第零艦隊これくしょん初期型   作:朝比奈たいら

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第三章『第零艦隊の亡霊』

「じゃあ、お前らはそいつを知らないんだな?」

 

敵深海棲艦隊、通称229艦隊による横須賀鎮守府襲撃の後。

第零艦隊司令官である提督は戦闘の事後処理に当たっていた。

少々気になる事があり、

基地のレーダー員を呼び出して司令室にて情報を整理している。

基地のレーダーを扱う隊員は自分の部下ではなく鎮守府司令旗下の軍人であるが、

提督は事後承諾の形で強引に彼らを呼び出していた。

 

気になった事というのは、鎮守府襲撃の時に掛かって来た内線電話の事である。

あの時、電話で話した兵は104隻の敵艦をレーダーで捉えたと言っていた。

鎮守府の対水上レーダーならば、敵艦を射程距離圏外の時点で捉えるのは不可能な話ではない。

しかし、警報が鳴ってからすぐに第零艦隊へと内線を繋ぎ、

104隻という正確な数字を把握していた事に提督は違和感を感じたのだ。

 

実際、この報告のおかげで第零艦隊は即座に出撃し、鎮守府への被害は無かった。

この報告は正しく、スパイによる工作が行なわれたとは考えにくい。

それでも提督は、あの電話には何か重大な事実が隠されているという思いが拭えなかった。

 

「はっ、我々は電探(レーダー)により、敵深海棲艦隊を捕捉したのは事実です。

 ただ、対深海棲艦用の電探は通常艦艇のそれよりも劣ります。

 深海棲艦自体が小さすぎるので当然ですが……。

 敵艦隊発見後、我々は正確な数と艦種を把握する為情報収集に努めました。

 その際、敵襲警報も鳴らしております」

 

「だがその時、敵の総数は把握出来ていなかった。

 俺の司令室にも正確な数を報告する内線電話は掛けていない、だな?」

 

「はい。提督が既にくぜがわに乗艦されたと聞いて、くぜがわに直接無線を飛ばしました。

 その際にも、敵艦の総数は229艦隊が持っていたとされる

 50隻以上としか発言しておりません。

 104隻という報告がなされた記録は、こちらには無いです。

 そもそも、『提督が聞いたのは女の声という事ですが、

 我々横須賀鎮守府の電探員に女性兵士の隊員はおりません』。」

 

「……分かった。この話は鎮守府司令だけに報告し、他には漏らさない方が良い。

 何だか分からんが、怪しい事態になりそうだ。

 単なる幽霊、『亡霊』が敵を捉えてくれたって話であれば気が楽なんだが」

 

そう言って、提督はレーダー員を返した。

正体不明の電話。

スパイでないとしたら、いったいだれがあの電話を掛けたのだろうか。

また懸念事項が増えたなと、提督は溜息を吐く。

しかしあれこれ迷ってもいられない。

艦娘達を束ねる提督として、自分は堂々と頼れる存在にならなければならないのだと。

そう気合を入れている最中、ふと司令室の扉が勢いよく開いて一人の駆逐艦が入って来た。

 

「今日ワ、何ノ日ィ~」

 

入って来た駆逐艦は、無駄にリズミカルな口調で喋りながら室内をくるくると回る。

そして部屋の中央に立つと、ビシリとこれまた無駄に洗練されたポーズを取った。

 

「子日だよっ!」

 

「やかましゃぁぁぁ!」

 

色々悩んでいるところにうざったい登場をしたものだから、

提督は思わずプッツンして子日の頬をこねくりまわしていた。

頭の隅で、これだから自分はロリコン説が抜けないのかとも思う。

 

「何だよ! 何だよそのうざったいのは!

 いつもやってる『今日ワ何ノ日ィ~』だけでもムカつくのに、そのポーズは何!?」

 

「ふに、ふにぃ。な、那珂さんが、子日なら那珂と一緒にアイドルやっても通用するって……」

 

「またアイツか! ただでさえやかましいんだから止めときゃいいのに!」

 

ふにふにと悲鳴を上げる子日の顔をひたすらこねくりまわしながら、

あれこれ悩むよりもこいつらみたいにバカをやった方が楽かもなと提督は思う。

いつも迷惑だと言わんばかりの態度を取っているが、

半分くらいは明るい艦娘達のおかげでこちらの気が紛れているのだと、

提督は子日の頬を引っ張りながら感謝していた。

 

 

 

