【完結】Fate/Zero 正義 作:北条 ゆう(いすわーる)
《第三話 切嗣とアイリスフィール 上》
二〇〇四年一〇月。
ドイツの雪深い山奥に、白亜の巨大で美麗な西洋式城がある。そこには二〇〇〇年以上も前から続く魔道の大家:アインツベルン家の人々が住んでいる。いや、正確に言えば、
魔術師は一般論として世俗との関係は総じて薄いものだが、アインツベルンはその中でも別格の存在であった。生活や魔道に必要なものは全て錬金術によって作り出していた。
事実、九年前に衛宮 切嗣というハグレモノの魔術師傭兵を当主の婿養子に入れるまで約五〇年にも渡り、外界の人間との接触を完全に絶っていたのである。
「こんなはずじゃなかった……」
そのアインツベルン城のある一室に衛宮 切嗣がいる。側には妻でホムンクルスのアイリスフィール・フォン・アインツベルンもいる。
呟いたのは切嗣だった。彼の眼前にある窓の先、切嗣の視界には二人の少女の姿がある。
雪に覆われた森で《胡桃の冬芽をより多く見つけた方が勝ち》という素朴なゲームに興じる切嗣の愛娘:イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと彼が聖杯戦争に参加するために呼び出した《
「今更気にしても仕方ないじゃない。それに私は好きよ、あの子。《アーサー王》は威厳があって冷酷な側面もある王と聞いていたから上手くやっていけるか心配だったけど、彼女とならきっと仲良く、聖杯戦争を戦っていけるわ」
「だからこそだよ。戦争というのは、そんな甘いものじゃない。戦争はね……地獄なんだよ、アイリ」
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Interlude 01 アルトリア・リリィ
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これは今から数日前のことである。
「
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる
素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る
告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この
誓いを
我は
汝三大の
アインツベルン城の祈りの間にて、水銀で描いた魔方陣の上で切嗣はサーヴァント召喚の呪文を唱えきった。
召喚の触媒には聖遺物:《
アヴァロンは聖剣:《
切嗣が呼び出したいのはアーサー王:アルトリア・ペンドラゴン。
六世紀の始めにブリテン、アイルランド、アイスランド、ノルウェー、フランスにまたがる広大な帝国:ブリテン国を一代にして築き上げ、治めたと《物語:アーサー王伝説》にて語られる名君であった。
「あなたが私のマスターですか?」
「……だ、誰だお前は!?」
召喚が完了し、祭壇は煙に包まれたが、それが晴れた後現れたのは齢二〇にも満たない、一〇代半ばの少女であった。少女が着ている百合を思わせる白色のドレスには黒色のラインの刺繍が入っている。ほどよい肌の露出から見えるのはきめ細かい白色の肌。
少女のような美少年などではなく、まごうことなき美少女であった。
「私はアルトリア・ペンドラゴン。騎士姫として諸国を巡っています。此度の聖杯戦争ではランサーのクラスで現界しました。どうぞ宜しくお願いします、マスター」
「……おちょくっているのか? 君が伝説のアーサー王であるわけがない。アーサーは男性で、三〇代の騎士《王》であるからだ。君は一体何者だ?」
「騎士王は私の《未来》の姿です。今は立派な王に、そして騎士になるため修行中の身です。騎士姫の称号は目付けの魔術師:マーリンより命名されました。また、これはサーヴァントとして聖杯より授かった知識によるものですが、国王在位中、私は男として振る舞っていたようです……何分今の私にとっては、騎士王は未来の自分なので実感はありませんが……おそらく現在アーサー王が男として語り継がれているのは、その影響でしょう」
「……」
