火と鉄の試練、地獄のライン。
それでもここまでの惨状に叩き込まれるのは、なかなか無い事です。
砲弾の雨、とは良く言ったものですが、まさしく空一面を覆う鉄。
しかも下からは対空砲火の暴威が吹き荒れています。
航空機でさえ射程に捉えるそれは、わたし達魔導師の防壁をも容易く食い破るほど。
文字通り逃げ場など無い戦場で、それでも必死に撃ち落とし、残りは避け、ついでに地上を吹き飛ばします。
ちゃんと対砲撃訓練やっといて良かった。
この時ばかりは、ターニャに感謝ですね。
敵の防御陣地を突破しての強行偵察。
普通は敵前線付近までで行われる偵察ですが、既に幾つかの防御網を越え敵地奥まで入り込んでいます。
精鋭と謳われた第二○三大隊の半数が脱落。
それほどまでの無謀を、それでも帝国の大規模作戦の布石として行います。
補給路を遮断され、追い詰められた帝国の一大攻勢。
その為の強行偵察。
そう、共和国は認識しているはずです。
実際は帝国軍は戦線後退の為撤退中ですが、わたし達はそれを悟らせない為の囮として、ここで踏ん張っているのです。
共和国は帝国の思惑通りに勘違いしているらしく、わたし達を出迎える為に盛大な歓迎の準備をして待っていてくれた様です。
その歓迎を受ける身としては、堪ったものでは無いですが。
実際既に半数の仲間が後退させられています。
全く、ラインとはいつもこうですね。
地獄とは良く言ったものです。
「大隊各位に通達。対魔導師戦闘用意。我々に挑む愚を教育してやれ!」
ターニャの声で、更なる厄介が増えた事を知ります。
この状況の中で、魔導師まで相手にしなければならないとは。
まあ、やるしか無いのですが。
こちらに向かってくる敵魔導師部隊に叩き込む為の術式を準備しながら、内心溜め息をつきました。
久々の穏やかな夜。
砲撃の爆発音どころか銃声一つ聞こえないと言うのは、ここラインでは有り得ない光景でしょう。
友軍の撤退完了まで何とか持ちこたえたわたし達は、無事後方拠点まで戻って来る事が出来ました。
共和国軍は急に無人となった空白地帯を進軍するのに手一杯で、わたし達に構っている余裕は無いようです。
ターニャも今日ばかりは、休養を取れと言い付けてさっさと寝てしまいました。
わたしも早めに休もうかと思いましたが、丁度当直に就いているグランツ少尉を見かけました。
グランツ少尉とは、アレーヌの一件以来ちゃんとお話ししていません。
そんな暇も無かったのも事実ですが、何となく気まずかったのです。
しかしこのままではあまり良くありません。
それにあの時殴ってしまった事は謝らなけば。
確かに少尉の行動は褒められたものではありませんでしたが、止めるだけなら他にいくらでも手段はあったはずです。
あんな事になってしまったのは、わたしにも余裕が無かったせいでしょう。
「あ、あの、グランツ少尉」
「アルベルト、中尉殿……」
グランツ少尉も何となく気まずそうです。
やっぱり殴ったのはやり過ぎたでしょうか。
嫌われたりしてたら、ちょっと悲しいです。
「えっと。先日は殴ってしまって、すみませんでした。あの時は、わたしもやり過ぎてしまったと思います」
「いえ、そんな!……あの時中尉殿に止めて頂かなければ、自分は大隊長殿に抗命していました。そうなればこの程度で済んだか分かりません。助けて頂いて、感謝しているほどです」
「それでもすみませんでした。許してくれて、ありがとうございます」
「いえ、それは、もう。それより自分こそ中尉殿に謝らなければ……」
「あの時、少尉はわたしの命令に従っただけなのです。ですからあまり自分を責めないように」