鎮守府襲撃の事後処理があらかた片付いたその日、加古は横須賀鎮守府にて待機していた。

今回攻撃を仕掛けて来た敵艦隊は、100隻以上の大艦隊である。

世界にどれだけ深海棲艦が居るのかは把握出来ていないが、

これほどの敵艦を沈められたのは横須賀鎮守府だけでなく

人類全体にとってもかなりの戦果であろう。

だから提督は無理な進撃はせず、先の戦いで受けた損害への対処を第一としている。

艦娘達へ休暇の口実を作って上げたとも言えるだろう。

 

最も、これは深海棲艦に対しての進攻作戦が十分でない事も意味している。

深海棲艦は突如世界中に現れ各地を攻撃、占領した。

どうやら深海棲艦にも基地や補給という概念がある様で、

そこは人間同士の戦争と同じく侵攻に進攻すればいい話である。

しかし深海棲艦は人類の作る船とは違い、造船所で建造されるわけではない。

どこからともなく涌いて出てくるのだ。

深海棲艦の拠点を潰すのは有効であろうが、

それはあくまで前線基地を潰すといった程度の効果であり、

造船所を直接叩いて船を建造出来なくするといった方法は取れないのだった。

 

人類が敵対している深海棲艦はこの様な物体であるからして、

戦略的な艦隊決戦よりも戦術レベルのゲリラ戦に近い様子を呈していた。

いつどこに敵が涌いて出るか分からない為、必然的に人類も戦力を分散させるしかない。

敵基地を叩く余裕は無く、人類は自国の防衛に回っているのが現状である。

第零艦隊は敵地に進攻しないのではなく、進攻出来ないという言い方が正しい。

 

それでも人類は、滅亡の危機に瀕しているわけではなかった。

確かに深海棲艦により大きな被害を被った国家は多々あれど、

人類が起こした第二次世界大戦に比べれば

国家の対立や人種問題などが絡まない分まだ楽である。

敵が人類全体にとっての敵だとはっきりしているので、余計な事を考えなくていい。

深海棲艦が脅威なのには変わりないものの、その戦力や戦法も人類を滅ぼすには至らない。

ただ、そうすると深海棲艦は一体何の為に人類を攻撃するのかという話になるのだが。

 

つまるところ、第零艦隊。

正式名称『対深海棲艦用第零特務遊撃艦隊』は、本来の役割である遊撃は二の次に、

鎮守府周辺の海域を防衛するだけでも立派に仕事を果たしている事になる。

日本帝国軍上層部からして見れば、とっとと深海棲艦の基地を破壊して来いとの話にもなるが、

終わりの見えないもぐら叩きをするよりも自国を守り続けて貰いたいと思う者も多い。

だから第零艦隊は堂々と鎮守府に居座って居られたのである。

 

そうして加古達艦娘は鎮守府にて実質的休暇を与えられていた。

傷ついた身体を修理し、アットホームな鎮守府に暮らす事で精神的な疲れをも癒す。

それが数日間続いたある日、鎮守府内では一つの噂が立っていた。

 

「幽霊が出た?」

 

横須賀鎮守府のとある広間、リラクゼーションルームにて、加古はその噂を知った。

 

「そう、情報の出所は分からんのやけど、何やら出たらしいで」

 

「夜な夜な鎮守府の各地に現れては、シクシクと泣きながら彷徨い続けるって噂や」

 

軽空母の《龍驤》と、《陽炎型駆逐艦黒潮》が言う。

この二人は関西弁を話す為、よく二人でつるんでいた。

彼女達はこの横須賀鎮守府に幽霊が出るという噂を聞きつけ、

情報屋である青葉に真偽を確認しに来ていた。

加古と共にリラクゼーション室で雑談していた青葉がそれを聞いて唸る。

 

「むう。単なる事実無根のゴシップかと思っていましたが、やはりその噂は広まってますか」

 

「いや、実際に見た奴がおるらしいよ。

 和服を着た女の幽霊で、昔沈んだ艦娘じゃないかって」

 

「噂はどんどん大きくなっててな、そろそろ鎮守府全体に広まる。

 ウチの艦隊には幽霊怖がる奴なんてあんまおらへんから、大丈夫やとは思うけど」

 

龍驤と黒潮も、怖いというより単純な興味本位で確認しに来ただけの様だった。

ともあれ噂が大きくなっている以上、青葉はこれを無視する事が出来ない。

第零艦隊唯一のブン屋として、例えゴシップの類であれ正確な情報を届けねばならない。

ブン屋の主義として、青葉は事実に反する情報は好きではなかった。

嘘の話が混乱を招いているのを傍から眺めるのは気分の良いものではない。

 

