聖杯戦争に最初の脱落者が出た。
霊器盤でその事実を確認した儀式の監督役:言峰 璃正はすぐさま遠坂 時臣に連絡を取った。
「バーサーカーのサーヴァントが現界した直後に消失した……なるほど」
時臣は聞いた情報を反復し、しばらくして再度口を開いた。
「恐らく、強力なサーヴァントを手にしたいと思ったマスターが、ステータス補正を受けられるバーサーカーのクラスで英霊を召喚したものの、予想以上に強力な魔力負担に耐えかねて、サーヴァントを自決させたか、あるいはマスターが瞬時に自滅したか……そんなところでしょうか?」
『わしもそう
「有難う御座います。私も魔術協会の
『ふむ。というと?』
「実はロンドン時計塔講師のロード・エルメロイがギリシャのマケドニアにサーヴァント召喚のため幾度となく出向いているという情報が流れていたのです……ただ必ず婚約者を連れてロンドンを出発していたということもあって、ハネムーンだと思い、それ以降あまり気にかけていなかったのですが……神父のバーサーカーの情報を聞いて、これはもしやと」
『ロード・エルメロイは聖堂教会にもその名の轟く若手の実力派魔術師。聖杯戦争に参加しようとしているという噂も確かにあった……彼が脱落したとなれば時臣君、間違いなく我々にとって福音となる。その線の調査は特に重点的にするようにと伝えておこう』
「重ねて有難う御座います、神父」
『なに。わしは亡き友……時臣君のお祖父さんとの約束を果たしているだけです。もちろん君の人柄も信頼しています……時臣君、必ずや勝利を我々の手に!』
「はい神父。必ずや」
ほどなくして通話は終わった。といっても通話は電話ではなく、魔導器を通してだ。
遠坂 時臣は魔術師だ。日本の冬木の地に根を張っており、まもなく行われる第四次聖杯戦争に《始まりの御三家》の一角として参戦する予定の有力魔術師だ。
「ふむ……バーサーカーとアーチャーが現界した以上、準備は整った。私もサーヴァント召喚の準備に取りかかるか」
私室の書斎で手を組み、物思いに耽っていた時臣であったが、決意が固まり、そう呟いた。
「英雄王:ギルガメッシュ。紀元前三〇〇〇年に人類初の文明を築き上げたシュメール人が作り上げた叙事詩に登場する伝説の人物。聖杯戦争に召喚される英霊は古ければ古いほど、有名であれば有名であるほどに強力なサーヴァントとして召喚される。ギルガメッシュであれば、申し分ない」
書斎の机の上には、太古の蛇の脱皮の脱け殻が入った重厚な箱が置かれている。英雄王ギルガメッシュに由来する聖遺物だ。
「しかしだからこそ召喚するクラスを選ぶ必要があった。バーサーカーでは魔力消費が激しく、並みの魔術師程度の魔術回路しか持たない私では扱いきれない……ロード・エルメロイ。才能への自負が裏目に出たな」
聖杯戦争に召喚されるサーヴァントは七体であり、それぞれのサーヴァントはクラスを与えられている。
「バーサーカーは強力なステータス上方補正を受けられる代わりに、マスターの消費魔力が激増し、サーヴァントも理性を奪われるという特殊クラス。使い勝手が悪いので、我々御三家のマスターはもちろんのこと、まともな思慮のある魔術師なら選ぼうとは思わないクラスだが、ロード・エルメロイはあらゆる意味で普通の魔術師ではなかった。それゆえに博打を打ち、失敗した……辻褄はついているな、やはりこの線は十二分に考えられる」
ところで七体のサーヴァントは、全員別のクラスを与えられて召喚されるので、サーヴァントが召喚されればされるほど、残されたマスターが召喚できるクラスの選択肢は狭められていく。
しかしそれは同時に、後になればなるほどマスターは自分のサーヴァントを任意のクラスで呼び出しやすくなるということも示している。
「厄介なクラスなのはバーサーカーとアーチャーだ。バーサーカーはもちろんのこと、アーチャーも必ず単独行動スキルが与えられる、という懸念すべきクラスだった」
スキルとはサーヴァントに付加される特殊能力のことである。単独行動スキルは、サーヴァントがマスターの魔力供給無しで長時間現界出来る能力。
アーチャーはステータスに恵まれた三大騎士クラスに数えられる強力なクラスでありながら魔力供給を抑えられる単独行動スキルまで持つ最強とも言っていいクラスである。
しかし一方で、魔力供給がなくても現界出来るというスキルを生かしてサーヴァントがマスターを裏切って殺すなどの可能性もあり、諸刃の剣ともいえるクラスであった。
『常に余裕を持って、優雅たれ』。貴族然としながらも、懐の大きさを見せるのが時臣の心情である以上、裏切りを警戒しながら戦っていくのは性に合わないと彼は思っていたのだ。
「時は来た。召喚の準備を始めよう」
心を決めた時臣はそう呟くと、愛弟子の言峰 綺礼に決意を伝え、その父にして聖杯戦争監督役、そして自身の協力者である言峰 璃正神父へと連絡を入れた。
「この戦い、我々の勝利です」
思わずそんなことも口走る時臣なのであった。