プラマイ・007「嵐の前の緊張感」
6/8(木)
「ちょっと〜眠た〜い」
某年のガキの使いで、腹話術人形のハマちゃんの放った一言だ。
「はいはい、ワロスワロス。いいから早く数学何点なのか見せてよ」
「おう。だが、お前も社会が何点なのか、そしてどこでミスったのか教えるんだな」
「なるほどね。よろしい、ならば第三次世界大戦を開戦しようじゃないか、前山くん」
「その必要はない。秒速2cmで動く点Pに鮮やかに轢かれるんだな、園枝玲」
「何の言い争いをしているんだお前たちは」
前ちゃんとテスト点について言い争いをしていると、古佐和先生がフェードインしてきた。呆れている、という表情をしている。
「一応言っておくと、数学に関してはお前たちどっちも問題ないレベルだぞ?多少差があるとはいえな」
「それが問題なんじゃないですか、古佐和先生」
「僕ら、1点や2点の違いで教室が血で染まりますから」
「前山、お前はとりあえず襟裳岬に行って頭冷やしてこい」
前ちゃんの大袈裟なボケにツッコむ古佐和先生。血で染まることはないけど、少なくとも炎が立つだろう。
「あぁそうだ。前山、園枝、放課後職員室に来い」
「えぇ。私たち、なんかしました?」
「落ち着け僕…………自分は何もしていない、したとしたらとなりに今目の前にいる園枝とかいう奴がしたんだ。そうだそうだ、落ち着いて無罪放免を訴えるんだ……」
「ちょっと、私に擦りつけないで!」
私が何かしてしまったのか、その確認をする間に、前ちゃん腕組みをし、顔を俯けながら、私に罪を擦りつけよう、とブツブツ発言している。
「いやいや、そういうことじゃないから。ただただ少し尋ねたいことがあるから、呼び出してくださいってだけだから」
「それはもっとダメなやつじゃないですか、ヤダー」
「私、ホントに何したっけ………」
「三角定規の30度のところで突き刺してやろうか」
その後、私も、前ちゃんも、何があるのかソワソワしながら放課後まで過ごしていた。尋ねるだけならいいのだけれど。
※
「「し、失礼しまーす……」」
「怯えすぎだろ!?いやぁ、まぁこっちおいで」
古佐和先生が驚きを感じつつも、『こっちへ』というように私たちを先導する。なぜか、職員室と会議室を繋ぐ扉の方へ案内される。
「僕ら、ホントに何しました?」
「何もしてないさ。ただ、どういう目的かは先生も聞いてない」
「「はぁ………?」」
ますます不安におされる。そう思いながら、扉の前に着く。
「じゃあ、入って」
そのように古佐和先生が言うと、すぐにそこから去っていった。一抹の不安にかられながらも、私たちは入ることにした。しかし、私たちが一番乗りではなく、先客がいた。
「あやさん!」
「青村?」
「なんだなんだガヤガヤしてんな〜」
そこには、あやさんが椅子にどっぷりと腰をかけていた。緊張した感じはなく、いつもの、自然体の、皮肉にも捉えられる言葉を放つあやさんがいた。
「この組み合わせ………」
「何だ園枝」「どうした玲」
「…………いや、何でもないよ」
前ちゃんとあやさん。この2人という組み合わせに、私はどこか引っかかりが残ったが、そのことに関して、思考することはやめた。
「青村、何で集められたか知ってんのか」
「いや、何も。古佐和ティーチャーに『放課後職員室』というワードを告げられただけで、あとは何にも」
「そうですかい」
それにしても、なぜ"この組み合わせ"の中で私が呼ばれたのか、不思議でならない。私には、この2人と違って、特殊なところはないはず。だから、呼ばれる所以はない。そのはずなのだけれど、呼ばれた、よく分からない。その後、会議室で3人で他愛もない話をしながらしばらくいると、1人の男性が入室してきた。その頃は、もう日が沈みかけていただろうか、部活動もクールダウンをしている時間になっていた。
「遅れました。私は、こういう者です」
前ちゃんと、向かいあって座る私とあやさんの目の前にそれぞれ名刺がテーブルに置かれた。キチッととした背広に腕を通している、如何にもやり手の商社マンといった出で立ちの男性は、警察庁の吉見 健一(よしみ けんいち)というらしい。
「それで、初対面の方に、中学生がいきなりこう聞くのも不躾かもしれませんが、どういったご用件、でしょうか」
「ハハッ。確かに不躾ですね。しかし、やはりそれでいて君だ。前山くん」
前ちゃんが吉見さんにここに呼ばれた理由を単刀直入に、真っ向から聞いた。それに対して、吉見さんは狼狽える様子はなく、それどころか、前ちゃんの問いに、面白おかしく返す余裕もあるようだ。
「結論から言うと、前山くんと青村さん、あなたたちには今度の土曜日、6月10日に都内で行う、アメリカ大統領の演説会場の警備してほしいと思っているんです」
「なるほど………その語調の感じから、私たちには拒否権が無さそうだ」
「青村さんは察しがいいようだ。その通り。私は、拒否する権利があなたたちにあると思っています。だが、上層部が………」