「なるほど。青葉としても、嘘やでたらめが蔓延るのは許せません。

 幽霊騒ぎの正体は、私と加古で突き止めましょう」

 

「さりげなくあたしも入っているんだね……。

 っていうか青葉も、不確かな提督ロリコン説を広めてたんじゃなかったの?」

 

「ああ、青葉自身が歪めてから発信するのは良いんです」

 

マスコミにはこんな考えの奴らしかいないのだろうかと、加古は苦笑する。

結局、横須賀鎮守府内で流行っている幽霊騒ぎの噂は青葉と加古が対処する事となった。

巻き込まれた加古としても、実を言えば迷惑と呼ぶほどでもない。

身体の修繕も終わって暇だったのだ。

幽霊など信じてはいないが、探偵ごっこをやるのも悪くは無い。

戦いばかりの人生ではなく、世俗的な人間の真似事をやっておくのも面白いだろうと。

こうして、僅か二名の探偵団は結成されたのだった。

 

 

 

「龍驤さんと黒潮さんの話では、幽霊は鎮守府内各地に出没するそうです。

 まずは大きな施設を順番に回っていきましょう」

 

「おー」

 

関西弁コンビから話を聞いた加古と青葉は、まず基地内から手を付ける事にした。

どこから調達したのか、青葉は探偵帽を被り口にはパイプをくわえている。

艦娘はタバコを吸ったり酒に酔ったりも出来るのだが、

青葉のそれは火が点いておらずただのかっこつけである。

 

「さてワトソン君、ブン屋をやる上で最も重要な技能は何か解るかね」

 

「もう探偵なのか記者なのか……そりゃあ、文章力とか話術じゃないの?」

 

「甘いなワトソン君。それはブン屋にとって重要であるない以前に、

 大前提として持っていなければならない要素です。

 物書きや弁舌以外に重要なもの、それは体力と根性です。

 どんな時にもくじけず、根気よく歩き回って情報を集め続けるのがブン屋。

 というわけで、まずは適当な人達に話を聞きましょう」

 

そう言って青葉が向かった先は食堂である。

なるほど、人が多い場所で情報を集めるのは常套手段だ。

特に酒が適度に入っていればより良い。

既に昼食の時間はとっくに過ぎているが、ティータイムの時間でもある。

二人が食堂に入ると、ちょうど第一水雷戦隊の駆逐艦達がおやつタイムの最中であった。

どら焼きを頬張る望月の横に青葉が滑り込むようにして座り、脚を組んで無駄にかっこつける。

 

「どもども、ヨコチン(横須賀鎮守府の通称)新聞の青葉ですぅ。

 少しお話よろしいでしょうか?」

 

「よろしくないから帰って、どうぞー」

 

「まぁまぁ望月さん、今回は提督ロリコン説を掘り返しに来たわけじゃないんですよ。

 結局提督の好みは加古さんだって決まったわけだし」

 

それはそれで問題なのだが、と加古は複雑な顔をする。

後から電に聞いた話では、提督の本当の好みは可愛い少年であるらしい。

ならそれを言えば良いだけの話なのだが、提督はそれを公言したがらない。

女にまったく興味が無いというほど完全な同性愛者でもないし、

男所帯の軍隊ではむさいおっさんから自分の尻を守らなければならないからだという話だ。

最も、これは全て電から聞いた伝聞であるが。

何にせよ、少年趣味を悟られない為に囮にされた加古には迷惑な話である。

あれから金剛などの一部の艦娘は、加古に対して明らかな対抗意識を見せるようになっていた。

 

「青葉達が今調べているのは、鎮守府に出没するという幽霊です。

 夜な夜な現れてはシクシクと泣きながら徘徊し、艦娘に取り付いて呪い殺すとの噂です。

 既に何人かの艦娘が、原因不明の体調不良に見舞われているとか」

 

先程龍驤と黒潮から聞いた話よりも大げさになっている。

加古が後で聞いた話では、こういう場合はわざと嘘の情報を混ぜるのだそうだ。

そうすれば、「いや、私の聞いた話ではこうだったよ」とスムーズに会話が進むらしい。

実際、この時の第一水雷戦隊の皆は青葉の話術に見事引っかかった。

 

「何だぁ? ついに呪い殺すとまでなったの?

