君にそれがあるのかな?」
「分かってるさ、ケイちゃん。お前に預けてる魔術刻印を今腕に移植したところで、俺は血ぐらいしか取り柄のない甘ちゃん魔術師にしかなれないってことぐらい。だけど決めたんだ、俺は」
雁夜はケイネスに間桐家の魔術刻印を預けていた。
というのも、父の臓硯は息子の雁夜を溺愛し、一〇代半ばのそうそうに刻印を雁夜の腕に移植していたからであった。
その後雁夜はロンドン時計搭へと留学することになり、時臣と反目しあったり、ケイネスと友情を温めたり、あるいは親の目が離れたのを良いことに魔術の鍛練を怠り、テストでは落第ギリギリ勉強ぐらいしかしなかったりと、魔術師への反発を前面に出した自堕落な生活を送っていた。それでも臓硯は『そのうち、雁夜が素質を開眼してくれるはず』などと信じてくれていた。
なるほど確かに、臓硯は雁夜を溺愛していたし、だからこそ裏切られたときの憎しみもヒトシオであったわけである。
「なあ雁夜、理由を聞かせてくれないか?」
移植も終わり、日本への帰国の便に乗るためのヒースロー空港にて、ケイネスは最後にそう問いかけた。
ケイネスは長らく間桐家の魔術刻印を保管していた。それは雁夜が頼んだからであった。
臓硯は一筋縄ではいかない手練れの老獪な魔術師だ。単に魔術師を辞めるなどと雁夜が宣言したところで、決してそれを許すはずもない。最悪、ホルマリン浸けにして令呪システムを利用してでも、雁夜を自分の意のままに操ろうとしただろう。
だがケイネスに魔術刻印を預け、雁夜の身に何かあればそれを廃棄する、と脅すことで、流石の臓硯も引き下がることとなった。それを失えば、永久に間桐家は魔術師の名門として復活することが出来なくなり、当然聖杯戦争で勝利など夢にも思えなくなるからだ。
もちろん、それゆえに臓硯の雁夜への憎しみはもはや語るもがな、となってしまった訳であったが。
「愛だよ」
理由を問うと、雁夜はそう返した。
「愛するものを守るために、魔術師の力を得ようと思ったんだ。ケイちゃんなら、分かってくれるだろう?」
「フンッ」
ケイネスは鼻を鳴らした。
雁夜はそれに微笑し、
「じゃあな」
とスーツケース引いて搭乗口へと向かっていく。
「おい! かーくんッ!!」
大声が雁夜の耳に飛び込んできた。
振り返る。見るまでもないが、ケイネスが彼に叫んでいた。
「後でパソコンにレポートを送ってやろう! 私の愛弟子が書いた渾身の一作でね。『新世紀に問う魔道の道』って奴なんだが、これが中々秀逸でね!! 君ならうまく活用できるだろう! 頑張れよ!!」
「ありがとう、ケイちゃん! やっぱり持つべきものは親友だ!!」
最後に手を振り、グッと親指を立てる雁夜。
未来はどうなるかなんて、まだまだ分からない。
しかし、雁夜には軸があった。
「(俺は愛する
雁夜の兄の鶴野は臓硯が蒸発して、一家共々まもなく海外に高飛びした。彼も雁夜と同じく魔術を心底嫌っていたからだ。
必然的に間桐家は残った雁夜が継ぐこととなり、そして魔術師の家門を再建するという条件付きで、禅城の家の許可を得て、葵と再婚することが決まった。
「(凛ちゃんは遠坂家の魔術師を継ぐと決めているようだ。それなら、それでいい。俺は父親としてあの子を応援するだけだ! だが、桜ちゃんは違う。魔術師を心底嫌っている……なら、俺が桜ちゃんを、最愛の娘を守らなくちゃいけないんだ!)」
凛も桜も魔術師としてとてつもない素養を秘めた子供達であった。
皮肉なことだが、それは雁夜のせいであった。
彼は魔術師として稀代の才能を持った人物であったから。
「(時臣……俺はやっぱりお前が許せない……だけど、お前はお前なりに父親としての責務を果たそうとしていたんだよな……)」
とはいえ、やはり桜をあのような悲惨な境遇に追いやった時臣は許せないし、事実虐待をしていたようなものだと、雁夜は確信していた。凛が時臣に憧れているのを見ると、
「(だけど……それが人生だよな……理想だけじゃ世の中うまく回らない……でも現実のためにと悪いことばかりしていたら、それだってダメだ。俺は、上手くやれるのか? いや、絶対に成功して見せるさ! 現実をわきまえた上でなお、高い理想を目指してやる!! 魔術師として家族を守りながら、平穏な日常だって獲得して見せるさ!!)」
固い決心を決める雁夜。
「ただいま」
「「「「おかえりなさい!」」」」
自宅に着き、ドアを開けると待っていたのは妻と娘達、そして《父親》であった。
「ただいま、皆」
臓硯はあの一件以来、認知症に
蒸発の後、再び雁夜一家の前に現れた臓硯は、良くも悪くも以前とは違うまるきりの別人となっていたのである。
「ところで、桜や。晩御飯はまだかの?」
「お爺さま……さきほど、食べたばかりです」
なら、彼も助けなくてはなるまい。
それでこそ、真の意味での過去の過ちへの償いとなるのだから……
雁夜は、真の意味で男になったのであった。
とある戦場。そこにとある父子がいる。
片方はスーツ姿の父親。もう片方はドレス姿の娘だ。
「準備はいいか、イリヤ」
「うん。もちろんだよ、キリツグ!」
彼らは殺し合いに来たのではない。
救いに来たのだ。
無垢な人々を助けに。
戦いに巻き込まれ、翻弄されただけの無力な人々を救うために……
少女がステッキを振るう。魔術ではない、魔法の力でもって人々を救う。
男は時空魔術を行使する。殺すためでなく、逃げ遅れた人々を救い出すために。
「(見ていてくれているかい、シャーレイ?)」
救いだし、抱き抱えた村娘を抱き抱えながら、切嗣は思う。
最愛の女性を思い浮かべながら。
「(僕は、正義の味方になれたよ)」
目には見えないが、
『おめでとう』
と言ってシャーレイが頬にキスをしてくれたような、そんな気がした。
悠久の果て。
いったいどれ程の
切嗣はどこかの花畑に立っていた。
歩を進めていく。
と、視界が暗闇に閉ざされた。
「だーれだ?!」
懐かしい声がする。
考えるまでもない。
「シャーレイだろ。まったく……」
「えへへ、君ってカラカイ甲斐があるからさ。ツイね。ゴメンゴメン」
大して悪いとも思っていなさそうな様子で、シャーレイは舌をペロリと出しながら、謝った。
「じゃ、行こっか」
「そうだね」
気づけば、切嗣は少年の姿になっていた。
二人は歩を進めていく。
姿はいつの間にか変わって、シャーレイは白いドレス姿の花嫁衣装に、切嗣は新郎用のタキシード姿になっていた。
二人は花畑をどこまでも進んでいき、そして消えた。
かつて望み、しかし叶わなかった、そんな夢の世界へと旅立っていたのであった。
おしまい
・あとがき
このエピローグを持って『Fate/Zero 正義』は完結です。
残すはおまけエピローグということになります。
お楽しみ頂けましたでしょうか?
物語は完結しましたが、おまけエピローグはエピローグ後編という雰囲気もありますので、是非最後までお楽しみ頂けたらと思います。
感想などありましたら、お気軽にどうぞ。
それでは!