少女×幼女戦記【完結】   作:ふぃれ

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第28話 決別

 連合王国、合州国連合軍の上陸阻止に失敗したわたし達は、放棄されていたライン戦線まで後退し、再び塹壕による防衛戦へと移行しました。

 しかし既に多くの主力を失い、度重なる戦いに疲弊しきった帝国では圧倒的な物量を誇る連合軍に太刀打ち出来ず、今のラインはかつての地獄すら超える泥沼です。

 それでも何とかギリギリで持ち堪えているのはひとえにロメール将軍の手腕によるものと言えるでしょう。

 流石僅かな戦力で南方を完封していた方です。

 何とか敵の進軍速度も落ち、膠着状態まで持ち込む事が出来ました。

 しかし結局はこれも一時凌ぎに過ぎないでしょう。

 何かこの状況を打破するものが必要です。

 とは言えそんな都合の良いものが転がっているはずもありませんけどね。

 ターニャもかなり焦っている様子で、いつも以上に暗い表情をしています。

 何か、何か無いのでしょうか?

 これ以上大切な皆が傷付くのはつらいのです。

 せめて皆だけでも何とか助けられたら良いのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしは今ターニャと共に帝都に戻って来ています。

 とは言えラインの状況は好転するどころか、日に日に悪くなっていく一方。

 では何故そんな時にわたし達だけこんな所にいるかと言うと、実は参謀本部に呼び出されたのです。

 いえ実際はターニャだけが呼ばれたのですが、わたしが無理を言って付いて来ました。

 まあ情勢が悪いとは言え今は少し落ち着いていますし、大隊もヴァイス大尉に任せてあるので大丈夫だとは思います。

 それにわたしはゼートゥーア閣下にどうしてもお聞きしたい事があったのです。

 最初はターニャも訝しげでしたが、わたしが必死にお願いしたら、最後には許可してくれました。

 何だかんだ言ってターニャは優しいのです。

 そんな訳でわたし達は参謀本部の門をくぐりました。

 向かう先は戦務参謀次長執務室。

 ああ、緊張してきました。

 

 

「さて、デグレチャフ中佐。今度の戦線について、貴官の意見を聞きたい」

「はっ。僭越ながら、消耗抑制では最早帝国の勝利は難しい段階かと」

「しかし今までそれで勝利してきたのではないか?」

「はい、閣下。今まで帝国はこちらの損耗を抑制し、敵に出血を強いる事で勝利を重ねてきました。しかし合州国が介入して来た以上、それだけでは勝利し得ないでしょう」

「このままでは帝国は負けると?」

「帝国が万全ならばいざ知らず、今の疲弊しきった帝国では到底耐え得るものではないかと」

「……では、どうするのが最善と考える?」

「最早表面上の勝利にとらわれる段階は越えております。我々はその先を見据えなければならないのです」

「つまりは……?」

「帝国を差し出すのが一番かと」

「何……?敗北せよと、貴官はそう言うのか?」

「はい、いいえ閣下。帝国という体制を差し出すのです」

「それは、どう言う事だ?」

「今まで戦争をしてきた帝国と言う国を差し出し、我々が新たなライヒを生み出すのです」

「何を……?」

「今の帝国は確かに敗北するでしょう。しかし我々は決して負けてはいないのです。我々が新たなライヒとなる以上、帝国の敗北は我々の敗北足り得ないのです」

 

 ターニャのその言葉を聞いた閣下は眉間に皺を寄せたまま押し黙ってしまいました。

 重々しく口を開いた閣下は、それでも何度かためらいながらもようやくといった風で言葉を吐き出します。

 

「……つまり貴官はクーデターを、皇帝陛下に反旗を翻すと、そう言うつもりか?」

「損耗の抑制です閣下。ライヒの地が、ライヒの民が残る限りライヒの敗北では無いのです。いつの日か再びライヒが立つ為に、今は損耗を抑制するのが一番であります。その為に帝国は生まれ変わらなければならないのです」

「……即断は、出来ない問題だ。……考える時間が欲しい」

「……分かりました。しかしあまり時間もありません」

「ああ、分かっている……」

「では、小官はこれにて失礼いたします」

 

 そう言って退出するターニャにわたしも続きます。

 わたしはターニャの提案自体は前以て聞いていたので驚きませんでしたが、やはりかなり衝撃的な考えのようです。

 実際わたしも最初に聞いた時はかなり驚きました。

 ゼートゥーア閣下は暗い表情で考え込んでいます。

 しかしターニャはその身の安全が第一の人ですから、その考えも分からなくはありません。

 しかし本当にそれで良いのでしょうか。

 わたしはターニャを守る為に存在しているつもりでしたが、でも最近は守りたい人達が増えてきてしまいました。

 もちろんターニャの事はとても大切に思っています。

 でも、わたしは……。

 一体どうしたら良いのでしょう。

 