切嗣は手を顎に当てて、黙ってアルトリアを凝視している。威圧しているのではない。アルトリアのランサーとしての戦闘能力をマスターの力で確認しているのだ。
「(筋力:D 耐久:C 敏捷:A 魔力:A 幸運:D 宝具:EX 対魔力:C 騎乗:D 直感:A 魔力放出:B 花の旅路:EXか……宝具と保有スキル:《花の旅路》とやらが抜きん出て高いが、他の能力は並みのサーヴァント以下。しかしそれは修行中であるというこの少女の発言に一致している……こんな能力のサーヴァントではまともな戦い方では聖杯戦争を勝ち抜けない……いや、それよりもこの少女が本当にあのアーサー王だというのか? ……こんな年端もいかない子供に大の大人達が、政治家――よりにもよって大帝国を建設し、治めるという過酷な王――という重荷を背をわせたと言うのか!?)」
切嗣は正義の信念を持った悪党であった。
悪には悪をもって制する。手段など選ばない。それが彼の心情であった。
そんな切嗣が聖杯にかける祈りは《恒久的世界平和》。この地上からあらゆる争いを根絶すること。
自分が今後聖杯戦争で劣勢に立たされるということよりも、世の不条理に怒りを覚えてしまうのが、《正義の悪党》衛宮 切嗣である。
場には重苦しい空気が流れている。その静寂を破ったのは、アインツベルンの現当主:ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンであった。アハト翁と呼ばれている。
彼は焦っていた。
「エクスカリバーは? エクスカリバーをそなたは持っているのか!? 輝ける
「大お祖父さま、彼女は――」
「すみません。私はランサーのサーヴァントです。此度の聖杯戦争ではエクスカリバーを持参しておりません」
「な、なんだと!? なんということだ……我等アインツベルンの悲願:《第三魔法の成就》は此度の第四次聖杯戦争でも成せないというのか……」
アインツベルン家は聖杯戦争で勝ち残ったマスターとサーヴァントが手に入れる奇跡を産み出す大聖杯を造った一族である。
令呪を作った間桐家、儀式の場を提供した遠坂家。
これら三家族出身のマスターは御三家と呼ばれ、聖杯戦争においていくつかの特権を有している。
さて、それはともかくアハト翁が聖杯に託す望みは第三魔法の実現であった。第三魔法とは、対象となった人間を不老不死にする魔法である。
今回で聖杯戦争は四回目だが、ただの一度も聖杯が奇跡を叶えたことはなかった。
それは、戦争を勝ち抜いたマスターとサーヴァントが現れなかった、あるいは、勝ち残ったとしても聖杯が奇跡を与えるに相応しいと思うマスターとサーヴァントではなかったからであった。
「ご老人! しっかりしてください、お気を確かに!!」
アルトリアは、床に座り込み絶望と苦悩に顔を歪め、眼を涙に曇らせるアハト翁に駆けより、彼の肩を持ち上げ長椅子に座らせた。
アルトリアは未熟ではあったが騎士であった。弱きを助け、強きを挫く。
たとえ自分を見くびるものが相手であっても、それはもちろん変わらなかった。
「(戦略の練り直しが必要だ……)」
切嗣は脇に置いたビジネスバックから書類を取り出す。そこには諜報活動によって手に入れた情報が書かれている。聖杯戦争に参加する他のマスターとサーヴァントの情報である。
祈りの間は数十分もの間、ただ沈黙が支配していた。聞こえるのは、時折アルトリアが落ち込んだアハト翁を気遣う声と切嗣が書類を捲る音だけだ。
いたたまれないのは何もすることがないアイリスフィールだった。と、彼女が何か思い出したようで、ハッと目を見開いた。しばらくしてアイリスフィールは思い切って口を動かした。
「そういえばアルトリア。アヴァロンのことなんだけど、私、アイリスフィールに預けてもらえないかしら?」
「アヴァロンをですか? ……アイリスフィール、ご存知かもしれませんが、あれは宝具です。装備すればあらゆる傷や病、あるいは呪いを無効化・治療し、真名解放を行えばどんな攻撃でも防ぐ鉄壁の防御壁となります。申し訳ないですが、アヴァロンは渡せませんし、それは切嗣やアイリスフィールのためにもならないと思います」
「もちろん、理由はあるのよ。アルトリア、私は《小聖杯》なの」
