深海棲艦は艦娘の成れの果てである。
その事実を知った艦娘達からして見れば、
深海棲艦がある程度の知能を持っている事への疑問が氷解した様に見えた。
艦娘の幽霊ならば、人と同じレベルの頭を持っていてもおかしくはない。
深海棲艦は、ただ単に目に付いた相手を追うだけの獣ではない。
その証拠として、今回戦場となった諸島では
深海棲艦が自分達の保持している島を組織的に防衛するなどといった行動が見られた。
これは深海棲艦が戦略レベル、もしくは戦術レベルの思考が出来る事を表している。
今まで艦娘達は化け物である深海棲艦が何故その様な行動に走るのかが理解出来なかったが、
島風の件を知った加古達は相手が自分と同類である事を知ってしまった。
それは加古達の悩みを増やすと共に、敵の行動パターンを知る方法でもあったのだ。
ちなみに島風は既存の部隊に編入されず、
提督が自分の乗艦くぜがわにゲストとして置いておく形となった。
彼女は既に死んだはずの艦娘なので、日本本土に帰り上層部に報告してから
正式に第零艦隊に迎える形となる。
そうしないと第零艦隊は非公式に艦娘一人を匿う事になってしまうので、
島風一人分の補給物資が回されないのだ。
人間だろうが艦娘だろうが、プライベートに一人の命を養う甲斐性は提督には無い。
問題は、島風を部下達にどうやって説明するかだった。
深海棲艦が艦娘になりましたというのを、現時点で言うのは得策ではない。
だから提督は、島風を試作型艦娘の一人として編入される事になる仲間だと説明した。
嘘は吐いていない。
この島風は数年前に作られた艦娘であり、
自立駆動の連装砲(島風は連装砲ちゃんと呼んでいる)を始めとした
新技術を組み込んだ試作型の一種である事が判明している。
適当に異動して来た艦娘とでも言えば良いのだが、
提督はあいにくと嘘が大嫌いな性格であったのだ。
艦娘は一癖二癖ある個性的な面々が多いのだが、
第零艦隊所属の艦娘達は新参者に冷たくする様な者達ではない。
むしろ好奇心旺盛な艦娘は連装砲ちゃんを振り回して遊んでいる。
島風も第八艦隊との温度差に最初は驚いていたがすぐに打ち解けた様子で、
うっかり自分の境遇を喋ってしまわないかを加古達から心配されたほどだ。
無事に島風の紹介が終わったところで、
第零艦隊は諸島南東部の攻略に向けて準備を行なっていた。
現在第零艦隊と第三艦隊が占領しているのは北東部であり、
北西部は古鷹が所属している呉の第八艦隊が既に制圧を完了しているとの連絡が来た。
第八艦隊はそのまま南下し、南西部の最も敵が集結している部分を担当する。
提督と修子中佐は、未だ作戦を迷っていた。
西側は第八艦隊に任せるとしても、それで全ての艦隊が抑えられるとは限らない。
現在前線基地とする北東部を留守にすれば、再度奪われる事になるだろう。
何人か防衛隊を残さねばならない。
そもそも提督二人がここを仮設司令部として残ればいい話なのだが、
この二人は自ら前線に立ちたがるので
自分が後方を守るという方法はまったく考えていなかった。
防衛についての二人の議論はそこそこ白熱した戦いであった。
第零艦隊提督としては、第三艦隊を防衛に残して敵地攻略を行いたい。
提督は艦娘達を戦争の道具として使うのには反対であるも、
軍人として、男としての闘争本能が最前に立つ事を求めていた。
そもそも提督は何時敵が攻めて来るか分からない防衛戦よりも進撃を好む。
それは修子中佐も同じで、お互いが進攻隊長を主張していた。
その結果、非常に攻撃的な折衷案が誕生した。
防衛が出来なければ、相手が攻撃出来なくなるほど攻め続ければ良いのだ。
第零艦隊が南東部に進出し、第三艦隊は中央攻略に向かう。
この作戦で一番割を食うのは北東部ツリー島を占領中の陸戦隊である。
彼ら人間は、海からやってくる深海棲艦へ対抗する術を持たない。
一隻でも抜けられれば、この本陣はすぐに破壊されるであろう。
結局、両艦隊から防衛戦力を何隻か回す事になった。
第零艦隊からは、第二水雷戦隊の《暁型駆逐艦響》以下駆逐艦が島に残される。
古参艦娘である天龍と龍田は攻撃戦に必要であるし、
第二水雷戦隊長の天龍も前線に出たがる性格なので防衛戦には向かないと判断された。
作戦が決まれば、後は戦術の考案である。
第三艦隊と別行動するに当たって、
提督は修子中佐の助けを借りず一人で戦術を練る必要があった。
修子中佐が発案しても、いざ戦闘になった場合に指揮を執るのは提督だ。
他人が考えた戦術を、本人抜きで実行するのは難しい。
そこで、提督は艦娘達を仮設ドック付近に集めて作戦会議を行なったのである。
「――以上の事情により、諸島南東部は第零艦隊のみで攻略する必要がある。
偵察によると、敵艦隊は30隻前後。
ただし、戦艦のフラグシップらしきものが確認されている。
いつもの事ながら、俺は一人の犠牲者も出さずに勝つつもりだ。
だからこそ、お前らの知恵を借りたい」
こう前置きして、提督は艦娘達を見やった。
艦娘達はそれぞれ思案顔になる。
中には戦術と無縁の艦娘もおり、
数名は考える素振りすら見せず他の仲間が妙案を思いつくのを待っている。
意外な事に、加古は真面目に考えている様子だった。
七号に言われた言葉を実現させない為に、少しでも努力していたのだ。
「はーい! 一人だけ中央突破させて、側面を他の皆が攻撃すれば良いと思いまーす!」
「……囮作戦なのは分かるが、誰がそれをやるんだ?」
「もちろんセンターは那珂ちゃんだよー! キャハッ」
手を上げて進言した時点であらかた予想は出来ていたが、
ポーズを決めて棒読みの「キャハッ」を聞くとさすがに溜息が漏れる。
噂では、この《川内型軽巡洋艦那珂》タイプの艦娘はどこの鎮守府でもこんな感じらしい。
アイドルを自称し、事あればしゃしゃり出てくるので
大抵の軍人にはひたすらうるさい艦娘だと思われていた。
もっとも、提督からして見ればそれほど問題にはしていない。
那珂は見る人が見ればうざったいだけであろうが、
前向きで明るい姿勢はその場の雰囲気を暗くせずに済む。
確かにうざったい部分もあるのだが、それを言ったら他の艦娘も大体個性的である。
この程度でいちいちイラついていたら提督なぞやっていけるものではない。
