第零艦隊これくしょん初期型   作:朝比奈たいら

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第二章『はじめての実戦』

重巡洋艦型艦娘、加古が横須賀鎮守府に着任して数日が経っていた。

第零艦隊の大半は過酷な実戦を潜り抜けた猛者であり、

模擬戦や射撃訓練では彼女達にまだまだ敵わない。

座学(ざがく)にしても、つい居眠りをしてしまい提督や戦艦の霧島に叱られている。

特に提督は容赦なく頭を引っ叩いてくるのだ。

艦娘は丈夫だから生半可な攻撃は効果が無いと言い、鉄板で殴られた事もある。

いくら艦娘でも、それはさすがに効いた。

 

電とも何度か模擬戦闘を行なっている。

加古が気付いたのは、電の動きは艦娘が行なう軌道の基礎であるという事だ。

艦娘は軍艦の一種であるから、動きも通常の艦艇と同じである。

陣形は単縦陣などがあるし、敵に対して有利な位置を取るT字戦法も有効だ。

それと同時に、人型艦艇である艦娘は人間の動きも行なえる。

実際、接近しての乱戦となった時は時代劇の殺陣(たて)の様に個々が独自に動いていた。

 

電の基本戦法は、魚雷による雷撃が主な目的である。

敵の死角に回り込みつつ、主砲による牽制射撃を行いながらジグザグに突進する。

有効射程距離に入ったら魚雷を発射。

この時、魚雷に初速を与える為に旋回はせず直進、もしくは停止する。

ミサイルと違い(この時代にミサイルは存在しない)誘導機能などは付いていないので、

基本的には(おうぎ)状に5~6発ほど撃つのが基本であった。

一発でも当たれば御の字というわけである。

ただしこの時は艦隊を組んだ一斉射撃ではなかった為、電は一発一発を予測射撃していた。

 

電は提督から、駆逐艦の真髄は雷撃にあると教わっている。

相手が装甲の薄い駆逐艦や補給艦ならまだしも、

重巡や戦艦に対しては12.7ミリ砲では威力不足である。

それに比べると、魚雷ならば一発で浸水などの損傷を与えられる。

砲弾は山なりに飛んで敵艦を『点』で捉えるのに対し、

魚雷は水中を進んで『線』で捉えられるというのも大きい。

 

重巡洋艦の加古も魚雷は扱う。

重巡洋艦とは軽巡洋艦に比べて大口径の砲を持つ巡洋艦を指す。

それ故、軽巡や駆逐艦と比較すれば魚雷よりも砲撃を重視した艦だ。

事実、アメリカ軍の重巡は魚雷発射菅を撤去している。

だが日本軍は雷撃戦を重視していた為、重巡にも魚雷は備えられていた。

比率としては主砲が主力兵装であるが、雷撃も学んでおくに越した事はない。

廊下でぶつかったよしみで、加古は電に物事を教わる事が多くなった。

 

数日も経つと、仲間の名前も覚え始めてくる。

電に続いて名前が脳内(精密機器の塊であり、吹き飛ばされると死ぬ)に浸透したのは、

第零艦隊における主力の面々。

特に戦艦や正規空母(定義は曖昧だが、一説には最初から空母として設計されたものを指す)

などの強力な艦船である。

 

中でも眼鏡っ娘の戦艦霧島は座学などにおいて教師役を務める事が多い。

本来なら提督達人間の仕事であるが、艦娘主体の戦術論を担当する人間は少ないらしい。

だから提督が補佐として比較的頭の良い霧島に副担任を頼んだという訳だ。

実戦経験のある艦娘ならば実体験を語れるというのもあると提督は言っている。

それは半分、人材不足の言い訳でもあろうが。

 

実際、霧島の講義は不評ではない。

彼女も第零艦隊主力戦艦の一つであるし、一癖二癖ある他の戦艦よりは教師に向いている。

戦艦隊を組む時に旗艦となる《長門(ながと)型戦艦長門(ながと)》は現戦力において最も優秀な戦艦であるが、

彼女はその41センチ連装砲による殴り合いが出来れば何でもいいと考える節があるようで、

細かい事を考えるのが得意だとは思えない。

扶桑(ふそう)型戦艦扶桑(ふそう)》やその二番艦の《山城(やましろ)》は

彼女達の元となった通常艦艇が欠陥の多い旧式艦だった為、

艦娘である二人はそれを気にしてマイナス思考の多い性格になってしまっている。

 

加古を案内した正規空母加賀も口数の多い方ではなく、

他の戦艦や空母も大なり小なり個性的な面々だ。

霧島は数少ない普通の性格をした戦艦だという事であろう。

ただ、マイクを使う時は何故か音量チェックを無駄にこだわるのだが。

 

聞いた話では、霧島の他にも教師役が似合う艦娘が居るらしい。

皆が《赤城(あかぎ)》と呼ぶ人物だ。

どうやら正規空母らしく、第零艦隊で最も重用されている艦娘らしいのだが、

加古は彼女を見かけた事はない。

周りに聞くと、彼女は優秀故激戦区に投入される事が多く修理中である時も多いのだとか。

彼女が居ない時は出撃しているか、修理中かのどちらかだと皆は苦笑していた。

生傷を増やしながらも出撃を繰り返すなんて、

なんと見上げた(こころざし)の艦娘なのだろうと加古は感心する。

 

他に名前をすぐ覚えられたのは、重巡の仲間達だ。

最初の模擬戦で分隊長になった利根は「我輩」という一人称もさることながら、

どこか自信ありげの口調が頼もしい人物である。

ちなみに彼女は、加古が所属する第三分艦隊第三戦隊の旗艦だ。

彼女は砲術を重視する加古と違い、水上偵察機による索敵を好んでいた。

偵察機の運用について参考になればと話を聞いたのだが、

三十分遅らせて発艦させる事が全滅を避ける鍵だと言う。

意味は分からなかったが、多分何かのジンクスなのだろう。

模擬戦での仲間といえば、真っ先に退場した青葉も印象に残る。

青葉はブン屋の職業に興味を持っている様で、

他の鎮守府から来た加古をしつこいほどに質問攻めしている。

この戦争が終わったら、正式な記者になるつもりだと言っていた。

 

それ以外では、やたら口の悪い重巡や猫だか熊だかの軽巡。

アイドルがどうとか夜戦が何たらとか様々な艦娘も居たはずなのだが、

さすがに百人近い仲間を数日で覚えるのは難しい。

とはいえ皆個性の強い艦娘なので、数週間もすれば覚えられるであろう。

逆に仲間達から加古への印象は、提督のせいで「居眠りの多い奴」に定着してしまった。

加古としては不本意なのだが、その後実際に居眠りをしているので弁解のしようがない。

 

