少女×幼女戦記【完結】   作:ふぃれ

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外伝 本当の顔

 ヴィーシャことヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉は久々に友人と会う約束をする為に連絡をしようと受話器を手に取りながら、ふといつもと違う様子であった自身の上官であるターニャ・デグレチャフ少佐の事を思い浮かべていた。

 参謀本部に話があると言うターニャと共に、帝都に文字通り飛んで帰ったのが昨日の事。

 その足で参謀本部へ向かうも参謀連が不在であった為に改めて出直したのが今朝の事。

 参謀本部から戻ったターニャは酷く気落ちした様子で、ヴィーシャが声を掛けるのも憚られるほどであったが、それでも淡々と帰りは列車を使うので切符の手配をしておく事、明日一日は自由にして良い事などをヴィーシャに告げると早々に部屋へ戻ってしまった。

 無駄を非常に嫌う少佐殿にしては珍しい判断だと思いながらも、ヴィーシャとしても久々の休暇に異論があるはずも無い。

 手早く切符の手配を済ませ、そのまま友人との約束を取り付けると、ヴィーシャも明日に備えて早めにベッドに入るのだった。

 

 

 

 久々の休暇を友人と楽しんだヴィーシャは、名残を惜しみながらも列車に乗り込んだ。

 隣に座る上官はだいぶいつもの様子に戻っていたが、それでも何か思案に耽っている様子。

 そう言う時のターニャに無闇に話し掛けるべきで無い事をヴィーシャも知っていたので特に会話も無く、ヴィーシャも自身の所属する二○三大隊の皆について思いを馳せる。

 一年近く毎日苦楽を共にしてきたのだ。

 その日々は並みのそれの比では無く、数日の別れとは言え酷く懐かしさを感じさせるには充分だった。

 だからヴィーシャにとって、大隊の駐屯基地に戻った二人を出迎えた人物も有る意味予想通りだった。

 

「ターニャ!ヴィーシャ!お帰りなさい!」

「はい、ただいま戻りました。アルベルト中尉」

 

 まるで待ち焦がれていたと言うように、涙目で飛び込んで来た彼女はティナ・アルベルト中尉。

 ティナはヴィーシャの上級者でありながら年下の少女である。

 いやそれを言えば、隣のターニャなどそれよりも年少者だが、彼女はその外見以外にあまり年下と言う感じがしない。

 ティナも普段はとても頼りになるが、常に厳しく冷静なターニャに比べるとティナは時折こうして年相応の振る舞いを見せ、それはヴィーシャとしても好ましく感じていた。

 だからティナが飛び込んで来た時、避けるように半歩下がったターニャの代わりにヴィーシャが彼女を受け止める事になったのも、ヴィーシャとしては全く問題無かったし、それほどまでに歓迎されて嬉しいとも感じていた。

 しかしティナの次の言葉にヴィーシャは酷く驚く事になる。

 

「ヴィーシャ、わたし、どうしたら良いか分からなくて。わたし、みんなに嫌われてしまったかも知れません……!」

「ち、中尉。落ち着いて下さい。どうされたのですか!?」

 

 その瞳に今にも零れんばかりに涙を一杯に溜めたティナの様子はただ事では無さそうだった。

 ヴィーシャは何とかティナをなだめて詳しく話を聞く。

 

 曰く、ターニャ不在の間の訓練で、厳しくし過ぎてしまった。

 それから皆に避けられている気がするとの事だった。

 しかしそれを聞いたヴィーシャは信じられない思いだった。

 そんなもの軍人として、いや良い大人として許される事では無い。

 しかも相手はまだこのような少女であるにも関わらずだ。

 

「……少佐殿の訓練には耐えているくせに」

「おい、セレブリャコーフ少尉?」

「少佐殿!この件はわたしに任せて貰ってもよろしいでしょうか!?」

「あ、ああ、構わん。頼んだ」

「了解しました!さあ行きましょう、アルベルト中尉!」

「ちょ、ちょっと待って下さい、ヴィーシャ!行くって、どこにですか?」

「決まってます!みんなの所です!」

 

