本作も残り短いですがどうぞよろしくお願いいたします。
「遅い」
キングキャッスルの王城の玉座でふんぞり返っていたベビーは頬杖をついたまま呟いた。
「奴らは何をやっている? 特に悟飯ならばそう時間のかかる距離ではなかろう」
イライラとした様子で、その頭の良さから側近として引き立てて傍に控えるブルマに訊ねる。
「分かりません。確かにもう戻って来ても良い時間なのですが」
「お前はそればかりだな」
「事実ですから」
悟天が行方知れずになり、トランクスが戻って来ず、そして最後に悟飯に行かせた時もブルマは同じことを言っていた。
ベビーの卵を植え付けた影響で臣下として忠実ではあるが、何故か時間を追うごとに愚鈍になっていっているような気がする。
それでも並の者よりも遥かに有能ではあるだけに扱いに困る。
「あの三人の力を考えれば、阻める者がいない以上はよほど難しい場所にあるのかもしれません。ですので、他の者を派遣しても無駄にしかなりません」
「それはそうだが……」
一々その通りなのだから反論の余地はない。
「――――――ええい、遅い!!」
それでも十五分も待たずに立ち上がったベビーは近くにあった物を苛立ち紛れに蹴飛ばす。
この短時間を我慢できないのだから、単純にベビーが我慢が効く性格ではないからだろう。
「もう待てん! 俺自身で最後のドラゴンボールを取りに行くぞ!」
「お待ちください、ベビー様!」
「うるさい!」
そのまま飛び出して行ってしまいそうなベビーをブルマが落ち着かせようとするが、単純な力の差を理解しているから力尽くで止めようとはせずに言葉をかけ続ける。
「場所は分かっているのだ。俺が取りに行った方が早い!」
「で、ですが」
「くどいぞ、ブルマ!」
邪魔な壁を気功波でぶち抜いて外までの道を作ると、ブルマに言い捨てて紅の気のオーラを発して外へと飛び立った。
「がっ!?」
外に出たその瞬間、真横から誰かの拳がベビーの頬に叩き込まれた。
ベビーであってもほんの一瞬意識が飛んでしまいそうになるほどのダメージの直後、何かが組み付いて来てそのまま体が押される。
「き、貴様は……!」
ダメージも残っていたので組み付かれて思うように動かない体で、急速に流れていく景色の中でいないはずの男の姿にベビーは目を見開いた。
「孫、悟空っ!!」
ブルー界王拳で組み付く悟空の姿に、死んだはずと思う暇もないまま西へ西へと共に飛んで行く。
「な・め・る・なっ!」
死んだはずの人間が目の前にいることへの狼狽と先の一撃のダメージを無視してベビーは悟空を弾き飛ばした。
そこはキングキャッスルから遠く離れ、人の住んでいない岩の荒野だった。二人は岩を積み上げたような小高い岩山が乱立する内のそれぞれに降り立つ。
「生きていたか、孫悟空」
「地獄から舞い戻ってやったぞ、ベビー」
軽口を叩く悟空に二ッとベビーは笑った。
「悟飯達が帰って来なかったのもお前の仕業だな」
「だとしたらどうする?」
「なに、納得がいったというだけだ。あの三人ではお前には勝てない」
戻って来なかった悟飯達も無能なのではなく、悟空が強かっただけ。
どうして悟空が生きているのかなど、ベビーにはどうでも良かった。
「神の力を我が物とし、ベジータの体すらも完全に掌握したのに試すことが出来ていなかったからな。お前が生きていてくれたお蔭で破壊神と戦う前に慣らせる」
「どうかな? お前は死ぬ。これからここでオラに殺されるんだ。また誰かに助けてもらうか、赤ん坊のように」
悟空はベビーを挑発する。
ここで逃げられたり、誰かを人質にされたら折角整えた舞台が破綻する。
「ほざけ。今度はこの俺の手だけで殺してやるぞ」
挑発したお陰でベビーは戦う気になってくれた。
左半身を前にして両足を大きく開いき、右腕を後ろに伸ばして顔の前に上げた左手は薬指と小指だけを握った独特の構え。
(昔のようだな、ベジータ)
この岩だらけの荒れ野は、悟空がベジータと始めて戦った場所に良く似ている。
そしてベビーの構えはあの時のベジータにそっくりだった。
「やってみなくちゃ分かんねぇぜ」
既視感を覚えていた悟空の体が自然とあの時と同じく、右半身を前にして前傾姿勢になる。
「「――――」」
睨み合う二人の間を風が流れていく。
「しっ!」
初手はベビーが取った。
恐るべき速度だが、まだ先の奇襲の一撃が尾を引いているのか、五倍に留めた界王拳でもギリギリで避けることが出来た。