 私が聞いた時は女が泣いているだけだったけどねぇ」

 

「雪風もそう聞きました!」

 

「子日もー」

 

「綾波も同じく、です」

 

どうやら、幽霊は泣きながら鎮守府を徘徊するというのが一番有力な噂らしい。

噂の元がどこかは分からないが、少なくともこれを流布させた者が居るのであろう。

その人物に辿り着ければ、情報はだいぶ絞り込める。

ではその噂を流していたのは誰かと、青葉は聞こうとした。

その時、第一水雷戦隊の中で電と雷だけが俯いて青い顔をしているのに気付く。

二人は幽霊が嫌いなのだろうか?

 

「電さんと雷さんは、こういう話は苦手だったりするのですか?」

 

皆が注目する中、二人の駆逐艦は表情を強張らせたままゆっくりと顔を上げた。

 

「実は、その幽霊は……」

 

「最初に見たのは、私達なのよ」

 

二人の言葉に、その場に居た者が驚く。

第一水雷戦隊の面々も初耳だった様子だ。

どんな幽霊でしたか! と青葉が詰め寄る。

まさかこんなに早く第一発見者を見つけられるとは思わなく、気持ちが逸る。

電と雷は顔を見合わせ、心の底から恐ろしそうに語った。

 

「あの時、私達はドックで身体と武装の点検をしている最中でした。

 それは夜中の事で、私と雷は眠気に耐えながら整備兵の方と話し合っていたのです。

 それが終わり、私達はそのままドック内でウトウトとうたた寝をしていました。

 整備兵の方々は私達がドックに泊まると思ったようで、電気を消してしまったのです。

 暗闇の中で寝ぼけながら、今夜はここで寝ちゃってもいいやと思い、

 私と雷はそのままドックで眠ったのです」

 

「時計は見てなかったけど、周りは静まり返っていて誰も居なかったわ。

 しばらく二人寄り添って寝てたんだけど、ふと声が聞こえて私が起きたのよ。

 シクシク、シクシクって泣き声みたいなのが聞こえて、何だろうと思って電を起こしたわ。

 それから二人でドックから身を乗り出して、周りを見たのよ。

 最初は暗くてよく分からなかったけど、目が慣れた時に見つけたの。

 シクシクと泣きながら、ドックから出て行く女の幽霊を……」

 

電と雷があまりにも神妙な顔で話したので、

先程まで幽霊など怖くないと思っていたその場の艦娘達も背筋を凍らせた。

二人が嘘を吐いているようには見えない。

もし嘘だとしたら、この二人は戦争を止めて怪談の語り手になるべきだ。

青葉が冷や汗をこめかみに浮かべながら更なる詳細を聞く。

 

「その幽霊とは、具体的にどんなのでしたか……!?」

 

「暗くてよく見えなかったのですが、長い髪をしていました。

 服は和服っぽくて、武装はつけてなかったので艦娘かどうかは分かりません」

 

「最初は女の整備兵かと思ったけど、そんな服装じゃなかったわ。

 しかも何か……説明しづらいんだけど、影が薄いというか存在感が無かったのよ。

 あれはきっと昔ここで沈んだ艦娘に違いないわ。

 武装してなかったのは、きっと出撃準備中にやられたのよ」

 

やや論理的ではない部分もあれど、この場に居た艦娘達は電と雷の話を信じた。

横須賀鎮守府を騒がせている幽霊は実在する。

さてどうしようと、この話が単なる噂だと思い込んでいた青葉と加古は悩んだ。

幽霊をとっ捕まえるといっても、その方法が分からない。

まだ深海棲艦が闖入していたという話の方が簡単である。

深海棲艦なら攻撃して沈めれば良いだけだが、艦娘は霊的な者への対処法など知らない。

軽空母の艦娘は陰陽道を使って式神の艦載機を生成するものの、幽霊とはまた違う。

 

「どうしましょうか。青葉もこれは想定の範囲外です」

 

「そんなのがほんとに居るんだったらさ、鎮守府全体が危ないんじゃないの?

