第零艦隊これくしょん初期型   作:朝比奈たいら

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第五章『疾きこと風の如く』

 

 

呉鎮守府所属の艦娘がやって来た。

そんな噂が広まりつつあったその時、加古は提督の乗艦くぜがわに駆け込んでいた。

今更呉に未練があるわけではない。

当時の上司は艦娘を兵器の一種としか見てなかったし、

第零艦隊に比べて居心地の良い場所だとは到底思えなかった。

だが、加古にはそんな部隊に一人だけ大切な友人が居た。

 

呉の艦娘は損傷しており、艦隊から落伍したらしい。

その噂を聞いた時、加古は心臓の鼓動を速めた。

この作戦では、呉の艦娘艦隊も参加すると聞いている。

もしも噂が本当であれば、その艦娘は敵と交戦し損傷したという事だ。

通常艦艇でもない人間サイズの艦娘が仲間とはぐれるほどの戦闘があったとすれば、

加古の友人もただでは済んでいないかもしれない。

そう考えてしまうと、加古は自分が一兵卒どころか兵器である事すら忘れそうになった。

 

もし呉艦隊が苦戦していたとすれば、加古は提督に援軍を頼むつもりだった。

提督が許可しなければ、自分一人でも行くつもりだ。

それほどまでに、その友人は加古にとってかけがえのない存在である。

既に撃沈されている可能性もあったが、そんなのは考えたくもない。

武装したままの加古は、くぜがわの艦橋に乗り込む。

 

従来の船に比べて広々としたその艦橋内で、

一人の艦娘が椅子に座って提督と向かい合っている。

その艦娘を見て、加古は思わず涙を流す。

提督が何か用かと問う前に、加古はその艦娘に思い切り抱きついていた。

金属と金属の衝突音が艦橋内に響き渡る。

椅子ごと押し倒した艦娘の胸に、加古は子供が親にする様にすがりついた。

 

「――古鷹!」

 

「加古、久しぶり。……って言っても、まだ一ヶ月くらいだけど」

 

その艦娘は、《古鷹型重巡洋艦古鷹》。

古鷹型一番艦の彼女は加古の姉妹艦に当たるのだが、

加古は彼女を姉としてよりも親友として見ていた。

しかしこの時ばかりはつい感極まったようで、

涙を零して抱きつく加古の髪を古鷹は優しく撫でた。

 

「同じ古鷹型ってのは知ってたが、仲良かったのか」

 

「はい。呉では私の方が先に就役して、加古はそれからしばらくして来たんです。

 古鷹型っていうのもありますが、加古は一人じゃ危なっかしいタイプなので」

 

古鷹が加古を宥めて椅子に座らせる。

この二人がそれほど仲が良かったなら、二人一緒に引き抜くべきだったかなと提督は思った。

結果的に引き離す形になったのは悪かったなと、提督は二人に言った。

古鷹は優しく首を振る。

こうしてまた会えたから大丈夫です、と。

 

「で、続きだけど……お前の艦隊を襲ったのは駆逐艦で間違いないな?」

 

「はい。武装や船体の大きさから考えて、駆逐艦クラスです。

 でも、形は魚型ではなく少女型でした。

 軽巡や重巡とはまた違った外見をしていて、今まで見た事の無いタイプの深海棲艦です」

 

「新型の深海棲艦って事か」

 

「その駆逐艦一隻により、私の艦隊は全滅しました。

 私は重巡を主軸とした部隊を率いていましたが、

 既存の駆逐艦型を遥かに上回る運動性を持つその深海棲艦が、

 私を含めて五隻の艦隊を翻弄しました。

 雷撃により仲間が三隻撃沈され、

 残った私ともう一人の重巡《鳥海》は二手に別れて逃げましたが、

 駆逐艦は鳥海の後を追って……遠方で、爆発が見えましたから……」

 

加古は呉では訓練中の身であったので、古鷹以外の呉所属艦娘とはあまり面識が無い。

しかし《高雄型重巡洋艦鳥海》は第零艦隊にも居た。

彼女の同型艦が、おそらく撃沈されたのだという。

提督も神妙な顔をしてふむと唸った。

深海棲艦の中には、時折フラグシップ以上の驚異的な性能を見せる艦が居る事が確認されている。

恐らくその駆逐艦も、新型の高性能艦なのであろう。

 

だとすれば、提督はその駆逐艦を放っておくわけにはいかなかった。

データ収集の為でもあるし、諸島奪還の妨げになるものは早々に排除せねばならない。

もしも艦隊決戦となった時、

その新型駆逐艦に横腹を突かれたりしたら目も当てられない惨状になる。

古鷹の報告では、新型駆逐艦は一隻で行動している。

ならば今がそれを叩くチャンスだ。

 

「駆逐艦型なら、鈍足の戦艦よりも同じ駆逐艦を当てるか……?

