某日、それは良く晴れた日のことであった。
「おはよう」
『おはようございます!』
「……ん? 飯田と轟、緑谷はどうした?」
教室に入って来た教師・相澤が、教室を見渡して、普段ならば席に着いている者達が居ないことに気が付き、怪訝な顔を浮かべた。
「デクくんたち、どうしたんだろうね……?」
「ケロ……先生の方には連絡は行ってないのかしら?」
「俺の方には届いとらんぞ。ったく……どこで道草食ってんだか」
何かトラブルに巻き込まれたのかもしれない。
そんな不安そうな顔を浮かべる麗日と蛙吹であったが、廊下の方からバタバタと聞こえてくる足音に気が付き、ハッと顔を上げた。
『急ぐんだ、二人とも! もう朝のホームルームの時間だ! ああ、あと廊下は走ってはいけないぞ』
『飯田。お前が率先して走ってるじゃねえか』
『ひぃいい!! 重くて邪魔だし苦しいよー!!』
聞き慣れたような……否、若干聞き慣れない声だった。
次第に近づいてくる声が、遅刻してきた三人の会話だということには辛うじて認識することが出来たが、如何せん声が高いように思える。
名状し難い違和感をクラスメイトが覚えていると、教室の前にある扉がガラリと勢いよく開いた。
「遅いぞ、おま―――」
口を開いた相澤の動きが止まる。
同時に、扉の奥に佇む三人の姿を見たクラスメイトの動きも硬直した。
ドーベルマンのような犬を耳を生やす、凛とした顔立ちのメガネ少女。
柴犬のようなふわふわな毛の耳を生やし、尚且つもふもふな尻尾を生やす赤と白のツートーンカラーの髪色の美少女。
そして極めつけは、バニーガールよろしくウサギの耳を生やし、Yシャツのボタンが弾けんばかりの巨乳を有す、地味顔の少女だった。
「……ええと……その……どちら様でしょうか?」
(((((相澤先生が戸惑ってる!!!)))))
状況を呑み込めずに狼狽する担任の姿に、クラスの心は一つとなった。
だが、皆が胸の内に抱いていた考えを、満を持して麗日が声高々に叫ぶ。
「三人がケモ耳少女になっとる!!?」
+
「―――つまり、三人は一緒に登校中に、小学生のケンカを止めようと割って入ったら、その子たちが使った“個性”を受けて、そうなっちゃったっていう訳なの?」
「う、うん……でも、まさかこんなことになるなんて……」
(カワイイ……)
一先ずホームルームを終え、経緯を相澤に話した緑谷たちは、色々と興味津々なクラスメイト(主に女子)に囲まれていた。
それもそうだろう、かつ丼を頼んだのにパンケーキが出てきたら誰でも吃驚する筈だ。インパクト的には、クラス中の視線を集める程度には強かった。
どうにも小学生のケンカの仲裁に入った際に受けた“個性”の所為で、今のような体になってしまっている三人。
その受けた“個性”というのが、次の二つだ。
『性転換』
男を女に、女を男にするシンプルな“個性”! 効果は二十四時間続く! 朝に使えば、おはようからおやすみまで続く!
『獸属付与』
触れた相手に動物の特性を与えることができる! 段階に応じて、能力を付与された者の体は、与えられた能力に応じた動物の特徴が体に出てしまう! 効果はこっちも二十四時間!
「すごーい! じゃあデクく……デクちゃんはウサギのフレンズなんだね!」
「デクちゃん!? フレンズ!?」
麗日の言葉に、長い耳をピンと伸ばして驚く緑谷。
彼……否、彼女の耳は、彼女の感情を表情以上に表現してくれるらしい。驚けばピンと立ち、落ち込めばヘニャっと折れ曲がったりする。
それが女子の心を射止めているのか、麗日は元々赤らんでいる頬をさらに赤らめ、ふわふわと雪のように柔らかな毛の生えている緑谷のうさ耳に触れた。触れまくった。
「ほわぁ~! ええ触り心地やぁ~!」
「ちょ、麗日さん……!」
「ぐへへ……!」
「ちょ、イダダダダっ!?」
女子ならざる顔を浮かべる麗日が、緑谷の耳の感触を独り占めにせんと触りまくる。
暫し、麗日と緑谷の攻防は続くが、なにやら居ても立っても居られない生徒が一人。
「っ……!」
「口田、どうした?」
慌てふためく口田に気が付いた障子。
すると口田は、彼の複製腕に複製された耳に小声で何かを話し始める。
「ほう。麗日、緑谷の耳を触るのはそこまでにしてやってくれないか?」
「ええー!? デクちゃんの耳、すっごい気持ちいいんよ!?」
「いや、口田曰く、ウサギの耳は神経や血管が多く張り巡らされている、いわばウサギにとって『第二の心臓』とも言うべき部位だから乱暴に扱ってはいけないらしい」
「え!? そうなの!? ご、ごめんデクちゃん! 私、そんなこと知らないでメッチャ触っちゃって……」
ウサギを飼っている口田からの伝言を受け、咄嗟に手を引く麗日。
ようやくモフモフタッチから解放された緑谷は、『わかってくれたら大丈夫だから……』と、やや弱った状態で応える。
「……お、肉球」
