少女×幼女戦記【完結】   作:ふぃれ

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第13話 オース・フィヨルド

 北方方面軍司令部の会議にターニャが呼ばれてしまい、わたしとしては暇を持て余してしまいました。

 流石に参謀将校の方々が居並ぶ会議に付いて行く訳にもいかず、大人しく駐屯地にてお留守番です。

 なんだか最近忙しくて、ターニャとあんまりお話し出来ないのです。

 せっかく一緒の部隊になったと言うのに、これでは意味が無いではありませんか。

 この様な情勢下では致し方ないと言うのも理解していますが、だからと言って寂しく無い訳では無いのです。

 

「……はぁ」

「アルベルト中尉、どうかしましたか?こんな所にいては風邪を引きますよ」

 

 駐屯地の外で一人黄昏ているわたしにカップを差し出しながら、ヴァイス中尉が声を掛けて来ました。

 ちなみに魔導師というものは非常に頑丈に出来ていて、この程度で風邪を引く事はめったに有りません。

 まあ、引くときも有りますけど。

 

 わたしはヴァイス中尉からカップを受け取りました。

 中尉の分はコーヒーが、わたしの分にはミルクが入っていました。

 

「ヴァイス中尉、ありがとうございます。……わたしがコーヒー駄目なのよく分かりましたね?」

「実は、先ほどセレブリャコーフ少尉から聞きまして」

「そうでしたか」

 

 そう言えばヴィーシャには話した様な気がします。

 しかしわざわざ、わたしと親しいヴィーシャに確認を取るとは、本当に良く出来た方です。

 ターニャが副長に選んだのも分かる気がします。

 丁度良いですし、少しお話ししましょう。

 

「そう言えば、少し聞きたい事があるのですが」

「どうしました?」

「どうしてヴァイス中尉はわたしにも敬語を使うのですか?階級も同じですし、役職もまあ同格とは言え実際はヴァイス中尉の方が上ですし、それにわたしの方が年も下なのに、どうしてでしょうか?」

 

 と言うかヴァイス中尉だけでなく皆わたしに対して丁寧に接してくる。

 前にヴィーシャが言っていた事と関係あるのでしょうか。

 せっかく同じ部隊の仲間なのに、一線引かれてるみたいで寂しいのですが。

 

「アルベルト中尉も使うではありませんか」

「いえわたしのは癖の様な物ですし、そもそもヴァイス中尉の方が年上なのですから敬語を使うのは当然の事です。それにわたしは誰に対してもこんな感じですが、ヴァイス中尉は皆には普通にしてますよね?……もしかしてわたしの態度が原因なのですか?」

「いえ、そう言う訳では無いですが」

「じゃあ何故ですか?……わたしの少佐殿に対する態度でしょうか?」

「そうですね、それも無い訳では有りませんが……、個人的に尊敬に値する方だと、そう思っているだけです」

 

 何で?わたし何か尊敬されるような事したでしょうか?

 

「……よく、分かりません。わたしとしては皆に普通にして欲しいのですが」

「まあ、良いでは無いですか。皆、中尉を慕っているのですから」

 

 まあ嫌われて無い事が分かっただけでも良かったですけど、何か腑に落ちません。

 皆もっとわたしに優しくして下さいよー。

 せめてヴァイス中尉だけでも普通に接して貰えないんでしょうか?

 

「……ヴァイス中尉は、そのままなのですか?」

「そうですね、アルベルト中尉が変えるなら自分もそうしましょう」

 

 何でですか!

 わたしのは癖だっつってんじゃないですか!

 大体、ターニャにもヴィーシャにもこうなんですから、今更変えるのは難しいのです。

 しかし相手に何か要求するなら、こちらも何か提供するのも道理。

 それに先ほどヴァイス中尉は違うと言ってましたが、もしかしたらわたしの口調が気に入らなかったのかも知れません。

 ならば、やる価値は、ある!!

 

 

「えぇっと、その……。あー、……ごほん。……お兄さん、ティナともっと仲良くお話し、して?」

 

「!!!!」

 

 あ、これ違うな、完全に間違えた。

 わたしでも今のはおかしいのが分かりましたし、何よりヴァイス中尉の呆けた様な顔を見れば失敗したのは明らかです。

 て言うか何ですかお兄さんて、何ですかティナって!