 古鷹が見た限り、特別強力な武装を持っているわけでもない。

 戦艦が行っても雷撃の的になる可能性もあるし、

 だったら多数の水雷戦隊で囲んだ方が良いのか。

 防御力が普通なら、12センチクラスの砲でも落とせる」

 

「だと思います。ただ、撃破するならそれなりの数が要るかと。

 五隻の重巡が束になっても敵いませんでしたから」

 

「よし、加古。念の為に第三戦隊にも出てもらう。

 後は電の第一水雷戦隊と、天龍第二水雷戦隊の全員を出す。

 戦法は包囲か単縦陣での一斉攻撃か、その辺りは電に任すさ」

 

「あの、マイド提督。私も加古と一緒に出撃させてもらえませんか」

 

古鷹が言う。

古鷹は深手ではないものの、損傷を受けていた。

無理をしなくていいと、加古が肩に手をかける。

しかし古鷹は加古の手を取ると、真面目な顔で提督を見やった。

 

「私に何が出来るとも思えませんが、沈んだのは私の部隊の仲間なんです」

 

「……俺は第零艦隊の提督であって、お前の上司じゃあない。

 よって、お前に命令するつもりがない」

 

提督が事も無げに言った台詞に古鷹はただ一言、ありがとうございますと返したのだった。

 

 

 

日が落ちかけた夕暮れ。

ツリー島より西の海域にて、水雷戦隊及び第三戦隊は索敵を行なっていた。

第三戦隊には、古鷹も加わっている。

提督が他艦隊のゲストを無碍には出来ないと言って応急修理を急がせ、

出撃出来るまでに回復させたのだ。

彼の権限で可能な事といえばこのくらいだった。

 

例の如く、利根の零式水偵が周辺を見回っている。

新型駆逐艦を見つけたら何とかして包囲する予定だ。

作戦を立てたのは電で、自身も駆逐艦である事から導き出した戦法だった。

 

「駆逐艦と言っても、艦娘のそれは歩兵に近いのです。

 しかし私達は人間と違ってスクリューを使った高速移動や装甲、武装などがあります。

 そして敵が通常の駆逐艦より高速だという事は、

 私達は対歩兵の戦術を取りつつも相手が艦船だというのを忘れてはいけない。

 そういった『艦船の力を持った歩兵』が深海棲艦であり、艦娘なのです」

 

「えーと、つまり、どういう事?」

 

「通常艦艇なら単なるT字戦法や包囲攻撃で何とかなるけど、

 相手が歩兵なら大型の艦船に出来ない小回りが利く。

 人間サイズの深海棲艦が高速駆逐艦の速度を出せば、包囲を突破されるかもしれない。

 かといって普通に攻撃しても逃げられるって事ですね」

 

「はい、古鷹さんの言う通りなのです」

 

「古鷹さんは頭良いんですね。

 加古を見てて、古鷹型はアレなのかと思ってました」

 

「青葉、アレって何だ!」

 

電の説明を理解出来なかった加古と理解した古鷹。

加古が青葉の肩に腕を回して首を絞めているのを横目に、

天龍が自分の武装をこつんと叩いて言う。

 

「じゃあどうするってんだ?