とはいっても、加古が見るに第零艦隊は随分アットホームな部隊である。

まるで噂に聞く人間の学校に通っている様だ。

今から戦場に出撃するぞ、と言われても順応出来ないかもしれない。

それほどに、ここが軍隊だという事実を忘れさせてくれる場所に感じた。

そもそも、加古は軍隊じゃない場所というのを知らないわけでもあるが。

何にせよ加古にとってこの部隊は居心地の良いものであったのは確かだ。

いくら兵器の艦娘だからといって、この第零艦隊から死者出る事を信じたくなくなるほどには。

 

 

 

「加古さん、着任してしばらく経ちますが、どうですか?」

 

食堂で食事を取っている加古の隣に、重巡仲間の青葉が座った。

彼女は一見、異動して来た加古への物珍しさから話しかけている様に見える。

しかし、それだけではないのを加古は知っていた。

青葉はこう見えて、仲間を大事にするタイプの艦娘である。

特に、加古に対しては通常艦艇の縁もあって親身に接してくれていた。

 

艦娘は、人型ではない通常の船を元に建造される。

加古にしても、太平洋戦争の第一次ソロモン海戦に参戦した艦が元となっている。

そして艦娘はどういうわけか、

建造された時からその通常艦艇の大まかな記憶を持って生まれてくるのだ。

扶桑型戦艦の二人がやけに暗かったり、

加賀が五航戦(第五航空戦隊。元の通常艦艇、赤城と加賀は第一航空戦隊所属である)を

練度が低いと見下していたりするのはそのせいだ。

 

青葉の元となった艦は、同型艦の《衣笠(きぬがさ)》や古鷹型重巡の古鷹、加古と共に

第六戦隊という部隊に所属し、その旗艦を務めていた。

青葉はその後出撃と大破を繰り返すのだが、

終戦間際である1945年7月の呉軍港空襲まで何とか生き延びている。

だが、他の第六戦隊の仲間や戦場を共にした艦の多くは撃沈されていたのだった。

仲間達が自分の目の前で沈められていく光景を何度も目にしている為、

艦娘青葉は仲間達を大切に思ってくれている。

 

「ああ、青葉。ここは平和なもんだよ。

 呉鎮守府が全部そうだってわけじゃないけど、

 あたしが所属してた艦隊はもっとピリピリしてたからねぇ」

 

加古は龍田揚げを頬張りながら答える。

ちなみにこの料理が考案されたとされる艦、《天龍型軽巡洋艦龍田》にはまだ会った事は無い。

今は遠方の油田地帯でタンカー護衛の任務に就いているそうだ。

 

「第零艦隊は提督が艦娘を人間として扱ってくれますし、

 一兵卒の皆さんも良い人ばかりですからね。

 青葉が艦娘初の記者となったあかつきには、

 提督のロリコン癖くらいは隠蔽してあげましょう」

 

「そうそう、提督が駆逐艦の子を大事にしてるのは自分が駆逐艦乗りだったからじゃなくて、

 単にロリコンなだけだって言われてるんだけど。

 そこんとこ実際どうなの?」

 

「ふむ、それは記者として、当人に聞いてみる必要があると感じます」

 

そう言って、二人は偶然後ろの席に居た駆逐艦、望月を見やる。

彼女は最初の模擬戦で加古が戦った相手だ。

第零艦隊に配備されたのは中期の頃であるが、

今では電が旗艦を務める第一水雷戦隊のレギュラーメンバーとなっている。

面倒くさがりやであるものの、本気を出せば第一水雷戦隊の名に相応しい働きをする艦娘だ。

望月はこの時も面倒そうな顔をして、肩越しに二人を見やった。

 

「知らないねぇ。少なくとも私はそういう事されちゃいないよ。

 たまに肩揉んでもらったりぐらいはするけどね。

 下品、下世話、下劣な話が聞きたかったら提督本人に聞いちゃあどうだい」

 

「ご存知の通り、提督は清く正しい以外のブン屋は嫌っていますので。

 ああ、たかが電さんが司令室に居る時を見計らって

 陰からこっそりカメラを構えたぐらいで、

 何故私が出入り禁止を受けなければならないのでしょう!」

 

芝居がかったわざとらしい口調で言う青葉に溜息を返し、望月は食事へ向き直った。

いよいよ本気で面倒くさくなったのだろう。

加古は提督ロリコン説を何度も耳にしていたが、

それと同時に駆逐艦を始めとした艦娘達からは否定の弁も多く聞いていた。

彼女達を見るに、口止めされている様には見えない。

むしろ駆逐艦の子達からは、「自分達を大切にしてくれている提督を悪く言うな」

と言いたげな雰囲気を感じていた。

 

「オー! 加古さん、騙されちゃ駄目ネ!

 ウチの提督は90割の確立でペドフィリアだヨー。

 何たって、私に見向きもしてくれないからネー!」

 

三人の会話を耳にしたらしい戦艦が割って入ってくる。

望月が、もっとやかましい奴が来たな、と思って食事の速度を速めた。

この《金剛(こんごう)型戦艦金剛(こんごう)》は、イギリス生まれの戦艦である。

第零艦隊の戦艦では最後に配備された新参者であるが、

ネームシップ(一番艦)に恥じぬ活躍をして着々と地位を向上させていた。

 

「私が「時と場所を弁えれば触って良い」とさりげなくアタックしても、

 提督はガン無視なのネ。

 意を決して夜中に司令室へ行き、身体が火照ると言った時もあったワ。

 そしたら提督は何て言ったと思いマスカ!?

 夜戦が好きなら川内と一緒にブーゲンビル島かサボ島か台湾沖に行けと言ったんデスヨ!

 ドコ行ってもただで済まないじゃないデスカ!」

 

そりゃまた、酷く嫌われたもんだなと加古は苦笑する。

ブーゲンビルやサボ島での戦いは、日本軍が得意であったはずの夜戦で敗北した戦闘だ。

ブーゲンビル島沖海戦では今名前の挙がった《川内型軽巡洋艦川内》が沈んでいるし、

サボ島沖海戦では、青葉の第六戦隊が壊滅に近い大打撃を受けている。

金剛が撃沈されたのも台湾沖であったはずだから、

通常艦艇の記憶を持つ艦娘に言うにしては随分たちの悪い冗談だ。

 

「艦娘とはいえ美女の私に目もくれないとは、

 やっぱり提督はヨウジョにしか興味無いと考えられるのデス」

 

「ううむ、やはり提督ロリコン説は否定出来ませんか。

 もしかしたら、今この瞬間にも駆逐艦の誰かが毒牙にかかってる可能性もあります。

 昼食時で皆が食堂に集まる間に、提督はこっそり司令室で――」

 

「それは一大事デース!

 青葉、提督を大人の女が好きな普通の男に戻すのデス!

 そして私と提督はデッドヒートのI LOVE YOUネー!」

 

金剛が司令室へ走り去っていく。

青葉もそれに付いて行ったが、その際に加古へウィンクして見せた。

ネタが無いなら作ってしまえという事なのだろう。

彼女が清く正しいブン屋じゃないのは確かだと、過去は提督に同情する。

食事を再開する加古の後ろで、

望月が「うるさいのが居なくなるなら急いで食べる必要もなかった」と溜息を吐くのだった。

 

 

 

「――はぁ!? 229艦隊を見失ったぁ!?

