それでは本編どうぞ
アザゼル先生が持ってきてくれた弁当を食べ終わった後、俺は一度グレモリーの屋敷に戻ってきていた。タンニーンさんが一度自分の領土に戻りたいそうなので、修行が一度中断となるためだ。まあ、俺としてもタンニーンさんとの戦闘訓練とは別にやらなければならない修行があったため丁度いいタイミングだったかもしれない。
そうしてグレモリーの屋敷に戻ってきた俺だが、ひとまずは小猫が休んでいるという部屋に向かっている。アザゼル先生から小猫の事情を聞き、俺としても少し思うことがあったので見舞いがてら少し話をしようと思ったからだ。
「小猫、入るぞ」
数度ノックした後、小猫のいる部屋へと入る俺。そんな俺の目に映るのは、ベッドに横たわる、猫のような耳を生やした小猫の姿だった。
「一誠くん、これは・・・・・」
「事情は大体アザゼル先生から聞いています・・・・・調子はどうだ小猫?」
小猫の看病をしていたらしい朱乃先輩の隣の椅子に腰かけながら、小猫に尋ねる。
「一誠先輩・・・・・何をしに来たんですか?」
「タンニーンさんとの修行がひと段落してな。アザゼル先生からお前が倒れたって聞いたから様子を見に来たんだ」
「・・・・・そうですか」
俺がこの場に赴いた理由を聞いたのち、小猫は顔を逸らして黙り込んでしまう。しかし、それから数十秒ほどして・・・・・小猫は俺に語り掛けてきた。
「一誠先輩・・・・・どうしたら一誠先輩のように強くなれますか?」
「小猫?」
「強くなりたいんです。このままでは私は役立たずになってしまう。
小猫は泣き出しそうな表情で語る。どうやら俺が考えている以上に、小猫は自分のことを責めているようだ。弱い自分自身を。
「・・・・・強くなりたいのなら、自分の力を受け入れなければならないだろうな」
「でも私は・・・・・あの力を使いたくない。使えば姉様のように・・・・私は・・・・・」
強くなりたい。けれど、秘められた力は使いたくない。小猫の葛藤は相当なものだろう。それこそオーバーワークに繋がるほどに。そしてその葛藤は、隣にいる朱乃先輩も同じく抱えているものであり・・・・俺も、わずかにでも理解できるものだ。
だからこそ俺は・・・・・敢えて、小猫を慰めたりはしない。
「それは、その葛藤は甘えだよ小猫」
「え?」
「強くなるために必要なものが自分の中にある。だけどそれに頼らず強くなりたい。それは甘えだ。本当に強くなりたいっていうなら、その甘えは振り解かなければならない」
「一誠くん、それは・・・・・」
朱乃先輩が俺に何か言いたげだったが、俺はそれを手で制した。
「強くなりたいなら甘えなんて捨ててしまえ。そうすれば強くなる。そうすれば・・・・・その葛藤の苦しみから解放される。恐いかもしれないが、前に進むにはそれしかないと俺は思うぞ?」
「一誠先輩に何がわかるんですか。一誠先輩に私の何が・・・・・」
「まあ、全部が全部理解できるだなんて傲慢なことを言うつもりはないさ。だが、自分の力を恐れる気持ちなら、俺にだって理解できる」
「・・・・・え?」
「俺は力を、強さを欲している。だが、別に最初からそうだったわけではない」
俺は左腕に
「赤龍帝の籠手。
あの時のことは今もよく覚えている。俺の人生を変えた・・・・・いや、俺の人生に役割が与えられた瞬間だから。今でこそそれを受け入れてるし、それが当たり前のように感じられているが・・・・・初めからそうだったわけではない。
「最初に抱いた感想は『恐い』の一言だった。自分にそんな力があるなんて、自分が望んでもいない因縁を背負わされて、自分もいつか歴代の赤龍帝のように凄惨な死を遂げるのではないかって・・・・・とにかく恐かったよ」
自分は『兵藤一誠』ではないと、自分の生に疑問を抱いていた。それでも、いやだからこそか。自分のあずかり知らないところで、本当の『兵藤一誠』でもないのにそんな宿命を背負わされて、こんな宿命を背負わせたことを呪った。
