少女×幼女戦記【完結】   作:ふぃれ

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第29話 ラインの悪魔

 その日、連合軍司令部は大混乱だった。

 突如として現れた強大な魔力反応。

 センサーの誤認ではないかと確認に上がった魔導師部隊が、しかし大隊規模で瞬時に消滅。

 この事実によって、ようやく司令部はライン上空に何か得体の知れない者が存在している事を認める事になる。

 その強力過ぎる魔力によってセンサー類はことごとくがエラーを吐き出し、また目視で観測を行おうとした部隊が次々と通信を絶った事で情報が錯綜していたが、それでも僅かな報告と、それほどの反応を起こす魔導師に他に心当たりが無い事で、その存在を恐らくラインの悪魔と断定。

 そしてその直後、皮肉にもそれを裏付ける情報が敵であるはずの帝国から届けられる事になる。

 

 帝国からの救援要請。

 連合軍司令部は当初、今現在戦争中の敵国からの救援要請など馬鹿げていると一笑に付したが、しかしもたらされた情報は切り捨てるには余りある物でもあった。

 どうやら今暴れているのはラインの悪魔に間違いは無いらしい。

 呼称名ラインの悪魔、正式名は白銀ターニャ・フォン・デグレチャフ帝国軍魔導中佐。

 参謀将校でありながら自らも卓越した魔導師である彼女は、此度の戦争を開戦当初から先導してきたらしい。

 しかし度重なる戦いに疲弊した帝国はその苛烈な姿勢に付いて行けなくなる。

 そんな弱腰の帝国に足を引っ張られるのを嫌った彼女は、とうとう軍事クーデターを画策。

 彼女はその計画を極一部の信頼出来る者にしか話していなかったが、それでもその危険性を危惧され内部告発により発覚、対する帝国は秘密裏に彼女を始末し、それを以て降伏とする作戦を立てた。

 しかし自身の暗殺を事前に察知した彼女は帝国から逃げ出し、そうして今上空では、敵魔導師を迎え撃とうとする連合軍と彼女を止めようとする帝国軍を相手に無差別に暴れ回っているらしい。

 つまり帝国の救援要請とは、彼女を共に止めて欲しいと言う事だ。

 そして彼女を止める事に成功すれば、帝国は降伏する用意があると言う。

 まあふざけた話ではあるが、このままあれを野放しにはしておけないのもまた事実だろう。

 ならば、連合軍司令部は帝国の提案に乗る事にする。

 そうしてここに、連合王国、合州国、そして帝国の三国対一人の魔導師による戦いが幕を上げる事になる。

 

 相手はたった一人。

 しかしそれを侮る者など誰一人いなかった。

 確かにたった一人だろう。

 でもそれは、紛れも無く悪魔なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『主よ!その御名の下、我が前に立ちはだかる不逞の輩、その悉くを討ち滅ぼさんと我は欲す!我、祈らん!蒙昧なる愚か者に天上からの鉄槌を!其を成す力を我に与えん!』

 

 遥か上空に位置する魔導師。

 遠目に僅かに映るその姿は、金糸のような髪を振り乱し暴虐の限りを尽くしている。

 オープンチャンネルで垂れ流される呪いの言葉は連合軍兵士を恐怖で震え上がらせ、しかもその直後に発動する術式は同じ人間の放つものとは思えない。

 かなり距離があるのにも関わらず、その一撃毎に身体の底に響く衝撃。

 あれに直撃すれば、たとえ防殻があったとしても跡形も残らないだろう。

 あんな化け物を落とせと容易く命令してくる司令部に、ドレイク中佐は出来るなら自分でやってみろと叫び返したくなる。

 しかしどうやらあれの手綱は帝国ですらとうに握る事は出来ないらしい。

 ならばあれを止めるには落とすしかないのだろう。

 多くの戦士が一人の悪魔を討ち滅ぼす為に力を合わせる。

 まるでおとぎ話だとドレイク中佐は内心苦笑する。

 おとぎ話ならばなるほど最後には勇者が勝利するだろう。

 だが出来るならば、それまでに積み重ねられる多くの犠牲の中に、自分が選ばれるのは避けたいとも思うのだった。

 しかしいつまでもここで手をこまねいている訳にもいかないのだろうなと、ドレイク中佐は覚悟を決める。

 

「さて、我々も行かざるを得ないかねぇ」

「ドレイク中佐、どうかわたしも連れて行って下さい!」

 