 探せって言われても、深海棲艦の動向なんて分かりゃしませんです!

 そりゃあ、おっしゃる通りウチは対深海棲艦艦隊をやってますけどねぇ。

 そんな大規模な艦隊なら、まずそちらが確認するのが筋でしょ。

 艦娘ったって無条件で勝てるわけじゃないんですよ。

 ……ちょっと、今『幼女をはべらせてる変態が』って言いましたか?

 電ちゃんなめんじゃねぇぞコラ!」

 

その頃提督は、諜報(ちょうほう)部から掛かってきた電話に怒鳴り返していた。

第零艦隊は、対深海棲艦遊撃隊として結成された艦娘艦隊である。

当然彼女らが戦うのは通常艦艇ではなく、深海棲艦だ。

だが、対深海棲艦部隊は第零艦隊だけではない。

他にも艦娘を主戦力とした艦隊はそれなりにある。

加古が前に所属していた呉の艦隊だってそうだ。

そして戦争はドンパチするだけでなく、

後方の補給部隊や諜報部隊が前線を支えているのは言うまでもない。

 

しかし日本帝国軍は、元々諜報活動を軽視する傾向があった。

過去に起きた太平洋戦争でも、アメリカ軍が高性能なレーダーを装備していたのに対し

日本帝国軍は目測で大砲の狙いをつける有り様である。

レーダーだけでなく、暗号に至ってもほとんどが敵陣営に解読されてしまっていた。

それが敗戦に次ぐ敗戦を招いた事をまだ理解していないのか、

日本軍上層部の諜報部隊にかける期待は少なかった。

それ故、予算や人材に恵まれない諜報部隊は本来の成果を発揮できなかったのである。

 

たった今掛かってきた電話も、大規模な深海棲艦隊を見失ったという報告であった。

敵艦の数は最低でも50隻以上だと言われているが、それすら定かではない。

そんなにもの大部隊の行方を追えない諜報部は一体何をやっているのか。

結果的に、対深海棲艦隊として戦場に出る第零艦隊が

直接敵艦隊を発見しろとのしわ寄せが来ている。

 

提督は、この戦いも負けるなと思い始めていた。

彼は戦争が前線の兵士達の気合や装備で決まるものではないと気付いている。

確かに、士気や装備は戦術レベルの戦闘を左右する要素だ。

だが、戦争という戦略レベルの戦いで重要なのは何か。

それは第一に、戦争開始時に『必ず勝てる状況』を作っておく事である。

軍備を整え、国内の内政を整え、必ず相手よりも有利な状況で戦争を始める。

例え強大な戦艦が一隻あったとしても、それを動かす燃料弾薬が無ければ意味が無い。

仮にそれが動けたとしても、艦船より遥かに低コストな航空機による魚雷を数発受ければ

既存の戦艦を超越する大型戦艦であろうとも沈んでしまう。

戦争を左右するのは戦術レベルの小規模戦闘ではなく、

国家対国家の調略(政治的工作)合戦であると提督は理解していたのだ。

 

深海棲艦が世界中にいったいどれだけ居るのかも分かっていない。

彼女ら(深海棲艦は少女の外見をしているので)が

基地や停泊地を持っている事は分かっているが、

いったいどこから補給物資を生み出しているのかすら判明していないのだ。

だから提督は、そんな分からん事だらけの場所に可愛い部下達を放り込む事はしたくなかった。

だが多くの人間は、艦娘をただの兵器だと認識している。

彼らからして見れば、「人間を死なせずに戦えるのが何故不満なのか」という話であろう。

それが一層提督の怒りに油を注ぐ事態となっていた。

 

叩きつける様にして電話を切る。

いくら不服であろうと、上からの命令は絶対だ。

敵をのさばらせておいては、味方の被害も増える一方である。

しかし、深海棲艦に対する偵察活動は非常に困難であった。

日本軍のレーダーが低性能だというのもあるが、

相手が人間ではない為スパイが送り込めないのが大きい。

 

諜報部が行方を掴めないという事は、直接敵の占領下を目視するしかない。

とはいえ第零艦隊は偵察が本業ではないので難しい。

索敵が得意な利根に水上偵察機を装備させて偵察艦隊を組むか、

正規空母である赤城や加賀に最新の艦上偵察機を載せるか。

どちらにしても、大規模な作戦を組まねばならない事は確かだ。

提督は艦娘を人だと思っているので、

低コストの駆逐艦を撃沈覚悟で敵陣に突撃させる事は絶対にしたくなかった。

 

「てーとく、出撃ですか?」

 

「ああ、それも大掛かりなもんになる。

 下手すれば、第三艦隊にも手ぇ借りなきゃならんかも知れん」

 

この第零艦隊以外にも、対深海棲艦艦隊は多数存在する。

その中でも多大な戦果を挙げているのが第三艦隊。

正式名称を《対深海棲艦用第三特務遊撃艦隊》という。

第零艦隊は電達駆逐艦を以って創設から間もない段階で成果を挙げていたが、

第三艦隊も同じく初期の時点で活躍していた部隊だ。

両艦隊は横須賀を本拠地とし、各地で深海棲艦遊撃の任に就いている。

今はお互いの主戦力が鎮守府に停泊しているので、

何とかして協力を取り付ける必要もあるかなと提督は判断していた。

 

「あいつに貸しを作りたくはないんで、上の方に手を回さなきゃならんな。

 どうせ少佐の俺が言ったところで上にも修子(しゅうこ)の野郎にも突っぱねられるだろうが」

 

「偵察なら、雪風にも出来ますよ。

 例え一人で行っても、無事情報を持って帰って見せます!」

 

司令室に居た数名の駆逐艦艦娘。

その中の一人がそう言うのを聞いて、提督は額を押さえた。

この《陽炎(かげろう)型駆逐艦雪風(ゆきかぜ)》は、電や望月と同じく第一水雷戦隊のレギュラーである。

それだけではない。

雪風は第零艦隊駆逐艦のエースであった。

 

元となった通常艦艇の雪風は、

多くの戦いに参加しながらもほぼ無傷で終戦まで生き残った駆逐艦である。

それにあやかろうとした日本軍技術部は、この雪風型艦娘を高性能艦として設計した。

艦娘は通常艦艇と違って武装の換装が容易である為、個々の戦闘力にさほど変わりは無い。

だが雪風は、他の駆逐艦よりも一回り上のスペックを誇っていた。

特に機動性、回避能力が非常に高く、そして何故か敵の砲弾が当たりにくい。

最初は回避性能の高さから被弾率が低いのかと思われたが、そうではない。

まるで『奇跡の駆逐艦』と呼ばれた通常艦艇の雪風が乗り移ったかのようだ。

そういった運の良さを彼女は持っていたが、

さすがに敵陣へ一人で乗り込ませれば沈んでしまうだろう。

 

「いや、今回は第零艦隊だけでやるとしても半分以上の出撃にする。

 見失った229艦隊には性能の良いエリート級やフラグシップが多いからな。

 下手な艦隊を向けたら返り討ちに遭うだろうから、

 利根を始めとした重巡艦隊に偵察機を載せて、後は加賀達第一戦隊も出す。

 赤城の修理もさっき終わったしな」

 

「提督、そんな事しなくても子日(ねのひ)達が行ってくるよ!」

 

「そうよ、もっと私達に頼って良いのよ?

