執筆開始は2013年7月14日であり、まだ設定集が発売されていません。
現在判明している設定を独自解釈で書いておりますので、
後の公式設定とは大きく異なる場合があります。
なお、この作品は設定集発売までに完結する短編を予定しており、
10万文字以内に完結する予定です。
時は20世紀。
日本より南西、沖縄と台湾の間に位置する海域に、数隻の船が浮かんでいた。
その内の一つは遠洋航海を主な目的に作られた巡洋艦。
中でも、
《
現在稼動している軽巡洋艦の中で最も古いタイプの艦船である。
天龍は数隻の
巡洋艦より小型で高速性に優れるその駆逐艦は、
それぞれ主砲である12センチ砲を敵に向けて砲撃している。
天龍を旗艦とした
司令官の男性は額にしわを寄せて状況を見守っていた。
「左翼の
艦隊司令はそう言うも、陣形を整える前に味方の駆逐艦が砲撃を受けて炎上する。
陣形から脱落したその艦は敵艦の接近を許し、
金属の悲鳴を上げながら、攻撃を受けた駆逐艦《
あれでは直に沈没してしまうだろうと、司令は歯を軋むほどに噛み締めた。
「水無月、撃沈された模様!」
「見れば分かる! くそっ、わけの分からんやつばらにあたら貴重な船を……」
水無月を沈めた敵艦が、視線を天龍に向ける。
そう、矛先だけではない、視線だ。
敵艦は純粋な軍艦ではなく、人間の少女に近い形状をしたものであった。
《
詳細は判明しておらず、それが生物なのか無機物なのかすら分かっていない。
確かな事は、ある程度の知能を用いて世界各国に対し戦闘行為を仕掛けてくるという点である。
天龍水雷戦隊が所属する大日本帝国も、
深海棲艦が現れて以降通商破壊や沿岸砲撃に悩まされてきた。
日本帝国軍は対深海棲艦艦隊を作り応戦していたが、その戦果は芳しくない。
深海棲艦は人間サイズの物体であるが、
その防御力(生物かどうかも不確定なので生命力とは呼称されない)や攻撃力は
人類が扱う軍艦と同等のものだったからだ。
それは軍艦の威力を弱めずに人間サイズまで小型化したと同義であり、
人類の戦闘艦は苦戦を強いられていた。
天龍の14センチ砲が、敵軽巡洋艦型深海棲艦に放たれる。
だが人間サイズの深海棲艦には、巡洋艦の主砲がそうそう上手く命中するはずがない。
逆に敵艦、少女の形をしたそれの腕に付けられた砲塔から発射された砲弾は、
天龍の右舷に命中すると甲板に居た乗組員ごとその部分を吹き飛ばす。
大きく揺れる艦の中で、司令は艦橋の内壁を横殴りに叫んでいた。
「全艦全速! あの化け物を轢き殺せ!」
「無茶です、その前に魚雷が来ます!」
深海棲艦により、味方駆逐艦がもう一隻被弾する。
一体我々が何をしたのだ、と司令は涙をこらえた。
あの正体不明の化け物の手にかかり、多くの同胞が死んでいった。
これが神仏の人類に対する罰だとしたら、あまりにも惨い。
中には深海棲艦を宇宙から飛来した宇宙人だと噂する輩も居たが、
そんな事は今の彼にとってどうでもよかった。
せめて、一匹でも多く道連れに仲間の仇を。
そう考えて再度突撃命令を下そうとした時、不意に敵深海棲艦の一隻が爆発した。
少女の形状をしたそれの胴体が爆ぜ、深海棲艦は海に倒れる。
味方の砲撃が命中したのかと思ったが、そうではない。
次いで、二隻目の敵艦も右腕に被弾。
砲塔を破壊されて怯み、距離を取った。
「司令、あそこに人が居ます。深海棲艦ではありません!」
艦橋員の一人が、海上を指差して叫んだ。
そこには幽霊の様に生気の無い白い肌の深海棲艦ではなく、
洋服を纏った黒髪の少女が海上を突き進んでいた。
生身の人間が海上を高速で進む事は出来ないから、司令はあれも深海棲艦の一種かと思う。
しかし、その少女は敵である深海棲艦に向けて
背中に生えた船の艦橋らしき物体と砲塔を用い、砲撃戦を仕掛けていた。
「どけどけ! 天龍様のお通りだっ!」
少女は砲撃で敵を怯ませると、接近して魚雷を叩き込む。