 そう言うヴィーシャに引きずられていくティナを呆れた目で見ていたターニャだったが、すぐに気を取り直し早々に忘れる事にしたのだった。

 

 

 

 一方、大隊の次席指揮官であるヴァイス中尉はその日の業務をこなしながら、そろそろ少佐殿がお戻りになる頃だ、自分も出迎えに行くべきかと席を立った所だった。

 しかし次の瞬間扉を破らんばかりの勢いで部屋に踏み込んできた人物に、ヴァイスは面食らう。

 

「!……ああ、ヴィーシャ、戻っていたのか」

 

 少佐殿は執務室に?

 そう続けようとして、しかし彼女の剣幕に気押されてしまう。

 

「ヴァイス中尉!アルベルト中尉の事ですが!」

「……アルベルト中尉ならヴィーシャ、君の後ろで目を回しているが」

 

 そう、何とか絞り出したヴァイスは、しかしヴィーシャの鬼気迫る様子に、ああ彼女もライン以来の叩き上げだったなとどうでも良い事を考えていた。

 若干の現実逃避気味だとしても、ヴァイスはこれでもあの少佐殿の副長であるのだ。

 突然過ぎる出来事にも何とか冷静に対処しようと頭を働かせていたが、しかし次のヴィーシャの言葉はヴァイスの思考を今度こそ完全に停止させるのに充分だった。

 

「皆がアルベルト中尉をいじめていると言うのは本当ですか!?」

「…………は?」

 

 その後、ようやく回復したティナと共に何とかヴィーシャをなだめて話を聞く。

 どうやら先日の訓練以来、ティナが皆とギクシャクしてしまっている問題についてのようだった。

 その事自体はヴァイスも承知していたし、多少のフォローもしていたが、これ以上は時間が解決するだろうと悠長に考えていた。

 しかし目の前でいきり立つ彼女にとっては違うようだ。

 ティナが悲しんでいるならばと、一刻も早い解決をヴィーシャは望んでいた。

 まあヴァイスとしても別段早期に解決する事について異論は無いので、ヴィーシャに協力する事にした。

 

「しかし、どうするつもりだ?」

「大体、何故皆さん訓練が厳しいくらいでそんな事になっているのでしょうか?普段少佐殿の訓練には耐えているではありませんか?」

「いや、まあ、そうだな。何と言うかあの時は、少佐殿がもう一人いるのかと思ったからな」

「……それほどですか?」

「それほどだ」

 

 ヴァイスのその言葉にヴィーシャは非常に驚いていた。

 ヴィーシャはティナが戦闘時とそれ以外で雰囲気がかなり変化する事を知っていたが、良く考えなくてもその程度大隊の者ならば全員が知っているはずだ。

 しかしそれがターニャほどだと言うのならば、話は別だ。

 ターニャは、何と言うか、非常に苛烈な人物だ。

 ヴィーシャとしてもその前に立つと未だに緊張する。

 いや上官なのだから当然なのだが、しかしそれほどの様子だったのならば理解も出来た。

 それでもヴィーシャとしては決して納得出来るものでは無かったが。

 

「つまり皆さん、アルベルト中尉に対してデグレチャフ少佐が思い起こされる為にぎこちなくなってしまうと?」

「そこまでは言わんが、まあ普段のアルベルト中尉との差異に驚いた者はいるだろうな」

「うぅ……、そんなつもりはなかったのです」

 

 そう言って落ち込むティナを見るヴィーシャは、もう一つ気になっていた事があった。

 

「あの、アルベルト中尉。もしかして皆さんが冷たいと感じた後、その理由を調べようと観察しました?」

「?……ええ、しましたけど?」

「ああ、なるほど……」

 

