『兵藤一誠』の物語   作:shin-Ex-

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今回は一誠さん対匙さんの戦いになります

それでは本編どうぞ


第86話

 

油断などなかった。必ず勝てるという確信もない。だが、それでも負けることはないと思った。

 

単純な戦闘能力ならば間違いなく俺の方が上だ。アスカロンという匙に対してこの上なく有効な武器も持っているし、何より匙の策を破綻させることができた。

 

現状、俺が匙に負ける要素はない。十中八九俺の方が優勢のはずだ。

 

それなのに………なんでだ?

 

なんで俺の方が………気圧されている?

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

「このっ………!!」

 

「ぐっ………おらあっ!!」

 

迫りくる拳を躱し、カウンターで匙の顔を籠手で殴りつける。まともに入ったため、間違いなくダメージを負っているはずなのに………匙は怯むことなく、また俺に殴りかかってくる。

 

さっきからずっとそうだ。俺は匙の全ての攻撃を対処し、カウンターを叩き込んでいる。さすがに匙もアスカロンによる一撃だけは受けまいと斬撃は躱してくるが、アスカロンに意識割かれているから拳や蹴りによる一撃は決まりやすくなっている。

 

既に匙のダメージはかなり蓄積されているはずなのだが………それなのに、匙は倒れない。それどころか、ダメージを与えるたびに、匙の気迫は増していく。俺を睨む目が………鋭くなっていく。

 

「いい加減………倒れろ!」

 

「ぐはっ!」

 

匙の腹部を殴りつけ、そのまま勢いに任せて壁に叩きつける。匙の身体は大きくぐらつくが………それでも強く地面を踏みしめ、倒れずに俺を見据える。

 

「負けねぇ………負けて、たまるか!」

 

くそっ………ふざけんな。もうフラフラのはずだ。力なんてまともにはいらないはずだ。なのに、なんで倒れない?なんで向かってくる?

 

なんで………そんな目ができるんだよ!

 

『ソーナ・シトリー様の兵士(ポーン)一名、リタイア』

 

匙に気味の悪い戦慄を感じる俺の耳に入るアナウンス。チラリと横を見れば、そこには仁村を倒した小猫の姿があった。

 

「一誠先輩、加勢します」

 

「いや、いい。匙は俺一人でやる」

 

小猫は俺に加勢を申し出るが、俺はそれを断った。

 

これはチーム戦で、協力して匙を倒そうという小猫の考えは間違っていない。だが、今の匙の気迫は並々ならぬものだ。それこそ、小猫を倒すまではいかずとも深手を負わせる可能性も否めない。そのリスクを考えれば………俺一人で対処した方が良い。

 

「今の匙は油断できない。だからこそ、万が一のリスクを避けたいんだ。先のことを考えるなら、小猫にはここで消耗して欲しくない」

 

「一誠先輩………わかりました。私は後ろで控えています。負けないでくださいね」

 

「ああ。任せてくれ」

 

俺の進言を聞き入れ、後方に控える小猫。ここまで言ったからには、負けられない………必ず匙を倒してみせる。

 

「仁村………お前の思い、俺が引き継いでやる。兵藤は俺が倒す!」

 

匙は魔力弾を俺に向かって放ってくる。赤龍の翼(ドラゴン・ウィング)を展開して防ぎはしたが………魔力弾の威力は魔力が乏しい筈の匙のポテンシャルを超えるものだった。どうやってこれほどの威力を………

 

「やっぱすげぇな兵藤………俺が命懸けで撃った魔力弾を簡単に防ぎやがって」

 

命懸け?まさか………!

 

「お前………自分にラインを?」

 

「ああ。魔力の低い俺が高威力の一撃を撃つにはこれしかないんでね」

 

匙は自分にラインを繋げ、生命力を糧に魔力弾の威力を上げている………文字通り、匙は命を懸けていた。

 

「………死ぬ気か?」

 

「そのぐらいの覚悟がなきゃお前に勝てないだろうが!」

 

匙は何度も魔力弾を放ってくる。撃つたびに命を削っているはずなのに、何のためらいもなく撃ってくる。その全てが、俺に防がれているというのに………届かないのに、なぜ躊躇なく撃てる?

 

「これでも足りないか………ならもっとだ!」

 

魔力弾から感じる力が大きくなる。それは削った命の量に比例しているということだ。こいつは本当に死ぬ気なのか?ここまでする必要があるのか?