深海棲艦は魚雷の直撃を受けると、爆風に吹き飛ばされた後に海へと沈んでゆく。
「こちら、
通常
気付けば、天龍の傍にもう一人の少女が浮かんでいた。
彼女も背中に艦橋や砲塔、魚雷発射菅と思われる機器を背負っている。
司令は思わず艦橋から身を乗り出して問い詰めていた。
「お前達は、深海棲艦ではないのか」
「いいえ~、私達は新兵器の《
「日本軍の、深海棲艦か」
間延びした口調で言う龍田の言葉を聞いて、司令はそう判断した。
深海棲艦の情報については、ほとんど不明だとされている。
だがそれは情報が秘匿されているだけで、
日本軍は深海棲艦を分析し生産する事に成功したのであろう。
少なくとも、今彼女達を見た天龍水雷戦隊の面々はそう受け取っていた。
「龍田、か。天龍型二番艦の名前を付けられたのだな」
「はい。私は龍田で、今あそこで戦っている子は天龍ちゃんですよ~」
それを聞いて、水雷戦隊の司令は驚いた顔をする。
自分が乗っている軽巡洋艦、天龍。
それと同じ名前を付けられた艦娘とやらが、今敵艦を次々沈めている。
深海棲艦と互角以上にやり合う『天龍』を、
司令は何とも言えぬ感慨を抱きながら見つめていた。
――船は変わった。天龍も、生まれ変わったのだと。
艦娘。それは人類が開発した新兵器である。
突如世界中に現れた深海棲艦。
それに対抗すべく、人類は人間サイズの戦闘艦の開発に着手した。
しかし、数千トン数万トンもの船を人間サイズにまで縮小させるなど、
例え千年かかっても不可能だと技術者達も話している。
そこで人類は深海棲艦を参考に、人型の戦闘艦を建造出来ないかと考えた。
結果、人間サイズの軍艦、艦娘が生まれたとされている。
最も、この説が正しいならば人類は深海棲艦について
複製出来るほどの深い情報を得ている事になり、
そうすると深海棲艦の詳細が「正体不明の物体」
と称されて
ともあれ、艦娘の開発に無事成功した人類はそれを実戦投入し、多大な戦果を挙げた。
対深海棲艦艦隊のほとんどは艦娘が取って代わり、
人類にとって深海棲艦は決して対抗不可能な天敵ではなくなっていた。
そして艦娘という言葉が世界に定着したある年、
神奈川県の海軍基地、《
時は20世紀。
これは人類を守る為深海棲艦に対抗した、艦娘達の物語である。
「やっばぁい、遅刻した遅刻!」
早朝、一人の少女が時間に遅れた事に慌てて走っている。
服装はセーラー服。
明朗快活でボーイッシュな顔立ちであり、頭にはアホ毛が一つ立っている。
よくある「転校初日から遅刻した少女」の様子であるが、
普通の転校生と違うところは、
彼女が口にくわえているのは食パンではなく7.7ミリ
走っている場所は通学路ではなく海の上である。
少女の名は《
《
艦娘として建造された彼女は、他の鎮守府で訓練生活を送っていた。
その後横須賀鎮守府への異動命令がなされ、今日が着任当日である。
しかし、既に規定時間を30分ほど遅刻していたのだった。
航路上でイケメンの男子生徒とぶつかる事もなく、加古は横須賀鎮守府に到着する。
海水を跳ね上げながらドックに飛び込み、そこから陸に上がった。
そのまま基地内に入ろうとしたのだが、濡れた身体も拭かずにいたので
人間の整備兵に盛大に怒鳴られた。
整備兵の話はしばらく続き、話題が艦娘と人間の違いから
十分ほど余計な時間を費やした加古は、先程の整備兵の話を聞かなかった事にして
基地内の廊下を全速力で走っていた。
早く所属する艦隊の司令に着任報告を済ませなければならない。
そう思いつつ走っていると、不意に廊下の曲がり角から小柄の少女が現れるのが見えた。
やばい、と思った次の瞬間には、二人は金属の轟音を立ててぶつかり吹っ飛んでいた。
艦娘は人間にほど近い物体であるが、骨は金属で出来ている。
二人は十秒ほど倒れていたが、先に立ち直った相手の少女がはわわ、と声を出して慌てる。
「ま、またやってしまいました……!