 そこでヴィーシャは事態を完全に理解した。

 おそらくティナがターニャのような振る舞いをしたせいで、皆が驚いてしまったのだろう。

 その為少しぎこちなくなってしまった。

 しかしそれを気にしたティナは、先ほどヴィーシャが言ったように皆を観察した。

 ティナは人の心の機微に非常に敏いのだが、それを観察する時のティナの様子はちょっと怖いのだ。

 何も知らなければ怒っているように感じられるかも知れない。

 実際ヴィーシャも今でこそ慣れてしまったが、最初は会話の途中でこちらをじっと見詰めるティナの様子に戸惑ったものだ。

 しかしこれはティナと一対一でしっかりと話した事の無い者は知らない可能性がある。

 だから恐らく彼女のこの癖を知らない者が勘違いしているのだろう。

 しかしそれならば解決する方法はある。

 ヴィーシャは一人得心したと言う顔で胸を張る。

 

「ヴァイス中尉、大隊の皆さんを集めて下さい。わたしに良い考えがあります」

「一体、何を……?」

「……ヴィーシャ、それ、嫌な予感のするやつだと思いますよ」

 

 

 

 緊急呼集が掛かり間もなく大隊の全員が集合。

 流石にターニャはこの場にいないが、許可は取ってある為問題は無い。

 

「大隊、傾注!」

 

 ヴァイス中尉の一言で注目が集まる。

 ヴィーシャはそれに頷いて皆の前に立った。

 

「お時間を取らせてすみません。しかし皆さんに説明しなければならない事があります。アルベルト中尉についてです。少佐殿が不在の間の事は聞きました。だからこそ皆さんに聞いて頂きたいのです」

 

 そこでヴィーシャは一旦言葉を区切る。

 

 一方で集められた大隊の将兵も緊張していた。

 先日の一件以来ティナと気まずくなっている者がいるのは事実だ。

 しかしティナは大隊長の補佐官であるし、例の訓練だって大隊長から一任されていたものだ。

 それについて問題が発生したとなれば、ターニャはそれを放っておくような人物では無い。

 例えこの場にターニャの姿が見えないとしても、その副官であるヴィーシャが説明すると言っているのだ。

 ならばこれはターニャの意志と同意だろう。

 そうして緊張感が高まっていく中、しかしヴィーシャが口にしたのはあまりにも場違いなものだった。

 

 ティナとターニャが幼なじみである事。

 ティナはターニャが大好きである事。

 だから少しターニャっぽくなってしまった事。

 ティナが会話中に黙っているのは癖のようなものであり、怒っている訳では無い事。

 そしてティナがどれだけ心優しく可愛らしいかと言う事。

 

「ヴィーシャぁ!?」

「ヴァイス中尉、アルベルト中尉を抑えて下さい」

「ちょ、やめ、待って下さい!ヴァイス中尉、離して下さい!」

「すみません、それは出来かねます」

「何で!?わたしの方がヴィーシャより階級は上ですよね!?」

 

 その後も続くヴィーシャによるティナの辱めもとい説明。

 

「何なんですかぁ、これ。恥ずかしいだけですよぉ」

 

 涙目で顔を真っ赤にしたティナを横目にヴィーシャは誇らしげに言葉を続ける。

 

「見て下さい。このようにアルベルト中尉は大変可愛らしい方なのです!」

「や、もうやぁ。もう許して下さいぃ……」

 

 そうしてティナの精神が限界を迎えた頃、ようやくヴィーシャによる辱めは終了した。

 

 

 

 結果としてティナに対する皆の態度は元に戻った。

 それどころか前にも増して皆から可愛がられるようになったティナはしかし微妙な顔をしていた。

 ティナとしては皆と仲良くなれたのはもちろん嬉しいのだが、何となく思っていたのとは違う気がする。

 しかしヴィーシャはそんなティナの様子には気付かずに、問題が解決した事を素直に喜んでいた。

 

「皆さん中尉の事を分かってくれたみたいで良かったですね!」

「……ヴィーシャなんて、嫌いなのです」

「え、ええ!?何故ですか、中尉!?」

「もう知りません!」

 

 その後不機嫌になってしまったティナを何とかしようとしたヴィーシャが駆け込んで来た事で、ヴァイスは再び頭を抱える事になるのだった。


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