東部戦線にて作戦行動中のはずのわたしですが、何と現在帝都に戻って来ています。
一体何故かと言えば参謀本部に向かうと言うターニャに連れられて来たのです。
しかし何でわたしまでこんな所に来たんでしょうか。
ターニャに聞いても、いいから付いて来いとしか言いません。
ふふ、ターニャってば強引なんですからぁ。
参謀本部なんて戦闘団設立関連で数度訪れただけなのですが、ターニャは迷い無くどんどん奥へ進んで行きます。
わー、こんな所まで来たの初めてです。
あ、そこが目的地ですか?
えーと、戦務参謀次長執務室って書いてますけど?
こ、ここって帝国軍のトップクラスの方の部屋ではないですか!
ちょ、ターニャ、もしかしてわたしも入るんですか!?
いや、待って、心の準備が!
結局わたしはターニャに引きずられて執務室の中に足を踏み入れました。
うぅ……、緊張します。
あの方が、戦務参謀次長であるゼートゥーア中将閣下。
ターニャと閣下が何か話していますが、緊張し過ぎて全然話が頭に入って来ません。
凄い貫禄と言うか、何でターニャはそんな平気そうなんですか!?
「それにつきましては、アルベルト少佐に説明させましょう」
そんな事を言いながらターニャがこっちを向きました。
え?何が?
わたし何すんの?
ターニャに押されてわたしは中将閣下の前に立ちます。
あ、やば、足が震えてる。
「ふむ、貴官が……」
「は、はっ!て、ティナ・アルベルト魔導少佐であります!」
「そう緊張せずとも良い。連邦の捕虜と直接話したそうだな?その所感を聞きたい。ああ、もちろん貴官の主観で構わん」
「はっ!り、了解いたしました」
閣下は穏やかな雰囲気ながら、何と言うか、底が知れない感じがします。
うぅ……、何でこんな事に。
とにかく頭を切り替えないと。
「……彼らは我々と、本質的には違いが無いと感じます。彼ら自身に侵略する意志はありません」
「何故そう思う?」
「彼らは自身や家族を共産党に人質に取られています。彼らは党に強制され戦っているのです」
「連邦の兵士そのものが共産主義者である訳では無いと?」
「はい、閣下。彼らは故郷を思う一個人に過ぎません。そしてその多くが共産党の支配から抜け出したいとも考えています」
「なるほどな、分からなくは無い」
「彼らが連邦を離れられないのは祖国を思うが故です。彼らは祖国を、その誇りを捨てる事が出来ないのです」
「……ならば尚更、それが我々の味方になり得るとは思えんが」
味方?
と言う事は、連邦内の分離主義者に独立自治を任せる話でしょうか?
これは捕虜の尋問後にターニャが提案したものですが、帝国が不要な地を彼らが欲するなら、彼らに故郷を取り戻させてはどうかと言うものです。
そうする事で帝国は直接戦線を維持する必要が無くなり、なおかつ友好的な相手を国境線の向こうに置く事が出来る、と言う案なのですが。
しかし閣下は彼らが友好的になるかどうかを懸念されているのですね。
「それは、恩を売ってしまえば良いかと」
「……どう言う事だ?」
「分離主義者が共産党の支配から独立するのを我々が手助けした、そう言う図式にすれば良いのです」
「しかしわざわざ自治させる必要があるのか?」
「何も全力で守る必要はありません。我々には彼らを守る意志があると示せれば充分かと」
「……なるほど。確かにそれならば負担を減らす事にはなるが……」
「国民感情ならば問題無いと愚考いたしますが」
「……なぜそう思う?」
「我々は分離主義者にとっての救国の英雄となるのです。連邦に対する大衆のイメージを勘案いたしましても、我々の行動に対する評価は悪いものにはならないかと」
「確かに一理はあるように思うな」
「連邦に一泡吹かせたと言う事実が重要なのです。それに我々が解放者として振る舞えば、今後協力者が増える可能性があります。ならば連邦の戦力を削る意味も持ち得るかと」
「……なるほど、一考に値する話だ。後ほど正式なレポートに纏めて提出してくれ給え」
「はっ。了解いたしました」
「結構」
その後は、再びターニャが閣下とお話しして、わたし達は閣下の執務室を辞しました。
あ~、めっちゃ緊張しました。
ターニャも先に言っといてくれれば良いのに!
そんな文句をターニャにぶつけると、
「ティナはわたしの考えが分かるのだろう?それに、信頼していたからな。実際問題無かった」
何て言いました。
そんな……そんな……。
そんな言葉じゃ騙され無いんですからね!