そんな緑谷たちの後ろでは、マイペースな轟♀が自分の掌に生まれた肉球を、ぷにぷにと触れるのであった。
+
「皆、静かに! もうすぐ授業が始まるぞ! 席に着くんだ!!」
「いや、まだ五分前だから早すぎるだろ」
「っていうか、委員長さに磨きがかかったな」
いつものカクカクな動きで、クラスの皆へ席に着くよう仰ぐ飯田。
『性転換』の“個性”の影響で、ツーブロックであった髪型は、腰まで届くほどのロングヘアーになってしまっている。
加えて、元よりかけていた眼鏡、そして警察犬に採用されるドーベルマンの特徴が体に出ていることで、まさしく委員長に相応しい真面目の権化として、A組の教室に君臨していた。
しかし、『性転換』の“個性”の影響で声が高くなっていることで、普段のような厳格さは鳴りを潜めてしまっている。というより、寧ろワンコ要素が付与されてしまったことで、厳格さが完全に吹き飛んでしまっているのでは……。
そんなことを上鳴と耳郎が思っている中、もう一人ワンコ要素が付与された轟はというと、席に座ってジッとしていた。
なんとも近寄りがたい雰囲気。
入学当初の時のような、何人も近づけさせぬ威圧感故ではない。何を考えているか分からない顔で、のほほんとしている空気故の近寄りがたさだ。
「あ、あれが柴距離……!?」
「轟ちゃんにピッタリの動物ね、柴犬は」
遠目から、そんなのほほんとした轟を見つめる芦戸と蛙吹は、何時ぞやの動物番組で見た『柴距離』なる単語を思い出していた。
熱しやすく冷めやすい性格と言われている柴犬。『半冷半燃』の“個性”を有すには、元の気質も相まって、柴犬はまさしくピッタリな動物と言えよう。さらに、彼の実家は日本家屋。『和』な雰囲気もベストマッチだ。
日向ぼっこが似合いそうな空気をもたらす轟。
だが、突然耳をピコっと動かして振り返った。
「……葉隠、なにするつもりだった?」
「バレた!?」
「今は鼻が利くからな」
「ああ、そっか。今ワンちゃんだもんね」
どうやら、背後から忍び寄っていた葉隠を匂いで勘づいたようだ。
「うっ……轟くん! いや、轟ちゃん! そのクリンクリンでモフモフな尻尾触らせて!」
「尻尾か? ああ、別にいいぞ」
「やったぁー!」
モフり許可を得た葉隠は、即座に轟のズボンからはみ出て渦を巻いている尻尾に抱き着く。
以前から、尾白の尻尾の先にある毛に触れていたりと、女子高生らしく動物の毛のようにふわふわしたものには目がない彼女にとって、抱き枕サイズに等しい轟の柴犬’s尻尾は、意地でも触りたかったものであったのだ。
「あぁ……極楽はここにあった……」
撫でるような手つきで、空気を含んだ毛を触り、恍惚とした表情を浮かべる(見えないが)葉隠。
そんなやり取りを傍から眺める緑谷は、はぁっとため息を吐く。
「轟くんは順応が早いなぁ……」
「飯田もだけどよぉ。なあ、緑谷。おめェ便所どうすんだよ?」
「僕? それは……大の方を使えば済む話だから……」
「……おめェも大概だなぁ」
本人の意思とは裏腹に性転換してしまった緑谷は、中身は依然として男である為、普通に男子便所を使うつもりのようだ。
一応、男子制服ではあるものの、Yシャツがはち切れんばかりに膨らんでいることは問題だが。
「おっぱいはおっぱいだ。この際、男でも……」
「ちょ、峰田くん!? 目が怖いよ!?」
良からぬことを考える性欲の権化。
ここまで来ると、最早病気なのかもしれない。
貞操の危機を感じた緑谷が、何やらブツブツと呟いている峰田へ必死に言葉での制止を試みる。
すると、ただでさえ朝から教室がうるさいこともあって苛立っていた爆豪の怒りが爆発した。
「うるせえぞ、デク!! 後ろで騒ぎやがって!!」
「わぁあ!? か、かっちゃん! そんな怒鳴らないでよぉ……! ただでさえ音に敏感なんだからぁ……」
音爆弾のような爆豪の怒声。
うさ耳の緑谷にはかなりキツイ音量であったようであり、彼は長い耳を両手で押さえ、ウルウルとつぶらな瞳を潤わせている。
「そうだよ、爆豪くん! デクちゃんの耳、今すっごいビンカンなんだよ!?」
「ウチも同意だわ。声とか音って、割とシャレにならないくらい痛い時あるからな?」
「お三方は事故でこのような姿になってしまったのですよ、爆豪さん。だったら、クラスメイトである私たちが、率先して彼らのサポートに回らなくてはいけないのではなくて?」
肉食獣に襲われる小動物の構図を幻視した女子面子。
すぐさま、麗日、耳郎、八百万の三人が緑谷の援護に入る。
これには流石の爆豪も、正論だけあって『うぐぐっ』と言葉を呑み込んで、不承不承といった様子で引き下がった。
「あ、ありがとう皆……」
「ううん、さっき迷惑かけちゃったし! 気にせんといていいよ。友達でしょ?」
礼を言う緑谷に対し、『当然のことをしたまでだよ!』と胸を張る麗日。
ただ、耳郎の視線はそんな穏やかな空気には向かっておらず……。
(負けてる……ッ!!!)
