ゴクウブラック編、始まります。
第二十二話 新たなる序章
「やっぱ筋斗雲と一緒に飛ぶのは気持ちがいいな」
全身で風を切りながら空を駆ける筋斗雲に孫悟空が話しかける。
「すまねぇな。最近は悟飯やチチに貸してたからオメェに乗る機会も殆どなくて」
自分で飛翔する楽しさはあるが、やはり筋斗雲と共に飛ぶ楽しさは別格である。
なにせ、亀仙人に譲ってもらってから多くの旅を共にしてきた。戦いの中で救われたこともある。
「毎日ってわけにはいかねぇけど、これからもオラを乗せてくれるか?」
舞空術や瞬間移動を使えるようになってから共に飛ぶ機会が激変した筋斗雲は主である悟空の言葉に歓喜するように身を震わせて速度を上げた。
「うおっ、はは、サンキュー、筋斗雲」
速度を上げても振り落とすような不作法はしない筋斗雲の喜びと気遣いを感じとり、悟空も笑みを浮かべて前を見る。
「おっ、西の都が見えて来た」
目的地である西の都が見えて来て、直ぐにその直上へと辿り着く。
「また帰りに送ってくれるか?」
地面に降り立って問いかけると、寄り添って来た筋斗雲の了承に頷いて去って行くのを見送る。
「うしっ、行くか」
空の彼方へと消えて行った筋斗雲を見送り、風で少しヨレたスーツの襟をパシッと伸ばして気合を入れる。
この為に買ったビジネスバックを持って西の都の中心にある目的地に向かって歩き出す。
「うぅ、緊張するな」
目的地であるカプセルコーポレーションに到着した悟空は直接ブルマの家には向かわず、会社の受付がある方の入り口に回る。
今までにはないタイプの緊張感を感じて手の平に汗を滲ませながら、バクバクと高鳴り始めた心臓の鼓動を抑えるのに苦慮する。
「あら、孫君じゃない」
悟空がネクタイが歪んでいないかと直したりして会社入り口の前で緊張を沈めていると、近くを通りがかったブルマが声をかけた。
「ぶ、ブルマ」
「なにやってのよ、人の会社の前で。しかもスーツなんて着て珍しい」
馴染みのある気が近づいても気づかないほど緊張していた悟空は驚いた表情で振り返り、場所と服装と態度を合わせて三重の意味で珍しい様子にブルマは少し笑う。
「スポンサーに会うんだからちゃんとした格好をしようと思ったんだよ」
「孫君と私の仲なんだから別に気にしなくてもいいのに」
らしくもないことをしている実感はあったが緊張していたこともあってぶっきらぼうに返すと、長い付き合いなのに今更鯱張られてもブルマの方が困る。
「しかし、孫君ってスーツが似合わないわよね。ベジータもそうだったけど」
実用的な分しかないが筋肉でスーツが盛り上がっており、普段から着慣れていないこともあって違和感が物凄い。
カプセルコーポレーションほどの規模の会社になれば、他社のパーティーに呼ばれて旦那であるベジータにスーツを着せて連れて行ったこともあるが、悟空同様に違和感が強かった。
サイヤ人にスーツは合わないな、と悟空を見ていて思ったブルマである。
「チチにも同じことを言われたぞ。悟天には笑われるし」
「何時も着ている胴着のイメージが強いからじゃないの。スーツを無理して着て来なくても、前みたいに悟飯君に任せたら?」
「これはオラの仕事だから、悟飯に任せるのもな」
父の意地か、息子に頼むのは気が引けたということだろう。
「孫君がそう言うなら別にいいけどね。ま、立ち話もなんだし、家に行きましょう」
あの戦闘馬鹿が変われば変わるものであると感慨を抱きながら悟空を連れて歩く。
途中で会ったブルマの母もスーツを見て、アラアラウフフと上品ではあるが笑われたこともあって悟空はカプセルで持って来ていた胴着に着替えることにした。ブルマとしても違和感が半端なかったので、悟空が客室で着替えている間に母が2Fテラスに用意してくれた紅茶を飲む。
「悪い、待たせちまったな」
「良いわよ、別に…………うん、やっぱり孫君はそっちよね」
スーツはカプセルに直したが書類が入ったビジネスバックはそうはいかなかったので手に持ったままなので、胴着にビジネスバックという組み合わせに余計に違和感が強くなってしまったがブルマも気にしないことにした。