 包囲しても一点突破されて、包囲しなきゃ逃げられるってんだろ。

 またさっきみたいに鶴翼の十字砲火を狙うのか?」

 

「いえ、包囲攻撃ならまだしも、古鷹さんが言うほどの高速艦なら十字砲火では足りません。

 ですので、根本は同じなのですがもう少し付け加えます」

 

そう前置きしてから言った電の戦法は、

この場の誰もが気付かないながらも非常に単純な戦法であった。

全員が電の作戦に納得し、賛成する。

問題は敵の新型駆逐艦が誘いに乗るかどうかだ。

 

「この作戦には、囮となる人が必要です。

 見つけ次第私が誘い込みますので、皆さんは陣形を整えて待ち伏せて下さい」

 

「待って下さい。囮の役目は、私がやります。

 仲間を殺された個人的な仇討ちではありません。

 深海棲艦に知能があるなら、取り逃がした私を追ってくるはずです」

 

「古鷹さんの言う事は尤もですが、重巡では速力が足りないと思うのです……」

 

「逃げるだけなら出来ます」

 

電はしばし迷ったが、古鷹の案を受け入れる事にした。

確かに、深海棲艦にはある程度の知能がある事が確認されている。

ましてや新型となれば確実であろう。

囮作戦を読まれる可能性もあるが、もし失敗してもこの数ならば何とかなる。

数名は、犠牲が出るだろうが。

 

その後、利根の零式水偵が目標らしき敵駆逐艦を発見。

各艦娘は島の近くに待機し、古鷹がそこへ新型駆逐艦を誘い込む手筈となった。

古鷹は先の戦闘で受けた傷と疲労が完全に癒えたわけではない。

しかし、あの新型駆逐艦はこの場で撃沈せねばならなかった。

先程仇討ちではないと言ったのは本当だ。

だが、その気持ちがゼロであるかと聞かれればもちろんそうでないと答えていただろう。

 

古鷹は敵艦を目視で捉える。

敵新型駆逐艦も古鷹を発見すると、脅威的な速度で迫った。

主砲と機銃を放ってから、古鷹は背中を見せて後退する。

振り返る余裕も無く、全速力で島の西側に向かった。

背後から砲声に次いで、魚雷の発射音が聞こえる。

わずかに軌道を変えると、すぐ傍を航跡の無い魚雷が高速で走り抜けていった。

仲間達を葬った、強力な酸素魚雷だ。

 

5インチの砲弾が古鷹の背中に命中する。

衝撃により、肺(人工内臓)の空気が古鷹の意思に反して吐き出される。

目標の場所までもう少し。

せめて、あの沿岸に辿り着くまでは死ねない。

主砲を捨ててでも速度を上げたかったが、

艦娘の装備は整備兵と機材の手を借りずそう簡単に取り外しが出来るものではなかった。

 

いくつかの砲弾を浴びつつ、古鷹は島の西側沿岸へと到達する。

敵の新型駆逐艦もそれに追いつき、お互いの表情まで見て取れる近距離まで迫った。

古鷹は敵深海棲艦の顔を見て、

改めてその駆逐艦が今までに見た事のないタイプだと再確認する。

新型駆逐艦が主砲を向けると同時に、古鷹は顔を引き締めた。

 

「今なのです!」

 

古鷹と新型駆逐艦が島の沿岸に着いた次の瞬間、

近くで待機していた他の艦娘達が二人を一斉に包囲した。

そして、電の合図で全員が新型駆逐艦に砲雷撃を加える。

もちろん、そうなれば近くに居る古鷹もただでは済まない。

古鷹は味方の攻撃が外れる事を願いつつ、側面に逃れる軌道を取った。

砲弾と魚雷が古鷹と新型駆逐艦を襲う。

古鷹は味方が撃った流れ弾を喰らいつつも、砂浜に飛び込んだ。

少なくとも、ここなら魚雷は当たるまい。

 

一方、敵新型駆逐艦は第零艦隊の一斉射撃をかわしきれなかった。

電達が行なったのは、鶴翼の陣形からの十字砲火。

先日使ったデスゾーン戦法である。

ただ、今回敵は島の沿岸を背にしている。

これは壁を背に包囲されたのと同じであり、

敵の後方に当てる人員が少ない分鶴翼陣の密度が増している。

敵新型駆逐艦は後ろに下がる事も出来ず、高密度の集中砲火を受ける形となった。

更に言えば、夕日が逆光となり新型駆逐艦の視界を埋め尽くしていた事も原因の一つだ。

 

爆音と水しぶきが収まった時、敵駆逐艦は水面に倒れていた。

動き出す気配は無い。

艦娘達が警戒しつつ近づき、仰向けになったそれを覗き込む。

深海棲艦の目は眠る様に閉じられており、

砲雷撃を受けてずたずたになった身体からは黒褐色の重油が流れ出していた。

 