大丈夫ですか。深雪ちゃんの二の舞だけはごめんなのです!」
うきゅー、と目を回していた加古が何とか目覚めると、一人の少女が顔を覗き込んでいた。
顔立ちや身長は加古よりもかなり幼い。
加古と同じくセーラー服を着ているが、加古とは違ってへそは出していなかった。
彼女は髪と同じ茶色の目を不安げに細めながら、倒れた加古の手を取る。
「あー、いや、あたしがぶつかったんだ。
ごめんね、あたし艦娘だから痛かったでしょ」
そこまで言って、加古はぶつかった時の音を思い出していた。
たしか、金属と金属が衝突する音だったはずだ。
芯が金属の自分が人間に体当たりすれば、相手はただじゃ済まないだろう。
にもかかわらずこの少女の方が先に立ち直ったという事は、
彼女が普通の人間でないという事になる。
「
特Ⅲ型……いわゆる《
ああ、と加古は納得する。
相手も艦娘なら、あの様な衝突音も起きるであろう。
重巡洋艦の自分よりも駆逐艦の彼女が先に立ち直ったのは何故か分からないが。
《
脚部にスクリューがついているのを見せてくれた。
人間の身体にスクリューがついてない事くらいは当然として知っている。
「見かけない方ですけど、新しく配属になった方ですか?」
「うん、あたしは古鷹型重巡の加古。
ここの第零艦隊に異動になったんだ。
……って、やばっ、司令に挨拶しないといけないんだ! じゃあね!」
今度は速度を落として走り出した加古。
電は何か言いたそうな顔をしていたが、さすがにこれ以上遅刻するわけにはいかない。
艦隊司令室の前に着いた時には、額から汗が流れていた。
息を整え、額を拭って扉をノックする。
失礼します、と言いながら扉を開けた。
これからこの人の下で戦うんだ、と気合を入れていた加古の目に飛び込んできたのは、
数名の幼い少女と
その内ピンク色の髪をした一人は青年に肩車されており、
もう一人の茶色い髪をした少女、
先程会った電に似ている子は青年の腰の辺りに抱きついていた。
他にも、スカートをはいておらずセーラー服でかろうじて下半身を隠している子も居る。
「失礼しましたー」
加古は扉をぱたむ、と閉じる。
さて、どうしたものか。
つい反射的に閉めてしまったが、
艦隊司令が朝っぱらから幼女と遊んでいるロリコンだというのは重大なスキャンダルだ。
これが外に漏れればこの鎮守府の評判は落ちる。
意を決してもう一度扉を開くと、青年は憮然とした顔で待ち構えていた。
少女達は半ば涙目になりながら頭を両手で押さえている。
「すいませんけど、着任の報告いいです?」
「あれこれ弁解すると余計にこじれそうなんで言い訳はしない。
さぁ、お前らはホールに行ってろ」
青年に言われて、少女達は渋々司令室から出て行った。
改めて、加古は背筋を正して敬礼する。
青年は気楽な顔をしてそれを返した。
「艦娘、古鷹型重巡洋艦加古の十八番艦。
本日付で
「五十分の遅刻の理由は」
「はい、寝坊です!」
加古はよく寝る娘である。
呉鎮守府でも、訓練中にうつらうつらして上官に怒られていた。
「俺は相手が艦娘だからってすぐ手を上げる様な奴じゃないが、
次やったらげんこつ喰らわすんでよろしく」
青年は椅子に座り、
さっきの少女達は頭殴られたんじゃないか? と加古は思ったが、口にするのは止めておいた。
青年は机から書類を取り出し、
加古の情報が書かれているだろう資料を眺めてからそれを机の上に放り出す。
「まぁ、呉でどうだったかなんてのはどうでもいい。
とりあえずお前はこの第零艦隊、第三