大統領の演説会場の警備と聞いて、私は心配に思った。2人が、また
「で、でも、私たちは未成年です。あやさん、青村や、前山が良くても、保護者の同意が無ければそれには加われないはずです」
「それに関しては心配に及びません。それぞれの保護者の方にも、快い同意を頂きました」
疑問に感じる。それが私の率直な感想だ。前ちゃんやあいさんがかつてあんな危ない目にあったというのに、それぞれのお母さん、お父さんは同意したというのか。どうも腑に落ちない。そんな心境だ。
「それに、前山くんと青村さんとっては、とても有益なことになるかもしれませんよ」
そう言って、吉見さんは、A4サイズの紙を前ちゃんとあいさんに手渡した。あやさんの受け取った紙を覗き込んだが、文字が小さく、ギッシリ詰まっているため、詳細は読めない。しかし、ある一部分にマーカーが引いてあるのは分かった。その部分に何が書いてあるかは分からないが。そして、2人は鋭く目つきを変えた。
「私………参加します!」
「僕も同じく」
「そう言ってもらえて、何よりだ」
決意した男と女の目つきとはこのようなものだろう。強い決意が2人から滲み出ている。どうやら、後戻りする気は、さらさらないらしい。吉見さんも、どことなく喜びの表情をしている。私としては、2人のことが心配でならない。けれど、もう邪魔することはできない、そんな気がした。と思っていたが、ここである疑問が再び頭をよぎった。
「あの、そうなると私は何のために?」
「おぉ、そうだそうだ。園枝さん、あなたには2人のサポーターを務めてほしい。無論君のご両親にも快く同意を得ています」
「はぁ………?」
意味が分からない。単純にそう思った。
「ですが、サポーターと言っても難しいことはしなくて大丈夫。2人のそばにいればそれで十分です」
「はぁ………??」
疑問符がさらに一つ増える。そばにいるだけでいい、言葉の意味すること、定義を考えるのは難しいことはない。それでも、吉見さんの言うことを理解することは容易でない。
「詳しいことを今から説明します」
私の疑問を半分置き去りにされ、吉見さんは説明を始めた。校庭から、クールダウンをする声も聞かれなくなった。日も、だいぶ傾いてきた。説明をただ聞くうち、傾く日のように、私の疑問もどこかに沈んでいった。
※
「あの木工作品、ただのまな板じゃんって思ったよな。僕」
「私への当てつけだとしたらルート記号のハネの部分で前ちゃんの身体真っ二つだからな」
「あやさん、殺害方法が地味に分かりづらいよ」
日もすっかり落ちたなか、珍しく3人で下校中、前ちゃんのボケかマジか分からない話に、あやさんの、恫喝にも等しいツッコミが入る。いつもならおっかなくて仕方ないが、今日だけはなんだかいつもの、日常を見ているようで心が温まった。しかし、非日常は、明後日に迫っている。
「ねぇあやさん、前ちゃん。本当に参加するの?」
「あったりまえやないか!ここでいいえ参加しませんて言うたら面目立ちまへん」
「なぜ関西弁?そして誰に対しての面目?」
前ちゃんとあやさんのこのやり取りが面白い。私の疑問を遮っても展開されるこのやり取りに、思わず微笑んでしまう。しかし、2人はいつまでも不真面目、というわけではなかった。
「まぁ真面目に言うと、参加する。それだけだ」
「そう。私たちは変わらない。そこに私たちが望む真相、真実があるなら、私たちは何にでも挑んでやる」
2人の顔は本気だった。暗い中だけど、2人の凛々しい表情はしっかりと捉えることができた。
「逆に、玲はよかったの?」
「そうだそうだ。お前に関しては、断ることだってできただろう。もちろん、いて困ることはないが………」
「私は………………………………2人が心配だから。また、2年前、2年半前みたく、あんな危険な目にあってほしくないから。私ができることはたかが知れてるけど、でも、2人が危ない目に遭うのを、ただ見てるだけじゃなく、どうにかすることはできると思う。だから、私は断らなかった」
「玲………」「園枝………」
私の本音、心の声がつい溢れ出てしまった。これを聞かれてしまい、恥ずかしさで身体が昇華するような思いだった。それでも、思いは変わらない。前ちゃんとあやさんは、私の言葉を聞いて、少し間を置いて、口を開いた。
「バカだなぁ!園枝!」
「な、なんで」
「確かに、
「そうそう。あんな予測が出ているから、危険に出くわす可能性は確かにゼロじゃない。でも、私たちには、それを圧倒することができる力がある。それは、玲もわかってるでしょう?」
どうやら、私の心配は取り越し苦労だったらしい。2人の意志は、やはり堅いものだった。確かに、私が案じなくても、2人は、どんな闇にも打ち勝つ力があった。それは、今でもしっかり、覚えている。
「………………よっしゃ!じゃあ、土曜日だね!絶対遅れるなよ!」
「お、おう」
「玲って、こんなキャラだったっけ?」
「そんなことはどうでもよーい!じゃあ、また明日!」
2人を尻目に、私は自宅へと続く道へ進んでいった!