 わたしは部屋を出た所でターニャに声を掛けました。

 

「あの、すみませんターニャ。わたしも閣下にお話ししたい事があるので、先に戻っていて下さい」

「それは別に構わんが。それなら何でさっき何も言わなかったんだ」

「えっと、緊張してて忘れてました」

 

 ターニャは呆れたようにこちらを見ていましたが、結局何も言わずに一度だけ頷いてから行ってしまいました。

 わたしは再び扉をノックして、執務室の中に足を踏み入れます。

 

「ん?ああ、アルベルト少佐か。何かあったのか?」

「はい。先ほどのデグレチャフ中佐のお話について、わたしも閣下にお話ししたい事があるのです」

「……それはデグレチャフ中佐に聞かれたくは無い話か?」

 

 !……流石ゼートゥーア閣下、鋭いですね。

 こちらの考えなどお見通しのようです。

 

「……はい」

「そうか。私も一度貴官と一対一で話がしたいと思っていたのだった。丁度良い、少し付き合ってくれないか?」

「はっ。了解しました」

 

 ゼートゥーア閣下もわたしにお話があったようです。

 これならわたしの話も聞いて貰えるでしょうか。

 

 

 ゼートゥーア閣下はかなり渋っていましたが、結局わたしの提案を承諾してくれました。

 それならばわたしもなすべき事をなしましょう。

 わたし達がラインへと戻ってすぐに、ターニャはロメール将軍に呼ばれて司令部へ向かいました。

 丁度良いですし、わたしも大隊の皆を集めてお話ししましょうかね。

 わたしの提案した作戦を成功させる為には、皆の協力が不可欠なのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 メアリーは今とても混乱していた。

 父の仇の魔導師。

 それなのにわたしを殺さなかった、あの魔導師。

 見つけたのは偶然だった。

 でもそうだと分かった途端抑えられなかった。

 父を殺したのに、どう言うつもりでわたしを殺さなかったのか。

 メアリーはそれを問い詰めようと思っていた。

 何故だか分からないけど、あの人はわたしに攻撃してこない。

 だから話を聞く余裕くらいはあるだろうと、メアリーは思っていた。

 それなのに実際近付いたら以前とは打って変わって攻撃してきた。

 少し油断していたせいもある。

 でもあれから沢山鍛えたつもりだった。

 少しは強くなったと思っていた。

 それなのにまるで歯が立たなかった。

 それどころかほとんど何が起きたのか分からなかった。

 あれがあの人の本来の実力。

 わたしがちょっとやそっと鍛えたくらいでは、まるで追いつけない。

 その事実はメアリーの心に暗い影を落とした。

 しかし同時にメアリーには、疑問もあった。

 また、死んでない。

 何故か分からないけど、メアリーは再び生き残ったのだ。

 あの時とは違う。

 相手は明確に攻撃の意志があった。

 それなのに生きているのは、やっぱりわざと生かされたとしか考えられない。

 これは後から上官であるドレイク中佐に聞いた話だけど、相手は魔導刃による近接戦を得意としながら、わたし相手には使用していなかったらしい。

 それどころか攻撃用の術式を一つも使っていなかったみたい。

 それで気絶させられたのだから、どれほどの実力の差があるのだろう。

 しかしこれであの人がわたしをわざと殺さなかったのは多分事実なのだろう。

 でもその理由については、メアリーに思い当たる節が無かった。

 それにドレイク中佐に渡された短機関銃。

 わたしが父に贈った、父の形見。

 何故ドレイク中佐が持っていたのかと驚いたが、どうやらあの人から気絶したわたしと共に受け取ったらしい。

 わたしに渡して欲しいと頼まれたと、ドレイク中佐は話していた。

 その事実がメアリーを更に混乱させる。

 

 なんでそんな事をするの?

 

 これではまるで、メアリーの事を大切に思っているかのようではないか。

 別に面識など無いはずだ。

 それどころか父の仇であるはずなのだ。

 それなのに、そんな相手がメアリーに親切にしてくれる事実を、メアリーは受け入れられないでいた。

 最初は許せないだけだった。

 出来れば、父の仇を取りたいと思っていた。

 それなのにメアリーは、今自分がどうしたいのか分からなくなってしまっていた。

 

 お父さん、わたしはどうすれば良いのかな?