「ママが紅茶とお菓子を用意してくれたのよ。摘まみながら話しましょう」
促されて座ったテーブルの上の大皿には、悟空と同じサイヤ人であるベジータを基準としたてんこ盛りのお菓子が乗せられている。
「甘いもんだけをそんなに食えねぇぞ」
「私も食べるから大丈夫よ。余ったら持って帰って悟飯君や悟天君に上げてくれたらいいわ」
「すまねぇな」
大食漢であってもお菓子だけでは胸焼けがしてしまう。
元から二人だけではなく悟飯と悟天へのお土産も込みなので、そこまで考えが及んでいなかった悟空は子供達のことも考えてもらったことに少し恐縮する。
「で、さっきの話からすると用件は渡したカプセルのことで良いのよね」
「ああ、いや、そうです」
「普段通りで良いわよ」
スポンサーとそれを受ける者という立場からタメ口から敬語に言い直す悟空とブルマは苦笑と共に何時も通りで良いと告げる。
「でも、ただで譲ってもらったんだからそれぐらいは」
「その為に評価レポートを出してもらってるんでしょう。持ちつ持たれつよ」
見るから出してと催促すると、悟空はこれで良いのだろうかという顔のままでビジネスバックから十数枚に渡る紙束を取り出して机に置く。
「ふむふむ、ちゃんと動いてるみたいね」
紙束を手に取ったブルマは本当に読んでいるのかと思うほどのスラスラと一読する。
「しかし、本当に良かったのか。ただで使わせてもらって」
「良いの良いの。渡してるのは私が趣味で作った物だし、物になりそうなら商品化するから寧ろこっちがお礼をしたいぐらいよ」
ここ数年、ブルマが作った農耕道具や農耕機械、畑を荒らす害虫や害獣を寄せ付けない道具などを悟空に貸与していた。
悟空が農業を始めると聞いてから発明した数々を実際に使ってもらって、良さそうな物をカプセルコーポレーションから発売しているので、寧ろお金がかからずに実地試験が出来ている分、助かっているぐらいだ。
「あら、今回は孫君がレポートを書いたの?」
何時もは悟飯がレポートを書いているのに明らかに文章が違う。
チチや当然ながら悟天にレポートが書けるはずがないので消去法的に残るは悟空ということになる。
「悟飯に教えてもらいながら書いたんだけど、やっぱりどっか変か?」
「正直に言えば気になる点は幾つかあるけど、本当に孫君が書いたのね」
不安そうな悟空に気になる点を言って、このようにすれば良いというのをアドバイスしていく。
悟空はメモ帳を取り出してアドバイスを書き留めながら、分からないことを質問する。
「――――大体、こんな感じね」
紅茶が冷め切る前にレポートの話を終えたブルマはクッキーを口に含む。
「まさか、あの孫君がこんなに真面目に仕事するようになるとは思いもしなかったわ。昔から考えたら想像も出来ない姿よ」
「悪かったな」
「いやね、褒めてるのよこれでも」
素直な感想を告げると、昔から考えるとらしくない今の姿がそう思われるのは仕方ないと思いつつも臍を曲げそうな悟空に笑みを向けるブルマ。
「ウチの旦那を見てよ。修行修行で稼ぐどころか碌に家族サービスも言わないとしようとしないのよ」
「ベジータと比べられてもな」
ベジータの場合は世界最大の企業であるカプセルコーポレーションの令嬢であり、自身も優れた発明家でもあるブルマの旦那なので稼ぐ必要もない。
人造人間との戦いの際にブルマと生まれたばかりのトランクスを見捨てかけたこともあるベジータが言われれば家族サービスするようになったのだから大きな進歩だろう。
「そう言えばヤムチャから何か連絡はあったんか? もう宇宙に行って結構経つだろ」
新ナメック星のドラゴンボールで地球が復活して暫くした後、カプセルコーポレーションの宇宙船でヤムチャが宇宙に旅立ったことを思い出した悟空が訊ねる。
「定期連絡は滞りなく来てるわ。宇宙で海賊やら盗賊を退治して元気にやっているみたいよ」
「そっか、でもなんでヤムチャは宇宙に行くなんて言い出したんだ?」
「最初は警察でクリリン君の手伝いをしてたらしいけど性に合わないってまた言い出したから、じゃあ宇宙で悪人退治でもして来なさいって適当に言ったら本気にしちゃったのね。一匹狼だから組織に属するなんて柄じゃない分、楽しくやってるみたい」
