DRAGONQUEST11過ぎ去りし時を求めずに   作:イレブン

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ちょっと過去の話になります。



過ぎ去りし時を求めた友

 星空が照らす海で船が揺れているなか、カミュは一人船首に立っていた。唯一の話し相手のマヤはもう船室で寝てしまっている。物見はカミュただ一人だ。

 そうなるとやることもなく物思いに更けるしかない。

「……そういや、昔はアイツと船の物見をしてたな」

 今はもういない友人と、船首で遅くまで語り合ってたことを思い出す。シルビアの船の操縦者のアリスが寝る時にカミュたちが代わりにしていた。その時は、もう今は戻ってこない。

 そのきっかけとなった出来事をカミュは思い出していた。

 

 

 

「僕は、過去にいくよ」

 文字盤があちこちにちりばめられた、もう錆びかけている塔の、台座の前で親友は穏やかに、しかし力強く答えた。

 もう二度とこの世界には戻れない。それどころか、時空の渦に巻き込まれ、永遠に虚無をさ迷うことになるかもしれない。そう、時の番人が言葉を濁さずに告げたはずだというのに。

 皆は勇者を止めるべく、様々な言葉をかけた。ロウのじいさんは実の孫がもう永遠に消えてしまうことを悲しみ、セーニャは死んだ姉と交わした誓いを破りたくないと告げ、マルティナはアイツを守りたいと訴え、シルビアのおっさんは仲間を失いたくないと優しく、そして悲しそうに言い、グレイグは過去にいけない己の無力さに猛っていた。

 でも、それでもアイツは過去にいくと決めたのだ。ベロニカを、そして他の死んだ人々を助けるために。

 アイツの目は、あまりにまっすぐで、おっとりしてるようで、ものすごく熱かった。俺は思わず、目をそらしてしまった。これは、参った。何をいっても、もう無駄だろう。きっと、この中で一番長くいたであろう俺の言葉だって、届かない。

 俺は、言おうと思っていた言葉を飲んで頭を掻いた。そしてため息をついて、笑って見せた。

「……負けたよ。お前はおっとりしてるようでこういうときはガンコなんだよな! わかったよ、もう俺は何にも言わねぇ。いってこい! もう一度世界を救ってくるんだ!」

「……カミュ。ありがとう」

 アイツはこくっと頷くとみんなを見渡した。皆はなおも名残惜しそうにアイツを見ていたが、なんとか笑って見せた。そして、アイツに道を譲った。時をわたるための宝玉が鎮座されている台座への道を。

 アイツは皆に礼を述べると、まっすぐ台座へと歩み寄る。そして時の番人に話しかける。あの台座の宝玉を勇者のつるぎで叩き割ったらもう、アイツはここから消えてしまう。それはわかっているが、俺はもうどうすることもできない。アイツが背を向けている時に俺は唇を噛んでいた。

「……わかりました。では勇者よ。前へ」

 アイツはこくりと頷くと、台座の宝玉の前にたつ。もういなくなってしまう。俺はもう、抑えられなかった。いつのまにか足が動いていて、声をあげていた。

「ま、待ってくれ!」

 アイツは声に気づき、振り向いた。覚悟を決めた表情に、またも目をそらしそうになるが、そういうわけにはいかない。

「過去で会う俺は以前のようにお前と敵対する身だろう。だが、しかし……お前が望むなら俺はふたたびお前に命を預けるだろう。何度だって、勇者を守る盾になる!」

 グレイグは悲痛だが、武人らしい叫びをあげる。しかし、そんなグレイグにシルビアが近づいた。いつもみたいに過剰なスキンシップはしていない。

「んもう! グレイグったら、かたぐるしい別れなんてヤボよ。旅立ちの挨拶は気楽な方がいいのよ。サヨナラなんて言わないわ。だってまた過去で会えるしね!」

 嘘をつくなよ、シルビア。お前だって分かっているだろう? もう二度と、会えないんだぜ?

 でもそれがまた、シルビアのよさでもあるんだけどな。

「あなたならどんな困難にも乗り越えられるわ……でも、無理だったらもう一度、私たちを頼ってね」

 マルティナが憂いを帯びた表情で、しかし強い女らしく言葉を紡いだ。

「さぁ、あなたのおじいさまにもう一度顔を見せてあげて」

 そしてマルティナは、アイツの実のじいさんの最後の別れを取り持った。ロウは今にも泣きそうな表情を必死に堪え、笑顔を見せた。 

「おぬしよ……立派な顔つきになったのぅ。なぁに、ちょっとのあいだお別れする訳じゃよ。わしは今度こそ世界を救ってくれると信じておるぞ。なんといってもこのわしの自慢の孫じゃからの。ほっほっほ」

 アイツ、ロウのじいさんの言葉を聞いて少し目を細めている。アイツだって悲しいんだ。俺はそっと拳を握りしめる。

 ふと横をみると、髪の短い金髪の少女、セーニャが俯いていた。何か言いたげだが、言えないようだ。

 カミュは頑張って作り笑いを浮かべ、セーニャの華奢な背中を押す。驚いた少女はカミュを見る。カミュはなんとか悟られまいと腕を組み、顎で行けと伝えた。セーニャは静かに頷くと、少しずつ勇者へと近づいていった。