八百万に勝るとも劣らない双丘に、言いようのない劣等感を覚える。
負けるな、耳郎! 頑張れ、耳郎! 君はまだまだ成長期だ!!
「萎めばいいんだ……くそがッ……!」
「殺気!?」
緑谷の受難は、もうちっとだけ続く。
+
午前の授業を終え、昼食へ食堂を向かった性転換ケモ耳三人衆。
すると、意外なところで動物化した弊害が垣間見える部分があった。
「わさびが……蕎麦のわさびが辛ぇ……ッ」
「と、轟くん……そんな無理して食べなくてもいいんじゃないかなぁ」
いつも通りざるそばを買って食べた轟であったが、普段の流れで麺つゆにわさびを入れてしまったことであり、敏感になった嗅覚へ、蕎麦を啜る度に突き刺すような苦痛が奔るようになってしまったのだ。
わさびに悶える犬耳美少女。どこかの業界にとってはご褒美な絵面である。
その後、結局蕎麦を食べることはできず、飯田のビーフシチューや緑谷のかつ丼を分けてもらうことで、昼食を乗り切った轟。
「酷ェ目にあった」
そう言いながら、轟はジンジンと痛む舌を冷やすべく、チロリと舌を出している。
若干『ハァッ、ハァッ』という息遣いをするのは、やはり犬の特性を付与されてしまったからだろう。
「うん……でも、今日一日の辛抱だから、午後も頑張っていこう!」
「おう」
「そうだな! 如何なるトラブルに見舞われようとも、ヒーローたる者平静を失っては―――」
『きゃあ!』
飯田が声高々に意気込む途中、黄色い悲鳴がすぐ近くの階段から響いてくる。
咄嗟に三人が見上げた先には、階段の一番上の段から、体勢を崩して落下しかけている女子生徒が居るではないか。
「ム! いかん!」
「僕が行くよ、飯田くん!!」
あのままでは大けがは必至。
そう思い立った時には、既に緑谷の体は動いていた。
(ワン・フォー・オール、フルカウル!!)
身体能力を向上させ、跳ねるように―――まさしくウサギのように飛び跳ね、女子生徒が落下する地点へ滑り込もうと力んだ。
刹那、緑谷のYシャツの胸元のボタンもはじけ飛んだ。
『っ!?』
「おりゃああ!!」
通りがかった者達の視線は、落下する女子生徒よりも、どこぞの世紀末における北○神拳伝承者よろしくボタンが弾けた緑谷の胸元に向いている。
だが、当人はそのことにはまったく気づいておらず、俊敏な動きで落下地点へ滑りこみ、見事女子生徒を受け止めて見せた。
その時、ポヨンッと大きなパイオツがクッションになったことも忘れてはいけない。
豊満な胸のお陰で、落下しても頭に強い衝撃も奔ることもなかった女子生徒は、『あ、ありがとうございます!』と救けてくれた緑谷へ礼を言い、立ち去っていく。
「ふぅ、良かったぁ」
「……緑谷」
「ん? どしたの、轟くん?」
「胸元、開いてるぞ」
「え。……あ、きゃあッ!!」
反射的に喉から出た悲鳴は、女子のそれとほとんど同じ。
恥じらう姿も、元々オドオドしている緑谷の気質が相まってか、様になっている。
後に、A組の性欲の権化曰く、『あの光景は色々と凄かった』と言われ、暫くの間、生徒たちの間の話題はそれ持ち切りとなった。
+
「あの時のデクくん、すっごかったよね! 胸元バツーンッ!! って!」
「その話はもうやめて~~~ッ!!」
時折、あの時覚えた羞恥心は、今も緑谷の心に去来したりしなかったり。
世の中、たくさん“個性”があるようです。