砂漠と言う物を初めて経験しましたが、これは想像以上ですね。
知識としてはもちろん知っていましたが、やはり何事も経験しなければ分からない事と言うのは多いものです。
何と言うか、常に体がザラザラします。
砂漠の砂はとても細かくて、あらゆる所から入り込んで来るのです。
いや常に泥まみれとどっちが良いかと言われると、流石にこっちの方が良いですけど。
後、外からの環境は術式である程度緩和していますが、空気が乾燥しているせいか非常に喉が渇きます。
空気が焼けるような戦場のそれとは、また違う感覚。
自然の力と言うのは本当にすごいですね。
そもそも何故わたしが砂漠にいるのかと言うと、実は戦争の為なのです。
帝国の勝利で終わったと思われた戦争でしたが、そう考えていたのは帝国だけだったようです。
先の戦争中、中立国だったはずの連合王国は寸前に介入して来たあげく、その後も帝国に対して徹底抗戦の構えをみせました。
共和国もその残党が自由共和国を名乗り、抵抗を続けています。
ターニャの危惧していた通りになりましたね。
もしあの時襲撃に成功していたら、戦争は終わっていたのでしょうか。
そもそも何故こうも皆、戦争を続けたがるのでしょうか。
ようやく、平和に過ごせると思っていたのに。
とにかくそう言う訳で戦争が終わる事は無く、わたし達も新たな戦場へとやって来た訳です。
自由共和国なる者達が蜂起した南方大陸。
砂漠に覆われた過酷な環境である事は先ほど述べた通りですが、その環境は人間だけで無く機械にとっても過酷な物です。
ライフルの動作不良に始まり、術式を封入した弾丸などその一つ一つを逐一確認しなければならないほどです。
まあ術弾を使わなくても術式自体は発動出来ますが、魔力消費が激しくなり継戦能力が著しく下がりますし、そもそも術弾無しでそんなにポンポン撃てるのはターニャくらいの物です。
その上、重たいゴーグルまで着けてなければなりません。
まあ、無ければ光が砂に反射して眩しい上、砂塵でまともに目も開けられませんが。
そう言う訳で、何だかすごい疲れるのです。
だから、ターニャが指揮所で仕事をしている間少しぼーっと外を見ていたのもしょうがないのです。
決してサボっている訳じゃ無いのですよ。
ああ、今日も暑そうですね。
そんな事を考えながら指揮所から外を見ていると、砂漠に何か光る物が見えました。
即座に観測術式で視力を強化。
その姿を確認したとたん血の気が引きます。
狙撃銃。
しかも対魔導師用の対物ライフルです。
あれは防殻でも防げません。
「ターニャ、伏せて!」
わたしは咄嗟にターニャに飛びかかり、上から覆い被さりました。
その瞬間、天幕を破り弾丸がかすめる嫌な音が響きます。
「狙撃されてます!方位百六十度。ヴァイス中尉!」
「直掩は何をしていた!?今すぐ叩き出せ!」
待機中の部隊がヴァイス中尉の指揮で、即座に狙撃手の排除に向かいます。
「ターニャ、大丈夫ですか?怪我してないですか?」
「ああ、すまん。助かった、ティナ」
「ターニャを守るのが、わたしの仕事ですから」
とりあえず指揮系統の回復をしなければと、通信機材の下へ向かうターニャの近くで周囲を警戒します。
本当ならわたしもターニャを狙った狙撃手を許せないのですが、それよりもターニャの安全の方が大切ですから。
とは言え流石にそれ以上の狙撃はありませんでした。
はあ……、たまたまわたしが気付いたから良かったものの、防衛に就いてる方達は何をしていたのでしょうか。
いくらわたしでも、ターニャが危ないとなれば怒りますよ。
まったく、自分のお仕事くらいちゃんとして欲しいのです。
いえ、別にわたしはサボってなんかいないのですよ。
結果としてターニャを守れましたしね。
南方方面軍の軍団長であるロメール将軍の手腕は凄まじく、帝国は快進撃を続けています。
今も敵の集結前に各個撃破を狙い急速に進軍しているのですが、敵状把握に不備があると懸念したターニャの提案で、大隊による夜間長距離偵察が行われる事になりました。
砂漠は昼夜での寒暖差が激しいですが、冬を迎える前のこの時期なら少し肌寒い程度。
冬のノルデンを経験しているわたし達にとってはそれほど苦ではありません。
そもそも偵察と言えば強行偵察ばかりだったので、敵に狙われていないと言うだけで幾分気持ちが楽ですね。
しかし、いくら何でも敵が見当たらなさ過ぎではないでしょうか。
もう結構飛んでると思いますが。