第三分隊は重巡を主戦力とした近海の
ただ、どの分艦隊も頻繁にメンバー入れ替えしてるからな」
「認められれば、第一分隊で主力になる事も出来るって事ですか」
「というより、任務によって専用に艦隊が編成される事が多い。
……じゃあ、今からホール行くぞ。
お前が来ないから朝礼が始まらなかったんだ」
青年は椅子を蹴って立ち上がると、加古の肩を手の甲で叩いて言った。
「あー、それと、俺とはタメ口でいい。
俺だって皆にはそうしてるからな」
「分かりまし……あぁ、分かったよ、
提督の背中を追いながら、
加古はこの艦隊が思ったよりも居心地の良い場所になるだろうなと予想する。
少なくとも規律ギチギチの部隊ではない。
後は仲間の艦娘がどんな奴かによるが、先程の少女達も艦娘であろう。
楽が出来るとは思ってはいないが、呉よりはマシだと思う。
とりあえず、この提督に限っては。
提督と加古は、屋内の広間にやって来た。
この多目的ホールは主に体育館として使われているらしい。
ホールに入ると、提督は壇上に登り加古を手招きする。
加古が提督の傍まで寄ると、下には大勢の艦娘が整列しているのが見渡せた。
その数はざっと百人近くに見える。
(うわー、小さい子達は駆逐艦だろうなー。
あっちのでっかい大砲背負ってるのは戦艦で、甲板持ってるのは
私と同じ重巡はどれだろ……あっ!)
加古が第零艦隊の面々を眺めていると、その中に先程ぶつかった電が居た。
思わず声を上げると、電はにこりと微笑みを返す。
先程の去り際に何か言いたげにしてたのは、
おそらく自分も同じ第零艦隊所属なのだと言いたかったのだろう。
提督が朝礼を始めるぞと言って、加古を手で示した。
「えー、皆さんの新しい友達になる加古ちゃんです。
前の鎮守府では訓練中にうたた寝をして仲間と衝突してるので、
もしそうなったらぶん殴って起こしてやって下さい。以上」
「さっき呉でどうだったかなんてどうでもいいって言わなかった!?」
「じゃ、お前はあっちの重巡の列に行って」
やや納得のいかない顔で、加古は第零艦隊の列に加わる。
小さな駆逐艦を先頭に、軽巡、重巡、空母、戦艦の順番の列がなされていた。
列に並ぶと、隣の艦娘が呉はどんな所でしたか? と質問してくる。
提督に注意されて、その艦娘はまた後でですと引き下がった。
よそ者に冷たい部隊じゃなくて良かったと思う。
それから提督は、現在の戦況や敵深海棲艦隊の大まかな動向。
その他の予定などを話して朝礼を終える。
加古は仲間達から挨拶や質問攻めにあったが、提督に言われて解散していった。
その後、一人の艦娘に鎮守府を案内される。
一通り見て回り、最後に加古に割り当てられた部屋へと案内される。
「一三一五から模擬戦の予定。
昼食が終わったら、さっきの広場に集まって」
「はーい。ところで加賀さん、第零艦隊の艦娘って広場に居たので全部ですか?」
「いえ、遠征中の子も何人か。
私も本来ならこんな事はしないんだけど、
どうやらその赤城さんとやらが、偉い立場に居るらしい。
ともあれ鎮守府内部は把握出来た。
加賀にお礼を言うと、彼女はしずしずと去っていく。
加古は寝台に寝転がり、息を吐く。
そのままウトウトと眠ってしまい、起きた時には一時であった。
こりゃあ昼食はなしだなと、諦めて広場に向かう。
一旦広場に集められた艦娘達は、そこからドックに行き
最初は艦隊戦を行なう様で、加古は重巡六隻による分隊の一人となった。
分隊長の重巡、《
「我輩が艦隊長を任されたからには、勝利は確定的に明らかじゃ。