今の地球は悟空達がいれば安泰といえるし、強盗とかぐらいでヤムチャが出張る必要もない。
そういう意味ではフリーザ軍のように常人には手を出せないが、ヤムチャならば倒せるレベルの悪党が五万といる。
「ドラゴンボールで蘇ったフリーザのことも気になるし、最近地球外から強い敵も来るから情報収集は必要だと思ってたからヤムチャが言い出してくれたから助かった面もあるのよね」
バビディによって蘇らせられてベジータと闘った後、去って行ったというフリーザの行方は悟空も気になる所である。
「地球は呪われてるから宇宙に逃げるぜ、とも言ってたけどね」
地球が復活してからも宇宙からやってきたハッチヒャックやヒルデガーンのことを考えると、ブルマの言うように情報収集は確かに必要なのかもしれないし、ヤムチャが言うように短期間に壊滅の危機に陥る地球は呪われているのかもしれない。
「ヤムチャの言うことも分からなくもねぇなぁ。最初は昔にブルマが言ってたようにオラが悪い奴を惹きつけてるんじゃねぇかとも思ったけど、どう考えても限度を超えてるだろ」
「何、昔の話を持ち出してるのよ…………確かに訂正するわ。惹きつけてるのは地球の方よ」
あの世とこの世の境が曖昧になった原因であるジャネンバのことも思い出し、この一年間だけでも三度はあった地球崩壊の危機に二人揃って遠い目をする。
「サイヤ人やフリーザ軍だって孫君がいなくても何時かは地球に侵略に来たかもしれないし、ドクター・ゲロはあの様子ならレッドリボン軍が存在しようとしなかろうと人造人間は造っていたはず。魔人ブウだって地球に封印されていたんだから、誰かの責任ってレベルじゃないわよ」
他愛のない話の中で冗談で言ったことを覚えていた悟空が実は気にしていたのではないかと察したブルマは釈明に走ったところで、実際はこれらの事態が立て続けに起きたからこそ悟空達が強くなることで辛うじて事態を収めることが出来ているので更に遠い目をする。
「ま、まあ、気にしない方が良いわよね、精神衛生的に」
つまりは今後も敵が現れ続けるのだろうと容易く予想が出来てしまったが、今も修行を続けている悟空やベジータ達戦士に任せることにしてブルマは思考を放棄した。
「でも別に悪い事ばかりじゃなかっただろ。ほら、タピオンのこととか」
ヒルデガーン関係で一時ブルマの家に滞在した勇者タピオン。
「まあね。あれからトランクスも少しは成長したみたいだしって、話をすれば」
タイミング良くタピオンから譲られた剣を持ったトランクスが庭の向こうから家に向かって歩いて来る。
「おぉい、トランクス!」
「あ、おじさん」
テラスから悟空が顔を出して声をかけると、気を感じ取っていたトランクスは驚くこともなく見上げ、飛び上がってテラスに上がって来る。
見覚えのある剣を持つトランクスの姿は、未来トランクスの姿を悟空に幻視させる。
「大きくなったな、トランクス」
「一ヶ月前に会ったところなのにそんなに変わらないよ」
とはいえ、タピオンとの出会いと別れの後からヤンチャだった子供の殻から抜け出しつつあるトランクスの笑みは以前とは少し変わった。
「実際、背も伸びただろ。うちの悟天は全然伸びねぇって嘆いてたぞ」
「そこは孫君譲りなのかもね。出会った時も十二歳だったのにもちんちくりんだったし」
「悟飯はそうでもなかったんだけどな」
一年前は少ししか変わらなかったトランクスと身長差が広がっていることに悟天は凄く気にしていた。
悟飯は年相応の身長の伸びだったが、悟天は悟空と同じく成長が遅い傾向にあるようだ。
「おじさんは今日は何で?」
「仕事よ仕事。トランクスもこういうところはベジータじゃなくて孫君を見習いなさいよ」
「はいはい、もう直ぐ家庭教師が来るからシャワー浴びて来る」
悟空ではなくブルマが質問に答え、母から父への愚痴を聞き慣れている様子のトランクスは汗で濡れた胴着を引っ張って、しっかりとお菓子を摘まんでから家の中に入って行く。
「あの剣を持ってるのもあるんだろうけど、ますます未来のトランクスに似てきたな」
「私としてはもう少し母の言うことを聞いてくれる礼儀正しい青年に育ってほしいけどね」