 提督に話してみたらどうかな」

 

「そうですね……怖くて言い出せませんでしたが、提督さんなら何とかしてくれるはずです。

 加古さんの言う通り、みんなで提督さんに相談しに行きましょう」

 

電の言葉に全員が頷く。

加古と青葉、第一水雷戦隊の面々は、

自分達が霊能力者でもない提督に解決策を求めるという無茶振りをしているという自覚もなく、

一路司令室へ向かった。

道中、皆真剣な顔をしている。

それからしばらくして、食堂で電と雷の話を耳にした人間の基地隊員達により

「艦娘達が提督と一緒に幽霊退治をする」という新しい噂が広められたのだった。

 

 

 

「――いったい何を言っているんだ、お前らは」

 

提督は、また面倒事が起きたのだと理解してしまった事への疲れと、

今時非科学的な幽霊騒ぎを本気で信じている部下に対しての呆れから頭を抱えそうになった。

加古達が司令室にぞろぞろとやって来て、神妙な顔をしながら話し出した時は

さすがの提督もただ事じゃないと思って真面目に聞いていた。

そうしたらこれである。

手元に艦娘用の甲板があったら、迷わず全員の頭を引っ叩いていただろう。

 

「だから、幽霊が出たって言ってるでしょ!

 早くお祓いしないと、どんどん呪い殺されてっちゃうわよ!」

 

「雷、人間の間でも幽霊は眉唾ものなのに、機械の艦娘をどうやって呪い殺すってんだ。

 っていうか、望月や綾波までそんなもん信じてるのか?」

 

霊的なものなど信じそうに無い望月や、個性的な第一水雷戦隊の中でも常識人である

《綾波型駆逐艦綾波》まで噂話に踊らされているのに、提督はむしろ感心した。

噂話とは彼女達の様な者までもを疑心暗鬼にさせる事が出来るのだと。

当の二人は、それぞればつが悪そうな表情をしつつも返す。

 

「そうは言うけどさー、提督。

 雷はともかく、電はこんな冗談言わないでしょ」

 

「確かに見間違えという可能性もあるでしょうけど、目撃者が二人ですから……」

 

「お前ららしくねぇ。俺だって幽霊が絶対実在しないとは思ってないよ。

 でも、わざわざこの時期この場所に偶然出るのは不自然だ。

 死んだ奴が地縛霊になるなら、地球は世界大戦の死人で溢れかえってるだろうよ」

 

提督はこの幽霊騒ぎを本気にしていないらしい。

とはいえ電と雷がそれらしき者を見たのは本当である。

どうすればこの話を信じてもらえるのか、青葉が上手い言い分を考える。

しかし、この提督にそれを信じてもらうのは酷く困難であるとも感じていた。

幽霊を居るか居ないかの二択で考えている人よりも、

もし居るとしたらどういう状況なのかと理論的に考える人間を説得するには、

こちらもまた相手より理論的に説明しなければならない。

この場合、実在しないと断言されるよりも、

居るかもしれないけどそれがここに居る理由をは何なのだと考えている提督の説得は難しい。

 

「まぁ、確かに幽霊なんてはっきりしないものだけどさ。

 でも、一寸の虫にも五分の魂って言うくらいだから、

 沈んだ艦娘が幽霊になって出てきてもおかしくは無いんじゃない?」

 

「加古までそんな事を。そのことわざは虫に魂があるって意味じゃなくて……ん?

 ちょっと待て、沈んだ艦娘が幽霊になる……!」

 

加古の説を聞いた瞬間、提督は椅子を蹴っ飛ばして立ち上がっていた。

何かおかしな事を言っただろうかと加古が疑問に思っていると、

提督は慌てて拳銃を腰に差して武装する。

そして、呆然と立ち尽くす艦娘達に向かって声を上げた。

 

「お前ら、すぐにドック行って武装しろ。

 幽霊狩りをやる」

 

突然提督がやる気になったのが疑問だったが、

とりあえず幽霊が居るというのは信じてもらえた様子だ。

各艦娘は言われた通りドックへ向かい、そこで武装する。

何の作戦が始まるんだ? と整備兵が疑問を投げかけてきたが、

艦娘達は異口同音に幽霊退治を行なうのだと返す。

整備兵達は最初笑っていたが、幽霊の噂は人間達にも広まっていた。

幽霊は本当に居たのだと気付くと、整備兵達は艦娘に見事な敬礼をして送り出す。

ある意味、通常の出撃よりも緊張感が漂っていた。

何しろ相手は幽霊なのだから。

 

ドックにて武装を整えた艦娘達の前に、提督が現れる。

提督は軽巡くぜがわの副長を始めとした

護衛の兵士を数名従えており、自らも小銃を持っていた。

第二次世界大戦でドイツ軍が主力小銃として使用した、《Kar98k》である。

腰に差している拳銃はアメリカ製の《M1911A1コルト・ガバメント》だ。

どちらも日本軍の物ではなく、提督が自腹で調達した物である。

 

「提督も戦うの?」

 