 そこは普通に中尉で良いでは無いですか!

 普通にわたしで良いでは無いですか!!

 あー、やっぱり慣れない事はするもんじゃ無いのです。

 

「えっと、すみませんヴァイス中尉。今のはちょっと間違ったと言うか、忘れて欲しいと言うか……」

「…………………………」

「……ヴァイス中尉?」

「は、あ、いえ!そうですね、この事は二人だけの秘密にしておきましょう!」

「は、はい……?そうして貰えるとありがたいですが……」

「では、そろそろ自分は中に戻ります!中尉も早く戻った方が良いと思いますよ?」

 

 そう言ってヴァイス中尉はそそくさと戻って行きました。

 何でしょう、結局中尉は敬語をやめてくれてませんし、わたしが恥をかいただけでは無いですか!

 ……忘れましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 苛立たし気に駐屯地に帰ってきたターニャから聞かされた情報は信じられない物でした。

 なんと本格的な冬を目の前に迎えたこの時期に全面攻勢に出ると言うのです。

 兵站が保つとは思えないのですが。

 

 確かにそのまま前から攻めては当然かなりの苦戦が予想される。

 そのため敵後方に上陸し、敵主力の包囲及び敵の兵站の寸断を目指すようです。

 しかもそのまま敵後方の連絡線を利用し、こちらの兵站を整える事が出来ると言う一石二鳥な作戦。

 

 わたし達はその先遣隊として揚陸地点の確保にあたるようです。

 具体的には空挺降下により敵拠点となっているオース・フィヨルドに侵入、海軍艦隊による揚陸の時間を稼ぐために、フィヨルドに設置された砲台の制圧が目標となります。

 わたし達としては初めての海軍との共同任務になり、その為これより後は軍港にて待機となります。

 陸と海とは仲が悪いのが軍の常。

 仲良く出来るでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 降下作戦直前、わたし達は輸送機の中で、作戦の最終確認を行っていました。

 輸送機は既にエンジンを切り滑空状態に入っており、それだけこの作戦が隠密性を重視している事が伺えると言うものです。

 

 既に何度も確認した事を、丁寧に再確認していきます。

 作戦に時間的猶予があまり無い為、一つのミスが失敗に繋がりかねません。

 何せ三十分で全ての砲台を黙らせる必要があり、我々が失敗すれば艦隊が危機に晒されます。

 故に徹底的に、見落としの無い様に一つ一つミスの可能性を潰していきます。

 

 同時に失敗した時の事も想定し、確認が行われました。

 

「アルベルト中尉、予備指揮官に就け。わたしとヴァイス中尉のシグナルをロストしたら、撤退を指揮しろ」

「お言葉ですが、わたしよりセレブリャコーフ少尉の方が適任かと。少佐が落ちる様な事があれば、おそらくその時のわたしは、既に指揮出来る状況に無いかと」

「……分かった。少尉、頼めるな?わたしと中尉らがロストした時点で作戦は失敗だ」

「了解いたしました」

 

 ターニャが「カナリアの気分だな」と嘆くと、ヴァイス中尉が「ではせいぜい可憐に鳴いてみせるとしましょう」と返し、輸送機の中の空気が僅かに緩みます。

 確かに適度な緊張感は必要ですが、気負い過ぎても上手く行かないもの。

 そう言う意味では部隊の空気に配慮出来るヴァイス中尉は有能であると言えましょう。

 ターニャも満足気に頷き、しかしすぐに顔を引き締め、作戦の開始を宣言しました。

 

「よろしい。降下!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「少佐殿、新手です!」

 

 いくつかの砲台を順調に制圧していると、突然ヴィーシャが叫びました。

 その声に振り返ると、確かに大隊規模の敵魔導師部隊が接近して来るのが見えます。

 思ったよりも、対応が早いですね。

 それに速度、高度共に相手は厄介な敵である事を示しています。

 

「第一中隊、迎撃に上がるぞ!」

『少佐殿、一個中隊では危険過ぎます!』

「ヴァイス中尉、こちらはわたし達で何とかします。中尉は制圧を急いで下さい!」

『っ!了解です!』

「よし、第一中隊続け!」

 

