それでは本編どうぞ
「よう兵藤」
少し風にあたろうと一人でバルコニーに出ていた俺に、匙が声を掛けてきた。
「ん?なんかお前疲れた顔してるけどどうかしたのか?」
「ちょっとな・・・・・パーティの出席者に声かけられまくって気疲れしたんだよ」
「お前有名人だもんな・・・・・何というかお疲れさん。けど、俺からしたら羨ましいけどな」
同情の籠った視線を俺に向け、いたわってくれる匙だったが、同時に羨望の言葉を口にした。
「羨ましいって、どうしてだ?」
「それだけ有名ってことは、お前は多くのひとに認められてるってことだ。俺なんて見向きもされないんだぞ?」
「そんなに有名になりたいのか?」
「ああ。俺の名誉は会長の名誉だからな。俺は会長が胸を張って自慢できる眷属になりたい。だから、皆から注目されてるお前が羨ましいんだよ」
自慢できる眷属、か。匙は俺を羨んでいるが、俺だって自慢の眷属ではないと思う。結構独断で行動しているし、無茶して心配を掛けさせたりもしてる。眷属としては、問題児なのだろう。まあ、自覚しておいてあまり自分の行動を顧みていない俺に問題があるのは事実だが。
「だけど・・・・だからこそ、お前達とのゲームは負けられないんだ」
匙は真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
「お前達とのゲームで勝てば・・・・会長の力を、俺達の力を認めてもらえれば俺達の夢を笑う連中を見返すことができる。俺達は夢に一歩近づくことができるんだ」
「夢、か。お前の夢はソーナ様の夢を叶えることなのか?」
「それもある。けどそれだけじゃない。俺はさ兵藤。先生になるのが夢なんだ」
匙が先生に?
「先生っていうと、ソーナ様が言っていたレーティングゲームの学校のか?」
「ああ。今冥界にある学校はどれもこれも上級悪魔の貴族しか受け入れていない。そしてそこで教える教師も貴族出身の頭が固い奴等ばかりだ」
貴族による貴族の為の学校ってことか。前々から思ってはいたがやはり同種族での格差が大きいな。いわゆる貴族主義。地位や名誉、権力の持つものを重視する風潮。今の魔王様方はそれを変えたがっているそうだが、長年培われたこの制度は根深い。中級以下の悪魔でさえ、そこに疑問を抱くものが少ないからこそ、それが当たり前とされているのだろう。
「おかしいと思わないか?今の悪魔の社会はゲームで活躍して実力を身に着ければ上級に昇格できるっていうのに、実際は多くの下級悪魔はゲームのことを学ぶ機会さえ与えられない。それこそ、俺やお前のように上級悪魔に見いだされて眷属にならない限り、不可能と言っていい」
「まあ、不平等ではあると思う」
だが、その不平等さでさえ、お堅い貴族の悪魔が意図的に敷いている精度なのだろうな。認められれば上級に昇格させると希望を与えながら、実際にはその機会は与えない。今の貴族主義の制度を保つためにあえてそうしている可能性がある。たとえ悪魔達のトップである魔王でも、あるいは魔王だからこそ、そういった制度に容易く手を出せないのかもしれない。
「会長はそれを変えたいって言ってた。下級悪魔でもゲームができるって教えたいって。そのための学校なんだ。誰でも入れる学校を創って、皆が平等に学べる場を作る。そして誰もが上級悪魔になれる可能性があるって証明する」
匙の言葉には並々ならぬ熱がこもっていた。それだけ、夢にかける思いが本物だっていうことか。
「俺はそんな会長の夢に惹かれた。そして、俺自身の夢も決まったんだ。その学校の先生になろうって。先生になって、俺が
学ぼうとする者達の、下級悪魔達の希望・・・・素直に、率直に匙に対して感心した。匙の思いは立派なものだと思う。超えなければならない壁は多いだろうけど、それでもどんな壁をも乗り越えてみせるという覚悟が十分すぎるほどに伝わってくる。
そんな匙の夢を、応援したいと思った。だけど、それと同時に俺は・・・・・またあの妙な苛立ちを覚えていた。間違いなく匙の夢を尊いものだと思っているはずなのに・・・・・どうして?