「古鷹は!?」

 

加古が砂浜に上がり、古鷹に駆け寄る。

雷撃と砲撃により巻き上がった海水と砂を被ってはいたが、古鷹は何とか無事であった。

ぷすぷすと艤装から煙を出しながらも、加古の手を取って立ち上がる。

身体の砂を落とし、各部の動作チェックを行いつつ大丈夫だと返した。

 

「ごめんなさいなのです。

 遠目から見ても敵が速くて、手加減したら無駄になると思いました」

 

「いえ、電さんの判断は正しかったですし、元々その予定でしたから。

 ……敵の駆逐艦は、仕留められた様子ですね」

 

艦娘達が敵新型駆逐艦を囲む。

やはり全員が見た事のないタイプの深海棲艦だ。

天龍が一度両手を合わせて黙祷してから、深海棲艦の艤装を手に取る。

加古は少し意外に思ったが、天龍は皆が思っているほど単純なバトルマニアではないらしい。

相手が化け物といえど、強者や死者に敬意を払う必要があると彼女は感じているのであろう。

 

「……武装は駆逐艦の12.7センチ、魚雷は61センチ四連装だが、酸素魚雷だ。

 今までに確認されてる駆逐艦はイ、ロ、ハ、ニ級だが、

 酸素魚雷を装備した駆逐艦はエリート級に時たま見られるだけ。

 でもこいつはよ、そのどれでもないぜ」

 

「そもそも、人型の駆逐艦自体初めて見るのじゃ。

 今までの駆逐艦は魚型であったし、軽巡クラスの顔も機械的でおなごには見えんかった。

 通常艦艇の基準で艦体が大きくなる艦種ほど、人間に近い顔になると思われていたからな」

 

天龍と利根が言う通り、通常艦艇で考えれば駆逐艦は小型である。

そして深海棲艦において小型の駆逐艦は最も人間から遠い形をした魚型であり、

戦艦などの大型艦になるにつれて身体が人間の形に近づいている。

少なくとも、今までの深海棲艦はそうであった。

だがこの駆逐艦は、武装や体型から明らかに駆逐艦だと判別できるものの、

その顔は魚型ではなく少女の顔をしていた。

 

「とりあえず曳航するかー?

 沈めずに仕留められたし、こいつは提督に持って帰って――」

 

天龍がそう言って新型駆逐艦を持ち上げた時、不意にその駆逐艦が発光を始めた。

深海棲艦自体はぴくりとも動かないが、身体全体が光り、輝きを増し続けている。

 

「何だ、新兵器か!」

 

天龍が主砲を構え、他の艦娘達も発光を始めた新型駆逐艦から距離を取る。

新型駆逐艦は艦娘達の目を眩ませるほどの強い光を発した。

次いで、大量の小さな光。

大量の蛍を野に放った様な球状の光が周囲に散らばった。

光が弱まり、艦娘達が新型駆逐艦に再度目をやると、

そこには生気の無い真っ白な肌の深海棲艦ではなく、

人間と同じ肌色をした艦娘の少女が水面をゆらゆらと漂っていた。

 

一番近くに居た天龍が、その艦娘に近づいて頬を主砲でつつく。

艦娘は目を閉じていたが、すうすうと寝息を立てている。

死んでいるわけではなさそうだ。

深海棲艦の新型駆逐艦は、どこにも見当たらない。

 

「深海棲艦が艦娘になったぁ?」

 

自分で言ってて信じられないと言わんばかりの口調で、天龍が声を上げる。

それを聞いて、艦娘達がざわついた。

深海棲艦が艦娘に変身するなど聞いた事が無い。

しかし現に深海棲艦が艦娘に変化している。

天龍はぷかぷか浮かぶ艦娘の身体をまさぐって再確認する。

 

「体型は同じだ。武装の酸素魚雷と……なんだ、こりゃあ」

 

その艦娘の傍らには、顔が描かれた連装砲が三つほど浮かんでいた。

天龍がその内の一つを持ち上げてみると、

連装砲はきゅうと回していた目を驚きに変えて天龍の手から飛び降りる。

てちてちと小さな砲塔(身体)を動かして何かを伝えたがっている様子であるも、

言葉を発さない為何が言いたいのか分からない。

 