「一航戦としては、航空機による先制攻撃を提案します。
ボーキサイトの貯蔵は十分ですし、
この諸島を攻略して東南アジアとの貿易が楽になれば長期的な利益になりますから、
今ここで多少消費しても問題はないかと」
「まぁ、赤城の言う通りのとこだろうなぁ。
この航空戦隊なら、それなりのダメージにはなるだろ。
後は戦艦隊のゴリ押しで何とかするかー」
「あのさ、提督。彩雲を使っちゃダメかな?」
加古が自信無さげにもそう言ったので、提督は軽く目を見開く。
「ツリー島を落とした時に使った囮か?」
「そうそう。那珂さんの代わりに、彩雲を囮に出すの。
もちろん敵もこっちの意図に気付くだろうけどさ、
多方向から向かわせればこっちの艦隊がどこから来るかは隠せるでしょ。
相手が分散すればそれでよし、固まれば航空雷撃の的に出来ると思って」
確かに、悪い戦法ではない。
相手が完全に無視する可能性もあるが、それはそれで彩雲による偵察が成功するという意味だ。
座学で居眠りをしている加古がこの様な作戦を思いついたのに対し、
その場に居るほとんどの艦娘が意外そうな目で加古を見やる。
「フフフ……やるじゃねぇか。提督、俺からも提案だ。
航空機の攻撃で、耐久力の低い奴らは潰せるはずだろ?
だったら流行りのデスゾーン戦法か、もしくは完全包囲で行くべきだ。
敵がこっちより少なければ、浸透戦術を使う意味が薄れるからな。
もちろん、敵が一点突破を計った時の陣形も考えてだ」
好戦的な微笑を浮かべていた天龍が付け足す。
彼女も一見戦闘狂に見える性格に反して、頭は悪くない。
敵艦隊の数が予想通りであれば、航空攻撃後はこちらの数が上回るだろう。
包囲する事で砲火を集中出来れば、敵駆逐艦の高速性や戦艦の突破力も封じられる。
「敵が一丸となって突破を試みた時は、再び鶴翼に組み直しますか?」
「ノンノン、この高速戦艦金剛達が追撃戦ネー」
加賀と金剛も戦術の立案に加わる。
一度大まかな案が決まってしまえば、後はそれを改良するだけである。
艦娘達が会議を続けているのを見て、良い流れが来ているなと提督は感嘆の息を漏らした。
やってる事は戦争の話だが、これだけ皆がまとまっているのを見ると
一提督として嬉しいものがある。
ある意味、成長した子供を眺める教師の気分だ。
その後しばらくして、諸島南東部攻略の戦術は決まった。
彩雲を囮にし、航空機による攻撃の後包囲する。
包囲を抜けられたら、陣形を鶴翼に組みなおして例の十字砲火、デスゾーン戦法を取る。
提督が目指すのは常に艦娘を一人も死なせない戦いである。
それを鑑みると、今回の戦術は提督にとって及第点と呼べた。
実を言えば、提督はそれほど指揮官として優れているわけではない。
同じ提督でも、第三艦隊の修子中佐や第八艦隊の来河中将より遥かに劣る。
第零艦隊が今まで活躍出来たのは、艦娘達の頑張りによるところが大きい。
今回も、艦娘達が戦法を考えてくれなかったら単純な正面突撃になっていたであろう。
しかし第零艦隊の提督は修子中佐ほどの戦術眼を持ち合わせていなかったが、
艦娘に関する戦術では彼女と意見が一致していた。
――艦娘は、艦船ではなく歩兵である。
そもそも、彼女達を戦闘艦として考えているこの現状がおかしいのだ。
確かに艦娘は艦船並みの能力を持っている。
だからといって、人間サイズのそれを100メートル以上の大きさを持つ
戦闘艦と一緒に考えるのは違うのではないかと、少なくとも提督と修子中佐は考えていた。
修子中佐が鶴翼での十字砲火戦法を使ったのも、艦娘が歩兵だと認識した結果だった。
数百人が乗る通常艦艇と、艦娘一人とでは艦隊運動もまったく違ってくる。
海戦ではよく単縦陣が使われるが、それは艦隊運動のしやすさと
側面に全火力を集中出来る事から使用されていた陣形だ。
だが、艦娘の砲は通常艦艇の様に長い船体の前後に付いているわけではない。
T字戦法はともかく、相手に側面を向ける利点は通常艦艇に比べて遥かに薄い。
だから修子中佐は、海戦ではあまり使用されない鶴翼の陣形を使った。
結果は既に証明されている。
それは以前の模擬戦でもそうであるし、
深海棲艦との戦いでも修子中佐はそうやって勝利を収めて来た。
艦娘の戦いを艦隊戦ではなく、歩兵による銃撃戦。
極端に言えば、戦国時代の合戦と同等に見ている節すらあったのだ。
そしてその発想は間違っていなかった。
一方第零艦隊の提督は、自分こそが歩兵以上になりきれない存在だと自覚していた。
提督は先の戦いで加古達第三戦隊を助ける為、
自ら通常艦艇の軽巡洋艦に乗り込み最前線に飛び出すという行為に走っている。
比較的新しい艦である軽巡くぜがわの性能に頼った戦い方でもあるのだが、
人間サイズである艦娘よりも遥かに大きな通常艦艇を使って前に出るというのは
通常艦艇の大きさならば敵の視線が集中するという戦術的発想を用いたものであると同時に、
提督が艦娘だけでなく自分が乗る艦船ですら
歩兵一人と同じ安価な戦力と無意識の内に考えている事でもあった。
同じ歩兵として運用すると言っても、両者には大きな違いがある。
提督は通常艦艇であれ艦娘であれ、艦船を戦場の主役かつ
たった一つの道具として考えている面があるのだ。
乗組員や艦娘の命を軽視しているわけではない。
ただ戦場において、彼は人も兵器も『戦力の一つ』であると思っているだけなのだ。
もし部下の艦娘が戦死しようものなら、提督は激しく取り乱すであろう。
『艦娘一人を喪失』という事実を、感情で考えるか理屈で考えるかというだけの違いである。
提督は今回、艦娘達と戦術を考えて改めて理解した。
自分の指揮官としての能力は、自分で思っているよりも更に低い。
艦隊司令官である自分が艦娘に意見を乞うというのは、
戦国時代で例えれば大名が足軽に作戦立案を頼む様なものであると。
この問題を解決するには、自分自身の努力が必要だ。
そして、この問題が一秒でも長く続けば、それだけ艦娘達を危険に晒すという事でもあった。
「俺も頑張らなきゃならないな……なぁ?」
提督はくぜがわの艦橋で、艦長席に座りながら言う。
問いかけたのは艦娘に対してではない。
自分がくぜがわを動かす時にいつも隣に居る、副長に対して同意を求めたのだ。
「なぁ、じゃありません!