 だから装備の方も……ねぇ」

 

もう二人の駆逐艦艦娘が言う。

ここに居る三人の駆逐艦は、加古が着任報告に来た時に提督とじゃれ合っていた子だ。

ピンク色の髪をしたのが《初春(はつはる)型駆逐艦子日(ねのひ)》であり、

もう一人の茶髪が《暁型駆逐艦(いかずち)》である。

雷は暁型三番艦なので、電の姉という事になる。

性格は違うものの、容姿もよく似ていた。

 

この三人が司令室に居るのは提督と遊んでいるつもりもあるものの、

本来の目的は装備の催促である。

現在の日本軍は決して裕福ではない。

しかし艦娘としては、自分の存在意義が対深海棲艦戦闘だと理解しているから

ちゃんとした装備と補給を受けて戦いたい。

この駆逐艦三人も、ここしばらく新装備の催促を続けているのだった。

 

実を言えば、提督が第零艦隊に新装備を仕入れるのは不可能ではない。

雪風達三人が所望しているのは新型の酸素魚雷であるが、

提督がそれを手に入れようとするのはさほど難しいものではなかった。

それでも提督が雪風達の要望を受け流しているのは、

提督、および第零艦隊の立場を考えての事だ。

 

対深海棲艦用の艦娘が実戦投入されてから、まだ十年と経っていない。

上層部はまだ艦娘をどう扱うべきかを完全に理解していないし、

国民は人語を解する人型兵器などというものを気味悪がっている節もある。

そんな中で第零艦隊が補給部隊や上層部に『お願い』をし続けるのは、

艦娘全体の立場を誤解させる原因にもなりかねない。

ただでさえ、世界中を混乱させている深海棲艦と同等の力を持つ艦娘を擁する艦隊は

政府から冷たい目で見られているのだ。

早い話が、艦娘を化け物と認識する者が多数だという事である。

 

「ダメダメ、うちだってそんなの引っ張ってくるコネも無いわけよ。

 大体今の四連装魚雷だって、色々掛け合って手に入れた奴だぞ。

 ぶっ壊したのを補充するだけで精一杯だよ」

 

本当は提督も、部下の艦娘達全てに相応の扱いをしてやりたいと思っている。

だから提督は、予算が無いという嘘は吐かなかった。

一番不満を感じているのは、金や物資など直接的な理由ではなく

政治的理由で部下に大手を振れさせてやれない提督である。

艦隊結成初期、艦娘を人間扱いする事で

信頼してくれた電達に向ける顔が無いと、提督は胸に鈍痛を感じた。

これではまるで、「俺は特別優しいのだ」という雰囲気を見せて

弱みに付け込んだ様なものではないかと。

 

「むー。じゃあ、こうする」

 

現状に悩む提督の腰に、雷が抱きつく。

一体何をしているのだろうと提督が怪訝な目で見やると、

雷はにやりと笑って上目遣いに見上げた。

 

「霧島さんから聞いたの。提督にあまり抱きついたりしないようにって」

 

「そりゃまぁ、そうだな」

 

「つまり提督は抱きつかれたりするのが嫌って事。

 さぁ、このままくっついてられるのが嫌だったら装備を出しなさい!」

 

提督は雷に呆れる。

やはり駆逐艦とはまだまだ子供なのだなと。

しかし雷の笑みは、子供がするにはややイヤラシイ笑い方であるのが気になる。

 

「じゃあ子日もやるー!」

 

「てーとく、雪風には高角砲もお願いします!」

 

「おい、やめろ馬鹿」

 

雷の言葉を聞いて、子日と雪風も提督に抱きついてくる。

さすがに子供を乱暴に払いのける事は出来ない。

どうにか引っぺがそうとしていると、

いやらしい笑みを浮かべた雷が更に力を入れて提督の腰を掴む。

ここに至り、提督は自分が嵌められている事に気付く。

こいつはわざとやっているのだと。

 

「ヘイ提督! やっぱり隠れて駆逐艦の子とシークレットミーティングしてましたネ!」

 

「む、やはり提督ロリコン説は確かだった!

 さっそく今月号、『青葉、見ちゃいました!』の記事に取り掛かりましょう」

 

扉を吹き飛ばす勢いで、金剛と青葉が司令室に飛び込んでくる。

何ともまぁ悪いタイミングが重なるものだなと、提督は焦った。

よりによってこの状況を目撃したのが、

度々ちょっかいをかけてくる金剛とブン屋の青葉である。

あまりにも出来すぎていて青葉のマッチポンプも疑わねばならないほどだ。

自分がロリコン説をかけられている事は知っているが、

さすがにこれ以上嘘を広められるのはいいかげんに止めてもらいたい。

 

「まてお前ら、この際はっきり言っておくとだな――」

 

そして提督が弁解しようとした直後、基地内に騒音が鳴り響く。

提督はその音を聞いた瞬間、

先程まで優しく引き剥がそうとしていた駆逐艦達を力ずくで振り払っていた。

三人が床に叩きつけられて小さな悲鳴を上げるが、それどころではない。

これは敵襲警報だ。

状況を問いただそうと内線電話に手をかけた時、ちょうどのタイミングで電話が鳴る。

 

「状況!」

 

「敵深海棲艦隊がまっすぐこの鎮守府に向かってきています。

 レーダーによれば、数はおよそ104隻。

 もうすぐ目視可能距離まで近づきます!」

 

「了解した。引き続き動向を監視しろ」

 

内線電話を切って、ふと疑問を感じる。

今の兵は、レーダーが104隻の敵を捉えたと言ったか?