皆は安心して職務を全うするがよい。
加古とやら、いくら模擬戦だからといって油断しないようにな」
先程の提督の紹介が響いているらしい。
加古はいくら寝ぼすけだといっても、模擬戦中に眠る様な事はそうそう無い。
提督が言った訓練中に寝たという話は、当時いつもよりも疲れきっていたからだ。
さすがに着任早々そんな事はしないと返したかったが、
寝坊し遅刻している時点で説得力が無いのは自覚している。
「第一試合は利根重巡艦隊対、電駆逐艦隊。
状況は利根艦隊が目視で電艦隊を発見、遭遇戦になります」
眼鏡をかけた艦娘、《
相手の
廊下でぶつかった子が同じ第零艦隊の仲間で、最初の模擬戦相手。
これはある種の運命なのではないかとも思う。
加古が感傷的になっていると、分隊長の利根が難しい顔をして唸る。
「むう、電が相手か。前言は撤回すべきかもしれぬ」
「ええっ? だって、相手は駆逐艦だよね。
重巡なら遠距離から砲撃してるだけで勝てるんじゃないの?」
加古が楽観的に述べるが、利根は首を横に振る。
「そう簡単にはいかぬさ。
特に電は第零艦隊の最古参であるからな。
模擬戦だとしても、少々痛い目を覚悟せねばならん」
「最古参!? あのちっちゃい電が!?」
「あいつは第零艦隊が出来た時から居ると聞く。
特に提督は駆逐艦の高速性を活かした戦術を好んでいるからな。
接近されればまず勝ちは無い。
初弾でどこまで削れるかによるだろう」
《
まさか、と加古は否定しかけた。
駆逐艦は元々小型の
それが時を経て輸送船団の護衛や対潜水艦戦闘にも駆り出される汎用的な艦種となった。
確かに、過去の戦闘で駆逐艦が戦艦を魚雷による雷撃で葬った例は多々ある。
とはいえ、小型の駆逐艦が重巡洋艦と正面から戦って勝てるとは思えない。
重巡洋艦とは、いわば小さな戦艦なのだと。
その自信があり、加古は模擬戦開始時まで自分の勝ちを疑っていなかった。
模擬弾を装填した加古達利根艦隊は、海上に出て電駆逐艦隊と相対した。
霧島の笛の合図で戦闘開始である。
事前に照準をつけるのは違反なので、いつでも腕の砲塔を構えられるように肩に力を入れた。
利根の作戦では、後退しつつ遠距離から砲撃を繰り返すという事になっている。
大口径の砲を持つ重巡洋艦に合った戦法だと加古は納得した。
霧島が開始の笛を吹く。
「全艦隊、一斉射!」
利根の声に合わせ、加古達重巡は射撃を開始する。
日本軍重巡洋艦の標準的な主砲、20.3センチ連装砲の砲弾が電駆逐艦隊に降り掛かった。
本来、艦娘でない通常艦艇の古鷹型に装備されているのは20センチ砲であるが、
艦娘用の重巡向け砲塔は20.3センチに統一されている。
これが直撃すれば、駆逐艦には致命傷となるはずだ。
だが、電駆逐艦隊はジグザグの軌道を取りつつ高速で接近してくる。
砲撃も行なってくるものの、ろくに狙いもつけておらず牽制射以上の意味は持たない。
明らかに接近してからの雷撃を目的とした動きだった。
利根艦隊は予定通り後退しつつ砲撃を行なう。
一発の砲弾が、電駆逐艦隊の《睦月型駆逐艦
「あー、まぁいっかぁ……どうせ使わねぇし」
望月は砲塔を下げると、そのまま突進を続けた。
利根艦隊は後退していたが、電艦隊の速度がそれを上回る。
距離を詰められた利根艦隊に向け、電艦隊は魚雷を時間差で水平に放った。
先程加古に質問をした艦娘、《
審判である霧島から、撃沈判定が出た。
「青葉、不覚を取りましたー!」
「ええい、利根艦隊、接近しての乱戦に移行する!