「中尉殿……」
「気にしないでと言うのは難しいかも知れませんが、それでも、気にしないで下さい。それだけは言いたかったのです。……お休みなさい」
そう言って、わたしはグランツ少尉の下を離れました。
あれは少尉が責任を負う事じゃ無いのです。
あんなもの、他の誰かが背負う必要なんてないのです。
わたしなら大丈夫。
わたしにはやるべき事があるのですから。
それを見失わなければ、大丈夫なのです。
途中、ヴァイス中尉とすれ違いました。
負傷から復帰した中尉は、グランツ少尉と共に当直に就くつもりでいたようで、たまたまわたし達の会話も聞いていたみたいです。
わたしはヴァイス中尉にグランツ少尉の事を頼み、ベッドに向かいました。
きっと彼なら上手くやってくれると信じているのです。
飛行場の滑走路に差し込む朝日を呆然と眺めるターニャを見つけ、わたしは声を掛ける為に近づきます。
わたし達は今、次の作戦の為ラインを離れこの飛行場に待機しています。
何でも追加加速装置《V1》なるもので敵後方へ侵入、敵の司令部を刈り取れと言うのが、わたし達に下された新たな命令です。
まあ端的に言えば、ロケットに乗って敵地後方へ突っ込めと言う訳ですね。
ちなみに作戦は二○三大隊から選抜された一個中隊で行われ、わたしも選抜メンバー入りしています。
最初作戦を説明された時は何の冗談かと思いましたが、聞けばロケットの開発責任者はターニャの九五式やわたし達の九七式を開発した方と同じだとか。
それならば、性能に関しては問題ないのでしょう。
後はわたし達の腕次第と言う訳ですね。
ならばやってみせるのです。
ターニャの方は、かなり乗り気じゃ無いみたいですが。
「ターニャ、どうしたんですか」
「ああ、いや、何。こんなふざけた物を作った奴を呪っていただけだ」
「あはは、大丈夫ですよ。この宝珠を作った方と同じ方が開発されたのでしょう?」
「いやティナは騙されているぞ。あいつはイカれている。まともな感性じゃ無いんだ。そんな奴が作った物など、欠陥品に決まっている!」
ターニャは九五式の開発に協力していたのでその技師の方と面識があるのでしょうが、そこまで言うとはかなり変わった方なのでしょうか?
「いや、でも宝珠は問題ないじゃないですか。きっと大丈夫ですよ」
「その宝珠が呪われているから言っているんじゃないか!」
「そうですか?わたしは何も感じませんが……」
「いや、呪われているんだ……。きっとこのロケットも爆発する。わたしには分かる……。これはわたし達の棺桶なんだ……」
「た、ターニャはわたしが守りますから。だから大丈夫ですよ、ね?」
「なら今すぐこのロケットを破壊してくれ!」
「お、落ち着いて下さい!」
ここまで取り乱したターニャと言うのも珍しい気がします。
それほど嫌なのでしょうか。
何だかわたしまで不安になって来ました。
とにかく、暴れるターニャを何とか落ち着かせます。
「……落ち着きました?」
「ああ、済まない。少し取り乱した」
「本当に大丈夫ですか?抱き締めましょうか?」
「いらん!」
「ふふ。……こうしてターニャとお話しするのも随分久し振りな気がします」
「ん、まあ、そうだな。最近は忙しかったからな」
「そうですね。……改めて。何度でも言いますが、わたしはターニャを守ります。ずっと。わたしが近くにいなくても、その首飾りがわたしの代わりに守ってくれます。だから、ターニャは何も心配せずに、自分の信じる道を進んで下さい」
「……そうだな。ああ、よろしく頼む。ティナ」
「はい!」
ターニャがいてくれるなら、わたしはどれだけでも頑張れるのです!