「あの、少佐。流石に少しおかしくないですか?」
「……そうだな」
ターニャは即座に各中隊に確認しますが、誰も敵の姿は見えないとの事。
それを聞いた途端、ターニャは顔をみるみる青くしました。
「嵌められた!HQに繋げ、至急だ!大隊各位、任務中断。直ちに集結せよ。繰り返す、直ちに集結せよ」
ターニャはヴィーシャに司令部への説明を任せると、思考に没頭してます。
「どうする?考えろ、考えろ……、敵はこちらが集結していると思っている。そこを逆手に取れば、いや……」
ターニャには何か考えがあるようですが、同時に迷っているようです。
多分公算が小さいのでしょう。
しかし同時に成功すれば効果は大きいようです。
ターニャの目を見ていれば、大体分かりました。
ならば、あまり時間も無い事ですし、やらねばならないのでしょう。
「少佐、失礼します」
「……何だ」
思考を遮られちょっと苛立っているようですが、わたしは構わず続けます。
「あるのでしょう、手が。ならば、それでいきましょう」
「いや、しかしこの戦力では……」
「道ならわたしが開きます。いつも言っているでしょう?ターニャはターニャが思う道を進んで下さい。阻むものは全てわたしが斬り払います。わたしを、わたし達をもっと信用して下さい」
「…………分かった。そうだな、そうだったな。なら、やって貰うぞ」
「任せて下さい!」
道は決まりましたね。
ならば、やって見せましょう。
敵集団に向けて前方への後退。
敵中突破しての撤退。
確かに敵の虚を突くものではありますが、増強大隊で敵軍に挑むのと同義でもあります。
とは言えターニャがここを進むなら、わたしはその道を作るのみ。
敵が混乱している内に、友軍の主力が進軍してくれる事を祈るばかりです。
「敵右翼、かき乱します。その隙に突破を!」
「分かった」
「いや、相変わらずすごいですな。本当に頼もしい方です」
「ああ、まったくだ。……大隊、突っ込むぞ!遅れるな!」
「了解!」
ターニャ達は上手く抜けそうですね。
ならばわたしも。
適当にただ飛んでるだけの敵をいくつか落としながら、ターニャ達に続きます。
思っていたより上手く行きました。
ラインに比べれば、大分楽ですね。
あんな新兵以下みたいな敵は、ラインでは見た事ありません。
敵も戦力の低下は無視出来ないレベルのようです。
このまま敵軍を横切って友軍と合流しましょう。
「右翼を突破した敵部隊が、こちらに真っ直ぐ向かって来ます!」
その報告を聞いたビアント大佐の脳裏にはかつてライン戦線で受けた屈辱が蘇っていた。
首狩り戦術。
後方浸透しての司令部襲撃は、敵ながら見事としか言えないほど効果があった。
その衝撃を直接目の当たりにしているビアント大佐にとしては、その威力は充分に理解している。
だからこそ奴らはここで、ラインの再現をするつもりなのだと思い至ったし、ならばそれは絶対に阻止しなければならない事も理解した。
それは上官であるド・ルーゴ将軍を防空壕に押し込む為には足蹴にする事も厭わないほどであった。
結果その判断は、功を奏する。
結局奴らはこちらの首を狩る事は出来なかった。
自由共和国と言う脆弱な組織で、再び頭を失う事など考えたくも無い。
なればこそ、ビアント大佐は自分の咄嗟の判断に胸をなで下ろす。
しかし。
最後に飛び去る奴らの後ろ姿が見えた。
こちらの魔導師の追撃など、まるで無いものかのように軽々と振り切って行くその姿。
しかしその中に奴がいた。
間違い無いあれは、四枚羽。
ならばあの部隊はラインの悪魔の部隊。
ビアント大佐にとってはアレーヌで散々屈辱を味わわされた部隊だ。
きっとラインでの首狩りもあいつらの仕業だったのだろう。
常識では考えられないようなあの所行も、なるほど奴らの仕業なら納得出来る。
しかし今回は守りきった自分の勝利だ。
ならば次は、次こそは必ず。
奴らに一矢報いてやる。
ビアント大佐は胸中で密かな決意を固めたのであった。
今わたし達は行き先も知らされず、輸送機に揺られています。
快勝続きの南方大陸から、休暇との事で帝都に戻ったのがつい数時間前の事です。
しかし帝都に着いたばかりのわたし達に与えられたのは休暇では無く、演習命令。
すぐに参謀本部が用意した航空機に乗り込めと言われました。
その航空機ですが、夜間用の特殊迷彩を施してあり国籍マークすら視認しずらくなっています。
これ、一体どこで何する用なんですかね?