「せらっ!」
ここで一気に八倍にまで倍率を高め、反撃の拳を放つが軽々と受け止められる。
「軽いな!」
腕を引き寄せられ、頬に強烈な一撃を食らって殴り飛ばされた悟空は数メートル後方に着地すると、更に跳ねて小高い岩山に着地した所で背後に先回りされているのを感じ取った。
「十倍!」
界王拳の倍率を八倍から十倍に引き上げ、頭を下げて手刀を躱す。
躱しざまに回し蹴りを放つも、これは避けられた。
「ベビー!」
「孫悟空!」
刹那の内に、十数撃攻防を繰り返すがベビーの方がまだ余裕がある。
「やるではないか! 想像以上だぞ!」
食らいついて来る悟空を褒めるベビー。
安定して引き出せる全力である超サイヤ人ブルー・界王拳十倍でもベビーの方が一枚も二枚も上手であった。
「今こそ俺は確信した! 俺の強さは破壊神を超えたのだと!」
組んだ両腕で頭を殴打されて地面に叩き落とされ、クレーターを作りながら着地した悟空は口元の血を拭う。
「…………やっぱり十倍でも勝てねぇか」
十倍でもまだベビーに及ばない。これは予想していたことだった。
「くっくっくっ、絶望し、恐怖し、無様に這い蹲って命乞いすれば下僕として重用してやっても良いぞ」
見上げる悟空にベビーが高らかに笑う。それは自分がまだ上に立っているからこその余裕であった。
「ほざけ。十倍で足りないなら体がぶっ壊れても上げていくだけだ」
悟空の今の限界はこの十倍である。だが、ベジータやフリーザの時の戦いの経験で無理をすれば多少は倍率を上げることが出来る。ただし、その代償として戦えなくなる可能性もあった。
体がどこまで持つか、それまでにベビーを倒すことが出来るか。
どうであれ、ここで限界を超えるしかない。
(あの時の戦いでも同じことを考えたな)
と、再びの既視感を覚えて悟空は苦笑した。
「昔もこうしたな」
ベビーではなくその内にいるベジータに向けて、自分達が始めて戦った時のようだと語り掛ける。
「なんのことだ?」
「サイヤ人にしか分からないことがあるんだよ」
訝しるベビーに、悟空は煙に巻く。
「操られぱっなしなんて、オメェらしくねぇぞベジータ」
「アイツは俺の中の奥深くで眠っている。何を言おうが無駄だ」
「そうかな。ベジータならきっと聞いていると思うぞ」
内側にいるベジータに向けて語りかけた悟空は両の拳を強く握る。
「体もってくれよ、二十倍界王拳だ!!」
『カカロットの野郎、無茶しやがる』
ベビーの内側で彼の思惑とは別に、ベジータの意識は完全に眠っていたわけではなかった。
夢を見ているような感覚で、悟空とベビーの戦いの全てを見ていた。
『そうだ、あの時の戦いもこんな感じだった。なのに、何故戦っているのが俺じゃない……!』
悟空と同じく既視感を覚えつつも、どうして戦っているのが自分ではないのかと奮起する。
「おっのれぇぇぇぇぇ――――――――っっ!!」
あの時の自分と同じように界王拳の倍率を上げた悟空にズタボロにやられているベビーを見て、こんな奴に体を乗っ取られた自分を不甲斐なく思う。
「ゆ、許さん……っ!」
見下した存在に上回られて平常心を失ったベビーは、このまま負けるぐらいなら盤面をひっくり返さんと両腕を天高く掲げた。
「この星諸共、粉々に砕いてくれる! リベンジデスボール――――っ!!」
悪の元気玉とでもいうべきリベンジデスボールは、ベビーの力だけでなく地球人の恨みの気が込められていて、二十倍の界王拳を使っている悟空の力を完全に上回っていた。
地球諸共破壊しようとリベンジデスボールの態勢になったベビーの意識が自分から僅かに反れたことを察知したベジータは全力で体を奪いにかかる。
「か! め! は! め!」
悲鳴を上げている体の痛みを無視して、悟空の構えた両掌の間に空間を歪めんばかりの光が収束する。
「死ねぇぇぇぇぇっ!!」
「――――波っ!!」
放たれたリベンジデスボールと悟空のかめはめ波が激突したところで、ベジータは体の制御を一瞬だけ取り返した。
『俺は、誇り高きサイヤ人の王子ベジータだ!!』
一瞬、こちらへと押し込んできているリベンジデスボールの威力が弱まったのを悟空は見逃さなかった。
「三十倍だぁっ!!」
勝機はここにしかないと、一瞬で限界を超えていた二十倍から三十倍にまで倍率を上げ、文字通り全ての力を込める。
「なっ、押され――」
拮抗すら許さずにリベンジデスボールを突破したかめはめ波が、ベジータから体の制御を取り返したベビーを呑み込む。