だがこの時提督に生じたそれは些細なものであり、目下の問題は敵艦隊自身であった。

おそらくこの敵艦隊は、見失ったはずの229艦隊であろう。

だとすれば、生半可な迎撃では無駄な被害を出す。

提督は基地内放送で、第零艦隊の全員に向けて声を張り上げた。

 

「敵深海棲艦隊による敵襲! 全艦娘は緊急発進急げ。

 軽巡『くぜがわ』も戦闘準備!」

 

内線を切り、自分も戦闘配置に就こうと振り返った時。

そこには駆逐艦の三人も金剛達も居なかった。

さすがに軍人(艦娘は兵器であるが)としての自覚はあるのだろう。

とはいえ、ややはぐらかされた気がしないでもない。

戦いが終わったら一度腰を据えて話さねばならないなと、提督は軍帽を深く被った。

 

 

 

――ここはやっぱり戦場だった。

加古がその事に気付かされたのは、食事を終えようとした頃である。

警報が鳴った時点でほとんどの基地所属隊員は食事を中止し、

食器をそこら辺に置いて自分の持ち場に走り去っていった。

食堂に取り残される形になった加古は、慌てて立ち上がる。

 

食事はほとんど食べ終えたが、まだ少し残っている。

加古はそれを一気に飲み込んでから出撃しようとした。

どうせ戦闘でぐちゃぐちゃになるし、食べられる時に食べておくのが兵だと思ったのだ。

加古が食器に腕を伸ばす。

その腕を、肌の荒れた太い手が掴んだ。

 

「止めときな。腹に当たったら死にやすくなるよ」

 

顔を上げると、食堂のおばちゃんが真顔で加古を見下ろしていた。

警報に慌てていた加古は、返答に詰まる。

 

「食いたきゃまた作ってやるから、ちゃんと行って、帰って来な」

 

その言葉を聞いた加古は、ハッと気付く。

自分達は、こういう人達を守る為に生み出されたのだと。

もちろん単なる兵器に甘んじようとは思っていない。

しかし気付けば、加古は食堂のおばちゃんに見事な敬礼を返していた。

 

「無理すんじゃないよ。出来る事だけやりな」

 

「はいっ!」

 

横須賀に来てから、色々貰ってばかりだなと加古は笑う。

苦笑ではない、明るい笑みであった。

食堂を後にし、鎮守府内を加古は走る。

以前の様に『人』とぶつかる事は出来ない。

曲がり角に気をつけながら、何とかドックにまで辿り着く。

まだ武装の点検をしている艦娘も居たが、あらかた出撃し終えた後の様だ。

整備兵の一人が、加古を見つけて叫ぶ。

彼は加古が着任した時に説教をくれた男だ。

 

「遅ぇぞ、寝小便垂れ!」

 

「じゃあ、次からは何も垂れないように整備して下さい!」

 

「言えるじゃねえか。……武装はいつものだな。

 もう他の奴らは出てってる。

 お前は無理せず仲間の肩を借りろ、良いな」

 

艦娘用の整備機器により、加古の身体に武装が取り付けられてゆく。

冗談を返してはいたものの、加古は自分の鼓動が速まっているのに気付いていた。

装備換装が終わり、ドックから水面に降り立つ。

足下がやや沈んだ状態で止まり、加古の船体(からだ)が水に浮いた。

足に備えられたスクリューが回り、出港の準備が整った。

前傾姿勢を取り、加古はドックを飛び出す。

格納庫から一歩外に出たそこは、青天の下砲弾が飛び交う戦場であった。

 

呆けている場合ではない。

どうやら敵は鎮守府のかなり傍まで寄ってきているらしい。

まだ基地内に砲弾は飛び込んでいないが、時間の問題であろう。

何としても敵深海棲艦を食い止めねばならない。

もちろん、自分一人でそれが出来ると思い上がってもいなかった。

仲間の重巡と共に防衛線を張るべきだ。

戦線に到着した加古は、後方で艦載機を運用している加賀に仲間の所在を聞く。

 

「第三分隊は、どこに居ますか!」

 

「加古……? 今の第三分隊、第三戦隊は利根を旗艦に前に出てる。

 でも、あなたはさっき西側の防衛に回ったんじゃなかったの?」

 

「はい? いえ、今出てきたばかりです。

 ……利根さんと、前に出れば良いんですね。分かりました!」

 

情報が錯綜(さくそう)しているのだろうか、加賀は既に加古が他の区域に向かったと思っていた様子だ。

これは生半可な戦いではないぞと、加古は息を呑む。

スクリューを回し、前線へと向かった。

前に近づくにつれ、近距離への着弾が増えてゆく。

正面に大きな水しぶきが上がり、加古は海水の壁を突き破る。

口の中の水を吐き出しながら、右腕の主砲を構える。

撃とうとも思ったが、最前線は乱戦になっているらしい。

誤射を避ける為、発砲は控えた。

 

道中、戦線を突破したのであろう敵深海棲艦が突き進んでくるのが見えた。

少女型ではなく、小さなクジラだかサメだかに見える。

座学によれば、あれは駆逐艦型の深海棲艦だ。

ここで見逃せば、後方の空母部隊に余計な手間をかけさせる事になる。

加古は主砲の照準を合わせ、引き金を引いた。

20.3センチ砲の砲弾

(正確には、艦娘用に小型化されているので人間の銃弾とさほど変わりない大きさ)は

敵駆逐艦の傍に着弾する。

一発必中とはいかない。

元々艦船の砲弾はそうそう当たるものではないのだ。

 

しかしながら、加古が撃った砲弾はいわゆる至近弾であった。

近距離で炸裂した弾頭は敵駆逐艦の体勢を崩させ、破片によりいくらかのダメージを与える。

その隙を逃さず、加古は15秒ほどかけて主砲を再装填し、敵駆逐艦へ放った。

二発目は敵艦の前部、つまり魚型の頭に命中し、それを吹き飛ばした。

加古にとっての初戦果である。

 

初めて敵艦を撃沈した加古は一瞬だけ気分を高揚させたが、それだけだった。

浮かれている暇は無い。

早く皆と合流し、防衛線に参加しなければならない。

敵駆逐艦が確実に沈んだのを確認してから、加古は再び前進する。

そして、最前線にて敵と乱戦状態に陥っている味方艦隊を発見した。

 

「利根分隊長、遅れまして!」

 

敵軽巡洋艦と砲雷撃戦を繰り広げていた利根に加勢しつつ叫ぶ。

 

「戦況はどうなっていますか!」

 

「最初は単横陣(たんおうじん)で応戦してたが、もういかん!

 敵航空機は航空戦隊が押し返している様子だが、艦船はな。

 戦艦隊は敵戦艦の抑えに回っているから、それ以下は我々で何とかせねば」

 

どうやら、戦況はだいぶ混戦している様だ。

目的がはっきりしているだけましであろう。

加古は敵艦を7.7ミリ機銃で牽制しつつ、砲撃による撃破を狙う。

敵の軽巡洋艦はそれを回避すると、素早い機動で魚雷を返してきた。

二人は慌てて散開し、それをかわす。

 

「気をつけろ、敵にはエリート級が多い。

 軽巡や駆逐艦相手でも痛い目を見るぞ」

 

利根はそう注意しつつ、敵エリート級軽巡に狙いを定める。

それと同時に、加古も援護軌道に入った。

足下を狙い、機動力を奪おうとする。

敵軽巡は二人の攻撃を避けながら、再度魚雷の発射態勢に入った。

 

「那智!」

 

利根の声に、他の敵艦と交戦中だった重巡那智が振り返り主砲を放つ。

砲弾が敵軽巡の脚に命中し、体勢を崩したところへ利根が追い討ちをかける。

利根の砲が敵軽巡の胴体に命中し、深海棲艦は海に沈む。

まさか那智は、他の敵と戦いながら自分達の話を聞いていたのだろうか。

もしそうだとしたら、並大抵の腕ではない。

 