流れ弾に当たるなよ!」
中途半端な距離で固まっていては魚雷の餌食になると判断した利根は、
接近してからの近接射撃による撃破を狙った。
乱戦であれば、うかつに魚雷は撃てない。
流れ弾が味方に当たる可能性があるからだ。
しかし電駆逐艦隊は
流れる様な艦隊運動で乱戦エリアから抜け出す。
接近して来た利根艦隊から今度は逆に距離を取り、再び魚雷を放つ。
利根艦隊は次々と被弾、脱落していき、残りは加古一人となった。
まさか、と思う。
小さな戦艦だと思っていた重巡洋艦が、これほどあっけなく撃沈されてゆく状況が
加古には現実のものとは思えない。
最後に残った加古に向け、電自らが突進して来る。
一騎討ちで重巡が駆逐艦に負けるわけにはいかない。
加古は7.7ミリ機銃で弾幕を張りつつ、主砲を放った。
だが、いくら駆逐艦といえども機銃程度でどうこうなるわけではないと電は知っている。
銃弾を浴びつつ怯む事無く、電は加古に向けて魚雷を発射した。
一発目は何とかかわしたが、二発目の直撃をもらう。
霧島が試合終了の笛を吹き、決着はついた。
利根重巡艦隊と電駆逐艦隊の試合の結果は、利根艦隊全艦撃沈。
それに対し、電艦隊の被害は二隻の
「むう、加古は最後まで粘ったか。
だが、やはり電達は手強いな。
我ら重巡も、そろそろ中途半端な艦種という汚名を返上したいものだが」
利根の呟きに、重巡の艦娘達は一斉に頷いていた。
試合後、加古は海面にぷかぷかと浮きながら不機嫌そうな顔をしていた。
利根達はしかたないと言ってくれたが、納得出来るものではない。
重巡洋艦は戦艦に及ばず、軽巡洋艦は重巡に及ばず、
駆逐艦は軽巡に及ばないというのが加古の知っている常識である。
そのはずが、これほどまでに軽くあしらわれるとは思ってもいなかった。
加古がやさぐれていると、その顔を覗き込む者が居た。
当の電である。
今朝も似たような光景を見たな、と思いつつ加古は身体を起こした。
電は手に水の入ったコップを持ち、それを差し出してくる。
艦娘は重油や石炭などを飲食するが、人間用の食物も食べる事が出来る。
食事とは生物が行なう本能的な行為であり、
これを持たない者は生物として成り立たないという説があったからだ。
実際、開発初期の艦娘は食事という機能を持たなかったが為に
精神崩壊を起こす例が多かったらしい。
「電は、新型の駆逐艦だったりする?」
加古は水を受け取りながら、ついそう聞いてしまっていた。
「一応
でも、私より新しい型の駆逐艦はたくさん居ます。
私が加古さん達に勝てたのは、提督さんのおかげなのです」
「提督は駆逐艦を使った戦術が好きだって聞いたけど。
ただのロリコンじゃなかったの?」
「ロリコンではないです……恐らく、多分。
提督さんは以前駆逐艦の艦長をしていて、前々から駆逐艦は戦艦にも劣らない。
駆逐艦は数を埋める為の
そう言って、電は自分が第零艦隊に配属になった時の事を話した。
数年前、第零艦隊が結成された当時の戦力は駆逐艦数隻であった。
電は第一艦隊、第一水雷戦隊の旗艦として深海棲艦掃討の任に就く。
だが、第一水雷戦隊の士気は低かった。
駆逐艦数隻で深海棲艦と戦わねばならない事への恐怖があったのだ。
もちろん、小規模な艦隊で戦艦を主軸とした主力艦隊を叩けというわけではない。