艦長は何故いつもそうやって自分勝手に事を進めるのですか!」
細身の身体にメガネといった、典型的なインテリの風貌をした副長が声を張り上げる。
彼は軽巡くぜがわの副長かつ、第零艦隊の副司令でもあった。
実際かなりの権限を持つはずの人物なのだが、
提督はいつも独断で第零艦隊を動かしているので彼の活躍する機会は来ていない。
鎮守府襲撃の時の様に毎回艦橋から身を乗り出す癖のある提督を
羽交い絞めにするのも彼の仕事ならば、
幽霊騒動の際真っ先に武装して提督の護衛に駆けつけたのも彼である。
割と苦労はしているはずなのだが、その努力は上手く報われない。
「艦娘達を可愛がるのも結構ですが、
せめてこういう時ぐらい副司令であり参謀長である私に相談してくれないと……!」
「いやー、ごめんごめん。
ぶっちゃけた話、お前の事すっかり忘れてたわ」
艦橋内でぽつりと、まただよ、という声が漏れた。
艦橋員は皆、苦笑して提督と副長の会話をBGMに各々の作業に向かっている。
艦娘艦隊に一隻だけある通常艦艇の乗組員など、この程度の扱いだ。
彼らは提督と同じく艦娘を人間扱いしているが、
自分達の命が艦娘一人一人よりも遥かに安いというのは自覚していた。
無論、彼らとて艦隊設立初期は電達駆逐艦と共に海原を駆けた対深海棲艦隊の古参兵だ。
だが電達駆逐艦が経験を積み、戦艦などの強力な艦娘も揃った今は
ただのでかい的を動かす為の歯車である。
「悪かった、悪かったよ。
でも、艦娘だからこそ深海棲艦との戦い方も解るもんだろ。
この艦隊の主力は艦娘であって、通常艦艇のくぜがわじゃあない」
「なるほど、確かにその戦法が悪いというわけではないでしょう。
しかし、敵増援の可能性や泊地の砲台を忘れてはいませんか?」
それを聞いて、提督は硬直する。
マズイ、と思った。
副長の言う通り、艦娘達と考えた作戦は艦隊決戦のそれであり、
本来の目的である諸島の攻略からだんだんとかけ離れて行っていたからだ。
副長はふふんと勝ち誇った笑みを顔に浮かべる。
「やはり、副司令であり参謀長である私が居なければダメですね」
提督は両手を上げる。
しかし、悪い気分ではなかった。
艦娘だけでなく、人間達も頑張っている。
それを再確認出来ただけで、いつも感じている『何とかなる』という自信が
今まで以上に溢れてくるのを実感出来たからだ。
提督は出撃までの間に、副長と戦術を改め直す事にする。
もう一度心の中で、何とかなるだろうと提督は呟くのだった。
北東部、ツリー島から出撃した第零艦隊及び第三艦隊は、
それぞれ南東部と中央に分かれて進撃を開始した。
第零艦隊は道中、哨戒をしていた敵水雷戦隊と遭遇したがこれを損害なしで打ち破った。
南東部の島を捉えた第零艦隊は予定通り彩雲を発艦させて索敵、囮とする。
彩雲の無線が、空母蒼龍に届いた。
「彩雲より報告、敵艦隊は30隻前後。
空母4隻を含み、輪形陣にて島の防衛に当たる模様」
「囮には引っかからなかったか。
よし、作戦通り艦載機発進、敵艦の雷撃に移れ。
島の砲台には手を出さなくていい」
提督の合図で、全空母が艦載機発艦の態勢に移行する。
正規空母は弓に矢を番え、軽空母は式神を展開させた。
空母赤城が、号令を下す。
「第一次攻撃隊、全機発艦!」
弓矢と式神が一斉に放たれる。
それは空中を飛翔し、途中で航空機へと変貌した。
空母は体内のボーキサイトを原料とし、こうして航空機を生成する。
複雑にして難解な原理があるらしいのだが、
技術者でもない人々にとってはまるで魔法の如き力であった。
放たれたのとはまた別に、事前に生成されていた航空機も各空母の身体から発進してゆく。
数百の戦闘機、及び雷撃機が島に向かうのを壮観に思いつつ、
提督は軽巡くぜがわの艦橋で指揮を執っていた。
ここは既に戦場である。
「空母が4隻かぁ……制空権は取れるだろうけど」
「赤城と加賀には、《紫電改二》戦闘機が搭載されていますからね。
それだけでもだいぶ変わってくるでしょう」
副長が、提督に返す。
落ち着いている様に見えても、今この瞬間は戦闘の真っ最中である。
決して高みの見物として談笑しているわけではない。
一歩間違えば、艦橋に被弾して自分達も死ぬかも知れないのだ。
だからくぜがわの乗組員達は、張り詰めた糸の様に心を緊張させていた。
「提督ー! 島風も出たーい!」
糸をプッツンと切り落としたのは、例の元深海棲艦である。
うさみみに見せひもパンという誰もが振り返る様な服を纏い、
連装砲ちゃんを三匹引き連れて艦橋に乗り込んだその時、
仕事人モードだった艦橋員は全員が噴出しそうになっていた。
笑うというより、気合が勢いよく口から噴き飛んだという感じだ。
もちろん、提督も例外ではない。
頭を手で押さえ、心底困った顔をしている。
副長が横目で、どうにかしろ、と語っていた。
「島風、お前はまだ編入手続きが済んでいない」
「そんな事言ったって、
目の前で戦闘してるのに黙って見てるだけなんて出来ないじゃないですか」
「あー、そうだな、じゃあお前はこの艦の護衛を頼む。
もし敵に近づかれたら、対処してくれ」
「りょーかい! 連装砲ちゃん、行くよ!」
どうやら、外に出れれば良かったらしい。
島風は連装砲を連れて艦橋から出て行った。