俺は悩み、苦しんで・・・・・葛藤した。
「この力は自分を飲み込んでしまう。この力は自分を狂わせてしまう。この力は、自分を自分ではない『ナニカ』になってしまうんじゃないかって・・・・・・とにかく恐かった。そういう意味では、小猫の気持ちを俺は理解できていると思う」
「「・・・・・」」
左腕の籠手に触れながら話す俺のことを、小猫と朱乃先輩はじっと見つめてくる。その眼から感情を読み取ることはできなかったけれど・・・・・それは無理に理解する必要のないことだと思った。
「まあ、色々と悩んだ挙句、俺は赤龍帝としての力と宿命を受け入れたわけだがな。結果として俺は赤龍帝の宿命で人生を狂わされてるのかもしれないし、自分では自覚はないけど力に呑まれてしまっているのかもしれない。けれど俺は・・・・・致命的な、超えてはならない一戦は超えていないつもりだ。少なくとも、暴虐のために不必要に力を振るっているつもりはない。そんな風にはなっていないと思っている」
戦うことは確かに好きだ。だが俺は破壊や暴虐を好んでいるわけではない。誰かに傷ついてほしいと思っているわけではないし、不必要に戦いを求めようとも思っていない。その一線だけは、超えていないと自覚している。
「俺は小猫が・・・・・そして朱乃先輩が自分の力を恐れていることは理解できる。だが、理解できるからこそ言わせてもらう・・・・・力は力でしかない。力が原因で人格が変わることもあるし、それに振り回されることもある。だが、結局のところはその力をどう扱い、どう操り、どう向き合い・・・・・どう受け入れるのか。それは二人次第。ただ・・・・・強さを願うのなら、力をないがしろにしてはならないと俺は思うよ」
我ながら勝手なことを言っていると思う。結局のところ選ぶのは小猫と朱乃さんの意思に委ねなければならないのだから、俺のしたことは余計なお世話だったのかもしれない。
ただ、そうとわかっていながらも話したのは・・・・・・まあ、結局のところは俺の我儘なんだろうな。
「・・・・・上から目線で偉そうなことを言って悪かった。これ以上は俺から話すことは何もないよ。煩わしいと思ったのなら忘れてもらっても構わないし、俺のことを嫌ってくれても構わない・・・・・ただ、もう一度、自分の力についてよく考えてみてくれ」
そう告げて、俺は部屋から出ようと立ち上がった。
だが・・・・・そんな俺を、小猫は引き留める。
「待ってください一誠先輩・・・・・一つだけ教えて欲しいことがあります」
「なんだ?」
「一誠先輩は・・・・・どうして自分の力を受け入れようと思ったんですか?なにか、受け入れようと思ったきっかけはあるんですか?」
受け入れようと思ったきっかけ・・・・・か。
「色々あるけど、多分一番の理由は・・・・・縋りたかったから、かな」
「縋りたかった?」
「ああ。俺は縋りたかった。赤龍帝という存在に。それを支えにして、そこに役割を見出したかった。俺には・・・・・それしかなかったからな」
赤龍帝・・・・・葛藤はあったけれど、それは当時の俺にとっては『兵藤一誠』ではない俺に与えられた役割。縋るべき・・・・縋りたかった希望。
だから俺は、修羅の道になるとわかっていながら、力を受け入れたんだ。たとえその先に、凄惨な死が待っているとしても・・・・・
「・・・・ゆっくり休んで、ちゃんと体力回復に努めろよ。部長も心配してるだろうから」
最後に小猫にそう告げて、俺は部屋を出た。
『兵藤一誠』である事を放棄している一誠さんにとって、『赤龍帝』であることはある意味希望です。もっとも、一応は一般人であったため力に対する恐れは最初はきちんと存在していましたが。
それでは次回もまたお楽しみに!