 

「馬鹿野郎………なんでそこまで命を懸けられんだよ!死ねば夢も何もないだろうが!死ぬのが恐くないのか!」

 

匙の放った魔力弾を、アスカロンで両断する。手は多少痺れたが、それでもこの魔力弾以上のタンニーンさんの火球だって防いだんだ………これでは俺は倒せない。匙の懸けた命は無駄に終わる。

 

「なんで………だと?決まってるだろ!俺達は夢を笑われた!馬鹿にされた!踏みにじられた!だけど俺達は必死なんだよ!馬鹿にした連中にそれをわからせなきゃならない!俺達シトリー眷属の本気を見せてやらなきゃならないんだ!」

 

叫びながら、今度は俺に殴りかかって来る匙。だが、俺には当たらない。逆に俺に殴られる。けれど………やはり匙は倒れなかった。俺がどんなに倒れてくれと願い、拳を振るおうとも匙は倒れてくれない。とっくに限界など超えているはずなのに、匙は何度も何度も限界を超えてくる。

 

倒れろ………倒れろ倒れろ倒れろ!とっとと倒れちまえ!

 

くそっ………なんでこんなに落ち着かない?なんでこんなにイラつくんだよ………!

 

「倒れろ匙!」

 

「ぐうぅ………!!」

 

俺の拳が匙の顔面に突き刺さる。身体を大きくのけぞらせ、鼻と口から血を流す匙だが………強引に体制を持ち直し、依然として戦う姿勢を見せる。

 

「匙………もういいだろ!これ以上は本当に………!」

 

「まだだ!まだ俺は倒れちゃいない!まだ負けてねぇぞ兵藤!俺は戦う!シトリー眷属皆の為に!会長の為に!俺達の………夢の為に!」

 

「ッ!?」

 

クソ………まただ。またイラつく………また………

 

わからない。わからないわからないわからない。なんでこんなに必死になれるんだ?なんでこんなにボロボロになってまで戦うんだ?

 

そんなに夢は大事か?夢の為なら………命は惜しくないのか?夢は………人にそこまでさせるのか?

 

………駄目だ、やっぱりわからない。そこまでするほど、夢に価値を見出す気持ちを理解できない。俺には………わからない。

 

だって俺には………俺には、夢なんてないから

 

「………禁手化(バランス・ブレイク)

 

予定のなかった禁手(バランス・ブレイカー)を使い、俺は全身に鎧を纏う。

 

今度こそ終わりにする。終わりにさせなければならない。

 

匙を倒す。倒さなければならない。

 

こんなにイラつくのは………もうたくさんだ。

 

「匙………これで終わりだ」

 

左腕を振り上げ、匙に接近する。この一撃で確実に終わらせられるように、相応の力を籠める。

 

イラつくんだ………お前と戦っていると、イラついてしょうがないんだ。だから………

 

終わりに………させてくれ!

 

「一誠先輩、ダメです!」

 

「ッ!?」

 

小猫の叫び声が聞こえた瞬間、俺は我に返って拳を止める。拳を振るおうとしたその先には………匙の姿はなかった。

 

「匙はいつ消えた?」

 

「一誠先輩に叫んだすぐ後に………立ったまま気を失い、リタイアしました」

 

「そうか………止めてくれてありがとう小猫」

 

全く気が付かなかった。いや、それを認識することができなかった。認識できないほどに、俺は自分の我を失っていた。

 

もしも小猫の声が聞こえず、あのまま拳を振るっていたら………建物を破壊していただろう。そうなればこのゲーム、敗北となっていたかもしれない。

 

情けない………匙の気迫に気圧されて冷静さを欠き、チームを敗北に追いやるところだった。

 

「………くそっ!」

 

匙をリタイアに追い込むことができた。この勝負は俺が勝った。勝ったというのに………気分が晴れない。まったく満足できない。勝った気が全くしない。

 

本当に俺は………匙に勝てたのか?

 

………いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。ゲームはまだ終わってないのだから。

 

「………行こう小猫」

 

「はい」

 

俺は小猫と共に、敵陣へと向かい駆け出した。

 

胸に苦い思いを抱いたままに。




形だけ見れば一誠さんの圧勝となりましたが、気持ちの上では完敗となりました

原作のイッセーさんは匙さんの策にしてやられましたが、気持ちでは渡り合っていたので、それと比べると………原作よりもある意味では劣る結果となってしまったでしょう

それも一誠さんの欠陥が原因なのですが………

それでは次回もまたお楽しみに!

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