 さて悪魔退治だと意気込もうとした矢先、横から声が掛けられる。

 メアリー・スー中尉だ。

 彼女が戦う理由も理解したし、それに共感もしたが、だからこそ彼女がこれ以上戦う必要は無いとドレイク中佐は考えていた。

 だからこそスー中尉には待機を命じてあったはずだが、しかしその正義感によって例の如く義憤に駆られているらしい。

 その思いは人として正しいものだ。

 しかし今回ばかりは思いだけでどうにかなる相手では無い。

 

「スー中尉、貴官は予備戦力として待機だと言ったはずだが」

「しかし……」

「中尉、貴官はここで死ぬべきでは無い。君の父君もそれを望まないだろう」

「……!」

「悪いが、命令に変更は無い。君は生きろ」

 

 そう言ってドレイク中佐の部隊は飛び去っていった。

 

 残されたメアリーは悔しさに涙をこぼす。

 ドレイク中佐はきっと自分が死ぬ覚悟をしていた。

 そしてそれにメアリーが巻き込まれないようにとしてくれた。

 また守られているばかりだ。

 メアリーが幼かった頃、いつも守ってくれていた父。

 しかしその命は理不尽に奪われてしまった。

 ならばもう誰もそんな思いをしなくて済むようにと、メアリーは今度は自分が守る立場になろうとした。

 それなのに結局また守られている。

 メアリーは何も変わっていない自分の無力さに、悔しくて泣いた。

 

 離れて行く、ドレイク中佐達の反応。

 しかしそれが一瞬で掻き消える。

 

「あ、あぁ……。ああぁぁぁぁ……!」

 

 メアリーは慟哭した。

 そして同時に心の奥底から湧き上がる衝撃を抑えられそうになかった。

 折角守って貰った命だけど、ここで何もしなかったら今度こそメアリー・スーは死んでしまう。

 それなら、どうせ死んでしまうなら。

 メアリーもドレイク中佐達のように勇敢に戦って死にたいと思った。

 メアリーは悪魔に向かって飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が混濁する。

 自分の命が削れる音が聞こえるようだ。

 向かって来る者を撃ち落とそうと術式を起動。

 途端に全身至る所から血が噴き出す。

 胸に提げた宝珠は本来なら使う事すら許されないはずの代物だ。

 それが何の奇跡か、こうして問題無く動いている。

 ただその代償として使用の度に意識にはもやが掛かり、身体が傷付いていく。

 文字通り命を懸けての使用だ。

 持っていかれそうになる意識を無理やり繋ぎ止め、術式を発射。

 最早狙いなど付けられない以上、直撃は望めないだろう。

 しかし別に構わない。

 殺す事が目的では無く、攻撃したという事実があれば充分なのだから。

 

 しかし先ほどから嫌に静かだ。

 ついさっきまではこちらを落とそうと大勢が向かって来ていたと言うのに、今はその姿がまるで見えない。

 もうほとんど落としてしまったのだろうか。

 それとも様子見しているだけ?

 朦朧とする意識でどうするべきかと考えていると、また一人こちらに向かう反応。

 取り敢えずあれに対処してからその先の事は考えよう。

 

 

 

 悪魔に近付いたメアリーはまず始めにその姿に違和感を覚えた。

 本来なら綺麗な金色であろうその髪も所々が赤く染まっている。

 それどころか、全身の至る所から血を流している。

 最初は返り血かとも思ったが、防御膜に守られた魔導師ならばそんなことは有り得ないだろう。

 ならば自分の血に塗れていると言う事だが、それもおかしな話だ。

 遠くから見ていた限りでは、まともな攻撃など受けていなかったはず。

 圧倒的に、一方的に暴虐の限りを尽くしていた。

 

 どう言う事かしら?

 

 しかしメアリーのその疑問はすぐに解決する事になる。

 

 こちらの接近に気付いたらしい悪魔が術式を起動しようとする。

 すると宝珠の輝きと共に悪魔の身体の至る所から血が噴き出す。

 その姿を見てメアリーは理解した。

 なるほど強大過ぎる魔力行使にその身体が耐えられないらしい。

 あの様子ではもう長く保たないのではないだろうか。

 放って置いても直に自滅するかも知れない。

 でもそんなのメアリーには許せなかった。

 勝手に暴れて、勝手にいなくなるなんて、そんなの許せるはずがなかった。

 

 いくら傷付いているとは言っても、あんな悪魔相手ではメアリーには何も出来ないかも知れない。

 それでも何か一矢報いたかった。

 それに例えメアリーが落とされようとも、悪魔が魔力を使う度に傷付くならばそれは決して無駄死にでは無いはずだ。

 だからメアリーは迷う事無く真っ直ぐ悪魔に向かう。

 

 

 

 迎撃しようと発動した最初の一撃は当てる所か、まるで見当違いの方向に飛んで行った。

 身体に上手く力が入らず、攻撃を支える事が出来なかったのだ。

 もうここまで酷いのかと自嘲する。

 そろそろ潮時か。

 限界まで暴れて自滅しても良いが、どうせなら丁度今向かって来るあの魔導師に倒されるのも悪くはない。

 そんな事を考えてその魔導師を、その顔を見た瞬間、全身が打ち震える。

 

 ああ、ああ!