しかし、戦場では何が起こるか分からない故、
電達は狼の群れに投じられた羊の気分を味わっていた。
時は刻一刻と流れ、ついに出撃の日がやってくる。
電達が死を覚悟した時、提督は駆逐艦の皆を集めて訓辞を行なう。
その内容は、死んでこいという命令でも生き残れという盲目的な理想論でもなかった。
「駆逐艦の長所は、その高速性と魚雷による攻撃力にある。
船体が小さくて大砲が積めないなら、魚雷を付けるしかない。
だけど甲板ではなく
例え相手が戦艦だろうが有効な打撃を与える事が出来る。
駆逐艦で戦艦を撃沈するのは不可能じゃない。
だが正面からの殴り合いをしろとも言っていない。
お前ら駆逐艦は、駆逐艦にしか出来ない事をすればいい」
そう言って提督は自ら駆逐艦に乗り込み、第一水雷戦隊と共に出撃した。
そして電達は、敗走中の敵深海棲艦の掃討戦に参加する。
相手も駆逐艦や軽巡洋艦が主な艦隊であったが、油断は出来なかった。
まずは主砲による砲撃戦がなされ、両者に砲弾が命中する。
電も5インチ(12.7ミリ)砲を胴体に受け、酷い痛みが身体中を巡った。
接近しなければ、砲撃により撃沈される。
だが接近すれば、敵の雷撃が待っている。
どの道死ぬのだと、電達は恐怖に駆られた。
いっその事逃げ出してしまおうかとも思ったくらいだ。
しかし、艦娘である彼女達の帰る家は鎮守府しかない。
電達が潰走しかけたその時、提督の乗る駆逐艦が敵深海棲艦に対して突進を始めた。
通常の艦艇が深海棲艦に敵わないのは誰でも知っている。
しかし、提督は引かなかった。
電達が慌てて提督の乗艦に近づくと、提督は艦橋から電達に向けて声を張り上げる。
「撃って、走って、ぶっ殺せ!」
後に聞いた話では、「駆逐艦は伊達じゃない」だとか
「女の子を死なせるのが軍人でもないし男でもない」だとかの
気の利いた事を言いたかったらしい。
だがこの時提督が実際に口にしたのは、単純明快な駆逐艦の戦法であった。
電達はその一言で考えが変わるわけではなかったが、
特攻する提督を見捨てたら今後どうなるか分かったもんではないというのは理解出来た。
覚悟を決めた第一水雷戦隊は、
敵艦が砲雷撃に迎撃してくる。
電達は、それを強引な軌道を取って回避した。
そして、気付けば第一水雷戦隊の面々はそれぞれ叫び声を上げながら
敵艦隊へ向け魚雷を一斉掃射していた。
深海棲艦はそれを受け、次々と吹き飛ばされ海へ沈んでいく。
最後に残った敵軽巡洋艦が、主砲を放ち抵抗する。
砲弾は再度電に命中し、砲塔を破壊した。
破片が電の身体に突き刺さり、神経を直接刺激される様な痛みに襲われる。
電はわけも分からず、悲鳴とも雄叫びともつかぬ声を上げて魚雷を放った。
発射された魚雷は敵軽巡型深海棲艦に突き刺さり、下半身を吹き飛ばす。
提督が敵艦隊壊滅せりとの無線を発すると同時に、
電達第一水雷戦隊は提督の乗艦に引き上げられていた。
その後、電達は提督の艦上で応急手当を受けつつ横須賀へ帰投する。
電達が驚いたのは、提督の乗艦だった駆逐艦は被弾しており、数名が戦死していた事であった。
それは電達が混乱している際に、庇うように前に出た時に受けた砲弾が元らしい。