「ぐわぁあアアアアアアアアアアアアアア――――――――ッッッッ?!?!?!?!?!」
かめはめ波に押されたベビーは瞬く間に雲を突破して成層圏に至る。
「くっ!?」
このままでは宇宙の果てまで飛ばされてもおかしくはない。ベビーは必死に体を捻ってかめはめ波から離脱することが出来たが体はボロボロだった。
「お、おのれ、ベジータめ、余計なことを……!」
無理をしてかめはめ波から離脱した影響は大きく、二十倍になった悟空の猛攻を受けたダメージも合わせればボロボロだった。
「ぐっ!? 完全に意識を取り戻しやがったか。暴れるな、諸共に死にたいのか!」
ベビーには何が切っ掛けか分からないが、ベジータの意識は完全に目覚めてしまっている。
なんとか主導権を取られないように抑え込んでいるが、ダメージの大きさもあって意識の鬩ぎ合いが行われていた。
その瞬間、ベビーの意識は内側に向けられ、無茶を押し通して満足に動けないながらも瞬間移動でこの場に現れた悟空に気づくのが遅れた。
「――――ベビーっ!」
「なっ、孫悟……がっ!?」
「起きろ、ベジータ!」
悟空がベビーの口に超神水が入った小瓶を突っ込み、最後っ屁の力で顎を殴り上げて無理矢理に飲ませる。
「ぐがっ?!」
小瓶の破片ごと超神水を呑み込んだベビーは苦しみ出した。
悟空にはもう尻を掻く力も残っておらず、漂うことしか出来ない無重力の中で祈るようにベジータの意識が勝る方に賭けた。
決着は直ぐに着いた。
元より拮抗していた意識の鬩ぎ合いは、僅かなれど呑み込んだ超神水の効果で天秤はベジータへと傾いた。
「――――俺の体から出て行け!!」
「くっ、くそったれめっ!!」
清浄なる青い気を発するベジータの体から強制的に追い出されたベビーは、指一本動かすことも出来ずに流れていく悟空が幾度も限界を超えて向かって来ることに恐れを為して地球に逃げる。
スーパーベビー時ほどの力はないが追い出される際にベジータ力の大半の奪ったので、サイヤ人の底知れない意志に恐れを抱いて無様に逃げる。
「ベビー様!」
少しでも二人から遠く離れた場所へと逃げるベビーに飛行船に乗ったブルマが近づく。
「このマイナスエネルギーは……」
飛行船からリベンジデスボールを作るのに必要な恨みの気、つまりはマイナスエネルギーを感じ取ったベビーは意識を研ぎ澄ませた。
「最後のドラゴンボールを見つけました。これで神龍を呼び出して地球をツフル星に――」
「それを寄越せっ!!」
元の計画ではドラゴンボールを集めて神龍を呼び出し、地球をツフル星へと作り変えるはずだった。だが、今はそれよりもしなければならないことがある。
そう、地球を覆い隠して余りあるほどのマイナスエネルギーを我が物とすれば、悟空達を今度こそ殺すことが出来ると考えて、ドラゴンボールが詰まれている後部デッキに無理矢理に侵入する。
「きゃあっ!?」
当然、そんなことをすれば飛行船が飛んでいられるはずがない。
カプセルコーポレーション製の飛行船は辛うじて爆発は免れたが、飛んでいられず墜落して行く。
「そうだ、俺は最強のツフル人。サイヤ人になど負けないのだ」
忠実なる下僕であったブルマの危機など気にもしていないベビーは、ドラゴンボールが入ったカバンのチャックを開ける。
「このマイナスエネルギーを取り込みさえすれば」
一星球を取り出したベビーは大きな口を開けて呑み込む。
超神水によって正気を取り戻して界王神界で事のあらましを見ていた悟飯達の要請で、キビトが瞬間移動で成層圏を漂う悟空とベジータを回収して地上にやってきた。
三十倍界王拳を使ってガタガタな体を押して瞬間移動をしてベジータに超神水を呑ませた悟空は、キビトの復活パワーを受けても全快しなかった。単純に悟空の力が大きすぎてキビトの力が足りないのだ。
ベビーが受けるはずだったダメージを押し付けられたベジータも力の大半を失っていて碌に動くことも出来ない。
「助かったぞ」
「ああ、今回ばかりは駄目かと思った。礼を言う」
ようやく座りこめる程度には回復した悟空とベジータ。
特に今回、殆ど良い所がなかったベジータは珍しく殊勝な態度でキビトに僅かに頭を下げた。
「大丈夫ですか? すみません、僕達が不甲斐ない所為で」
「ごめんよ、父さん」
キビトの復活パワーだけでは回復しきれなかったので、界王神が連れてきたデンデと共にやってきた悟飯と悟天が悟空に駆け寄る。