正確に言えば、艦橋から海に飛び降りたのだった。
連れてくるのは失敗だったかと提督は思ったが、島に置き去りにして何かあっては問題だ。
あれでも高性能な艦娘であるし、そもそも生き返った艦娘など珍しい。
解剖などさせはしないが、貴重な体験をした者であるのは間違いない。
提督が周りを見渡すと、艦橋員が批難する様な苦笑を向けている。
提督も苦笑を返し、面倒そうに軽く手を振った。
「しょーがねぇだろう、これが第零艦隊だ」
「真に遺憾に存じます」
冗談とも本気ともつかない口調で、副長が言う。
提督は軍帽を被り直して、体裁を取り繕った。
「さぁ、今度はほんとに忙しくなるぞ」
第一次攻撃の艦載機は敵艦隊に接近していた。
彩雲は偵察の役割を立派に果たしていたが、それは敵艦隊を警戒させる事でもある。
輪形陣を取った敵深海棲艦隊は、こちらも空母から艦載機を発艦させた。
まるでSFに出てくる様な未来的形状の敵航空機と、
第零艦隊の戦闘機《紫電改二》と《零式艦戦52型》が交錯する。
その一瞬で、両軍とも数機の戦闘機が火を噴いて墜ちた。
艦娘の航空機に乗っているのは人間でも艦娘でもない、《妖精》と呼ばれる者である。
人の指ほどしかない小さなそれは、艦娘の作り出した擬似生命体。
いわゆる使い魔に近い、魔法的存在であった。
軽空母が扱う式神の延長線上にあるものであり、
基本的な原理は艦娘が生み出す航空機とさほど変わりは無い。
妖精は人語を解する事も出来れば、人間や艦娘と同じ程度の知能を持つ事もあった。
ドックで整備作業を行なう際にも、妖精は人間の整備兵に交じって艦娘を修理したりする。
この様に航空機の操縦も可能なのだが、ただでさえ人権の無い艦娘が生み出した妖精は
多くの人間から『兵器である艦娘のペットみたいなもの』という曖昧な認識を受けている。
だからして、妖精の事を深く考える人間は技術者以外にはほとんど居なかった。
提督でさえも、何やら便利な存在だとしか思っていない。
しかし、妖精は実際に縁の下の力持ちである。
彼女達が居なければ航空機は動かないし、
艦娘の緊急時にはダメージコントロールを行なってくれたりもする。
艦娘、特に空母にとって妖精は欠かせない相棒であると言えた。
「全戦闘機、編隊を組んで上方から下降攻撃に入る」
紫電改二の飛行隊長である妖精が無線を飛ばす。
攻撃機は退避し、戦闘機は上へと昇った。
そして太陽を背にし、敵航空機に対して一斉に下降する。
頭を押さえた第零艦隊の飛行隊は、この攻撃で一気に優勢へと持っていった。
よく勘違いされるのだが、飛行機が上下左右にくるくる動くというのは難しい。
急激な機動をかけると、脳に血液が回らなくなるブラックアウトや
逆に眼球の血管に血が集中して視界が赤くなるレッドアウトを起こす。
第二次大戦時のプロペラ戦闘機は、
基本的に敵機の後方斜め上に位置するのが最も良いとされていた。
だからこの時も、航空機の事を知らない人が見れば緩慢とも思える動作で
両軍の航空機は相手の後ろを奪おうとする機動を行なっていた。
深海棲艦の航空機の性能は、見た目に反してさほど高くはなかった。
少なくとも、紫電改二や零戦52型ならば優位に立つ事が出来る。
五分にも満たない僅かな時間で、敵航空機のほとんどは撃墜されていた。
第零艦隊の飛行隊も無傷ではなかったが、
予め空戦区域外に退避していた攻撃機の損害はほぼ無きに等しい。
続いて、飛行隊は敵陣へと突入する。
敵深海棲艦隊は外側に駆逐艦を配置し、内側に空母と戦艦を囲う輪形陣を取っている。
これならば潜水艦対策にもなるし、仮に攻撃を受けてもやられるのは外側の駆逐艦だ。
射程の長い戦艦を外側に配置すれば先制攻撃は出来るだろうが、
そうすると駆逐艦などの最大射程に劣る艦船が砲戦に参戦出来ず無駄になる。
そもそも、人間にとっても深海棲艦にとっても貴重な戦艦を危険に晒す事は避けたかった。
一方で、航空機の損失は軽く見積もられている。
これは艦娘や深海棲艦だけでなく、人間同士の戦争でも同じだ。
数百人が乗る艦船と、一人二人が乗る航空機では
コスト的に考えて後者の方が遥かに安い命である。
だから魚雷攻撃を行なう雷撃機という物が存在出来た。
敵艦に肉薄して魚雷を放つ雷撃機の生存率は低かったが、
仮に10機の航空機が撃墜されても駆逐艦を一隻沈められれば十分お釣りが来るのである。
この時の第零艦隊飛行隊もそうだった。
戦闘機が残った敵直掩機を撃墜しつつ、艦上攻撃機《天山》が低空から突入し魚雷を放つ。
深海棲艦の対空砲火で、多くの天山が火を噴き破片となって海に撒かれた。
それでも天山隊は離脱する事は無い。
何故なら、今ここで敵艦隊を雷撃する事が自分達の『役割』だったからだ。
十字砲火であるデスゾーン戦法は、妖精達にも伝わっていた。
天山隊は一箇所から侵入するのではなく、敵艦隊を包囲する形で突入する。
狙いを必要以上に絞る必要は無い。
今回の雷撃では、駆逐艦だろうが戦艦だろうがある程度数を減らす事が目的だ。
天山隊はほぼ一斉に、多方向から魚雷を放つ。
魚雷に囲まれた深海棲艦は独自の判断でそれを回避するも、
交差雷撃によって多数の艦が被弾し破壊された。
「艦娘に人権が与えられて、最終的に私達妖精もヒト扱いされるようになったら、
