【完結】Fate/Zero 正義   作:いすとわーる

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中編:聖杯戦争
《第八話 我慢比べ(チキンレース)


 

 聖杯戦争はアサシンの遠坂邸への強襲で幕開けした。

 結果は遠坂 時臣の召喚したライダーによってアサシンが撃退され、宝具で瞬殺されるという無惨な結果に終わった。

 アサシンのマスターであった言峰 綺礼は戦いを諦めて、聖堂教会に保護されることとなった。

 だが動きがあったのはそれまでだった。それ以降にキャスター陣営を除く他のマスターやサーヴァントが目立った動きを見せる兆しは一週間を経た現在まで全くと言ってない。

 

「時は来た! これよりキャスターの討伐に向かう。綺礼、手筈(てはず)は首尾よく整えられたかな?」

 

『はい。万事順調です、我が師よ』

 

 遠坂邸から冬木教会への通信が行われている。会話に参加しているのは三人の男性だ。一人はライダーのマスター:遠坂 時臣、もう一人は監督役:言峰 璃正、最後の一人は璃正の息子でアサシンのマスター:言峰 綺礼である。

 

『アサシンの偵察により、キャスターのマスターは定期的に根城の柳洞寺から繰り出し、新都にて子供を大量に誘拐している、ということが明らかになっています。《アサシン三〇体》程に柳洞寺を出たマスターの雨竜 龍之介を急襲させ、可能なら殺害します』

 

『しかし綺礼。キャスターのサーヴァントが何の対策も取っていないとは思えない。何らかの防御的措置を取っていると考える方が妥当だ。マスターの殺害に成功してもキャスターは消滅しないと考えておくべきだろう?』

 

『抜かりはありません、父上。仮に柳洞寺で戦闘になった場合には動員可能なすべてのアサシンをライダーの援護に回らせ、参道に血路を開きます。師にはライダーと共に柳洞寺の境内へと《輝舟(ヴィマーナ)》でかけ登っていただいたのちに、キャスターの魔術工房を《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》でもって一息に破壊、そしてキャスターも始末して頂くという算段。これで宜しいですね?』

 

「《百の(かお)のハサン》の特性を生かした見事な作戦だ、綺礼。キャスターは事前の諜報により、タコのような怪物を大量に使役しているという情報があった。ライダーのギルガメッシュは知っての通りあの性格。自らが実力があると認めた相手以外とは矛を交える気はないようだ。となると怪物は私が処理しなくてはいけなくなるが、宝石魔術は行使できる回数に限りがあるし、ギルガメッシュの戦闘用に魔力消費を押さえておく必要がある。無駄な戦闘は避けたい。そこで君のサーヴァントの出番となるわけだ、綺礼。一体は《芝居》の犠牲になって貰ったが、残りの七九体もの数のサーヴァントでタコの怪物の相手をしてもらえれば、数だけが強みの相手など敵ではない……この戦い、やはり我々の勝利だ!」

 

 舞い上がる時臣。

 

『……油断は禁物ですぞ、時臣君』

 

 だが状況は決して油断の出来るものではなかった。

 

『僭越ながら、この老骨から忠告を。前回の第三次聖杯戦争を経験したこのワシから見て、今回のマスター連中は皆強敵(ぞろ)い。彼らは定石を(わきま)えるのはもちろんのこと、周到に作戦を練り、綿密な下準備を整えて戦場に出向いて来た、とみるのが妥当でしょう』

 

『師よ、私からも一言。アサシンは表向き我々に忠誠を誓っておりますが、彼らには彼らの願望《統合された完璧な人格》の獲得があります。操り人形ではありません。また言うまでもなく、アサシン:ハサン・サッバーハは、宝具《妄想幻像(ザバーニーヤ)》によって、現在七九体に分裂して現界しています。多重人格者であった生前の彼が《百の貌のハサン》と呼ばれたことに由来して生まれた宝具と見て間違いないでしょう。それゆえにハサンにとって、七九体それぞれ全てが自分自身そのものであるのです。例の芝居によって犠牲にしたのは、決してたった一体だけという認識ではありません……一言で言って、彼らは全く成果の出ていない現状に不満を抱いています』

 

「今回のキャスター討伐が失敗すれば、アサシンは我々を見限る可能性もある。そういうことかな、綺礼?」

 

『はい。全てのアサシンはマスターとサーヴァントの捜索のため、冬木中で行動させていました。当然私が命令を下した上でですが、彼らにはそれなりに自由な裁量を与えていました……私の代わりとなるマスター候補を見つけ出した可能性も否定は出来ません』

 

「《常に余裕を持って優雅たれ》。我が遠坂家の家訓だ。だがしかし、今回ばかりはそれを忘れる必要があるかもしれない。芝居にも、キャスター討伐に令呪の報酬をというエサをちらつかせてのマスターの誘い出しも、何一つといって上手くいかなかった……認めよう、私の策は完全な空振りに終わったと」

 

『真の愚か者は自らの過ちを認めない者。正しい現状認識が出来ている時臣君には、まだ勝機はあります……しかしあえて厳しいことを言わせていただく……これが最後のチャンスです。必ずやキャスターを仕留め、冬木の管理者(セカンドオーナー)としての役目を果たしてもらいたい……このままキャスターが野放しになるというのでは、監督役として聖杯戦争の中断、最悪終了を宣言せざるを得なくなります。言うまでもなく神秘の秘匿は、聖堂教会にとっても魔術協会にとっても第一優先事項。キャスターを野放しにし、万が一にでも聖杯を勝ち取るなどということがあれば、冬木どころか日本中・世界中に災厄が招かれるのは必定。それは何としても回避しなくてはなりません。宜しいですな、時臣君? これが最後のチャンスです』

 

 時臣は思わず生唾を飲み込んだ。

 聖杯戦争は時臣の人生における最大のハイライトであったのだ。保守的な彼にとって遠坂家の悲願である《聖杯による根源への到達》は一族の念願であると同時に、彼の望みそのものであった。

 聖杯戦争は六〇年に一度。まもなく四〇に差し掛かろうという年齢の時臣には、幸運が味方して次の儀式に立ち会うことは出来ても、戦うことなど不可能だ。

 

「分かっています。万が一の場合には一族の悲願は次世代の凛と桜に託しましょう」

 

『……すまない、時臣君。亡き友との義理を思い、聖堂教会ともギリギリのところで掛け合っていたのが、もう圧力に()えきれそうもないのだ……本当にすまない……』

 

 場に重苦しい空気が流れた。そしてそれは通信を終えるまで取り払われることはなかった。

 時臣は魔導器による通信を終えると、遠坂家地下にある工房で物思いに耽るのだった。

 


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