「自立駆動の砲台か? あー、めんどくせぇ。

 加古、とりあえずこいつらまとめて曳航してってくれ」

 

「あたしが?」

 

「ああ、こいつとお前は気が合うんじゃねえの。

 お前と同じ、へそ出しにミニスカートだからな」

 

天龍がオーバーアクション気味に手を顔の横で振って見せる。

確かに、この艦娘は加古と同じくへそ出しのセーラー服を着ていた。

スカートもかなり短めだ。

それを言えば古鷹も同じなのだが、

ともあれこの深海棲艦が変化した艦娘は加古が背負って運ぶ事となった。

顔のついた連装砲も加古の肩にぴょこんと乗っかる。

害が無いらしいのは安心だ。

 

気付けば、空は濃紺に染まっている。

暗闇の中、艦娘達は探照灯を点けて帰路に着いた。

加古の背中では、元深海棲艦の艦娘が寝息を立てている。

自立駆動の連装砲がぺちぺちとその顔を叩いているが、一向に起きる気配が無い。

寝ぼすけなところまで似られては、加古としてもアイデンティティ的に困るのだが。

 

古鷹の情報を元に出撃した加古達は、無事に敵の新型駆逐艦を撃破して帰還した。

分隊長である電、利根、天龍、そして情報源である古鷹と新型駆逐艦を背負う加古が

提督のくぜがわに乗り込み、艦橋へ向かう。

提督は地図を見ながら紙にかりかりと何かを書き出している最中であった。

きっと次の戦術を練っているのだろう。

 

「おかえり。首尾は」

 

そう聞く提督に、電が大まかな事情を説明した。

最初は電の戦術に感心していた提督であったが、

撃破したはずの深海棲艦が艦娘に変化したと言った時、提督は驚きの表情を隠さなかった。

いや、提督からしてみれば隠したかったのだが、隠せなかったのだ。

証拠である艦娘を見せると、提督はその艦娘の顔を覗き息を呑んだ。

 

「お前ら全員、俺の部屋に来い。

 ……艦橋員! 今の話は軍機(最もランクの高い軍事機密)とする!」

 

そう言って提督は鉛筆を放り出し、自分の部屋へ向かった。

後から艦娘達がついて行き、くぜがわの艦長室に入る。

部屋は元深海棲艦の艦娘を含め、七人全員が入っても十分余裕がある広さだ。

提督はとりあえず、加古が背負う艦娘をベッドに寝かせる様に促す。

さすがにこの状況で提督ロリコン説を唱える者は居なかった。

すうすうと寝ているままの艦娘と、ベッドの上でぽよんぽよんと跳ねている連装砲。

もう一度その顔を覗き込んでから、提督は本棚を漁る。

 

「撃沈したはずの深海棲艦が、突如発光してこの艦娘になった。

 他に気付いた事は?」

 

「私は深海棲艦の顔を間近で見ましたが、この子の顔とそっくりでした。

 その時は真っ白で生気のない肌をしていましたが……」

 

「そこの自立駆動の連装砲、深海棲艦の時は無かったぜ。

 普通に身体に引っ付いてたはずだ。

 艦娘になって初めて自分で動き出したんだ」

 

古鷹と天龍の報告を聞きながら、

提督は本棚からドサドサと本を落としつつ一冊の本を見つける。

だいぶ慌てている様子が艦娘達にも見て取れた。

ページをめくり、止める。

そこに書いてある文章を、提督は口に出して読む。

 

「自立駆動の連装砲を持った高速駆逐艦の艦娘……。

 これか、駆逐艦ぜかまし。

 いや、終戦前は逆に読むから、《島風型駆逐艦一番艦島風》か」

 

「島風……」

 

艦娘達が、寝たきりの駆逐艦島風を見やる。

加古達は、島風という通常艦艇の高速駆逐艦が存在した事は知っていた。

だが島風型の艦娘が建造されていたというのは初耳である。

という事は、島風は新型の艦娘なのだろうか。

 