今回の戦果も認めて貰えるんですかね?」
魚雷を撃ち尽くし、戦場を離脱する天山隊の一人が、ぽつりと言った。
その言葉を聞いた他の妖精達は、その言葉に返答しなかったのだった。
「――上々ね」
空母赤城が呟いた。
第零艦隊の飛行隊は上手くやった様子だ。
敵艦隊の損害について詳細は判明していないが、
戦闘機部隊は敵の戦闘機をほぼ全滅せしめたらしい。
雷撃隊も、多数の艦船を沈めたと報告している。
この時代の海上戦闘における索敵方法は、基本的に目視である。
望遠鏡や双眼鏡で敵を捉え、肉眼で確認出来る位置について砲撃を行なう。
特に艦娘は人間サイズな為、大型の船と比べて遥かに被弾面積が少ない。
だから基本的には数百メートル以内で砲撃戦を行なっていたし、
鎮守府襲撃の時の様な乱戦になれば十メートル程度の至近距離で戦う事もあった。
艦娘達は目視で敵を探知する。
しかし、この時ばかりは少し違った。
今回の作戦では、戦艦長門にある装備が備えられている。
電探、いわゆるレーダーであった。
《21号対空電探》は、その名の通り対空レーダーの一種である。
だが、この21号電探は水上の艦船を捉える事も可能だった。
「五十鈴から借りてきて良かったな……」
長門が呟く。
21号電探は元々《長良型軽巡洋艦五十鈴》の装備であったが、
提督の命令で長門に移されていたのだ。
本来なら補給や輸送任務の艦隊旗艦となる五十鈴だが、
この作戦が終わるまで彼女は鎮守府で留守番を続ける必要があった為
宝の持ち腐れにする事もなかろうという話になったのだった。
日本帝国製のレーダーは、アメリカなど他の国と比べて酷く性能は劣る。
日本が諜報活動を軽視していた事の一つであろう。
艦娘用の電探も決して性能が良いとは言えなかったが、
その様な不確かな装置を「借りてきて良かった」という長門。
これは単に相手を探知出来るか否かではなく、
今この戦闘の戦術にかかわる意味で彼女はそう言ったのだ。
「予定通り、各隊は『に号作戦』を開始して下さい」
第零艦隊旗艦である赤城が号令を発する。
戦艦を中心とした第一分隊の二つの戦隊が、敵の艦隊目掛けて正面から進攻を開始した。
第一分隊に所属しているのは赤城を旗艦とした第一戦隊、霧島を旗艦とした第二戦隊、
そして電を旗艦とする第一水雷戦隊である。
正面から攻撃を仕掛けたのは第一、第二戦隊。
それは第零艦隊が持ちうる全ての戦艦を投入する戦法であった。
赤城と加賀を後方に据え、長門達戦艦隊は砲撃戦を開始する。
南シナ海に響く轟音は、いつもより激しさを増していた。
それもそうであろう、両軍の戦艦隊が正面から殴り合いをしているのだ。
実際に主砲を撃ち合っている戦艦達ですら、その砲声に耳をつんざかれんばかりである。
音だけではない。
飛んでくる砲弾は、着実に両軍の命を削っていった。
深海棲艦の砲弾。
恐らく戦艦クラスの主砲であろうそれを身体に受けた長門は、
一瞬意識を奪われそうになりながらも歯を食いしばって耐えた。
彼女は第一分隊の三番艦であるものの、実質戦艦隊の隊長だ。
柔な身体でもないし、元となった通常艦艇の長門は日本海軍の旗艦を務めた事もある。
長門にとって、主砲が一発直撃した程度では戦線を離脱する理由にならない。
それを決めたのは彼女を造った技術者でもなく、提督でもない。
長門自身がそう決めたのだ。
「ぐっ! ……フフ、効かん、効かんよ。
待ちに待った艦隊決戦だ。
僅かな時間ではあるが、楽しませてもらう!」
長門の41センチ三連装主砲、その砲口から巨大な火炎が噴き上がる。
放たれた砲弾は敵の戦艦に命中し、たった一回の射撃でその上半身を消し去った。
その瞬間を確認出来た者は居なかったが、もし他の艦娘がそれを見ていたら。
皆は改めて長門の威力に戦慄したであろう。
長門の目はギラギラと獲物を見つけた獣の如く輝いていた。
彼女をよく知らない者が見れば、それは天龍など目ではないほどの戦闘狂に見えただろう。
長門は決して粗暴な艦娘ではない。
しかし、彼女の前世である戦艦がその真価を発揮出来なかった事。
艦隊決戦ではなく、核兵器の実験台という形で無念の最期を遂げた事が転じて、
艦娘長門に死に急ぐ理由を与えているのかも知れない。
長門自身は気付いていないが、一部の者はそう解釈していた。
「長門サン、少し下がって。作戦を忘れちゃ駄目ネ!」
金剛が長門を制する様にカバーする。
彼女とて、最も新参者の戦艦ながら戦果を伸ばしつつあるエースの一人である。
普段のハイテンションかつエキセントリックな性格を忘れさせるほど、
戦場においては冷静さを持ち合わせていた。
彼女は口元を微笑の形に曲げる余裕すら持って、長門の前に出る。
「そろそろ来るんじゃないデスカ?」
「む、そうだな。少し熱くなり過ぎたか……」
長門がレーダーに注意を払う。
21号電探のレーダー表示器は、
後に当たり前となる円形に敵が光点として表れるPPI表示方式ではない。
縦軸と横軸に心電図の様な波形が表示されるAスコープであり、
この表示方式は距離は判れど方位は判らなかった。
だから長門は電探を敵や味方が居そうな方向に向け、距離を測っていた。
そして21号電探は、敵艦隊と味方艦隊を捉えていた。