 ヴァイス中尉が心配していましたが、優先すべきは砲台の制圧。

 確かにこちらも厳しいですが、これ以上の人員を迎撃に割く訳にもいきません。

 

 上を押さえられては不利となる為、こちらも全力で上昇します。

 それに数的劣勢を覆すには、近づいて乱戦に持ち込むしかありません。

 しかし敵とてそれは充分に理解しているようで、わたし達の上昇を阻む様に術式が撃ち込まれ、思うように高度を上げられません。

 

「小隊規模で切り込め!頭を押さえられるな!」

 

 ターニャの一声で即座に散開し、再び上昇を試みます。

 

 目標がいきなり分散した事に迷ったのか、攻撃が散漫になった隙を狙い、一気に上昇し敵と同じ高度に。

 そのまま乱戦に持ち込もうとして、しかしその瞬間、背筋をぞわりと這う様な嫌な感覚がしました。

 思わず後ろを振り返れば、こちらを睨みつけている敵部隊の指揮官らしき男。

 その目を見た瞬間、身動き一つ取れなくなってしまいました。

 

 その目に、表情に、感情に浮かぶのは、息の詰まる様な圧倒的な敵意。

 憎悪とも言える色を浮かべた目を前に、わたしは間違いなく恐怖していました。

 

 息が、苦しい。怖い。

 この感情を、この感覚を、わたしは知っている?

 この異物を見るような目を、わたしは知っている?

 

 

 思い出しては、いけない。

 

 

 ──お前は何考えてるか分からない。

 

 やめて下さい。

 

 ──気持ち悪い。

 

 やめて。

 

 ──全部お前のせいだ。

 

 やめろ。

 

 ──お前さえいなければ!

 

 わたしをその目で見るな。

 

 ──この化け物が!

 

「ぐぅ!?…………はあっ……!はあっ……!はあっ……!はあっ……!」

 

 落ち着け。

 今はわたしじゃ無い。

 わたしに向かっている訳じゃ無い。

 あの男が見ているのは。

 わたしの後ろ?

 

 …………ターニャ?

 

「っ!?」

 

 ターニャが狙われている。

 その事に思いあたった瞬間先ほどまであった恐怖は、ターニャが危ないと言うそれ以上の危機感に塗り潰されます。

 ターニャを守らなければ。

 竦んでいた体は一気に血が(たぎ)り、動きを取り戻す。

 

 あいつをターニャに近づける訳にはいきません!

 回り込む様にして一気に距離を詰める。

 あいつは今、わたしに気付いていない。

 なら、この一撃で決める!

 

「大佐!」

「何!?」

 

 しかしターニャに向けられていたはずの視線がグルリとこちらを向き、その目がこちらを捉えると途端に再び体は竦み僅かに勢いを失ってしまいました。

 

 っ!……くっ!駄目、避けられた!

 

 すぐさま次の攻撃に移ろうとしますが、逆に敵に囲まれてしまい攻撃に移れません。

 男はこちらを一瞥すると、一直線にターニャに向かって行きます。

 

 駄目!あいつを行かせる訳にはいかない!

 

「囲んで落とせ!これ以上進ませるなよ!」

 

 わたしを先には行かせまいと執拗に繰り返される攻撃を避け、掻い潜り、何とか男の後を追いかけようとしますが、しかし攻撃に阻まれて押し戻されてしまう。

 せめて少しでも足止めをしようとライフルで男を狙うもそれすらままならず、それどころか敵にライフルを叩き落とされてしまいます。

 男はどんどん離れて行く。

 ああ!駄目!あいつを止めないと!ターニャの所に行ってしまう!!

 

 心が掻き乱される。

 頭が沸騰しそうになる。

 

「……っ!ああぁぁぁぁぁ!邪魔だぁ、どけぇぇ!!」

「っ!?」

 

 突然大声を上げたわたしの様子に、敵が気圧された様に下がる。

 その隙に魔導刃を展開、体を回転させる様にして周囲の敵を一気に斬り裂いた。

 

 クソ!余計な時間を取られた!

 早くしないと!

 

 男を探して周囲をぐるりと見回す。

 あいつは!奴は!どこ!?

 ……見つけた、ターニャに近づいてる!

 

 宝珠に魔力をねじ込み加速。

 速く!もっと速く!!