 

 メアリーは父の銃をそっと抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラインに戻ってから数日。

 参謀本部の決定により、帝国軍は最後の作戦を決行する事になりました。

 この作戦の成否如何で今後の帝国の行く末が決まるのでしょう。

 正真正銘最終決戦と言う訳ですね。

 その前夜、わたしはターニャの下を訪れました。

 

「ターニャ、明日の作戦でとうとう全てが決まるのですね」

「ああ、そうだな。これで全てが決まる」

「……少し緊張してしまいますね」

「我々はいつも通りに、やるべき事をやるだけだ」

「ふふ、ターニャは相変わらずですね」

「当然だ。わたしはこんな所で終わるつもりは無い」

「そう、ですね」

 

 確かにターニャなら何があっても生き残るでしょう。

 しかしもしもその為に大隊のみんなが傷付く事になってしまったら……。

 わたしはターニャの為ならどうなっても構いませんが、それでも他にも死んで欲しく無い人達がいるのです。

 

「……ターニャなら大丈夫ですよ」

「ああ、頼りにしているぞ、ティナ」

「はい、もちろんです。ターニャ、わたし頑張りますからね」

 

 わたしの言葉に頷くターニャ。

 でもターニャはその言葉の本当の意味が分かっているのでしょうか。

 きっと分かっていないのでしょうね。

 わたしは思わずターニャを抱き締めました。

 ターニャはわずかに身じろぎしましたが、抵抗はせずにいてくれるみたいです。

 本当に愛しいです。

 だからこそ、ターニャを裏切る事になるのは本当に心苦しいですね。

 でも、やらなければなりません。

 わたしは少しだけ抱き締める腕に力を込め、その瞬間ターニャの身体がビクリと大きく跳ねました。

 

「ティ、ナ……?何……を……」

 

 ターニャは信じられないといった表情でわたしの顔を見ました。

 わたしがターニャに使ったのは、意識を奪う為の神経系の術式です。

 ターニャは普段から防御膜によってガスなどを防いでいるので、気絶させるには直接触れる必要があります。

 それでさえ普通なら警戒していますが、やはりわたしの事を信頼してくれていたようですね。

 特に抵抗なく、術式がターニャの身体に作用します。

 しかしこれでもう元通りにはなれませんね。

 わたしはその驚愕に彩られた視線に堪えられなくなり、目を伏せ彼女に謝りました。

 

「ごめんなさい、ターニャ。ターニャ・デグレチャフは帝国の為ここで犠牲となる、それが参謀本部の決定です。……みんなを守る為には仕方なかったのです。理解してくれなくて良い。許してくれなくて良い。それでも、あなたを守ると言っておきながらこんな形になってしまって、本当にごめんなさい」

「く……そ……!」

 

 わたしのその言葉で自分に何が起きたのか理解したのでしょう、ターニャは忌々しげにそう呟きながらも何とか宝珠を起動させようと体を捩りますが、わたしはそれより素早く彼女の宝珠を奪います。

 

「……すみません。これは預からせて貰いますね」

「くっ!……何で、だ。何でなんだ、ティナ!」

「ごめんなさい」

「そんな言葉が、聞きたい、んじゃ……」

「本当にごめんなさい」

「ティ……ナ……」

 

 これでターニャは本当にただの女の子と変わりありません。

 結局何も抵抗する事無く、その意識を手放しました。

 

 わたしが合図をすると、外に待機していたヴァイス大尉とヴィーシャが部屋に入ってきました。

 

「ヴィーシャ、ターニャをよろしくお願いします」

「アルベルト少佐……」

「すみません、お願いします」

 

 わたしはそれだけをヴィーシャに告げると、作戦の進行を確認する為にヴァイス大尉から受け取った参謀本部からの指令書に目を通します。

 ヴィーシャは何か言いたそうにしていましたが、わたしが顔を背け続けた事で諦めたらしく、結局何も言わずにターニャを連れて部屋を出ていきました。

 しかし横に控えているヴァイス大尉は違うようです。

 

「本当によろしいのですか?他に何か方法が……」

「ありがとうございますヴァイス大尉。でも無用の心遣いです。これはわたしがやらなければならない事です。たとえターニャに恨まれようとやると決めたのです。その為ならば、わたしはどんな罪でも被ります」

「それは……!」

「わたしは大丈夫です。大丈夫、なのですよ」

「少佐、殿……、いえ何でも、ありません」

 

 結局、わたしの決意にヴァイス大尉も言葉を飲み込んでくれたみたいです。

 

「ごめんなさい。明日はよろしくお願いします」

「……了解しました」

 

 ターニャには恨まれる事でしょう。

 それどころか、きっとみんなも許してくれてはいないのでしょう。

 泣きたくなるような事実ですが、今のわたしに悲しむ権利などありません。

 それにここまで来たら、もう後戻りなど出来るはずも無いのです。

 

 ごめんなさいターニャ。

 さようなら。


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