正面衝突した自分達戦艦隊と、敵深海棲艦隊。
そして、その側面から忍び寄る第零艦隊各部隊を。
「やはりだ。敵艦隊は、電探を装備していない!」
長門が叫ぶ。
今回の戦術を考えるにあたり、提督は艦娘の知恵を募った。
ただ、副長の指摘によりその作戦が不十分だという事に気付く。
提督と副長は攻略作戦を練り直し、その過程で一つの事情に目を付けた。
破壊し制圧した北東部の敵要塞に、電探の残骸が見つからなかったのだ。
――もしかしたら、敵艦隊が電探を装備していない可能性がある。
そう考えた副長は事前に決まっていた包囲作戦に手を加え、
戦艦隊を用いた正面突破を試みると見せかけた戦法。
つまり、最初に言い出した那珂ではなく戦艦隊による囮作戦を発案した。
最初に戦艦による総攻撃と見せかけ、
釣り出したところで側面から他の部隊が叩くという寸法である。
戦艦隊が味方艦隊を誤射せずにタイミング良く連携を取る為、
長門が持つ五十鈴の21号電探は大いに役立っていた。
「彩雲と戦艦を用いた副長さんの二重囮作戦……
『に号作戦』の計は成ったのです!」
「へぇ、口だけのボンクラ眼鏡じゃなかったんだな。
またぞろ『副司令であり参謀長の私が~』とか威張ってそうだ」
第一水雷戦隊を率いる電が敵艦隊へ横槍を入れる。
天龍と龍田も一緒だ。
側面からの奇襲により、敵深海棲艦隊に混乱が見られる。
深海棲艦は一瞬、後退する様子を見せたが手遅れであった。
空母蒼龍率いる第一航空戦隊が、基地を爆撃したからだ。
これにより、深海棲艦の泊地である島の要塞も無力化された。
「もう勝負はついておる、迂闊な追撃は止めよ!」
電達と反対方向から側面を突いた第三戦隊は、利根の制止により陣形を整え直す。
敵艦隊は第零艦隊が敷いた包囲を抜け、敗走にかかっていた。
包囲を突破させたのはわざとである。
人間にしろ深海棲艦にしろ、自らの死を厭わない兵は手強い。
死兵を相手にする必要はなく、島の制圧が今回の目的だ。
逃げた敵を追撃するにしても、余裕を持って当たるべきである。
だが、ここで第零艦隊全員にとって予想外の出来事が起きた。
深海棲艦にとってもそうだったかも知れない。
敗走する数隻の深海棲艦。
その中には、戦艦のフラグシップも残っていた。
戦場から脱出する深海棲艦隊に向け、一筋の航跡が走っている。
一人の艦娘が、敵艦隊を単独で追撃していたのだ。
「あのバカ!」
その戦場に居る誰が言ったとしてもおかしくはない台詞。
第零艦隊全員の思考は、この一時だけ完全に一致していた。
提督の乗艦くぜがわを守るべきはずの艦娘、
駆逐艦島風がたった一人で敵艦隊へ向け猛進しているからだ。
島風は恐るべき速度で、戦艦フラグシップを含む敵艦隊へと迫る。
「利根分隊長、助けないと!」
「あ、ああ。当たり前じゃ! 第三戦隊、援護射撃に向かう!」
慌てた加古の声に、一瞬困惑していた利根は独断で追撃命令を出す。
他の隊も急いで向かうが、間に合わない。
加古は遠距離から牽制射撃を行なうが、気休めの脅しだ。
敵艦隊は単艦で寄って来る島風を迎撃しようとする。
せっかく蘇った命をまた無駄に散らすのかと、加古は島風に向かって叫ぶ。
「島風っ!」
第三戦隊と島風の距離はかなり離れている。
しかし、加古には見えないはずのものが見えた気がした。
島風の笑みである。
敵艦隊の砲撃が、島風へ向けて放たれた。
戦艦フラグシップの主砲が水面を跳ね上げる。
水柱の中から、見間違えようの無い耳が現れた。
島風の、うさみみだ。
「――島風からは、逃げられないって!」
瞬間、敵戦艦フラグシップは爆発を起こした。
援護に向かっていた第三戦隊の面々からは、何が起こったかまったく見えない。
それが島風の酸素魚雷によるものだという事を知るのは、戦闘後である。
「何だか知らんが、このまま一掃する!」
むしろ、もうどうにでもなれという気持ちで利根が言う。
その後、島風に追いついた第三戦隊は敵艦隊を壊滅させた。
この戦いで島風が沈めた敵艦は戦艦フラグシップ一隻、及び重巡二隻。
たった一隻の駆逐艦が挙げた戦果としては、これ以上無いものであろう。
多大な戦果に対する報酬が何であったか。
それは提督と霧島が愛用する、ひしゃげた鉄板が語っていた。
こうして、諸島攻略作戦は終了した。
第零艦隊は東側を、第三艦隊は中央を、呉の第八艦隊は西側を制圧する。
恐るべきは、第八艦隊だ。
第八艦隊提督の来河中将は古鷹の艦隊を失ったのにもかかわらず、
100隻を超える南西部の敵艦隊を一回の戦闘で殲滅していた。
来河中将は艦娘を兵器だと思っており、
この成果は艦娘達を駒として酷使した結果のものだと噂されている。
しかし噂が何であれ、第八艦隊が圧倒的な戦果を挙げたのは事実であった。
第零艦隊は停泊地に帰還する事となる。
まだ敵の残党が残っている可能性もあり、
完全なる制海権を手に入れるまで横須賀へ帰るわけにはいかなかった。
各艦娘はくぜがわの上で応急修理を受けながら、島の仮設ドックに帰還する。
長門を始め多少被弾した艦娘は居たものの、戦死者はゼロ。
戦果よりも生き残る事を信条としている第零艦隊の面々にしてみれば、
今回の作戦は大成功だと言えた。
「――これで、この諸島は占領出来たと言ってよいでしょう。