まったくもう、許してあげるのは今回だけなのですよ!
「ティナ・アルベルト少佐か……」
静寂の戻った執務室にてゼートゥーアは一人、先ほどのやり取りを思い出していた。
確かに魔導師としては優れているようだが、別段突出した経歴では無い。
いや年齢を考えれば充分賞賛すべきものだが、それでもデグレチャフほど目立っていた訳では無い。
しかしそれは、単にデグレチャフの影に隠れていただけなのだろう。
いや、そもそも気付かれていない可能性もある。
あれは相対せねば理解出来ない。
最初は別段、特別な印象は無かった。
実際、彼女の口にした案はデグレチャフも口にしていたものであったし、そもそもがデグレチャフの案だろうからそれは驚くに値しない。
それどころか、わざわざ尋問担当官を連れてくるとはデグレチャフは気の利き過ぎる奴だと思ったほどだった。
しかし数言交わして、すぐに気付いた。
まるで自分の疑問を全て理解しているかのような話し振り。
しかも恐らく、こちらがどこまで理解したのかを正確に把握し、余分な言葉を省いていた。
事実ゼートゥーアは、先回りして丁寧に諭されていたかのような錯覚さえ覚えているのだ。
帝国が誇る二羽烏の片翼、知性の化身であるゼートゥーアがである。
いやゼートゥーアだからこそ、それを理解出来たのかも知れない。
デグレチャフの提案して来た連邦内部の分離主義者の独立は、恐らくアルベルトがあってのものだろう。
彼女の人の心に入り込んで来るかのような態度は、分離主義者の説得において大いに役立つ事だろう。
それに彼女の前では嘘も隠し事も通用しないのだろうから裏切りも起き得ない。
そう言った意味で言えば、公算は高いと言える。
しかし。
あれを、あんな知性を、あの歳の子供が持ち得るのか。
いやあれは知性などと言う言葉で片付けられるものでは無い。
方向性こそ違えど、隣に立っていたデグレチャフと同じく異常と言う他無い。
しかしゼートゥーアにはもう一つの疑問もあった。
あんな知性の仮面を被った少女のその素顔とは、しかし如何様なものか。
それは学者肌であるゼートゥーアだからこその疑問であった。
「……もう少し、試してみたいな」
それは帝国が抱えるもう一人の化け物に、ゼートゥーアが興味を持った瞬間だった。
わたしとターニャが纏めた報告書は参謀本部にその有用性が認められる事となり、そうして発令された次なる作戦にて帝国は戦線を大幅に後退、帝国が占領した連邦の土地のほとんどは連邦内の分離主義者の皆さんに明け渡す事になりました。
しかしその交渉の場にわたしが呼ばれるのは一体どう言う訳なのでしょうか。
もちろん主に交渉に当たるのはゼートゥーア閣下なのですが、何故かわたしがそのサポート役に選ばれたのです。
わたしに課せられた仕事は、ゼートゥーア閣下が説明した後の分離主義者の皆さんの疑問に答えたり、不安な事についてお話しを聞いたりする事です。
え、何でわたしなんですか?
作戦の提案者はターニャですよ!
別にわたしは何も出来ないのですよ。
それにこんな大役、わたしには荷が重過ぎるのです。
「あの、あの。閣下、お聞きしたいのです。わたしで本当に大丈夫なのでしょうか?」
「何、そこまで緊張せずとも良い。貴官は貴官なりに相手と話してくれれば、それで構わん。期待している」
「は、はいぃ……。頑張ります……」
しかし結局重要な質疑応答などは全て閣下がして下さり、わたしはそれ以外の皆さんとお話しするだけでした。
相手はわたし達のような職業軍人では無く、民間人がその多くを占めているようです。
それでも最初は緊張していたのですが、何人かとお話ししている内に少しずつそれも無くなり、最後には皆さんと楽しくお話し出来ました。
その後、帝国領の譲渡は特に問題無く行われました。
ゼートゥーア閣下はわたしの仕事振りを褒めて下さいましたが、わたしは何の役にも立って無い気がするのですが。
やはり全ては閣下のお力ですね。
しかしこれでお仕事完了と言う訳ではありません。
今後は戦闘団と共に、分離主義者の皆さんをお守りする必要があります。
とは言え、今回の仕事に比べれば楽勝なのです。
……もうこんな大変なのは嫌なのですよ。
やはりと言うか連邦も黙って分離主義者の独立を見過ごすはずも無く取り返そうと必死になっていましたが、実際送られてくる部隊の戦意は低く、それどころかその中の一部はわたし達の側に付いてくれるほどです。
