私、長編より短編の方が得意なのかもしれない。
(今さらな事実)
三蔵は、背の高い真っ直ぐに伸びた木々が鬱蒼と生い茂る森にいた。
太陽は完全に遮られ、景色はどこまでも薄暗い。空気は冷たい湿気を帯びていた。
「ハァッ…、ハァッ…。クソッ…。」
遡る事、数時間前。
三蔵一行はとある村の宿にて泊まることとなった。
空いている部屋は一つしかなく、野郎共四人で寝ることとなった三蔵は非常に機嫌が悪かった。
「おい、八戒。茶。」
いつもの如く新聞を広げながら八戒に声をかける。しかしいくら呼びかけても返答がない。そしてやっと三蔵が顔を上げると部屋には誰も居らず、自分一人だった。
そういえば、三人とも食料やらを買い出しに出かけたんだと思い出すと、イラついた三蔵は煙草を吸おうと懐に手を入れた。しかし肝心の煙草の箱の中身がなくなっている。
「……チッ。」
そうして三蔵は煙草を買いにいく為に外に出たのだった。しかし、村人に煙草屋の場所を聞くとこの村には煙草は売ってないそうだ。なんでもこの森の奥にある小さな小屋にしか煙草はないらしい。
面倒だと思ったものの、どうしても煙草が吸いたい気分だった三蔵は森の中に入っていった。
そして今に至る。
三蔵は若干この森に入ったことを後悔していた。あの時はどうかしていたのだとさえ思う。
青黒く沈む景色。右を見ても左を見ても、ただ同じような太さの木が立ち並ぶだけ。鳥の声もなく、虫も動物もいず、森はまさに死んだように静かだった。
まもなく、陽が落ちた。
夜になると空気中の湿気が冷え、ますますいやらしい冷気となって身体にまとわりついてきた。
最後の難所が待っていた。
目も眩むような深い谷が口をあけている。対岸へ渡すのは一本の大きな丸太。
ふと何気なく見た奥底。断崖絶壁の岩肌からガラリと岩がこぼれ、はるか奥底へ吸い込まれてゆく様子に、三蔵自身が吸い込まれそうになった。
「ッ!?」
その感覚を一瞬理解できなかった。三蔵は貧血を起こしていたのだ。
そこから三蔵の意識は徐々に消えてゆく。覚えているのは自分に降り注ぐ冷たい雨。さっきから空が雲っていた。そして。そしてーー。三蔵の意識は完全になくなった。
夢を見た。昔の夢だ。
自分がお師匠様を守れなかった夢。俺が非力だった頃のーー。
「ーーッ!!」
目を開けた時に見えた景色は墨絵のようだった。黒い森と流れる雲。雨は小雨になっており、冷たい風が吹いていた。
「あ、起きた。うなされてたみたいだけど、大丈夫?」
視界に入った銀色に驚き、身を起こした。鋭い傷みが身体にはしり、思わず倒れた。
「あー。駄目駄目。貴方、崖から落ちたんだから。絶対安静!あの崖から落ちて助かってるなんて奇跡よ?私がいなかったらどうなってたか」
「テメェは……。」
遮って三蔵は言葉を紡ぐ。
しかし話すのも辛い。
とりあえず今は目の前の女だ。
飛雪蘭。紅孩児の部下が何故ここにいるのか。
「あ、別に経文を取りに来た訳じゃないから。私の小屋の前に倒れてたから手当てしただけ。こんな所で死なれたら迷惑なのよ。」
「小屋だと…?」
右側に小さな小屋が見えた。あれが村人の言っていた小屋なのか。それにしてもこの女、至る所に自分が所有している建物があるらしい。
「煙草…。」
「?ああ、煙草買いに来たのね。でも吸うのは回復してから。」
そう言いつつ、ソフトのマルボロの赤の箱を三蔵の懐に入れる。何故この女が自分の銘柄を知っているのか疑問に思ったがそれを言葉にはしなかった。
「本当は貴方を小屋まで運びたかったけど、傷口開きそうだし。あ、はい。」
気がつくと、雪蘭は深底鍋でスープを作っていた。干し肉と野菜のスープ。それを半分ぐらい三蔵に分け与えた。
「いらん。」
バッサリ断るが、次の瞬間、三蔵のお腹の音が響きわたった。
「……。」
「……毒なんて入ってないから食べなさいよ。料理に毒を盛るなんてそんなもったいないことは、料理人はしないわよ。」
渋々受けとる。
「!!」
美味い。
丁寧にダシをとった上品で奥の深い味だ。
「美味しいでしょ?」
雪蘭は、してやったり、といったような顔で三蔵に感想を求めてきた。
「フン。」
素っ気ない返事だったが、それも嬉しかったようで雪蘭はニコニコ笑っていた。
夜が明けて朝になった。雨はもうあがっていて、青空に小鳥たちがたわむれていた。陽射しが爽やかで空気が澄んでいる。
どこまでもなだらかに重なりあう野辺は、やわらかな緑に彩られ、天から散りばめられたように、碧色の花々が爛漫と咲き競っていた。
どうやらこの森も日中は華やからしい。
「あ。」
隣で雪蘭の声が聞こえた。雪蘭の見ている先は空。そこには七色に輝く虹がかかっていた。
「私…雨嫌いだけど、こんな景色が見れるならちょっと良いかもしれない。」
「……そうだな。」
思わず返事をしてしまったのは気まぐれだ。
はるか向こうから、さんぞー、と自分を呼ぶ猿の声が聞こえてくる。
「お仲間が来たみたいね。」
「ああ。」
「お大事に。」
彼女は蝶のようにひらりと、身を翻す。
「三蔵ー!大丈夫か!?」
「ちょっ、大怪我じゃないですか!」
「どーやったら、そんなんになんのよ?」
悟空、八戒、悟浄が近づいてくる。気がつくと、雪蘭はいなくなっていた。
暖かい陽射し。
虹の出ている青い空。
緑の野辺を水の色に染め、咲き乱れる花々。
その中を、白い蝶が飛ぶ。陽があたって銀色に見えるその蝶が。
風に吹かれ、ふわりふわりと。
花から花へ、ひらりひらりと。
まるで彼女のようなその蝶。
嫌な雨など忘れてしまうぐらいには。
柄にもなく、その蝶を綺麗だと思ってしまうぐらいには。
三蔵は、銀色の蝶が舞い踊るさまをその場所から離れるまでいつまでも、いつまでも眺めていた。
ということで、
本日、11月29日は三蔵のお誕生日です。
おめでとうございます。
三蔵メインのお話。
どうして雪蘭ちゃんが煙草を売っている&詳しいのかは過去となんらかの関係がありますので、お楽しみに!
いつか書きたいな。