「ヴァイス大尉、これどう思います?」
「まあ、あまり良い予感はしませんな」
「ですよね。はぁ……、仕方ありません。やれるだけは準備しておきましょうか」
「ですな。グランツ中尉、予備の宝珠と弾薬を積めるだけ積み込め」
「はっ」
「ヴィーシャは……、そうですね、通信機材の準備をお願いします」
「了解しました」
「わたしは医療品の確保に当たります」
「では、私は装具と携行品のチェックですな」
わたし達がテキパキと準備を進めるのを見て大隊の皆も何となく察した様で、黙々と装具の点検を始めました。
ちなみに今ので気付いた方もいるかもしれませんが、何人か昇級を果たしています。
わたしも大尉になったのですよ!
後一つでターニャと同じですね。
まあ、流石にそれより前にターニャが昇級するとは思いますが。
とにかくそんな訳でわたし達は今、名目上は演習区域に向かっている事になっています。
そんなもの誰も信じてませんがね。
大体目印の無い海の上や砂漠の上を飛んだこともあるんですから、今さら隠しても何となくどこに向かっているかは分かります。
この方向は、東部国境線ですかね。
東部方面軍の演習地とは別方向ですし、やっぱりただの演習って訳じゃ無さそうです。
なら、対連邦での何らかの作戦を行うと言う事。
はあ、まだ戦争は広がるんでしょうか。
とは言え今の段階では全てわたしの想像に過ぎません。
外れるかもしれませんしね、考え難いですけど。
と言うか何でみんなわたしとターニャを交互にちらちら見て来るんですかね?
「……副長と副官の二人が知らない事は、わたしだって知りませんよ」
「ですよね……、すみません」
「と言うか少佐も詳細はご存知ないと思いますよ?予測は、しているかも知れませんが」
しかし予測なら皆しているでしょうし、仮に正式な命令が出ているならばわたし達に説明が無い理由がありません。
それゆえこれ以上ここで論じる必要は無いのです。
て言うかヴァイス大尉、さっきからターニャが呼んでますよ。
「ヴァイス大尉、少佐殿がお呼びです」
「え?あ、失礼いたしました!」
「いや、構わん」
ターニャがちょっと疲れた顔してます。
大声出したのに届かなかった事でへこんでいるようです。
えへへ、相変わらずターニャは可愛いなぁ。
あ、やば、ターニャがこっち見てます。
バレたかな?