そうして何度かわたし達が連邦の抵抗を押し返している内に連邦に住む人々にも帝国の意図が伝わったらしく、また最初に自治をお任せした方々の協力もあり、各地でわたし達に呼応する人が現れ始めました。
それならばとわたし達も皆さんと協力し、元々独立の意志が強かったらしい連邦西部が一気に連邦から離反、新たな国として独立する事となりました。
そうして生まれた国ユーク人民共和国は、連邦領内では珍しく豊かな穀倉地帯を含む地域であった事もあり、わたし達帝国の強力な味方となってくれそうです。
結局帝国と人民共和国、そして連邦内の分離主義者を加えた独立解放軍は結構な一大勢力となりました。
しかしこれで終わりではありません。
彼らの独立を連邦に認めされなければならないのです。
ならないのですが……。
「やっぱり、わたし達は連邦の首都に向かうんですよね?」
わたしはターニャにそう訊ねますが、案の定あっさり肯定されてしまいます。
「当たり前だ。今更何を言っている?」
「ですよね……」
「何だ、もしかしてまたか?」
「またと言うか、まだと言うか……」
そうなのです。
結局連邦首都に対する嫌な感覚は消えていませんでした。
「しかし今回は一定の戦力での攻勢だぞ?今までの連邦軍の戦力から考えてもそう問題があるとは思えんが?」
「それは、そうなのですが……」
むう、一体何なんでしょうか。
自分でも無茶を言ってるのは分かるのです。
でもターニャを見てると、胸がざわつくと言うか……。
……うん、ターニャ?
ターニャが駄目なんでしょうか?
例えば、ターニャを首都に近付けないようにするとか。
……お、大丈夫みたいです。
なるほど、つまり。
「ターニャはお留守番しててくれませんか?」
「何でそうなった!?」
ち、ちょっと説明を省き過ぎました。
ターニャがご立腹です。
「え、えーと、何と言うか。わたしの嫌な予感が、ターニャが連邦首都に向かう事に反応していると言うか……」
「はあ?……いや、そう言う事か。しかしいくら何でもそれは出来んだろう」
「あ、いえ、無理なのは分かってます。なのでせめて機甲部隊と共に後ろにいて欲しいのですが」
「それは、別に構わんが。と言うかわたしとしても望む所だしな」
そうですね、ターニャは安全な後方志望ですもんね。
しかしその願いが叶う様子が全く無いのは、何と言うべきでしょうね?
まあ今はそれについて考えるのはやめておきましょう。
「しかし、それで大丈夫なのか?」
「うーん、どうなんでしょう。完璧では無いですが、少しはマシかと。少なくともわたしが我慢出来る範囲です」
「分かった。ならば今回はその方向で行くか」
「ありがとうございます、お願いします。あ、後ターニャが進軍するのはわたしが良いと言うまで待っていて欲しいのですが」
「……はぁ、分かった。ただし緊急の時は、その限りでは無いからな?」
「分かりました」
こうしてわたし達は、とうとう連邦首都攻略に向けて動き出したのです。
結果的に言えば、わたしの懸念は杞憂だったのではないかと思うほど首都攻略は順調に進みました。
連邦首都の守備隊はおおよそ組織的とは言えず、その上首都内部に潜んでいたパルチザンがわたし達に呼応して蜂起したらしく、わたし達としてはほとんど抵抗らしい抵抗を受ける事もありませんでした。
しかもいつの間にやら嫌な感覚も消えてますね。
わたしがOKを出した事で、ターニャ率いるサラマンダーは全力を発揮する事になり、連邦はあっさりと降伏する事になったのでした。
これでようやく東部戦線も落ち着きますね。
長かった戦争も終わりが見えて来たでしょうか。
そうだと良いなぁ……。
ゼートゥーアとルーデルドルフ。
戦務と作戦のそれぞれに身を置く帝国の二羽烏は参謀本部の食堂にて、対連邦の勝利についてささやかに言祝いでいた。
とは言え未だ多くの仕事を残しているのは事実だ。
東部だけで言っても、連邦との停戦協定に分離主義者の独立を認めさせる文言を組み込まなければならない。
講和がならなければ軍を引く事も出来ない以上、これは急務であろう。
実際ただでさえ兵站線に無理をさせていたのに加えて今回の大規模攻勢だ。
細々と補強しながら誤魔化してはいるが、どう考えても長くは持たない。
そうなれば、折角の勝利も水の泡と帰すだろう。
それに戦争自体が終わった訳では無いのだ。
