【完結】Fate/Zero 正義   作:いすとわーる

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《第二話 ケイネス・エルメロイ・アーチボルト》

 

 ケイネスは現代魔術科の一級講師であり、ロードである。現代魔術科とは時計塔にある一二の学科の中で最も新しく、魔術をより使いやすく、分かりやすく、便利にすることを研究する学科であり、時にはパソコンなどのIT機器も活用する時計塔で最も革新的な学科である。家門を問わないので、歴史の浅い家柄のウェイバーのような人間が入学することが多い学科でもある。

 こう言うと、血筋をとかく重視する時計塔で軽んじられる学科のようだが、実際はそうではない。二〇世紀に入って以降、科学の進歩は凄まじく、魔術は完全に衰退の一途を辿(たど)っていた。

 しかし現代魔術科が創設されて以降、家の歴史の浅くても優秀な魔術師を広く集めることが可能となった。

 二一世紀現在の時計塔や魔術師の互助組織:魔術協会が活況を呈し賑わいを見せているのは、この学科のお陰といっても過言ではない。

 ケイネスは今部長室にいた。ある届け物を待っているのだ。と、待ちに待ったノックが聞こえた。

 

「ロード・エルメロイ様。お届け物です」

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 部長室に入ってきた配達員から小包を受けとるケイネス。伝票にサインすると配達員は出て行った。

 

「ふむ。手配した通りの物が手に入った。これで私の《聖杯戦争》での勝利は決まったようなものだな。ふ、ふふふ。ハッハッハッ!!」

 

 小包の中身を見て高笑いするケイネス。と再びドアをノックする音がする。自らのハイテンションな言動を聞かれたかと思いギョッとする。表情が固まる。

 

「ケイネス、入るわよ」

 

「あ、あぁ。ソラウか。どうぞ」

 

 ノックをしたのはケイネスの婚約者:ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリであった。美女ではあったが、どこか冷酷な印象で女帝のような風格を持つ人物である。

 

「恐ろしい爆音がこの部屋からしたのだけど、何かあったの?」

 

「……触媒を、聖杯戦争で《サーヴァント》を呼び出す道具を手配していたのだが、それが今届いたんだよ」

 

「へぇー」

 

 ケイネスはソラウに心底惚れていた。彼は傲慢な男であり、また融通の聞かない人間でもあった。嫌味や皮肉をぶつけてくる相手には、何倍にも何一〇倍にも酷い中傷や嫌味、皮肉を返す、というのがケイネスの流儀だった。

 ソラウはケイネスよろしく性格のキツイ、所謂お高い女性であった。傲慢な彼も彼女の前では、まるで形無しであった。

 でも一方でケイネスが彼女に惚れているのはそれが要因の一つかもしれない。人は自分とどこか似ている異性に心惹かれるというのは、昔からよく言われていることである。

 

「ところでソラウ。今日君にここに来てもらったのは、その聖杯戦争における戦術を説明するためだ」

 

「私がサーヴァントに魔力を供給して、あなたは本来の魔力を存分に発揮して、他のマスター達を決闘で駆逐していく。確かそういう方針だったわよね?」

 

「そうだ。マスターとサーヴァントの変則契約。ここ数年、令呪を宿してからというもの聖杯戦争の仕組みを研究してきたが、ついに編み出した最強の戦法。この契約をもってすれば、我々の勝利は決まったようなものだ」

 

 聖杯戦争、サーヴァント。それは日本の地方都市:冬木市で六〇年に一度行われる儀式に関わる用語だ。

 

「万能の願望器《聖杯》を求めて七人の魔術師が、かつてこの世で名声を得た人物の幽霊、つまり英霊(サーヴァント)を召喚して覇を争う殺し合い……それが聖杯戦争だったわよね。それにしてもケイネス、あなたに叶えたい願いがあったなんて意外だったわ。だってあなたは既に望むもの全てを手にしているじゃない?」

 

 卓越した魔術知識と技術、ロードの称号、魔術決闘での数々の華々しい勝利、降霊科ロードの娘でケイネスが一目惚れしたソラウとの恋愛政略結婚。未だ三〇代半ばにもかかわらず、その実績は酸いも甘いも噛み分けた老年魔術師にも匹敵するものであった。将来は時計塔の院長の席も望めるのではないかと周囲は噂し、ケイネスもその未来をどこか予期しているところがあった。

 『この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠け足るところも 無しと思えば』。ケイネスは今人々が望んでやまない栄光の頂点にいるのである。

 

「だからこそだよ。人々が望む欲望の多くを確かに私は既に手にしているかもしれない……だがそれは私の欲を満たすには未だ至らない。私の実力はこんなものではない。まだまだ私の魔道はこれからなのだ。聖杯戦争はそれを象徴することとなる。私のこれからのさらなる栄えある人生を人々に知らしめる勲章となるのだよ」

 

「そう」

 

「……」

 

 身ぶり手振りを加えて、自分に陶酔しながら語ったケイネスにソラウが返したのは、たったそれだけであった。それも『どうでもいい』と言いたげの素っ気ないものだった。

 ただケイネスはソラウに惚れていた。彼のプライドも彼女の前ではまるで存在しないかのようだった。

 ケイネスは押し黙るのみだった。

 