宝具とはサーヴァントが使う強力な武器や防具のことだ。宝具によっては真名解放によって更に強力な効果を発揮できるものもある。
宝具はそのサーヴァントに由来する逸話が具現化したものであり、例えばアヴァロンはアーサー王が亡くなった場所の名前に由来している。
長く世の中でアーサー王の伝説が語り継がれたことから、宝具として具現化したアヴァロンは不死性を象徴する回復と防御の効果を持っているのである。
「『小聖杯を最後まで確保していたマスターとサーヴァントに、聖杯本体である《大聖杯》は奇跡を叶える権利を与える』。アイリスフィール、あなたは人間ではないと?」
「私はホムンクルス。人間によって作られた人造人間。見た目は人間だけれど中身は違うの。聖杯戦争が終盤になるにしたがって私は徐々に人間から小聖杯へと変化する。倒されたサーヴァントの魂を吸収して、それを魔力に変換して大聖杯に送る。そして最後には大聖杯に蓄えた魔力を吸収して、私はその体を願望器である聖杯へと変える。私は人というより本質的には物に近いの。ロボットでいうところの
「……」
「当然サーヴァントの魂を魔力に変換するのには相当な負荷がかかる。最後にはまともに歩くことすら出来なくなってしまう……だけど、あなたのアヴァロンがあれば違うわ。持ち主の体を無限に回復し続けるその宝具があれば、私は最後まで人間のままでいられる。《生きて》《アイリスフィールのままで》このアインツベルン城に帰ってこれる」
「!?」
「もちろん私だけが得をするというわけではないのよ。私のこの体の全身には魔術回路が張り巡らせてある。一流の魔術師でさえ到底不可能な量の魔力を生成して、魔術で戦うことができる。いざとなれば、私さえ逃げ切れば聖杯としての機能で、あなたの願いや切嗣の願いを叶えることができるの……だからお願いアルトリア。私にあなたの宝具を貸していただけませんか?」
アイリスフィールは立ち上がりペコリと九〇度腰を曲げた。彼女の最愛の夫、切嗣の故郷:日本で人に頼んだり、謝ったりするときにされる最大限の礼節の表し方だった。
「……」
しかしアルトリアからの返答は無かった。アイリスフィールの心は沈んでいく。とはいえ諦めたわけではなかった。彼女は顔をあげた。
「!?」
顔をあげたアイリスフィールが見たのは予想外の光景であった。アルトリアもその腰を九〇度折り曲げていたのだ。少ししてアルトリアも顔をあげた。
「そういうことならば当然アヴァロンはあなたにお貸し致します、アイリスフィール。それよりも謝らなければならないのは私の方だ。これから背中を預けあって死線を潜り抜けるあなたを信用せず、疑ってかかってしまった。申し訳ありません、騎士としてあるまじき行いでした……お許しを」
「そんな……謝る必要なんてないわ。ありがとうアルトリア、一緒に聖杯戦争を勝ち抜きましょう」
「はい。宜しくお願いします、アイリスフィール」
手を差し出すアイリスフィールとそれを握るアルトリア。二人の間に信頼関係が生まれた。
「ランサー、用事が済んだのなら《霊体化》していてくれ」
アヴァロンの問題が片付き、アイリスフィールが切嗣と自分の経歴や聖杯に託す祈り:《恒久的世界平和》を説明した後、二人が何気ない日常会話を始めたのを確認した切嗣は、アルトリアにそう言い放った。
「サーヴァントを現界し続けるのに必要な魔力の大半は大聖杯が賄ってくれているが、僕もそれなりに魔力を使用する。魔術回路を稼働させ続ければ、僕に疲労が溜まっていく。聖杯戦争には万全の状態で挑みたいからね。これからは用事がないときは、魔力消費を抑えられる霊体になっていてくれ」
召喚の魔術は、呼び出す対象が何なのか、で消費する魔力が変わる。サーヴァントは強力で、消費魔力は莫大なものになる。
消費魔力はサーヴァントがこの世に実体のない霊の状態であるなら大聖杯が過去の聖杯戦争で溜め込んだ魔力で全て補ってくれているが、現界、すなわち霊でない実体の状態でいるときは、応分の負担を魔術師に求めてくる。
霊体化すればサーヴァントは攻撃することは出来ないが、攻撃を受けることもなくなるし、他のマスターの諜報活動にさらされることもなくなる。霊体化には色々なメリットがある。