 あれは、彼女は……!

 何と言う皮肉! 何と言う奇跡!

 これが運命なのだと言うのならば、神は余程の演出家に違いない。

 ならば、その意志に則ろう。

 用意された舞台で踊ろう。

 彼女こそが悪魔を討ち滅ぼす勇者になるのだ。

 

 

 

 メアリーは悪魔に近付きながら、その姿に見覚えがあるような気がしていた。

 確かに過去に一度だけラインの悪魔の姿を見た事はあるけど、それもかなり遠くからだったし、はっきりとは見ていないのだから見覚えなんてレベルでは無いはずなのだけれど。

 それでも近付くに連れ、その感覚は強くなる。

 幸い悪魔は攻撃の度に体勢を崩しており、こちらをまともに狙う事は出来ないようで避けるのは容易い。

 それにメアリーの腕で確実に当てるにはもう少し近付く必要がある。

 何よりメアリーの持つ銃は近距離でないと威力を発揮しない。

 そうして悪魔に近付いていき、その顔がはっきり見える距離まで来た時、メアリーはその既視感の正体を知る。

 

 確かに髪の色は違う。

 それどころかどう言う訳か魔力反応まで違う。

 でも、それでもあの顔は見間違えるはずは無い。

 彼女はラインの悪魔では無いはず。

 でも今実際に暴れているのが、あの人ならば。

 彼女と出会ってからずっと迷っていたメアリーは、それでも彼女を倒す事を決意する。

 ああ、主よ。

 わたしにあの者を、あの悪魔を討ち滅ぼす力をお与え下さい。

 もうメアリーに迷いは無い。

 父の形見である短機関銃を握り締める。

 今度こそあなたを倒します!

 

 

 

 こちらに向かって来る彼女の、その腕に抱えられた銃を見て、わたしは安心しました。

 どうやら彼は、あの連合王国の魔導師はちゃんと約束を守ってくれたようですね。

 それならもう何も言う事はありません。

 それに身体も既に限界です。

 疲れました。

 素直に倒されるとしましょう。

 そうして僅かに俯くと、視界に金と赤が混じる。

 そう言えば折角術式でお揃いにしたのに、こんなに血に染まってしまっては意味が無かったですね。

 何て、どうでも良い事を考えてしまう自分自身に苦笑する。

 こんな状況だと言うのに、思ったより穏やかな気持ちです。

 やはり作戦が上手く行って安心しているのでしょうか。

 これで世界を混乱に落とし入れた悪魔、ターニャ・フォン・デグレチャフは全ての責任を負って死ぬのです。

 今までの戦争の責任のほとんどが、悪魔のせいだと言う事になっているはずです。

 ゼートゥーア閣下ならば上手くやってくれている事でしょう。

 それにお願いしていた事も、あの方ならばちゃんとやってくれるはずです。

 帝国も多大な被害を被りながら悪魔討伐に力を貸した事で、戦後の責任も少しは軽くなるのではないでしょうか。

 ならば、これでわたしの役目も終わりですね。

 確かにもうみんなに、彼女に会えないのは悲しいですけど、でも最後まで彼女を守る事が出来たのだから満足なのです。

 

 目の前の魔導師がその銃を掲げ、狙いを定めるのが見えた。

 ああ、みんな。

 ありがとうございました。

 さようなら。

 

 わたしにとっては、良く聞き慣れた銃声が鳴り響く音が聞こえる。

 そうしてわたしの意識は、次第に闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国領のとある民家の一室で、一人の幼女は新聞を握り締めてその肩を震わせていた。

 彼女の監視兼世話役として数日共に暮らした少女が泣き腫らした顔で持って来たその記事には、帝国の敗北と、反逆者ターニャ・フォン・デグレチャフの戦死が記されていた。

 その後、少女が泣きながら語ってくれた事により、幼女は全てを理解する。

 それは戦友が、親友が、たった一人で責任を負って逝ってしまったと言う事。

 

「ふ……ざ……けるな、この馬鹿が……!」

 

 幼女はその手の中でグシャグシャになったその記事を、いつまでも睨み続けていた。

 それは亡き友の選択を責めるように。

 それは友にそんな選択をさせた自身の不甲斐なさを悔いるように。


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