「話を続けましょう、ケイネス」

 

「……あぁ、そうだな。変則契約については口で説明するのは難しい。この文書に纏めておいたので、これを読んでおいてほしい」

 

「面倒ね……」

 

 そう言いつつも、書類を抵抗なく受けとり、ソラウはそれに目を通し始める。

 というのもソラウは魔術師の名家に生まれ、両家の子女として教養や礼儀を叩き込まれた女性であった。実のところソラウはケイネスのことをさほど嫌っているわけではなかった。だからこそ、冷たい発言はすれど大きく見れば、ケイネスの方針に従った行動を取っている。今日の呼び出しに応じたのも、真剣に書類に目を通しているのも、その証明となろう。

 ではなぜ高慢で怜悧な態度でケイネスを翻弄するかと言えば、それは《貴人としての地位を保ち、商品価値を高める》ためであった。言うなれば、ケイネスを牽制し、可能な限り自分を大切に扱うように仕向けるための処世術であった。

 それを理解しているからこそ、ケイネスもプライドを圧し殺した対応をしているという側面があるのである。

 

「ちょっとケイネス、文書はこれであってるの? 変則契約とはまるで関係のないことが書いてあるのだけれど……《新世紀に問う魔道の道》? ケイネス、何なのこれ?」

 

「?! ん!? あぁ、すまない。それは生徒の論文だ。さっきまで読んでいたんだが、厚さが同じくらいでね。ほら、そうだろう? 間違えたよ。こっちだった。すまないね」

 

「とんだ無駄骨を折ったわ。今度からはこんなことがないよう気を付けてよ、ケイネス」

 

 ケイネスがソラウに間違えて渡したのは、ウェイバーが彼に自主的に提出した論文であった。講堂で論争が交わされるキッカケとなったあの論文である。

 近くのソファに座り書類を読み込むソラウ。それを終えた後、分からない部分についての一通りの質問をする。

 変則契約と聖杯戦争についての詳細を彼女は理解した。

 

「召喚はギリシアのマケドニアでと思っている。そうだな……来週ではどうだろうか? 《令呪》も、目当てのサーヴァントを呼び寄せるための《触媒》も手に入ったことだし、召喚は出来るだけ早いほうがいい。アレキサンダーでもイスカンダルでもなく《アレクサンドロス》大王を最強の《役割(クラス)》である剣士(セイバー)で召喚する。これが最も理想だからね。早い者勝ちを狙おうと思う。どうだろう?」

 

「いいわ。予定を空けておきましょう」

 

 令呪とは、聖痕である。加えて聖杯戦争に参加する資格を証明する証でもある。ケイネスの右手にある赤色の入れ墨。それが令呪だ。

 聖杯戦争とは万能の願望器である聖杯を求めて、選ばれし七人の魔術師と魔術師が召喚する七体のサーヴァントによって行われる闘争である。触媒は魔術師が目当てのサーヴァントを呼び出すために使用する道具である。

 聖杯は無機物でありながら意思を持っている。聖杯戦争に参加する魔術師はマスターと呼ばれるが、マスターは全世界の人間から聖杯自身の意思によって選別される。選ばれた人間の右手には赤い入れ墨:令呪があらわれる。

 そしてそのマスターの中から聖杯が自身を与えるに相応しいと思ったものに、奇跡の力を使ってあらゆる願いを叶えることを許すのである。

 聖杯戦争はおおよそ六〇年に一度、日本の地方都市:冬木市で開催される。

 

「そういえばケイネス、最初に渡されたあの論文、一体なんだったの?」

 

「あぁ、あれは私が《期待している》生徒が提出してきた論文だよ。魔術師として血が薄い、未熟な《魔術刻印》や《魔術回路》しか持たない者であっても、合理的で効率的な魔術の運用が出来れば何一〇代も続く名家の人間にも全く劣らない一流の魔術師になれる、とそれには書かれていた。正直思い知らされた……」

 

「信じがたい話ね。魔術の秘奥はたった数代で為せるものではないわ。子へ孫へ、何世代もの人間が魔術を研究・鍛練し、その結果を《魔術刻印》として継承していく。人間の体に臓器のように生まれながら備わっている、魔力を発生させる《魔術回路》を子の代には自分より増やそうと、魔術師として適正のある血統の良い人間と結婚し子供を成そうとする。ちょうど私たちのようにね。だからこそ、代を重ねた魔道の家系が権威を持っている……ケイネス、あなたには悪いけど、その論文で主張されているのは妄想の類いではないの?」

 

「もしそうであったなら、三分の一も読む前に論文はゴミ箱行きになっているさ。当然、授業の冒頭で論文について取り上げ、ましてや論争するなどあり得ない。だがそうはならなかった。何故ならそこに書かれていた新説は、今の旧態依然とした魔術協会に一石を投じうる可能性を持っているからだ。もちろん、今のままでは原石に過ぎないがね」

 

「つまり……ケイネス、あなたが磨いてダイアモンドにすると?」

 

「そういうことだ」

 

「意外と面倒見がいいのね。見直したわ」

 

「(でなければ、君と婚約しようとなんて夢にも思わないだろうさ)……それはどうも」

 

 そんな意地悪なことをつい思ってしまうケイネスなのであった。

 

 


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