切嗣がアルトリアに霊体化を求めるのは冷たい対応にも見えるが、マスターとして当然の策とも言えた。
「……申し訳ありません。実は私は霊体化出来ないのです」
「何だって?」
だからこそ切嗣は思わず反射的に訊き返してしまった。
「呼び出された過去の私は――私からすれば未来の自分なのですが――《今も》カムランの丘で《生きて》いるようなのです。何分私が経験したことではなく、知識としてあるだけなので実感はないのですが……ともかく未来の私はカムランの丘にて息子:モードレッド率いる反乱軍を鎮圧したものの、瀕死のダメージを負ってしまいました。このままではブリテン国が危機に見舞われると憂いた未来の私は、聖杯と契約を交し、滅びの運命にある帝国を救うためこの聖杯戦争に参上しました。つまり、私は死んでいないので霊にはなれないのです」
「何てことだ!」
ここまで落ち着きを払って資料に目を通し、パソコンを弄っていた切嗣がついに動揺のあまり感情を荒げて大声を上げた。
ちなみにアハト翁は精神を取り乱すあまり体調不良に陥り、メイドのサラとリーゼリットに連れられ、別室で休息を取っている。
「ランサーの最大の長所は敏捷性。取るべき作戦はヒット&アウェイ。実体化と霊体化を繰り返すことで、敵を奇襲し、しかし深入りせずに危険を感じれば、すぐに退却することで敵の疲労と消耗を誘う。それがランサーの最大の強みなんだ! それが霊体化出来ないだって? 一体僕達はどうやって聖杯戦争を勝ち抜いていけばいいんだ!?」
ここまで冷静さを保っていた切嗣が狼狽していた。感情を振り乱し、周囲に自分の驚愕を隠すことなく表現していた。
霊体化出来ないこと。それはサーヴァント、とりわけランサーにとって致命的な弱点と言えたからだ。
「……」
アルトリアは呆然としていた。
そして急に切嗣達に背を向けると祈りの間を飛び出していった。
アルトリアが何を思ってここを飛び出していったか? 大人である切嗣とアイリスフィールには勿論分かっていた。
「ねぇ切嗣、彼女、アルトリアはまだ子供。か弱い少女なのよ。王ではなく、騎士でもなく、大人ですらない。大お祖父様や切嗣、私を含めた皆が失望しているのは彼女も勿論感じ取っていた。子供の心は繊細よ。イリヤを子育てしている私もあなたも、それは十分に理解してる……彼女も辛かったのよ。それでも気丈に、騎士らしく振る舞ってた……私達、大人なのにそんな彼女の心を全く理解して――少なくとも気遣うことが出来ていなかった……ねぇ切嗣、これってとっても恥ずかしいことだとは思わない?」
「……」
切嗣はそれからちょっとして祈りの間を後にした。
アルトリアに謝るためだった。
契約によって繋がった魔力供給のラインのおかげで、マスターである切嗣にはアルトリアの気配を常に感じ取れる。彼女がどこにいるのかは分かっていた。
「……切嗣ですか? 何の御用でしょう?」
雪原が見渡せるバルコニーにアルトリアはいた。切嗣が近づくと彼女は振り向いた。顔には涙や鼻水を拭った跡があり、声は震えていた。
「すまなかった、アルトリア。許してほしい……」
今度は切嗣が腰を九〇度折った。事実彼は自分を恥じていた。
彼は確かに、目的のためには手段を選ばない悪党であった。だが人間であり、当然感情もあった。手段を選ばないのは、それが正義の為であるからだ。
ここで何をするのが正義なのか? 当然それを切嗣は弁えていた。
「や、やめてください。あなたは何も悪くない……全ては私の力不足が原因です。謝るべきは私の方です」
アルトリアはどこまでも礼儀正しく、謙虚であり、また根っからの騎士の卵であった。
『雨降って地固まる』。古くからあるこの
ところでもしかすると、この信頼が生まれたのは、アルトリア固有のスキル、すなわち保有スキル:花の旅路の賜物であったのかもしれない。
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Interlude 01 END
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