「当たり前だろ。加古はまだ着任して日が浅いから分からんだろうが、

 俺は後方でふんぞり返ってる様な指揮官じゃないからな」

 

「指揮官が直接戦うのは……。

 それよりも、幽霊に銃とか砲とか効くのかな」

 

「いや、俺の予想では敵は幽霊なんかじゃない。

 多分深海棲艦だ」

 

「深海棲艦? 何でそう思うの?」

 

加古が聞くと、提督は口を結んだ。

何故かは分からないが、提督は敵が深海棲艦だという確信があるらしい。

 

「まぁ……ともかくだ。電と雷が幽霊を見たってドックはどこだ?」

 

「確か、一番修理ドックの区画です」

 

「よし、これより一番区画を包囲する。

 幽霊の正体は敵深海棲艦である可能性が高い。

 艦種不明につき、厳重警戒にて当たれ」

 

そう言って、提督は艦娘を率いてドックに向かう。

提督は噂の幽霊とやらが、先の戦いで謎の電話を掛けてきたものと関係があると踏んでいた。

まだ未確認情報であるが、人語を解する深海棲艦が存在するとの情報もある。

もしも深海棲艦のスパイが横須賀鎮守府に紛れ込んでいたとしたら、

人類対深海棲艦における戦略の常識を覆す重大な問題である。

何としても深海棲艦を捕縛しなければならない。

 

提督達は艦娘用一番修理ドックエリアを包囲する形で突入する。

作業中であった整備兵達が、何事かと艦娘達を見やった。

重巡である青葉と加古を前面に、第一水雷戦隊がドックを取り囲む。

提督と護衛の兵も小銃を構えて走った。

 

「全ドック員は三号ドックに集まれ!

 敵スパイ侵入の疑いにつき、これより虱潰しを行なう!

 副長、一人一人確認しろ。女性兵士は特にだ」

 

「はっ!」

 

スパイと聞いて、整備兵達が慌てて両手を上げながら集まる。

その一人一人をざっと確認して、知らない顔は居ないなと提督は安堵した。

各艦娘がドックを虱潰しに確認していると、

一番修理区画の三号ドックから一人の艦娘が顔を出した。

前回の戦いで大破し、重傷を負って修理中だった利根である。

 

「なんじゃ、うるさいのう。

 病み上がりをもう少しいたわったらどうじゃ」

 

「利根分隊長、それどころじゃないよ!

 この区画に幽霊が……深海棲艦かも知れないけど、とにかくそれが居るんだって」

 

加古が言うと、利根は初耳だと言わんばかりに首を捻る。

 

「幽霊じゃと? そんな話は聞いた事もないが。

 ……いや、まぁそんな感じなのは居ない事もないな」

 

「ホントに? どこに居るの!」

 

「隣の隣にある、一号ドック」

 

「おい利根、それはまさか……」

 

「皆、幽霊だか深海棲艦は一号ドックだって!」

 

提督が何か言いかけたが、加古がそれを遮って叫ぶ。

艦娘達は一号ドックを包囲し、それぞれ主砲を構えた。

この中に、幽霊騒ぎの元凶が居る。

それが本物の幽霊であれ深海棲艦のスパイであれ、第零艦隊に害を為すのは間違いない。

最も装甲の厚い加古と青葉が、一号ドックを覗き込む。

 

ドックの中には、一見何も見えない。

外したか、既に逃げられたか。

加古と青葉はドック内に降り立つ。

一号ドックは注水されており、加古と青葉は水面に着地して周囲を警戒した。

 

「居ないね……」

 

「逃げられたんでしょうか」

 

二人が腕の主砲を降ろす。

その時、水の中から音を立てて何かが飛び出してきた。

人型をしているそれは水に濡れた長い髪で顔を覆い、

まるで本物の幽霊かの如し容貌をしている。

それを見た加古の脳裏に、一枚の写真がフラッシュバックする。

この様な容姿をした物体を、加古は座学で学んだ事がある。

 

「敵っ! 潜水艦型深海棲艦!」

 

そう、長い髪の毛を垂らして顔を覆う女。

実物は見た事が無いが、潜水艦型の深海棲艦だ。

座学で写真を見た事があり、戦闘中は基本的に水中へ潜航しているとされる。

幽霊の正体は、潜水艦型の深海棲艦だったのだ。

 

艦娘達が一斉に主砲を構える。

潜水艦型といえど、水上に飛び出してきたならば駆逐艦程度の戦闘力しかない。

一斉射撃で片はつくはずだ。

加古は20.3センチ砲の引き金に指をかけ、

両手を前に出して死人の様に向かってくる深海棲艦の頭に照準を合わせた。

 