今までは危険を伴っていた東南アジアとの貿易も、いくらかはマシになるはずです。
資源に余裕が出れば、戦力も強化出来て戦い易くなります」
くぜがわの甲板上で、青葉が言う。
そうだな、と利根も頷いた。
「問題は諸島防衛をどうするかだが、資源さえあれば艦娘は増産出来る。
横須賀と呉以外にも、各海軍基地は頑張っておる様だ。
この調子で行けば、いずれ深海棲艦との戦争には勝てる。
相手とて、無限に艦を生産し続けられるわけではあるまい。
元が艦娘の……おっと」
言いかけて、利根は口をつぐんだ。
深海棲艦が艦娘の亡霊なら、
艦娘が死ななければ敵は増えないというわけだと言おうとしたのだ。
だが、深海棲艦の正体を知っているのは島風と戦った面子のみである。
誰が聞いているか分からない甲板で喋る話ではない。
第三戦隊が雑談をしている中、加古は俯き黙っていた。
そんな様子を心配してか、青葉が声をかける。
「どうかしましたか? 不安要素は無かったはずですが」
「……いや、あたしの役割って何だろうなと思って」
それを聞いた第三戦隊の艦娘達は、一様に黙りこくる。
神妙な顔をしているわけではない。
むしろ、どこか後輩を思いやる様な慈愛の表情をしていた。
そして、それは比喩表現ではなかった。
青葉は、加古の手を取る。
「別に、今回は特別何も出来なかったわけじゃないでしょう?」
「そうなんだけどさ、やっぱり個人で戦果を挙げないと、
皆の役に立ってるって感覚が薄いんだよね。
現代の集団戦闘では個人の武勲なんて意味を成さないのも知ってるよ。
でもやっぱり、私は誰かを守ったりして認められたいって思うんだ」
「今でも十分認められてますよ。
……って、そういう事じゃないんですよね。
それはやっぱり、七号さんの影響ですか?」
「ああ、七号は凄いよ。
あたしと変わらない型の艦娘なのに、第三艦隊の旗艦をやってる。
さっきも、大活躍してるって無線がくぜがわに届いてたしね。
嫉妬してるわけじゃない。
多分、きっとあたしは七号みたいなキラキラした『人』になりたいんだと思う」
直後、ゴンッという音が甲板に響いた。
加古は痛みを感じて頭を押さえる。
顔を上げると、加古の目の前に古鷹が立っていた。
恐らく、主砲か何かで加古の頭を引っ叩いたのであろう。
砲塔が歪むので危険な行為ではあるが、
古鷹は自分でも思わずやっちゃった、という顔をしている。
「痛ったぁ! 何すんのさ、古鷹」
「加古、らしくないよ。
いつも通りに何も考えないで寝てばっかりいるのが私の知ってる加古なのに」
「あたしそんなふうに思われてた!?」
「ふふ、まぁね。でも、それって成長してるって事でしょう?
マイナス思考になるのは駄目だけれど、考えるって事をする分には良いんじゃないかな」
「考える……あたしが?」
ここで初めて、加古は自分は『考える』という行為をしている事に気付く。
電から艦娘の役割、存在意義について聞いた時、加古は電の様な人であろうとした。
その『人』というのは、こうやって考える事。
思考停止をせずに、考え続ける事なのだろうと、初めて気付いたのだ。
――自分は、皆と一緒に頑張っている。
加古は、そう思えた自分自身を少し誇らしく思った。
仮設ドックに帰還した第零艦隊は、補給と整備を受ける事となった。
この後は残敵を掃討し、完全に諸島近辺を占領出来た時点で鎮守府へ帰れる。
艦娘達が入渠していると、第三艦隊と第八艦隊も帰ってきた。
修子中佐の駆逐艦たつともと、来河中将の戦艦《摩天楼》が沿岸に停泊する。
その甲板から、ぞろぞろと艦娘達が飛び降りてきた。
「あれが第八艦隊かぁ……」
整備の完了した加古達第三戦隊は、ドック周辺にたむろしていた。
そこから、第八艦隊の艦娘を遠目に見やる。
どれも見知った顔だが、第零艦隊の艦娘とは違う個体だ。
もしかしたら同じ加古型が居るかも知れないとも思った。
つい一ヶ月ほど前まで自分は古鷹と共に第八艦隊に居たのだが、
新しく加古十九号が建造されている可能性もある。
そうした場合、自分は果たして同型の妹に先輩として振舞えるのだろうかと思う。
第三艦隊の旗艦などという大役を務めている加古七号の様に。
「もう、加古、ちょっと前まで同じ鎮守府で暮らしていた仲間でしょう?」
「そうは言うけどさ古鷹、あたしは建造されて間もなかったからさ。
実質訓練兵時代で、古鷹以外の第八艦隊員ってよく知らないんだよね」
「せめて主力艦隊ぐらいは知っておこうよ。
まず、第八艦隊の旗艦はあそこでボーキサイトを貪ってる――」
古鷹が言いかけた時、提督が第三艦隊の駆逐艦たつともから走ってくる。
額には大量の汗をかいており、形相も尋常ではない。
提督は第三戦隊が居る所まで全速力で走り、息を整える事もせずに声を挙げた。
「――加古!」
「うん?」
提督は加古の目の前でやっと止まり、息を荒げながら真剣な目つきを向ける。
何か用だろうかと聞き返す前に、提督は加古を勢いよく抱きしめていた。
第三戦隊の面々は、それぞれの反応を浮かべる。
ほう、と意外そうな顔をしているのは利根であるし、
咄嗟にカメラを構えようとするのは青葉であった。
「な、何さ提督! それはショタコンを隠す為の演技じゃなかったの!?」
わたわたと慌てる加古の顔を、提督は両手で掴む。