「やったぞ!」

 

利根が敵軽巡を撃沈し、歓喜の声を上げた。

瞬間、彼女の脇腹が爆発する。

加古は利根が倒れるさまを、スローモーションの様に目で捉えていた。

目には見えていても、脳が一体何が起こったのかを理解出来ていない。

利根は何故爆発したのだろうか。

彼女は何故、脇腹から黒褐色の液体を流しているのだろうか。

 

「加古さん!」

 

身体に大きな衝撃を感じ、加古は正気に戻る。

視線を巡らせれば、重巡仲間の青葉が加古を抱えて回避軌道を取っている。

自分は青葉に助けられたのだと頭が理解した時には、

利根がどうなったのかも脳が把握していた。

 

「利根、大破! 意識不明!」

 

海面に浮かぶ利根を回収した那智が叫ぶ。

即死ではないが、かなりの重傷である事は確かだ。

すぐに修理を行う必要があると判断した青葉は、

身体に備え付けられた無線を使い仲間達に向かって声を上げる。

 

「第三分隊長負傷により、これより青葉が指揮を引継ぎます!

 第三戦隊各艦は砲撃しつつ、単横陣を組み直して後退して下さい。

 那智さんは利根さんをドックへ」

 

「了解した!」

 

那智が利根を連れてドックへ後退する。

さて、まずいですね、と青葉が冷や汗を流した。

どうやら先程利根を撃った敵は、重巡型のフラグシップらしい。

艦隊旗艦であるフラグシップは、エリート級よりも更に強力な性能を持つ。

少なくとも、利根を一撃で沈められるほどの攻撃力は持っている。

だとすれば、ここで那智が抜けたのは痛い。

だが、重巡である利根を即座に曳航(えいこう)して離脱出来るのは同じく重巡である者にしか出来ない。

第三戦隊の中で最も経験の浅いのは加古であるが、

彼女の動揺を見て咄嗟に使い物にならないと青葉は判断してしまった。

 

第三戦隊の仲間達が、後退して隊列を組み直そうとする。

だが、敵は重巡型フラグシップを前面に押し立ててくる。

このままでは戦線が瓦解(がかい)しかねない。

第三戦隊には、他に重巡洋艦は残っていなかった。

軽巡や駆逐艦達では、フラグシップの撃沈は難しい。

このままでは敵わぬと判断した青葉は、抱えていた加古を水面に立たせる。

 

「加古さん、あなたは那智さんの後を追って、護衛して下さい」

 

「そんな……このままじゃ、皆やられるって分かるでしょ!」

 

青葉の言葉に、加古は首を振る。

せめて新兵の加古だけでも助かればと青葉は思ったのだが、さすがに加古とて騙されなかった。

他の区域がどのような戦況なのかは分からない。

しかし、ここに居る第三戦隊が危険なのは明らかだ。

加古一人でどうとなるものではないが、ここで逃げ出す事は出来ない。

 

加古は青葉の制止を振り切り、戦列に加わる。

味方の軽巡や駆逐艦と共に、敵艦へ砲撃を行いつつ後退した。

敵重巡型フラグシップの弾丸が傍を掠める。

死の恐怖に、身体が震えかかっていた。

それでも、砲撃は止めない。

重巡は決して駆逐艦より偉いわけではない。

だが、重巡は重巡の役割がある。

自分の役割というのを、加古は電との会話で心に刻み込んでいた。

 

「加古さん、私がフラグシップを仕留めます。

 援護をお願いできますか?」

 

傍らの軽巡がそう言うのを聞いて、加古が驚きを返す。

 

「無茶だよ、接近する前にやられる」

 

「いえ、私の兵装なら撃沈は可能です。

 それに……私は速力が低すぎますから、どの道追いつかれますし」

 

「嘘だよ!」

 

この軽巡洋艦、《夕張(ゆうばり)型軽巡洋艦夕張(ゆうばり)》は小型の船体に重武装を施した為、

速度が通常の軽巡洋艦に比べて遅い艦である。

しかし、それは軽巡洋艦の中での話だ。

実際の速力は、重巡である加古と大差ないはずである。

それにも関わらず、彼女は敵艦隊へ特攻を行なおうとしていた。

夕張は加古に対して、優しく首を振る。

 

「援軍は間に合いません。私のこの武装、この重装備を活かせるのは今です。

 ここで殿(しんがり)を務める。それが今出来る、私の役割」

 

「違う! 役割っていうのは、そうじゃないよ夕張!

 やれる事をやる、最善を尽くすのが艦娘の役割だ。

 死ぬ事を役割なんて言っちゃいけない!」

 

「そうです。提督だって、死ぬ為に戦えなんて言ってません!」

 

次々と襲い掛かる砲弾を何とか回避しつつ、《睦月(むつき)型駆逐艦睦月(むつき)》も言う。

確かに、このままではすぐにでも全滅してしまう。

だが、自分の命を捨てて仲間を守るというのは言うほど偉い行為ではない。

そうした行為が必要な場面は、戦場ではよくあるのかもしれない。

でもそれを肯定してしまうのは、艦娘という存在を。

命のあるべき姿を否定してしまうに等しい。

例えそれで皆が助かるとしても、加古は自分が喜べるとは思えない。

 

「もちろん、青葉も認めませんよ。

 ボロボロになっても、皆で何とかして帰りましょう」

 

「青葉さん……でも、援軍は――」

 

「俺の利根をやったのはどこのどいつだぁーッ!」

 

第三戦隊の面々が振り返ると、一隻の巡洋艦が接近して来ていた。

それも、艦娘ではない。

通常艦艇の軽巡洋艦が一隻、加古達の元に駆けつけている。

艦橋から身を乗り出して叫んでいるのは、あろうことか第零艦隊の提督であった。

 

「て、提督!? 何やってんのさ!」

 

「見りゃ分かる! 利根が血ぃ流して運び込まれてきたからな。

 このくぜがわで援軍に来たに決まってんだろ!」

 

《くぜがわ型軽巡洋艦くぜがわ》は、太平洋戦争終結後に作られた新しい艦である。

加古はくぜがわについて詳しい事は知らないが、

日本軍艦艇の命名基準が変わり艦名にひらがなが用いられる様にもなったという事と、

何故か25.4センチという重巡以上の主砲を備えている事は話に聞いていた。

まさかそんな軽巡が実在するとは思わなかったので、冗談の類かと思っていたのだが。

 

「提督、そんな船で来られても困ります!」

 

「ばかやろー、青葉! 戦場に戦闘艦が出なくてどうする!