適当に聞き流されたことにムッとした様子のブルマに大人げないと思ったが苦笑するに留めた。
悟空の苦笑に表情を緩めたブルマはトランクスが去ったことで二人きりであることを強く意識した。
「孫君と二人だけでこんなに話すなんて、最初に出会った頃以来じゃないかしら」
「ああ、ブルマがドラゴンボール探してパオズ山に来た時のことか」
祖父・孫悟飯以外の人間に出会ったことのない悟空が始めて見た別の人間がブルマである。
ブルマに付いてパオズ山を下りて様々な人と出会ってきたが、始まりはブルマの言葉に乗ったからであった。
「途中からウーロンが加わって、ヤムチャと戦って、亀仙人のジッチャンに会ったのも、最初はブルマに唆されて山を下りたからだもんな」
「唆されたってなによ」
「願い事が済んだら四星球は返すとか、世界にはもっと強い武道家がたくさんいるとか言ってたけど、願い事の後にボールが散り散りに飛ばされることを知っていたのに教えなかっただろ?」
「ま、まあ、そうだけど、実際に強い武道家には出会えたじゃない」
昔の嘘を引き合いに出されて旗色悪しと見たブルマはすぐさま方向転換に図る。
「ああ、だからブルマには感謝してる。ブルマに出会わなかったら、オラは今も一人でパオズ山から出ようとはしなかっただろうからな。ありがとう、ブルマ」
「孫君……」
気恥ずかしいのか、顔を逸らして感謝する悟空にブルマも多くの言葉は言えなかった。
「私もさ、昔の自分がどんだけ嫌な奴だったのかってのはよく分かってるつもりだし、それでも見捨てずに助けてくれた孫君には本当に感謝してる」
喜怒哀楽が激しく自信過剰な上に向こう見ずな行動でいらぬ危険を引き起こしてしまって悟空や仲間達に助けられたことは数知れない。勿論、逆の場合も多くあったが、こうやって面と向かって礼を言ったことはないので、この機会に告げておいた。
「オメェだって世間知らずなオラに色々と教えてくれたじゃないか。それに危険に首を突っ込むオラに文句を言いつつも一緒に来てくれた」
「じゃあ、お互い様ね」
お互いに笑みを浮かべて、互いに所帯を持ったが変わらない関係性に安堵する。
「まさかあの野生児が何度も地球を救ってくれるようになるなんて当時の私じゃ思いもしないだろうな」
昔話なんてしているから、殊更にそう思うブルマ。
「こうやってお互いの子供の話をするなんて、あの頃には想像も出来ないわよ」
「お互いに子供だったってことだろ。それを言ったら、真っ先に結婚すると思ってたオメェとヤムチャが別れて、まさかベジータと一緒になって子供を作るなんて誰も思わなかったぞ」
「あら、フリーザを倒して地球に戻ってきた後に元気な子供を産めよって言ったじゃない」
「あれは、未来のトランクスの母ちゃんがオメェだって聞いて」
二人だけでゆっくりと話す機会など、もう十年以上無かったことなので話すネタが尽きることはない。
出会った頃から互いの結婚してからのエピソードなど、相手の嫁・旦那から子供のことまで良く知っているので家族内だけのエピソードや、友人達のこともあって話続けようと思ったら幾らでも喋っていられる。
「もう直ぐ私の誕生日パーティーだからサプライズを用意してあるのよ」
「ん?」
来る前の緊張も忘れてリラックスしてブルマの話を聞いていた悟空は、何かに気付いたように空を見上げた。
「どうかした?」
「いや……」
何かを感じ取りながらも正体が分からずに言葉に出来ない悟空は空を見上げ続ける。
「!?」
途端、悟空が見上げていた空の一部が歪んで大きな物体が突如として現れた。
感謝感謝の悟空。
ブルマも感化されて感謝感謝。
昔の話で楽しんでて未来トランクスの話題が出たら、やってきちゃったよタイムマシン。
地味に宇宙へと進出しているヤムチャ。
時系列はGTを除いてOVAと劇場版の大体の事件が終了後。
映画「神と神」が魔人ブウ戦から4年後らしいですが、本作では一年後、しかもビルス様登場以前にゴクウブラック編が始まります。
ゴッドになれない、そもそもゴッドの存在を知らない悟空が如何に勝つのか。お楽しみ下さい。
次回、『第二十三話 未来より来る者』