それから艤装を触り、手足を触り、胸に耳を押し当てる。
当然の如く、加古は赤面して提督の頭を引っ叩いた。
「何だよ、いきなりっ! そういうのはもっと――」
「お前は、何とも無いな!」
ビクリと、加古は震える。
提督の叫び声と表情がただ事ではなかったからだ。
何とも無いな、とはどういう事なのだろうか。
加古が困惑していると、提督はハッと我に返り息を吐く。
何度か深呼吸を繰り返し、鼓動を抑える様に自分の胸を掴んだ。
「……加古、お前は、何とも無いな?」
「何ともって何さ。整備も補給もちゃんと完了したけど?」
「いや、大丈夫ならいいんだ。
ちょっと気が動転していただけで」
提督は胸を押さえながら言う。
そして苦しそうに、何か辛い感情を搾り出す様に加古に話した。
「修子のたつとも……甲板に行ってみろ。
お前は、多分見といた方が良い」
それだけ言うと、提督はややふらついた足取りで自分の乗艦へと戻っていった。
一体何があったのだろうか。
利根が、「提督があれほど取り乱すのは珍しい」と評する。
これは大事だと、加古は駆逐艦たつともの甲板へと向かう。
第三戦隊の仲間も、それについて行った。
たつともの甲板に上がると、第三艦隊の艦娘達が人垣を作っていた。
誰もが暗い顔をしており、中には泣いている艦娘も居る。
その時点で、新兵である加古以外の面々はおおよその事情を察する。
「戦死者が出たか……」
利根が第三戦隊のみに聞こえる程度の小さな声で呟く。
他の隊員もその言葉に頷いた。
加古は建造されたのも実戦投入されたのもごく最近である。
だから艦娘の死というものを、漠然とした概念でしか把握出来ていなかった。
そしてその漠然とした概念はこの時、はっきりと形を伴うものとなる。
人垣の中心で倒れている艦娘と、それにすがりつく修子中佐。
倒れている艦娘の服装に気付いたその直後、加古は悲鳴を上げてそれに駆け寄っていた。
「――七号!」
嘘だ、と思う暇も無かった。
まだ生きていると疑わなかった。
加古が駆け寄り、倒れた艦娘の顔を覗きこむ。
見間違えようのない、自分と同じ顔。
しかしその顔は、その頭は左上が無くなっている。
艦娘にとっての脳みそである機器が露出し、流れ出た重油がそれを黒く染め上げていた。
先程、加古は『考える』という行為を自覚した。
そしてそれが出来る事を人間らしい、誇らしいとすら思った。
だがこの瞬間、加古は思考を停止した。
放棄したと言った方がいいのかも知れない。
自分に知能があるという事を、自分がこの現状を理解出来る事を信じたくなかった。
第三艦隊提督の祖音修子中佐は、ずっと涙を流し続けている。
それに対し、加古は目の前の光景を見てもそうする事が出来なかった。
視覚はそれを捉えていても、頭がそれを現実のものだと思いたくない。
もしくは現実だと理解していても、心が追いついていない。
加古はただ、その場に立ち尽くしている。
「……流れ弾に、当たったの」
加古の肩に、とある艦娘が手を置く。
模擬戦の時に戦った、正規空母の瑞鶴だ。
自分の肩に手をかけられているというのに、加古は振り返る事も出来なかった。
「諸島中央部の制圧が完了して、帰還する途中に遭遇戦になって。
負ける戦いじゃなかった。
この加古も島の制圧では大戦果を挙げてて、後は帰るだけだったのに――!」
目の端に涙を溜めて耐えていた瑞鶴も、堪えきれなくなったのか嗚咽を漏らす。
「もういいだろう! 加古、こっちに来い!」
利根が人垣を割って、加古の肩を抱く。
分隊長として、仲間の精神がこれ以上痛めつけられるのを見ていられなかった。
しかし利根が触れても、身体を揺すっても加古は動かない。
呆然と、ただただ呆然と、残骸となった姉を見下ろしていた。
その様子を見て、青葉が誰にともなく言葉を紡ぐ。
「加古は……『過去』は消えない。
記憶と共に薄れていきますが、過去が今の自分を突き動かす原動力になる事もある。
前世の自分を知っている私の様に。
ですが……! ですが、これはあまりにも……!」
この日、第三艦隊の航海日誌にはたった一行でこう書かれている。
「艦娘、古鷹型重巡洋艦加古の七番艦は流れ弾に当たり、本日轟沈せり」と。
~後書き~
すいませんでしたぁ!
いつもの持病ではなく、設定集が9月初めではなく下旬に発売
(後に10月へと正式決定)
と聞いて、じゃあ発売まで時間に余裕があるかーとか余裕ぶっこいてましたぁ!
9月までに完結とかナマ言ってすいませんでした!
今後(あと二~三話くらい)は締め切りとか生意気言わずに着実に完成させます。
前回の投稿後に瑞鶴さんが建造出来たので、今回登場してます。
現在持っていないのは大和、ゴーヤ、飛龍、翔鶴、
衣笠、鈴谷、熊野、初風、舞風 です。
持ってない艦娘は今作に登場しません。
ただ、この中の一部は最後にチラッと。
設定集が出た後はそれ準拠のを書くと以前言ったが、
そうすると艦娘全てを持っていないとまずい。
建造運は無いし、響のヴェールヌイへの改造とかレベルが足りなさ過ぎるんだが……
出来るだけ艦娘は持っている者だけを書きたいので、
ひたすらキス島回してレベル上げしてます、はい。
でも衣笠さん出ないです。
※2015年3月2日、
21号電探に関する説明を加筆。