「何やってんだ、お前」

 

今まさに砲弾が発射されんとしたその時、

上空から白濁色の液体が潜水艦型深海棲艦に振りかかった。

正確に言うなら、ぶちまけられたというのが正しい。

加古と青葉が上を見やると、提督が小銃ではなく修復材と書かれたバケツを両手に立っている。

その中身をぶっかけられた深海棲艦はふるふると犬の様に液体を払い、髪をかき上げた。

そこから現れたのは生気の無い真っ白な肌ではなく、

人間や艦娘と同じ肌色をした女性の顔である。

 

「あっ、提督、おはようございます」

 

「言っただろう、高速修復材は使っても良いって。

 お前は修理に時間掛かるし、主力なんだから眠りっぱなしでも困る」

 

「それはそうなのですが、やはりもったいなくて。

 修復材はどこでも不足しがちですから」

 

目の前の潜水艦型深海棲艦が、提督と普通に話している。

いったいこれはどういう事なのだろうと、加古は二人を交互に見やった。

次いで隣の青葉を見やると、まるでアホの様に口を半開きにして呆然としている。

この深海棲艦は何者? と加古が訊ねると、

青葉はこれ以上は無いであろう棒読みで答えを返した。

 

「第零艦隊主力部隊、第一分艦隊旗艦の、赤城さんです」

 

 

 

「あっはははは! そうか、我輩が入院してる間にそんな事があったのか!

 確かに、ドック内でいつもあんな格好をしていれば幽霊と言われても仕方ないな!」

 

「まさか私がそんな噂になってるとは……お騒がせしてすみません」

 

第一修理区画三号ドックにて修理中だった利根が腹を抱えて笑う。

同じく第一区画の一号ドックに居た正規空母赤城も、深々と頭を下げた。

 

この二人は先日の戦闘で損傷を負い、ずっとドック内に入院していたそうな。

そこへ電と雷が点検に現れ、夜中にドックを出る赤城を見たのであろうとの結論が出る。

すぐ傍に居た利根は赤城の格好を知っていたし、

ずっと修理中だったので幽霊騒ぎの話を知る事も無かった。

さすがに整備兵達も、重傷を負った利根に幽霊の話題など振らないであろう。

 

濡れた長い髪で顔が隠れて、幽霊や潜水艦型深海棲艦と間違われる赤城。

当人としては迷惑だろうが、

それ以上にとばっちりを喰ったのは横須賀鎮守府に所属する大多数の人々である。

幽霊か深海棲艦のスパイかと大騒ぎだった加古達艦娘や整備兵、

提督の護衛兵達の間には何とも言えない気まずい雰囲気が流れていた。

特に艦娘と提督の周囲に漂う空気は酷い。

加古はともかく他の艦娘達は赤城の顔を知っていたし、

提督は提督で先日の謎電話に関係してると思い込んでいたものだから、

予想が大外れした恥ずかしさと肩透かしで口をへの字に結んでいた。

望月が完全なる無表情で綾波を横目に見やる。

 

「おい、こんな時どんな顔をすれば良いか教えてくれ」

 

「えっと、笑えばいいと思うよ?」

 

「……ま、まぁ、良かったんじゃない。

 幽霊でも深海棲艦でもなくてさ」

 

加古がフォローを入れるが、一言二言で晴れる様な空気ではない。

青葉が溜息をついて、今まで被りっぱなしだった探偵帽を取る。

 

「さすがにこんなオチは記事にしたくないのですが、

 早急に鎮守府全体に広まった誤解を解かねばならないのですぐに取り掛かります。

 提督、それでよろしいでしょうか」

 

「ああ。青葉、今回ばかりはお前が凄く頼りになる。

 しかし何だな、赤城もこれからはそういうの無しにしてくれ。

 夜中に泣きながらあちこちうろついていたら誤解の一つもされるだろう」

 

提督の注意に、赤城は首を傾げる。

 

「私、泣いてはいませんよ?」

 

「えっ」

 

「この一号ドックで、ずっと眠り続けていたわけですから。

 泣いてもいませんし、第一区画から出てもいません」

 

瞬間、その場に居る全員が凍りついた。

皆はからくり人形の様にぎこちない動きで顔だけを動かし、電と雷を見る。

二人はしばし悩む素振りを見せた後、言いにくそうに口を開いた。

 