「全員、この島風に関しては軍機扱いとし、口外を禁ずる。

 今回の作戦に参加した他の艦娘にもそう言っておいてくれ。

 こいつが起き次第事情聴取して、確かな情報が出たら皆にも公表する。

 それまで憶測や推測をばら撒かない様に。

 前回の幽霊騒ぎで解ってるな?」

 

艦娘達は一斉に頷く。

確かに、扶桑姉妹が起こした幽霊騒動の二の舞は避けたい。

あの事件は、不確かな情報を元に噂だけが先行する悪い例としては最適な騒動であった。

何故深海棲艦が艦娘になったのかは気になるが、当人が目覚めないのだから仕方が無い。

この場は解散し、艦娘達は自分のドックに戻って休む事となった。

 

「まずい事になった」

 

提督は島風の傍に腰掛ける。

ちょこちょこ動き回る自立駆動の連装砲の頭を撫でつつ、大きな溜息を吐いて頭を抱える。

いつかはこんな日が来るとは思っていたが、

まさか重要な攻略作戦中である今になって起こるとは予想だにしなかったのだ。

三基の連装砲を持ち上げ、提督は疲れた様子で話しかける。

 

「なぁ、大変だ。お前のご主人様のせいで、俺の寝場所が無い」

 

首を傾げる連装砲を島風の脇に置き、提督は予備の掛け布団を床に敷いてその上で寝た。

翌日の朝、提督は腹部に異常な圧迫感を感じて目覚める。

艦長室の新型エアコンは利いているはずなのに、やけに寝汗をかいていた。

自分の腹を見やると、一人の少女がそこにまたがっている。

ウサギの耳の様な形をしたカチューシャをつけ、

ぎりぎり下着を隠す程度のスカートにひも状のパンツ。

特にひもの部分が剥き出しになっている。

その少女、島風型艦娘は提督の腹にまたがったまま、不満そうに声を上げた。

 

「提督、起きるの遅ーい!」

 

 

 

軍人だけでなく一般市民も普通は起きていなければならない時刻になった頃。

昨日提督の部屋に集められた艦娘達は、再び招集された。

加古達が部屋に入ると、昨日はもはやこのまま起きないのではないかと思われた島風が

当たり前の様に提督のベッドに鎮座し、冷蔵庫で冷やされた燃料をごくごくと飲んでいる。

その島風を見て、天龍が加古の耳元で囁いた。

 

「加古、昨日のは撤回する。お前よりも遥かに派手な格好だ」

 

艦娘達は、改めて島風の服装に驚く。

バニーガールという存在がアメリカで誕生するのは数年後の話であるし、

ひも状のパンツもこの時代では流行っていない。

Tバックやら何やらを履いているのはダンサーやストリッパーくらいだ。

それを気にしたふうもなく、島風はベッドに腰掛けた脚をぱたぱたとさせている。

 

「止めなさい、はしたない。

 ……えー、とりあえず、皆揃ったところで事情聴取を行いたい。

 まず、貴官の名称及び所属部隊を教えてくれ」

 

「はい、島風型駆逐艦島風。

 所属は対深海棲艦用第八特務遊撃艦隊です」

 

それを聞いて、提督と古鷹が固まった。

彼女が言う第八艦隊は呉の艦娘艦隊である。

そして、古鷹が所属する艦隊でもあった。

提督が古鷹に視線を送るが、古鷹は首を横に振る。

元第八艦隊所属であった天龍もぱたぱたと頭の機器を動かしていた。

 

「もう一度聞く。お前の所属と、就役した日を答えろ」

 

「だから第八艦隊だってば! あなた、来河提督の部下だったマイド少佐でしょ?

 第零艦隊は駆逐艦しか持ってない小部隊じゃなかったの?」

 

島風がジトリと目を細めながら不満気に言う台詞を聞いて、提督は余計に事情が解らなくなった。

確かに第八艦隊の司令である来河利光(くるがとしみつ)中将は、

マイド提督が駆逐艦の艦長であった際戦友の祖音修子と共に世話になった上官である。

しかし、彼女の言う事は少しおかしい。

第零艦隊が駆逐艦しか持っていない小規模部隊だったのは、艦隊設立初期の話だ。

 

「就役した日は、何時だ」

 

「えっと、正確な日にちは忘れちゃったけど、第零艦隊が出来る二年前だったかな。

 それから第八艦隊に回されて、来河提督の第一水雷戦隊に所属して。

 それで……私は一人で哨戒任務に出てて……」

 