作戦開始直前、ロケットに乗り込んだわたしは珍しく緊張していました。
普段から空を飛び回っているとは言え、流石に今から行うのは速度、高度共に未知の領域。
それに爆発物を満載に背負って飛ぶのです。
ターニャには大丈夫だと言いましたが、万が一があればただでは済まないでしょう。
いや、ターニャの態度が不安を煽ったとも言えますが。
ともかくここまで来てしまったからには、どうにも出来ません。
自分がミスをしないように気を付けなければ。
作戦開始時間となり、ターニャの声に合わせて点火スイッチを押しました。
防殻と術式で緩和しているとは言え、急激なGに息が詰まります。
とりあえず無事に発進出来た事に一安心しつつ、各所異常が無いかチェック。
問題ないようですね。
後は降下地点まで特にやる事もありません。
一応操縦桿も付いていますが、僅かな微調整くらいしか出来ません。
後、緊急回避用の増速装置もありますが、音速を超えて飛ぶこちらが迎撃されるなど緊急事態どころでは無いですので、これは本当に最終手段でしょう。
ですので最初の発射角度でほとんど全てが決まり、その後微調整した後はやる事が無いのです。
少し緊張も落ち着いてきましたし、降下までにちゃんと集中しておきましょう。
降下した後こそが本番なのですから。
結局、降下地点まで特に問題ありませんでした。
やっぱりターニャの懸念は杞憂だった様です。
ちなみにこのロケット、切り離した本体を先行させ目標に突っ込ませる事でわたし達の降下を気付かれ難くすると言う効果があるのですが、それを聞いた時はまさか本当にロケット弾に人を乗せて運ぶとは開発責任者はターニャの言う通りの変人なのだと思いました。
とは言え、わたし達に有利に働くものならばもちろん利用させて貰います。
急な飛来物による被害の対応に追われ、敵が混乱している内に手早くパラシュートを用いた非魔導依存で降下。
ロケット頼りでバラバラの位置で降下したため、近くの味方と合流を図ります。
わたしが合流した地点にはヴァイス中尉がいましたが、ターニャが見当たりません。
どうやらターニャとは離れた場所に降下してしまったようです。
今回の作戦では二班に分かれて行動する以上、ターニャとはこのまま別行動でしょう。
むう、仕方ありません。
ここは既に敵地なのですから、我が儘を言えるほど時間的余裕が無いのは、わたしも分かってます。
全員無事に降下出来た様で、わたし達の下には二個小隊、ターニャの下に一個小隊が集まった様です。
敵の司令部と目される地点は三つ。
ターニャ達はA目標と突入時にロケット弾が外れたらしい弾薬庫を、わたし達はB、C目標を目指します。
敵魔導師反応も無し。
とは言えあまりもたもたしていては、どんどん敵が集まって来てしまうでしょう。
そうなれば、例え襲撃に成功したとしても、逃げる事が出来なくなってしまいます。
敵の反抗までの時間を予想して、作戦のタイムリミットを十分に設定。
取り敢えず、降下地点から近いC目標を目指しましょうか。
C目標は倉庫の様な建物で、周りの警備もそれほど厳重と言う訳でも無さそうです。
見たところ、何かの備蓄倉庫でしょうか。
ヴァイス中尉も同意見のようです。
「……警備も少ない、敵司令部には見えないな。外れか」
「倉庫のようですね。仕方ありません。突入して、さっさと爆破しましょう。今回は、わたしがヴァイス中尉のカバーに入って上げますよ?」
「はは、それは心強い。では、頼みます」
C目標は外れでしたが、一応攻撃目標の一つ。
手早く吹き飛ばします。
別段、苦労する事も無く、一つ目の目標を襲撃出来ました。
と言うか、敵の対応が遅いですね。
まあ、世界初の長距離ロケット弾による攻撃です。
その対応に追われるのも、仕方無いのかも知れません。
とは言えこちらにとっては有り難い話ですが。
ターニャ達の方も弾薬庫では無く、外れだったようです。
あちらもまだA目標を残している様ですので、わたし達も残るB目標に向かいます。
残り時間も少ないですから、急ぎましょう。
わたし達がB目標に着いた時には、応援の警備部隊も集まって来ており、かなり厳重な警戒となっていました。
ここが敵司令部だったようです。
流石にわたし達が侵入しているのに気付いているらしく、かなりの反撃を受けます。
「抵抗が激しい。こちらが当たりだったようですな」
「ですね。あまり時間もありませんし、わたしが突っ込みます。援護をお願いします」
「お任せを」
反撃があるとは言え、警備に就いているのは所詮憲兵。