「第一修理区画じゃなくて、第二区画の方だったかも」

 

次の瞬間、皆が第二区画に駆け出したのは言うまでもない。

横須賀鎮守府で起きた幽霊騒動は、もうしばらく続く様子である。

 

 

 

「――お姉さま、扶桑お姉さま、もう泣くのは止めにしましょう」

 

その頃、艦娘用第二番修理区画の七号ドックにて。

二人の艦娘が、お互い身を寄せ合っていた。

近くには、使い物にならなくなった35.6センチ砲の残骸が置かれている。

35.6センチといえば、戦艦クラスの主砲だ。

この二人の艦娘は、戦艦型の艦娘である。

《扶桑型戦艦山城》は、姉の《扶桑》と肩を抱き合い、励ましあっていた。

 

「私達は艦娘ですから、通常艦艇の扶桑型とは違います。

 弱点が多すぎて防御力が酷いとか、ボイラーの配置が失敗だったとか、

 主砲の発射で爆風が自分自身に直撃するとかの欠陥もありません。

 最初は世界的に見ても最強の戦艦として期待を背負っていたのに、

 気がついたら時代遅れで戦艦なのに練習艦や輸送任務に使われたりとかもしてません」

 

「そう、そうね、山城。確かに私達の元になった艦とは違う。

 ちょっと艤装が大きすぎる気もするけど、私達は戦艦の艦娘だわ。

 長門や陸奥には敵わなくとも、第一分艦隊第二戦隊のレギュラーメンバー。

 それは提督も皆も分かってくれている。

 一回や二回運悪く被弾しても、私達は皆に見捨てられたりはしないわ」

 

「その通りですお姉さま!

 たかが十回や二十回艤装が使い物にならなくなっても、皆は分かってくれます。

 現にこうやって、ちゃんと修理と武装の取替えもしてくれますし!」

 

そう言って、扶桑型戦艦の二人は再度抱き合う。

この二人も先日の戦闘で中破し、装備していた武装を破壊されていた。

雪風などとは正反対に、扶桑型の二人はとにかく運が悪い。

今回の損傷も、砲弾の装填中に流れ弾が当たって誘爆を起こした事に起因する。

それでも主な損傷が艤装のみであった事から、実は言うほど性能が悪くは無いのかも知れない。

 

扶桑はシクシクと流していた涙を止め、上を向く。

仮にも扶桑という名前は日本の異名であり、日本が初めて完成させた超弩級戦艦でもある。

本来ならば日本中の期待を背負って戦うべき戦艦が、

たかが流れ弾に当たったぐらいで泣いてはいられない。

いずれは長門や金剛らを追い抜き、第一戦隊旗艦として栄光を勝ち取るのだ。

 

「頑張りましょう。229艦隊を撃破した今が、反撃の鏑矢を放つ好機よ」

 

「はい! ところで扶桑姉さま、最近鎮守府で妙な噂が流行っているそうです。

 何でも、夜中に女の幽霊が出るのだとか」

 

「女の幽霊? そう、もしかしたらこの鎮守府に沈んだ艦娘かも知れないわ。

 もし会ったら、優しく説得してあげましょう。

 私達は少し不幸だけれど、あなた達が頑張ったおかげで生きていられるのよ、と」

 

しばらくして、武装した提督と加古達がドックに突入し

扶桑と山城は説得をするのではなく説教を受ける事になるというのを、

この時の二人は知る由も無かったのであった。

 

 






~後書き~



一応部隊編成は物語上よりも自分がよく使う艦娘やレベル順で決めています。
レベルトップは赤城なので第零艦隊の旗艦、戦艦の中でトップは長門など。

ちなみに難関である2‐4は赤城改36LV、扶桑改22、飛鷹改27、
加古改29、加賀14、日向改19であっさりクリア。
3‐2は電35LV、雷30、雪風33、綾波27、島風27、望月27(全員改)の
装甲近代化改修済みで十回ほどやってクリアしました。
(これが小説の第一水雷戦隊の元になるが、子日はぜかましドロップにつき二軍落ち。
敵旗艦は電ちゃん怒りの夜戦クリティカル420ダメージで撃沈)

なお衣笠や舞風、潜水艦などの最近実装された艦や
前回の後書きで書いていない艦娘は基本的に持っていない。
ただし、加古の相方であるあの人や最も人気のあるあの駆逐艦は登場する模様。
後、余裕が出来次第艦娘名など読みにくいものにルビを振りたいと思います。

※2015年3月2日、
副長の出番を加筆。
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