「……勇者様。私はあなたを守る使命のために必死にここまで歩いてきました。あなたと冒険した日々のことは私にとってかけがえのない時間……私、絶対に忘れません。だから、勇者様っ……だからっ……」

 セーニャは涙を一滴、二滴溢すが、ずっと笑っていた。勇者の顔が、まるでシワのできた紙のように崩れ始めていく。それを見ただけで俺も、胸が締め付けられていく。

「また、私のこと……探しだしてくれますか?」

 彼女の、告白に勇者は静かに頷いた。

 そして勇者は宝玉へと歩みより、剣を払う。そして天に掲げると、勢いよく振り下ろした。その直後、宝玉に幾千もののヒビが入り、光が漏れだしていく。剣は衝撃で砕け散り、刀身が宙を待っていく。

 光はあっという間に勇者を包み込み、眩しさの余り思わず腕で庇う。

 横ではじいさんが涙ぐみながら孫に声をかけている。しかし、うまくたてずにその場で膝まついてしまい、マルティナが支えている。

 今度こそ、もうお別れだ。カミュはバット地面を蹴り、光の届かないギリギリのところまで駆けて、叫んだ。

「勇者!! 俺達はもう一度お前と旅をするからな!!」

 光の向こうにいる勇者は音もなく光に吸い込まれていく。カミュは手を伸ばさずに、ただ遠ざかる勇者の瞳を見つめていた。

 わかっていた。もう一生、アイツと旅なんてできない。例え魔王でも、どうにもならない世界へとアイツはいっちまうんだから。でも、それでも言わずにはいられなかった。俺は信じ続けているからだ。勇者の奇跡ってヤツを。

 だからーーだからっ……!

「また、会おうぜ……!!」

 そうカミュがいった瞬間、光は空間の中へと吸い込まれ、跡形もなく消え去った。

 勿論、アイツの姿は、ない。あるのは、アイツが砕いた勇者のつるぎの破片だけだった。

「……いっちゃったわね……」

「……ああ」

 シルビアとグレイグは呆然とし。

「おお……おおおお……!!」

「ロウ様……」

 年甲斐もなく大泣きするロウと慰めるマルティナ。

「勇者、様……っごめんなさい、お姉さま……」

 ポロポロと瞳から滴をこぼすセーニャ。

 カミュは彼らを虚ろな瞳で見つめたあと、ふらふらと勇者の落とした破片へと近づく。そしてそれに触れた瞬間。

「……くそっ、なんだよこれ」

 カミュの頬になにかが伝う感触があった。触れてみると、それは滴だった。泣いたんだ、俺は。ほとんど泣いたことなんか、ないくせに。

 一度決壊したものは止まらない。カミュは必死に押さえようと堪えるが勢いは増していく。いつしかもう抑えることもせず、ひざをついて叫んだ。

「う、うぅぅわああーー!! ああぁぁぁーー!!!!」

 カミュの、はじめての環状の吐露に皆感化され、それぞれが涙を流す。時の番人が何を考えているかわからないような目で見ていたが、気にしなかった。どうでもよかった。俺のなかで、大きな割合を閉めていたものが、ぽっかりと穴を開けて消えてしまったのだから。

 

 

 

「…………」

 カミュは神妙な表情で静かな夜の海を眺めていた。そして、ポーチから銀色に美しく光る刀身を取りだし、それを撫でた。あの日以来カミュが大事にとっておいたものだ。親友の形見として、この身から離すつもりはない。

「……ん?」

 ふと空を見上げると、闇に染まった景色が徐々に払われていくのが見えた。物思いに耽っていたら、いつのまにか朝になっていたようだ。

 カミュはとりあえず妹を起こすべく船首を離れ、船室へと向かう。その途中で食糧庫に寄り、在庫を確認した。もうあと二日分くらいしかない。あまりバイキングのやつらが持っていなかったのだろう。

 カミュは地図を見ながら部屋まで向かい、ドアをノックした。そしてマヤはだるそうに起きて、着替えて部屋を出る。食糧庫から朝飯をいただいたあとでカミュは今後の予定を伝えるべく口を開いた。

「とりあえず食糧が足りないからソルティコに向かうぞ。通り道だしちょうどいいだろ」

「ソルティコか……たしかリゾート地だったよな? いいぜ! いこういこう!」

 マヤはパッと顔を輝かせて、その場でガッツポーズをした。カミュはふっと鼻で笑うと船首へと戻る。

「……そういえばソルティコはシルビアのおっさんの故郷だって聞いたな。ちょうどいい、いたらシルビアに会うとするか」

 カミュはまたひとつ目的を作り、密かに笑うと港を目指して舵を切った。

 

 




次はソルティコにいきます。誰がいるかは大体、というかほぼ予想できているでしょうがお楽しみに。

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