島風の耳がしゅんとしなる。

嫌な記憶を思い出そうとする様に、ゆっくりと語り出した。

 

「そう、哨戒任務に出てたよ。

 途中敵の戦艦隊と遭って、逃げたの。

 島風に追いつけるはずが無いって思ってた。

 でも、背中がドンってなって、焼ける様に痛くって……気付いたら、この部屋に」

 

艦娘達は黙って島風の話を聞いている。

提督は何かを決意した様に深呼吸すると、島風の両肩を掴む。

びくりと震える島風に、提督は真顔を返した。

 

「島風。お前は、深海棲艦に撃沈されたんだ。

 撃沈されて、それで……深海棲艦になってたんだよ」

 

「私が、深海棲艦に……?」

 

「この場に居る者には言っておく。

 俺達が戦っている深海棲艦という奴は、宇宙人でもモンスターでもない。

 艦娘が死んだ後に怨念となって蘇った、艦娘の亡霊なんだよ」

 

「そんな!」

 

提督の台詞に言葉を返したのは、加古だけであった。

他の艦娘達は皆、彫像の様に固まっている。

それは驚きのあまり咄嗟の言葉を返せないと同時に、

薄々感付いていた事が事実であったのに対する衝撃によるものである。

そんな、と声を上げた加古も、続ける言葉が見当たらなかった。

 

「という事は、あれじゃな。

 一般的な説である、艦娘が深海棲艦に対抗する為に作られたという話は嘘なのじゃな?

 先に艦娘が作られ、沈没した者が深海棲艦になったと」

 

「利根、俺だって全部を知ってるわけじゃない。

 でも今言ったのは本当だ。

 少なくとも、上層部が下っ端に隠す程度のな」

 

その真実は、艦娘にとって重大な事柄であった。

昨日戦った敵が、今日戦う敵が元艦娘だという事。

なるほど、確かに人間の上層部がこれを隠したのは正解だったかもしれない。

艦娘達がこれを知れば、一気に士気が低下するのは明白だ。

それだけではない。

艦娘が深海棲艦よりも先に作られ、沈んだ。

これは艦娘が人間対人間の兵器として使われたとも考えられる。

今でさえ人権の無い艦娘が、当時どんな扱いを受けていたか。

この部屋に居る分隊長クラスの面々は皆冷静な人物である。

そうでなければ、今ここで提督を撃ち殺していたかも知れない。

 

「ごくまれに、深海棲艦が艦娘として蘇る事が確認されている。

 島風もその類だろう。

 ただ、生き返れるのは奇跡的な確率だが」

 

「じゃあ、私は運が良かったって事ですね」

 

島風は立ち上がる。

その目には、先程の様な悲壮感は宿っていない。

かかとを合わせると、島風は提督に向かって敬礼した。

 

「駆逐艦島風、これより第零艦隊の指揮下に入ります!」

 

「第八艦隊に戻らなくていいのか?」

 

「私はもう死んだ事になってますから。

 それに、来河提督はあまり好きじゃないです」

 

提督はふむと唸る。

死んだ艦娘なら、既に艦隊からは除籍されているはずだ。

ならば彼女の帰る場所は無い。

このまま第零艦隊で引き取ってやるのも一手かと判断する。

戦力云々ではなく、純粋に子供を一人引き取るつもりで提督はそれを受けた。

 

「分かった。適当な駆逐隊に編入する事にしよう」

 

「えー、私第一水雷戦隊が良いですー」

 

「アホ言うな、電艦隊は実際エースの集まりだぞ。

 実績を示してから言え、実績を」

 

むー、と子供の様に頬を膨らませる島風。

ともあれ、深海棲艦が艦娘に変化したこの事件は万事解決とは言えずも、ここに終息した。

島風は諸島攻略作戦が終わるまで予備役とされ、

深海棲艦が艦娘の亡霊であるという話は新型駆逐艦への攻撃作戦に参加した

加古達だけの間に留められた。

こうして、他の艦娘達にとっては何事も無かったかの様に、

諸島攻略作戦は続行されたのである。

 