電達は、何故自分達の為に人間が死んでいったのかと訊ねる。
新兵器である艦娘には、人権は存在しなかった。
あくまで兵器の一種として認識されていたのである。
だから艦娘を扱う人間達は、彼女らを人として扱わない者も多かった。
この提督にしても、電達を見捨てて逃げる事だって出来たはずなのだ。
それをしなかったどころか、艦娘を守る為に自らを犠牲にしたのは何故か。
電達の言葉を聞いた提督と、その部下達は笑って返す。
「知るか。守りたいと思った時には声が出て、身体が動いてる。
男としてでも、軍人としてでも何でもいい。
俺らは艦娘を人間と変わんねぇ生き物だと思ってるからな」
自分達が人間と同じ生き物である。
兵器として生まれた艦娘にとって、この言葉はあまりに突然過ぎて逆に混乱した。
だが、それから第零艦隊の一員として過ごすにつれてその意味が分かってくる。
この艦隊の人間達は、そのほとんどが艦娘を人間と変わらない者だと認識している。
それを徐々に理解した電達は、自らの存在意義を決めた。
自分達は対深海棲艦用の兵器である。
それと同時に、人間と変わらぬ生き物である。
どちらも捨てる必要はないのだと分かった時には、
電達の戦争に対する恐怖心は大きく異なっていた。
怖くないわけではない。
しかし、これが自分達に出来る事。
駆逐艦は駆逐艦に出来る事をし、艦娘は艦娘に出来る事をする。
そうやって艦娘が人類と手を取り合って生きていける世界が、今後必ず来るはずだと。
「――だから、私達は自分が駆逐艦だからといって何もせずに諦める事はしない。
自分達に出来る事を、精一杯努力して生きていく。
それが駆逐艦の……艦娘の生き方だと思ったのです。
もちろん、人間の方だってそれは変わりません」
電の回想を聞いて、加古は自分がいかに何も考えてなかったのかを思い知らされた。
呉鎮守府、前に居た艦隊では艦娘は兵器以上の何者でもないと教えられている。
思考停止した加古は、重巡は駆逐艦よりも優れているのだという偏見を持つ事で
自らの心を慰めていたのだ。
だが、この電はどうか。
何も考えない自分に比べて、遥かに『人』である。
加古は自分を恥じると同時に、電の様な艦娘。
人間でない艦娘であっても、『人』らしい心を持つ者になりたいと感じた。
「電、私もなるよ。電みたいな、本当の艦娘に」
「なのです!」
~後書き~
~基本的な軍事用語~
『
分かりやすく言えばでっかい大砲積んだでっかい軍艦。
戦闘をする為の戦闘艦という意味ではなく、戦艦という種類。
『
史実では軽巡洋艦よりも大きな砲(20センチ砲)を積んだ巡洋艦。
でも艦これでは軽巡も20.3センチ砲を積める。
『
巡洋艦(クルーザー)は遠洋を航海する為の艦。
軽巡は駆逐艦より大型で遠洋を航海出来る戦闘艦。
『
元は水雷艇を駆逐する為の戦闘艦。
小型で速力に優れ、魚雷での攻撃が主。
『
最初から空母として建造されたのが
商船などを改造したのが
『
水の中を進む爆弾。
船の水面下に損傷を与えれば浸水などが起きる為、
大砲でぼこぼこにしなくても撃沈出来る。
『
少女型(もしくは魚型など)の化け物。
公式の漫画版では艦娘の怨念が実体化したものではないかと考えられている。
『
当作品において、艦娘ではない普通の船を表す。