……あー、これ違いますね。
多分ですけど出来るだけ聞かれないようにしろって事ですね。
「ヴァイス大尉が気付かないなんて珍しいですね」
「まあ、飛行機の中はうっさいですから。ほらほら皆さん、そろそろみたいですよ。装具の点検を徹底して下さい。ヴィーシャとグランツ中尉もチェック手伝って下さい」
「は、はい」
「了解しました」
その後、ヴァイス大尉から説明されたのは予想通りのものでした。
連邦に不穏な動きあり。
その為わたし達は長距離偵察任務に出るようです。
しかし、現時点では中立国への越境侵犯です。
建て前は航法機材の故障で誤って降下したと言う事になり、こちらからの手出しは一切禁止とされました。
つまりは連邦から帝国に対しての明確な攻撃があるまでは、わたし達はその存在を気付かれる訳にはいかないと言う事になり、作戦は非魔導依存環境で行われます。
また、無茶を言うものです。
いや、無茶しか言われた記憶が無いと言えばそれまでですが。
と言う事は、例によってやるしか無いのですね。
はぁ……、降下地点に着いたようです。
行きましょう。
「降下完了した者から順に近くの者と小隊を組んで周辺警戒。グランツ中尉、中隊を連れて見回りお願いします。ヴィーシャは回収したパラシュートと装具に、紛失や不備が無いかの確認をお願いします」
「「了解しました」」
「アルベルト大尉」
「ヴァイス大尉、こちらは問題ありません。指揮は任せて下さい。少佐もそろそろ降りて来られます。大尉はそちらに」
「分かりました。よろしくお願いします」
流石二○三ですね、皆さんこの程度軽くこなしてくれます。
特に問題無く全員降下完了したみたいです。
「アルベルト大尉、周囲に人影は見当たりません」
「ありがとうございます、グランツ中尉。人家はどうですか?」
「それらしき物はありませんでした。光源も集積所付近の物のみかと」
「そうですか、では今の内に点呼を済ませてしまいましょう。部隊を集結させますので、手伝って下さい」
「はっ、了解しました」
空挺降下と言うのは降下中が最も無防備です。
そこで見つかってしまえば、迎撃態勢も整っていない内から戦闘へと移行する事になりますし、その後降下してくる仲間を庇いながらの戦闘になり非常に不利となります。
しかし今の所は何も問題無いようで、少し安心しました。
さて、ターニャに報告に行きますかね。
「部隊の集結を完了しました。現在、中隊ごとに周囲の警戒にあたらせています。グランツ中尉に命じ見回りを行わせましたが周辺に人影、人家のいずれも発見出来ないとの事です。回収した装具についてもセレブリャコーフ中尉に確認させましたが、問題ありません」
「ご苦労。……何と言うか、流石だな」
「ふふ、ターニャの考えている事なら何でも分かるのですよ。それでこの後は、集積地の偵察ですか?」
「だな、そろそろ……」
「少佐殿、長距離無線機の組み立て完了しました。機能に問題は無く、電波妨害の可能性もありません」
ヴァイス大尉が報告を持って来ました。
ターニャはこれを待っていたようです。
「了解。開戦を告げる兆候は無いのだな?」
「連邦、帝国両陣営からの開戦に関する報告はありません」
「では、今度こそ偵察ですね」
わたしはそう言いましたが、しかしヴァイス大尉がいきなりよく分からない事を言い出しました。
「僭越ながら、私に敵地へのアプローチをお任せ願えませんか」
「ヴァイス大尉、指揮官先頭だ。それにまだ敵ではないぞ」
「重ねて僭越ながら。非魔導依存環境下での行軍であれば、自分の方が負荷に耐えうるかと」
「そう言う話か……」
なるほどそう言う訳ですか。
多分輸送機の中で声が聞き取れ無かった事を気にしてるのでしょうね。
身長があるわたしと違って、ターニャは魔導師でなければただの可愛い女の子ですからね。
いや魔導師でも可愛い事に違いはありませんけど。
とは言え、そんな言い分をターニャが認めるとも思えません。
案の定拒否しようとしました。
「良い部下を持った事を喜ぶべきだろうな。だが……」
「いいじゃないですか。たまには少佐殿も指揮官らしく後ろで構えてて下さいよ。わたし達で偵察して来ます。後はそうですね、グランツ中尉と……もう一人くらい欲しいですかね」
「しかしだな……」
「大丈夫ですよ、少佐が言いたい事は分かってます。何があってもこっちからは手出ししません。やらかしそうになる人がいたら、わたしが斬ってでも止めますよ。ね、ヴァイス大尉?」
「……肝に銘じておきます」
「……分かった、任せる。セレブリャコーフ中尉を連れてけ」
「良いんですか?」
「構わん。残った者では一番信頼出来るしな」
副官であるヴィーシャくらいは残そうと思ったのですが、まあターニャが良いと言うならお言葉に甘えましょう。
「後、偵察班の指揮はお前が執れ」
「わたしですか?ヴァイス大尉の方が良いのでは?」
「班員の面倒を見ると言ったのはお前だろう?それにヴァイス大尉には通信機材を運んで貰いたいのでな」
「……そう言う事でしたら。了解しました」
まあ仕方ありませんね。
では、連邦の皆さんの様子を確認して来ましょうかね。