加古はその後、ツリー島の仮設ドックで次の出撃準備をしていた。

敵が深海棲艦だと知って、何も思わないわけではない。

しかし、だからといってどうする事も出来ないのが現状だ。

電など艦隊設立初期から活躍していた艦娘も、

深海棲艦が艦娘になったのを見たのは初めてらしい。

撃破した深海棲艦が生き返るのが奇跡だという話は本当だろう。

 

だから加古は、この問題に関しては今は考えない事にした。

深海棲艦が艦娘の亡霊だとしても、相手は自分達を殺そうとする。

亡霊を成仏させるつもりで戦うというのは、言い訳としては十分に思えた。

そう考えていないと、いざという時に躊躇してしまう。

自分が殺されて深海棲艦になってしまっては本末転倒だ。

 

「おいっす十八号、新型の駆逐艦を倒したんだって?」

 

ドックで弾薬の確認をしていると、加古七号がやって来る。

わざわざ労いにでも来たのだろうか、片手には冷えた缶ジュースを持っている。

投げられたそれを受け取り、軽く掲げて礼を返す。

艦娘が人間用の飲み物を飲めるのだから、

今回の作戦では補給がちゃんと確保されている様子だ。

 

「ああ、七号。電があの十字砲火を改良してね。

 相手は40ノット(1ノット1.852キロ)は出てたけど、何とか倒したよ」

 

「へぇ、40ノットねぇ。島風型駆逐艦の速度が、確かそれくらいだったよね」

 

七号の台詞に、加古は自分の首筋がぞくぞくと冷え切る感覚を感じる。

偶然にしては、七号が島風型を引き合いに出したのは出来すぎているからだ。

返答に困っていると、七号はにかりと笑いながら加古の肩を叩く。

 

「十八号、あたしだって馬鹿じゃ……いや、まぁ、馬鹿なんだろうけど。

 でも、人の口に戸は立てられぬってことわざくらいは知ってるよ。

 あたしも一応艦隊旗艦だからね。

 修子提督から、深海棲艦が元艦娘だってのは聞いてる」

 

「……七号はさ、平気なの?」

 

「平気じゃないけど、兵器だからさ。

 ぐだぐだ考えたって、深海棲艦は人も艦娘も襲うんだよ。

 それを守るのがあたし達じゃん」

 

「死んだ艦娘が深海棲艦になって、人と艦娘を襲う。

 奇跡的な確率で、稀に深海棲艦が艦娘に戻る可能性はある。

 今回の様に、だけど、もしあたし達が死んだら……」

 

「なぁ十八号。深海棲艦が艦娘に戻る可能性はゼロじゃないだろ?

 例え確率が低くたって、生き返る可能性があれば希望はある。

 運が良ければ、艦娘に戻る事は出来るんだ。

 だから――」

 

加古の頭に手を置きながら、加古七号は言う。

その時の七号の表情を。

勇気と自信に満ち溢れた表情を、加古は忘れない。

忘れたいとは思わない。

同じ加古型であるが、加古十八号と七号は別人である。

この時、加古はそんな単純な事を意識していなかった。

後に気付いた時には、遅かったのだが。

 

「十八号、あたしが死んで深海棲艦になったら、遠慮なく撃沈してくれて良いからね」

 

七号は、とびきりの笑顔を見せたのだった。

 

 

 

 

 

 







~後書き~



本来ならもう少し先に進む予定でしたが、文字数が一万超えた為六章と分割。
このまま行けば八章くらいで終わるんじゃないでしょうか。
元々十万文字以内の短編の予定でしたし。
ただ、思ったよりも時間が取れた為
(熱中症により本編が書ける状態じゃなく簡潔な物を書いた為)
一つ二つ外伝を載せようかなと思っております。
本編完結後のおまけという形です。
おまけというには、ちょっと暗い話になりそうですが。

今更ですが、この小説に萌え要素はほぼありません。
あったとしても露骨なのではなく
二章で食事の速度を速める望月や、
三章でぶっ壊した扉を不思議そうにギコギコやってる金剛さんとかそんなエロ無関係の萌え。
軍事関係に興味無い人にはあまり優しくないんじゃないかなーと。
一応一章の後書きで最低限の軍事用語は説明していますが。
まさか駆逐艦と戦艦の違いが分からない人が
艦これの二次創作を見に来るとは思っていませんが、念の為に書いたものです。
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