連合王国が不穏な動きを見せている以上、早急な部隊の再編が求められる。
それでも最も厄介だと思っていた問題が片付いたと言う事は、帝国の俊英達に僅かばかり肩の力を抜く暇を与えた。
「ようやく一つ、片付いたな」
「これで終わりでは無い事には、頭が痛いがな」
「確かにな。とは言え勝利は勝利、この時ばかりは……」
「ああ、我らの勝利を祝おう」
そうして二人は祝いの席には甚だ不満の残る食事に手を付け始めた。
「いやしかし、思ったより順調に事が進んだ。運が良かったと言うべきか」
実際帝国は、大きな損害も無く東部にて勝利を収めた。
連邦軍兵士の離反が多かったのも理由の一つだが、連邦上層部はまるで機能していなかったらしい。
上層部では責任の押し付け合いが発生し、その多くが責任を取らされたと聞く。
その上書記長の腹心と思われていたた内務人民委員長官まで処分された事により、最早混乱は収拾のつけようが無かったようだ。
結局、若手将校のクーデターにより書記長が倒れた事で連邦は瓦解、これ以上の継戦は不可能と判断し降伏するに至ったらしい。
しかしそこに至るまでの発端は、やはり分離主義者の解放に成功した事に尽きるだろう。
「実際、貴様の提出したレポートは驚くほどに効果的だったな」
「……まあ、確かにな」
「その様子では、何か気になる事でもあるのか?」
「……実は今回のレポートにも、白銀が絡んでいる」
「……なるほどな。あの“錆銀”か」
返り血で錆びた銀だと、いつしか味方からも恐れられるようになった卓越した魔導士官。
戦術面に優れた野戦将校である事はルーデルドルフも知っていたが、ゼートゥーアは奴がそれ以上だと知っていた。
「そもそも初めて奴に会った時に聞かされたのが今時大戦予想と、それに伴う即応大隊構想だ。その後貴様も知る通りフィヨルド攻略を予測。共和国残党の蜂起の予見に、対連邦については専門家かそれ以上に一家言を有しているらしい。更には戦闘団設立の提案と、加えて今回の分離主義者の独立だ。ああ、士官学校時代に兵站線についての考察もしていたか」
「……凄まじいな。ひょっとして奴は未来でも見えるんじゃないか?」
「そう言われた方がよっぽど納得出来るな」
違いないと、ルーデルドルフは背筋を走る冷たい感覚を誤魔化すように口端を歪めた。
恐らく目の前の戦友も同じ感覚を覚えているのだろう。
自分と同じような苦笑を顔に貼り付けているのが見て取れた。
しかしどうやら友の懸念はそれだけでは無いらしい。
「白金の猛犬を知っているか?」
「うん?まあ、名前くらいはな。直接会って話した事は無いが……」
白金の猛犬。
とある帝国軍魔導師の二つ名だ。
自身も黄金柏葉剣付白金十字章を持ちながら、白銀に付き従う猟犬。
今時大戦の開戦から多くの戦場を白銀と共に駆けてきた帝国が誇る番犬である。
その名は白銀の名と共に帝国に知れ渡っている。
少なくとも帝国軍に身を置きながら知らない者の方が少ないだろう。
しかしそれがどうしたと言うのだろうか。
「私はこの間初めて会った。あれは……、あれも化物だよ。間違い無くな」
「何?いや確かに優秀な魔導師とは聞いているが。しかし、いくら何でもあの白銀よりかは……。まさか、それほどなのか?」
白銀の異常性については今しがたゼートゥーアから聞かされたばかりだ。
それとて実は誇張が混じっているのではないかと、ルーデルドルフとしては疑わしく感じざるを得ないほどだ。
仮にそれが真実だとしても、ではそんなのが二人もいるなど流石に冗談が過ぎるだろう。
口にしたのが冗談など到底似合わないこの男でなければ一笑に付していた所だ。
しかし眉間の皺を深くしながら押し黙ったままのゼートゥーアの様子には、然しものルーデルドルフも事態の深刻さを察する。
少なくとも楽観視すべき事態ではないらしい。
だがそれほどの奴らだとしても自分達の味方である事には違いない。
それだけが、ルーデルドルフの心を僅かばかりでも軽くしてくれたのだった。
「……何にせよ、それらは我々の味方なのだ。ならば喜ぶべき事だろう」
「それは、そうだな」
例え束の間の勝利だとしても。
例え内部に憂慮すべき存在が蔓延っていようとも。
今この時ばかりはその全ての懸念を脇に寄せる。
今まで散々頭を悩ませ続けて来たのだ。
ならばこそ今はこの僅かな休息に専念するとしよう。
明日からはまた忙しくなるのだから。