 援護するから、その間にとっとと退いて立て直せ!」

 

危ないから中へ入ってください、と掴みかかる艦橋員を押し退け、提督は叫ぶ。

この戦況で、前線に出る通常艦艇などただの的だ。

敵深海棲艦隊は、提督のくぜがわにも射撃を開始する。

至近弾を受け揺れるくぜがわで、艦橋にしがみつくようにしている提督が加古達を見やった。

 

「この状況で退けるわけないでしょ!」

 

「だったら目の前の敵をぶっ潰せ! 加古、『俺達』の役割は――!」

 

その言葉を聞いた瞬間、加古は覚悟を決めた。

提督の言っている事は、電達の時と違い精神論に近い。

いや、もしかしたら提督は最初から精神論を唱えていたのかもしれない。

戦術的でも戦略的でもない、気合と根性でどうにかするという話。

だがそれでも、加古達にとってその言葉は酷く魅力的である。

例えそれが艦娘の、生物の闘争本能によるものだとしても、

ここに居る皆がそれを否定する気には何故かなれなかった。

 

「――撃って、走って、ぶっ殺せ!」

 

「了解!」

 

加古は自分だけ返事をしたつもりだった。

だが気付けば、第三戦隊の皆が同時に声を発していた。

加古達はそれぞれ目を合わせ、頷く。

そして前傾姿勢を取り、敵艦隊と真正面から対峙する。

 

有象無象(うぞうむぞう)はぁ! 引き受けた!」

 

「第三戦隊、目標重巡フラグシップ、突撃!」

 

提督と青葉が声を張り上げると同時に、加古達第三戦隊は一斉に敵艦隊へ躍りかかった。

全員が魚雷を扇状に放ち、避けそこなった敵艦が一隻轟沈する。

駆逐艦型や軽巡型が迎撃に放った砲弾が、加古達に命中した。

第三戦隊の面々は装甲を引き裂かれながらも、敵重巡型フラグシップへと突貫を続けた。

 

「包囲を!」

 

各艦は散開し、敵フラグシップを囲い込む。

主砲、機銃、魚雷の全てを叩き込むつもりで一斉攻撃をかけた。

だが敵フラグシップは加古達の主砲を被弾するも、魚雷は全て回避する。

逆に、今度はフラグシップが反撃に転じた。

目に付いた夕張へ向け、魚雷が発射される。

 

「まだまだ――ッ!」

 

夕張は魚雷をかわし、自身に備えられた全ての武装をフラグシップへ一斉射する。

深海棲艦にどの程度の知能があるかは分かっていないが、

フラグシップは魚雷を優先して回避していた。

その為、夕張が放った主砲が腕部に命中し、武装の一部を損傷させる。

 

それに続き、加古がフラグシップへ向けて一直線に突き進む。

フラグシップは加古に砲を向け、狙いを定めてから発射する。

寸前、睦月と青葉の撃った弾丸がそれぞれ敵艦の背部と至近距離に着弾し、

フラグシップの照準は僅かに狂う。

敵艦の砲弾がすぐ傍を掠め、加古の頬に大きく一筋の傷を付けた。

 

加古は昔の電と同様、

悲鳴とも雄叫びとも取れる絶叫を上げながら敵フラグシップへ魚雷を放った。

フラグシップは青葉たちの砲撃に耐えながら、何とか魚雷の回避に成功する。

再び照準を合わせようとしたその時、

加古はフラグシップの懐に飛び込み主砲を胸元に突きつけていた。

 

「重巡の、役割――!」

 

零距離から、20.3センチ砲を叩き込む。

度々受けた砲撃により損傷を重ねていた敵重巡型フラグシップは、

加古の零距離射撃により上半身を吹き飛ばされていた。

残骸は海面に着水すると、ゆっくりと沈没してゆく。

撃沈出来たのだ、と加古は荒い息を溜息の形へ持っていった。

 

「やれました、ね」

 

「最後の体勢を崩させたのは睦月なのです」

 

「まぁ、それはそれとして」

 

第三戦隊の艦娘が、それぞれ息を切らせながら言う。

自分達でも、フラグシップ級を倒せたのだ。

本当なら抱き合って喜びもしたかったが、そうもいかない。

彼女達の周囲には、まだ敵艦隊が残っている。

ほとんどが軽巡や駆逐艦型であるが、満身創痍の第三分隊にこれ以上戦闘を行なう余裕は無い。

 

「せめて、魚雷の一本ずつ位は残しておくべきでしたかね……」

 

青葉は自嘲気味に笑って見せる。

出来る事はやった。

後は最後まで足掻くのみである。

加古達がふらつく脚で敵艦隊を向き直った時、不意に敵艦隊へ多数の魚雷が突き刺さった。

第三戦隊が手で破片から顔を守りつつ爆発に次ぐ爆発を起こす敵艦隊を呆然と眺めていると、

側面から敵艦隊へ突進する艦娘達の姿が見えた。

あれは、援軍だ。

 

「ちょうど良かったぁ! 護衛任務ばかりで、まともな艦隊戦などありゃしねぇ!」

 

左目に眼帯型の機器を付けた艦娘が、敵深海棲艦隊に向けて横槍を入れる。

飛び掛ってきた駆逐艦型を左手の剣で両断しながら、

その艦娘は敵陣の中で縦横無尽に暴れまわった。

続いて、十数名の艦娘がそれぞれ主砲を放ちながらやって来る。

提督は損傷したくぜがわの上から、その艦娘達に向けて声を上げた。

 

「遅ぇじゃねぇか、お前ら!」

 

「てめぇが苦戦してるって言うから、全速で来てやったんだろうが!

 礼はこの戦いでチャラにしてやるよ」

 

「あの~、こう見えて天龍ちゃんは物凄く心配してたので」

 

あの人達は? と加古が青葉に聞く。

青葉によれば、彼女達は遠方にて活動していた艦隊らしい。

帰還予定は今日だったが、まさかこのタイミングで来るとは思わなかったと。

見ればそのほとんどは軽巡か駆逐艦の艦娘ばかりであるが、

十数隻もの援軍により敵深海棲艦の数は瞬く間に減っていった。

 

「ここらは片付いたな。天龍護衛艦隊は戦艦隊の援護、

 五十鈴補給艦隊は空母の直掩、木曾水雷戦隊は敵残党の掃討に当たれ」

 

遠征から帰還した各艦隊は、敵深海棲艦隊を撃破すると

提督の命令を受けてそれぞれの持ち場についた。

何とか生き残る事が出来たと、加古は思わず水面に仰向けに倒れ込む。

ぷかぷかと浮く加古が仲間達を見やると、その全員が顔に疲れた笑みを浮かべていた。

艦橋から飛び出し、船首の船端(へり)に手をかけた提督は第三戦隊へ声をかける。

その台詞を、加古は絶対に忘れてやるものかと思う。

 

「よくやった! 以上!」

 

 

 

敵深海棲艦隊による、大規模な鎮守府襲撃。

その戦いは、横須賀鎮守府の勝利として幕を閉じた。

一時は危うい面もあったが、第零艦隊の活躍。

及び第零艦隊とは別区域を担当した第三特務艦隊により、

敵深海棲艦は数隻を取り逃がした以外、艦隊のほとんどを撃沈せしめた。

 