「悪いのはベビーだ。オメェらは何も悪くないさ」
項垂れる悟飯の頭をポンポンと軽く叩いた悟空は、キビトの復活パワーを受けて少しは回復している自分よりも状態が悪いベジータを優先させる。
「カカロット、この借りは必ず返す」
「父さん……」
デンデに癒されてスッと立ち上がった父親の変わりなさに逆に安心したトランクス。
「いいさ。二人にも言ったけど、悪いのは全部ベビーの奴だ」
「黙れ、貴様の言うことは聞かん」
らしいと言えばらしいベジータに苦笑した悟空は次の瞬間、凍り付いた。
「この気は――っ!?」
悟空が一番に、数瞬遅れてベジータが、僅かに遅れて悟飯が、そして悟天とトランクスの後に界王神とキビトが空を見る。
全員が同じ方向を見てデンデもそちらを向き、背中に氷を入れられたようにピシリと固まった。
「先程ぶりだな、サイヤ人共」
地球を覆い隠して余りあるほどの邪気が空の上から声となって降ってくる。
「べ、ベビー……」
「見るがいい、これが俺の新しい姿だ」
ベジータの体を乗っ取っていた時に似た姿のベビーがそこにいた。
白色の身体に全身に黒く太い角のような突起物を生やし、胸部に真っ赤に染まったドラゴンボールが一星球を中心として残りの六つの球が浮かび上がっていた。
「ま、まさかドラゴンボールを呑み込んだってのか?」
「その通りだ。存外にマイナスエネルギーが溜め込まれていたのでな、ベジータの体を使っていた時よりも遥かにパワーアップしているぞ」
盤面は再びひっくり返された。
明らかにドラゴンボールを取り込んだベビーの力は、ベジータの体から抜け出る時に力の大半を奪っていたこともあって以前よりも増している。
悟空は立ち上がろうして膝がガクリと折れた。
「どうやら回復させる順番を間違えたようだな」
膝をついた悟空の姿を見下ろしながらも、底知れない力を発揮するサイヤ人をここで確実に殺すと目が言っていた。
「俺が時間を稼ぐ。デンデ、キビトとやら、カカロットを治せ」
「よせ、ベジータ! 死ぬ気か!」
「そんな気は無い。貴様から貸しを作ったままなど、我慢出来んだけだ」
ベビーには聞かれないように小声で言ったベジータが超サイヤ人ブルーになる。
しかし、ベジータも完全回復したわけではない。今にも消えそうなブルーのオーラで一歩前に出る。
「父さんだけを戦わせはしません」
「デンデ、お願い。奴を倒せるのはお父さんだけだ」
「操られていいとこなしだもんね。少しぐらい時間を稼いで見せるさ」
真っ先にトランクスが超サイヤ人になり、悟飯は静かに気のオーラを発し、長い息を吐いて覚悟を決めた悟天も超サイヤ人になる。
「駄目だ! 界王神様、キビトのおっちゃん、オラが戦うからみんなを逃がすんだ!」、
「誰も逃がすものか。全員此処で死ね! ファイナル――」
誰よりも速くベジータの技であるファイナルフラッシュを撃つ体勢になったベビーを止められる者はいない。
避ければ地球が破壊され、弾き飛ばしたり受けるのは悟空にだって不可能だ。
「フラーー」
「邪魔ですよ」
後少し地球を簡単に破壊できる気功波が放たれんとしたその時、ベビーの背後に現れた者がその首を刎ねた。
頭部を失って地面へと落ちていく体。
その末路を見ることとなく、いともあっさりとベビーの首を落とした者の姿を見た悟空は驚愕を禁じ得なかった。
「ふ、フリーザ……っ!?」
ナメック星で見た最終形態のフリーザは悟空の声にニヤリと笑ったのだった。
今話はサイヤ人編でのベジータと悟空の戦いをモチーフとしております。
ドラゴンボールを呑み込むことで邪悪龍の力も手にしたベビーでしたが、颯爽と登場したフリーザ様の手によってあっさりと首を刎ねられてしまいました。
では、恒例の戦闘力表です。
悟空 「ブルー 28万5千」「ブルー・界王拳 57万」「10倍 285万」「20倍 570万」「30倍 855万」
スーパーベビー 300万 邪悪龍ベビー 1000万
幾ら油断していたとはいえ、1000万にまでなった邪悪龍ベビーの首を跳ねたフリーザ様の力や如何に。
ちなみに「第二十六話 行くぞ、未来へ」の後書きでも書いていましたが、
ビルス 200万 破壊の能力があるので戦闘力以上
ウイス 300万 色んな術が使えるので戦闘力以上
うん、やり過ぎたって反省してる(トボケ)
ではでは、次より最終章『ゴールデンフリーザ編』が始まります。