「そのためにも、俺達は次のゲーム勝つ。勝ってみせる。そのために俺は厳しい修業を積んで強くなったんだ」
「それは俺も同じだ。山に籠って散々タンニーンさんと・・・・・ドラゴンと戦って強くなった」
「ドラゴンって・・・・・お前、とんでもない無茶してるな。しかもタンニーンってあの元龍王で最上級悪魔のだよな?」
顔を引きつらせる匙。おそらく修行内容を想像しているのだろうが、匙の想像を上回る修行を強いていたと思う。なにせ山が丸坊主どころか、ほぼ平地になってしまったからな。
「お前の夢に関しては素直に応援している。だが、それをゲームに持ち込む気はない。お前がどれだけ強くなり、どんな思いで戦おうとも俺は、グレモリー眷属として手を抜くわけにはいかない。主の勝利の為、持てる力を尽くさせてもらう」
「わかってるさ。というか、手なんて抜いたら一生許さねぇ。本気のお前達に勝ってこそ、俺達を馬鹿にした連中を見返せるんだからな」
俺も匙も、負けられないという気持ちは同じ。そうなれば、純粋に力が上の者が勝つ。厳しい修業を積んだと言ったからには、相応の力を身に着けているのは確かだろう。俺としても匙の対策となる力を手にしてはいるが・・・・・それでも警戒に越したことはない。ゲームでは心して戦わなければな。
「それじゃあ俺はこれで。会長達のところに戻るな」
「ああ。またな匙」
「またな兵藤」
軽く挨拶を交わした後、バルコニーをあとにする匙。次に会う時はゲーム当日になるだろう。
「・・・・・夢、か」
壁に寄りかかりながら空を仰ぎ、先ほどの匙の話を思い返す。
匙は自身の夢を持っている。そしてそれは匙だけでなく、匙の主であるソーナ様や魔王になることを目標とするサイラオーグ様、そして部長にだって夢がある。
『兵藤一誠としての目的はあるか?お前自身の欲望を満たす夢は?』
唐突に、タンニーンさんに言われた言葉を思い出す。
『兵藤一誠』としての目的、そして俺自身の欲望を満たす夢。それは存在しない、存在してはならないものだ。なぜなら俺は本来なら『兵藤一誠』ではないはずなのだから。本当の『兵藤一誠』・・・・・俺はその居場所を奪ってしまった異物。
そんな俺に、夢を抱く権利などない。それは俺の中で定まった答え。だというのに・・・・・なぜだ?なんで俺は・・・・今、タンニーンさんの言葉を思いだした?俺にとってそれは意味のないものだというのにどうして?
「くっそ・・・・・なんだっていうんだよ?」
考えても答えが出ず、イラつきから思わず悪態が声に出てしまう。考えないようにしようとすればするほど、俺の頭は俺の意に反して夢のことを考えてしまう。そうしてまたイラついて・・・・・そんな悪循環に嵌りつつある。
どうにかして思考を切り替えようとしていると・・・・・視界の端に、外の森の方へと駆けていく小猫の姿を捉えた。
「・・・・・小猫?」
一人で外に出ていく小猫の様子はどこかおかしかった。修行の時の一件もあり、今の小猫は精神的に不安定な状態にあるのも相まって、小猫の動向が気になってしまった。
(・・・・・追ってみるか)
バルコニーから飛び降りて、小猫のあとについて森へと足を踏み入れる。
期せずして、先ほどまで思考を支配していた夢のことを、頭の片隅に追いやることができた。
自らの夢について思い悩む一誠さん
ここまで悩むのにはもちろん理由があり、それはおいおい明かしていきます
それでは次回もまたお楽しみに!