第零艦隊の被害は利根を始め数名の負傷者を出しているものの、撃沈された艦娘はゼロである。

大艦隊を前にして艦娘を一人も失わなかった事実は、

横須賀鎮守府だけでなく艦娘全体の士気を大きく向上させたのだった。

そのせいで艦娘を化け物扱いする人間も増えたのだが、

そこは提督を始めとした艦娘に理解のある人間達が説得に当たっている。

仲間を守る為、軍人として命をかけて戦う艦娘が人間とどこが違うのか、と。

 

「でも、あれだけ頑張って『よくやった』だけってのはないよなー」

 

初陣から数日後。

損傷も修繕された加古は食堂で再び龍田揚げを頬張りながら言った。

今度は隣のテーブルに、由来となった龍田も居る。

まさかのタイミングで遠征艦隊が援軍に現れた時、

天龍が物凄く心配してたと提督に言った艦娘が彼女であった。

龍田は相方である《天龍型軽巡洋艦天龍》の隣で、

仏頂面の天龍と正反対の笑みを浮かべている。

他にも遠征艦隊に居たのだろう、加古の知らない顔もいくつか増えていた。

 

「休暇とか新装備とかさ、そういうのくれたっていいじゃない」

 

「しょうがないでしょ、艦娘には階級も無いし。

 提督が忘れなければ、その内何かしらくれるわよ。

 とりあえず今度会ったら……間宮(まみや)のアイスでもおごってもらいましょ」

 

「青葉達、随分安くこき使われますよね……」

 

夕張と青葉が乾いた笑いを合わせる。

加古はここのところ、夕張とも話すようになっていた。

よく考えれば、加古と夕張の元となった通常艦艇は

ウェーク島攻略や第一次ソロモン海戦で戦場を共にしている。

その点では天龍も同じなので、彼女とも気が合うかもしれない。

 

加古達が食事をしながら話していると、当の提督が現れた。

食堂のおばちゃんからカレーを受け取り、加古の近くに座る。

ライスとルーの境目をかき混ぜながら、ふてくされた様な声を出した。

 

「俺だってね、全員に食券の一つもおごれないくらいには安く使われてますよ」

 

「提督は少佐じゃないですか。

 こっちの方はそれなりに貰ってるんでしょう?」

 

指を丸めて見せる青葉に、提督が溜息を返す。

 

「少佐だってね、色々辛いもんよ。

 この制服や拳銃だって支給品じゃなくて、自腹で出さにゃならんのよ?

 そりゃあ太平洋戦争中に比べたらましだけど、都会の物価は高くなるしさー」

 

「じゃあ、艦娘に階級を与えるというのは。

 戦果を上げれば、青葉も新しいカメラが買えますし」

 

「艦娘に人権を、っていうのは前々から言ってる。

 頭の固い連中がそれを許さないんだろ。

 終戦後、無茶な政策やらかした上層部は大抵条約で戦犯として逮捕されたけど、

 『戦争中に深海棲艦が現れて戦勝国敗戦国がうやむやになった』んだから、

 未だにそんな奴らが上に居座っているからなぁ」

 

「まだ短絡的な人達が居るって事ですか。

 ……提督、もしかして話はぐらかしたりしてません?」

 

そういえば、と提督はわざとらしい大声を上げて立ち上がる。

青葉はしばらく目を細めていたが、諦めたように頭を振った。

 

「金剛、青葉! それとこの際だから全員に言っておく。

 前々から噂されてる俺ロリコン説は、まったくのデマであると!」

 

「えー」

 

食堂に居る艦娘の半数以上と、その他人間の基地隊員達が明らかに信じていない目を向ける。

こんなにも信用されてなかったのかと、提督は頭を抱えたくなった。

仮にも自分は第零艦隊の司令官であるのに。

 

「お前ら……まぁいい。改めて宣言しよう。

 俺が好きなタイプは――」

 

「好きなタイプは」

 

艦娘達が一斉に問う。

金剛など一部の艦娘は、真剣な顔をして身を乗り出している者までいる始末だ。

提督は数秒ほど言いよどんだが、意を決した顔でその艦娘を指差した。

 

「……あー、加古とかも良いかなーと思っちゃったりしちゃったり」

 

突然の事に、含んでいた水を盛大に噴き出す加古。

提督がそう言った直後、食堂内は怒号と悲鳴と歓声、

その他様々な感情が入り乱れる修羅場と化した。

やはり重巡の胸がポイントだとか、だが加古の胸はそれほどでもないとか。

ロリコン説を否定していた駆逐艦達が提督に飛び蹴りをかましたり、

指名された加古の首を締め上げて主砲を突きつける者まで現れる状態である。

 

「ちょ……誰か! 電、青葉ーッ!」

 

周囲に助けを求めるも、青葉は嬉しそうに、かつ焦りながらその場で新聞記事を書いている。

他の艦娘も、加古を助けようとする者はいない様子だ。

あの電も、どこか光の失せた目で加古をじっと見つめている。

 

「提督ー! ちょっと、提督ぅー!」

 

その後、第零艦隊の面々は

食堂のおばちゃんに頭をフライパンで引っ叩かれて騒動は収拾された。

加古が機嫌を直した電から、

提督の本当の好みは可愛い少年だという話を聞くのは、もう少し先の話である。

 

 

 






~後書き~


一部ではショタ艦娘はよ、という声もあるようです(迫真)




~現在の第零艦隊戦力~

『第一分艦隊 第零艦隊主力部隊』
第一戦隊 赤城、加賀、長門、金剛、比叡、陸奥

第二戦隊 霧島、榛名、伊勢、日向、扶桑、山城

第一水雷戦隊 電、望月、雷、雪風、綾波、子日、



『第二分艦隊 空母機動部隊』
第一航空戦隊 蒼龍、飛鷹、隼鷹、摩耶、最上、那珂

第二航空戦隊 龍驤、祥鳳、鳳翔、筑摩、妙高、鬼怒

第三航空戦隊 千歳、千代田、鳥海、長良、由良、阿武隈



『第三分艦隊 近海域遊撃部隊』
第三戦隊 利根、青葉、那智、夕張、睦月、加古

第四戦隊 足柄、羽黒、高雄、愛宕、名取、時雨



『第四分艦隊 機動遊撃部隊』
第二水雷戦隊 天龍、龍田、響、暁、長月、皐月

第三水雷戦隊 球磨、多摩、木曾、陽炎、不知火、黒潮

第四水雷戦隊 北上、大井、初雪、吹雪、白雪、深雪

第一駆逐隊 大潮、満潮、荒潮、朝潮、霞、霰

第二駆逐隊 五月雨、涼風、村雨、白露、夕立、若葉

第三駆逐隊 初春、初霜、敷波、朧、曙、漣、潮 

第四駆逐隊 叢雲、磯波、如月、文月、菊月、三日月
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