魔導師が出て来なければ、術式に守られたわたし達の敵ではありません。
ならばその前に制圧してしまいましょう。
お互いにカバーしながら、建物に突入します。
一個小隊に退路の確保を任せ、わたし達は奥へ。
建物内では、取り回しやすく連射も利く短機関銃を持つわたしが主に先頭を務めます。
ヴァイス中尉が扉に手を掛けて、こちらにアイコンタクト。
わたしもそれに頷き、銃を構えます。
扉が開き、一気に突入。
「クリア」
室内戦闘など、ほとんど経験がありませんが、そこは皆ベテラン。
特に問題無く制圧完了しました。
と言うより敵が大した事無いのかも知れません。
後方とは言え司令部周辺の警備部隊がこの程度とは、帝国では考えられませんね。
「ここが司令部中枢ですかね。早速機材ごと吹き飛ばしましょう。これで機能は止まるはずです」
「何とか間に合いましたな。時間が惜しい、手早く仕掛けましょう」
爆薬を仕掛けて脱出。
敵の警備部隊が司令部から上がった火の手の対応に追われている隙に、わたし達も逃走します。
多少の追撃はありましたが、問題無く振り切りました。
さて、これで目標達成ですね。
時間ギリギリです。
これ以上の長居は無用でしょう。
「襲撃成功。B目標、当たりでした」
『良し、撤収する。全速離脱。北上だ。ビーコンは十分後』
ターニャからも撤収指示が出ました。
この後は待機中の潜水艦に回収される予定です。
では、お暇するとしましょう。
海軍の食事は陸軍のそれと比べ良質であり、取り分け潜水艦のものは格別であると言う話は聞いていましたが、実際想像以上のものでした。
海軍の食事は北洋艦隊との合同演習を行った時に頂いた事があり、その時も美味しかった記憶があるのですが、今わたし達がいる潜水艦で提供されるものには感動すら覚えるほどです。
まさか、戦場でこれほどの食事を頂く事が出来るとは。
塹壕の中で、銃剣やナイフでこじ開けていたスパムは何だったのでしょうか。
魔導師は高カロリー食が提供されるとは言え、実際はブロック状の栄養補助食品。
カロリーさえ摂れれば良い訳では無いのですよ。
とは言え潜水艦と言うものは、それ以外の環境があまり良く無いのですが。
狭い艦内は圧迫感があり、昼も夜も変わらない景色に何日も閉じ込められているのです。
それに何だか息苦しい気がします。
特にわたし達魔導師は普段、酸素精製術式を使用しているので余計にそう感じるのかも知れません。
潜水艦内では、慣れていないとただ歩くのですらも困難で、あちこちぶつけたり、ひっかけたりします。
わたしでさえそうなのですから、ヴァイス中尉ら他の大隊員はもっと大変そうです。
この時ばかりは、ターニャの体格が羨ましいのです。
ターニャは、何の不便も無くスイスイ移動していきます。
結局わたし達は動き回る事を諦め、待機場所として割り当てられた、魚雷発射管近くの部屋で大人しくしておく事にしました。
まあわたし達は乗せて貰っている立場なので、あまり邪魔になってもいけませんしね。
ターニャは艦長のご厚意で、私室を用意して頂いたようです。
……ターニャが幸せなら、わたしはそれで良いのです。
……本当ですよ。
ライン戦線において、共和国軍主力の完全包囲に成功。
ターニャから告げられた事実は、わたし達を歓喜させました。
一体どのような手を使ったのかは分かりませんが、帝国軍は敵前線を突破し、空白地帯を進軍していた共和国軍を閉じ込めたようです。
わたし達の手により敵の司令部が麻痺している為に、敵は混乱を回復出来ずにいるとの事。
まさか、わたし達の任務がそのような作戦の一部だったとは。
ともかく、わたし達も明朝には潜水艦から出撃し、ラインにおける包囲戦に加わるようです。
潜水艦の乗組員の皆さんから差し入れを頂いたようで、わたし達は一足先に勝利の祝杯をあげる事となりました。
皆にお酒が入り始めた所で、ターニャは部屋に戻るようです。
わたしもお酒は飲めないので、ターニャの所へお邪魔しました。
「ようやくターニャの願いが叶いますね」
「少し気が早いがな」
「ふふ、分かってますよ。油断はしていません。最後の時まで、全力でターニャにお供します」
「頼りにしている」
「任せて下さい!……では、わたしもそろそろ戻ります。お邪魔して済みませんでした。お休みなさい、ターニャ」
「ああ、お休み、ティナ」
明日は全てが決する大一番となりそうです。
これでようやく終わるのですね。
ならばわたしも後少し、精一杯頑張らなくては。