 

「ターニャから離れろ!!」

「っこいつ!?」

 

 全力で突撃しようとするわたしに対して、男の手に握られた短機関銃から術式がばら撒かれる。

 しまった、避けられない!

 速度が有り過ぎたせいで回避出来ず、正面から弾幕に突っ込んだ。

 

「づ、ぅ!……ぐ……ぁ。……くそ!」

 

 辛うじて防殻に守られましたが、その衝撃をまともにくらい吹き飛ばされてしまう。

 視界がぐらつく。

 何とか体勢を立て直して見上げると、ターニャと男が撃ち合っているのが目に入った。

 くっ、早くターニャの下へ行かなければ。

 すぐさまわたしも飛んで行く。

 

 わたしが再び近付いて来たのに気付いたのか、男は距離を離して構える。

 

「た……少佐、ご無事で?」

「ああ、問題無い」

 

 わたしはターニャの隣に並び、その無事を確認して安堵しました。

 

 しかしあの男はここで倒さなければならないでしょう。

 ちらと隣を見れば、こちらを横目で見るターニャと目が合う。

 わたしは軽く頷き、男に視線を戻す。

 今度こそ、決める!

 

「あなたはっ!ここで、倒す!!」

「悪魔どもめ!これ以上好きにさせるか!」

 

 わたしは再び男に向かって突っ込み、しかし今度は手前で急旋回をかけ後ろに回り込もうとした所で、急制動。

 無茶な機動によりブラックアウトしそうになる意識を魔力と意地で無理矢理押さえ込む。

 

「づぅっ……!」

「何!?」

 

 背後を取らせまいと動いた男は、逆にわたしに背を向ける事になった。

 その無防備な背中に刃を突き立てようとして、しかしそれも寸前で防がれる。

 

「な!?」

「……っ終わりだ!」

 

 距離を取ろうとするわたしを撃ち落とさんと男は構え、しかし次の瞬間その胸を銃剣が貫いた。

 

「が!?……ご、ふ……ぐ?」

 

 男の背後にはターニャの姿。

 どうやら死角から近付いての一撃だったらしい。

 銃剣が引き抜かれると、その傷跡からは大量の血がこぼれ落ちた。

 

 自分の胸に開いた穴が理解出来無いとばかりに驚愕した表情で眺める男は、それでも何かを懸命に掴む様に右の手を伸ばす。

 

「め、め……ぁ……!」

「っ!」

 

 最早虫の息である男はうわごとの様に何か呟くと、伸ばした右手で短機関銃をこちらに向ける。

 しかしまるで照準が定まら無い。

 わたしはすばやく銃身を掴むと、右腕を斬り落とす。

 男は縋る様にわたしの手に掴まれた銃を見ている。

 その視線を振り払う様に、男の首を刎ねた。

 

 わたしは手にした銃を眺める。

 なるほど射程は短いですが、近距離を好むわたしには合っているでしょう。

 何より帝国で扱っている規格の弾が使えるのが大きいです。

 丁度ライフルも落としてしまいましたし、こちらを使わせて頂く事にしましょう。

 

 名前も知らない誰か。

 あなたはとても強い意志の持ち主。

 それでも、わたしにも引けない理由があります。

 だから、ごめんなさい。

 わたしはあなたを殺します。

 許されようとは思いません。

 わたしは決して忘れません。

 だから、あなたの形見を借りていきます。

 わたしの罪を忘れ無い為に。

 

 

 

 

「……ティナ?無事か?」

 

 どうやらあまりに酷い顔をしていたのでしょう。

 ターニャが作戦中には絶対にしないはずの呼び方をしてきました。

 

「ええ、大丈夫ですよ。ターニャこそ怪我とかしてませんか?」

「ああ、わたしは大丈夫だ。……作戦は成功だ。帰還しよう」

 

 そう言えばすっかり忘れてましたが、どうやらヴァイス中尉らは砲台の無力化に成功した様です。

 敵の魔導師もほぼ壊滅、残りも指揮官を失った事で抵抗を諦めた様です。

 こちらを目指す帝国海軍艦隊の姿も見えました。

 ならばわたし達のお仕事は終了と言う事です。

 ターニャの言う通り帰りましょう。

 流石に疲れました。

 

 そうしてわたしの、長い一日は終わったのです。


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