第零艦隊これくしょん初期型   作:朝比奈たいら

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第七章『ワレフルタカ』

 

 

 

ツリー島の仮設ドック内で、加古は目覚めた。

珍しく早起きだ。

もう少し眠ったままでいたい。

朝起きて昨日の事が現実だと思い知らされる時間を、先送りにしたい。

そう思っていても、身体が言う事をきかない。

眠れない事がこれほど辛いというのを、加古は本当の意味で知った。

 

まだ起床時間ではないが、加古は辺りをぶらつく事にする。

じっとしていると、余計な事を考えてしまいそうだ。

ドックを出た直後、加古は古鷹にバッタリと会う。

古鷹は加古の顔を見て一瞬不安そうな表情をしたが、すぐにばつの悪そうな微笑へと移る。

 

「珍しいね、加古がこんなに早く起きるなんて」

 

「うん、たまにはね」

 

「眠った加古を起こすのは、私の役割だったんだけどなぁ……」

 

そう言って、古鷹と加古は一ヶ月と少し前の事を思い出す。

加古の寝坊癖はその頃から既にあった。

それを毎日の様に起こしてやっていたのが、古鷹だ。

ばつの悪そうな顔をしているのは、自分の役目が必要無かった事に対するものであろう。

 

ぎこちない会話をしていると、二人は自覚していた。

昨日死んだ加古七号の事を話題に出さない様にしている。

だが、そうするしかない。

朝っぱらからあえてする話ではないだろう。

彼女達はそれを理解した上で、昨日の話を避けていた。

 

しかし、それには無理があった。

二人は次に何の話題を選べばいいか、分からなかったのだ。

だからお互いに、相手が七号の話題を避けている事に気付いてしまう。

そうすると、ただひたすらに居心地の悪い空間が出来上がった。

耐え切れなくなった加古は、古鷹との話を終えてこの場から逃げようとする。

二人がすれ違った瞬間、古鷹が引き止めの声を上げる。

 

「七号の、葬儀が始まるから……」

 

「葬儀?」

 

加古は建造されて間もなく、艦娘の葬式というものを知らない。

第零艦隊に着任してから戦死者は現れていなかった。

人間と同じ様に燃やしたり土に埋めたりするのだろうか。

それとも、やはり艦娘は海に還したりするのだろうか。

 

「〇八〇〇時ちょうどに、少し沖に出て雷撃処分を」

 

「雷、撃……!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、加古は駆け出していた。

古鷹が制止する間もない。

加古は第三艦隊の仮設ドックへ向かい、沿岸に停泊している駆逐艦たつともに乗り込む。

第三艦隊に所属する艦娘達が、走る加古を見て驚きの声を上げた。

それが七号ではなく、第零艦隊の十八号だと分かると、艦娘達は一様に肩を落とす。

彼女達も加古と同じく、現実を認めきれていなかったのであろう。

 

たつともの艦橋に飛び込む。

中には艦橋員と、第三艦隊提督である祖音修子中佐が居た。

加古は修子中佐に詰め寄る。

胸倉を掴まなかったのは、修子中佐の目が赤く充血していたからだ。

 

「七号を、雷撃処分するって……!」

 

「そうだよ」

 

修子中佐は、さも当然かの様な口調で返す。

その言い様に、加古は怒りを覚えた。

修子中佐は泣いていたようだが、その素振りは冷静な艦隊司令官のそれに戻っていたからだ。

その冷静さが無理をして作られたものだというのに、加古は気付けない。

 

「何も……何もそんなやり方をしなくたって――」

 

「よく聞きなさい、加古十八号」

 

鋭さのある声で自分の名を呼ばれ、加古は硬直する。

 

「艦娘が死んで、深海棲艦になるのは知ってるよね」

 

「それは……」

 

「ああ、安心して。ここに居る艦橋員には伝えてあるから大丈夫。

 ……死んだ艦娘は、海に沈んだ後に深海棲艦へと変貌する。

 そのメカニズムは解明されていないけど、ある仮説が立てられているの。

 艦娘が原型を留めているほど、強力な深海棲艦になりやすいってね。

 強力な深海棲艦は、大体人の顔をしているでしょ?」

 

「だから雷撃処分で……」

 

原型を留めないほどに破壊するんですね、という言葉はさすがに口に出来なかった。

 

「これは、あくまで仮説。

 実際には深海棲艦が生まれる所を見た人間は居ないし、

 人間の形のまま沈んだから深海棲艦になるって話も信憑性が無い。

 上層部がビビッてそういう勝手な決めつけをしてるだけよ」

 

「それが分かってて、なんでやるんですか」

 

「軍の決まりだから。

 私は日本海軍の中佐で、中佐っていったらそこそこ偉いでしょ。

 だから私の勝手で加古七号を土に埋めたりは出来ないの。

 私は第三艦隊の提督で、部下の命と立場を預かってるから」

 

「そんなもんでしょうか」

 

加古は言った。

それを聞いて、修子中佐は黙り込む。

これ以上話していても、七号の遺体が雷撃処分されるのは変えられない。

ならば無駄な議論だと、加古は艦橋を後にする。

加古の足音が完全に聞こえなくなってから、

修子中佐は糸が解けたかの様に椅子にもたれかかった。

 

「らしくないなぁ……」

 

修子中佐はそう呟く。

数年前の彼女なら、加古と同じ事を考えた。

上層部の命令に逆らってでも、加古を人間と同じく供養したであろう。

しかしそうするには、彼女の提督という役職は少々重すぎたのだ。

他の艦娘達と胸を張って生きていくには、

親友の遺体を粉々にする事すらしなければならなかった。

 

加古七号は、良い奴だった。

修子中佐は七号が自分の艦隊に編入された時からそう思っていたし、

今でもその気持ちが変わる事は絶対に無いと断言出来る。

その「良い奴だった」というのは、過去形になってしまった。

そしてその良い奴という印象は変わる事は無いだろう。

七号は修子中佐にとって、良い奴という印象のまま消えてしまったのだから。

 

――あいつは、私の事を親友と思ってくれていただろうか。

 

修子中佐がそう頭の中で呟いてみても、七号の声は返ってこない。

自分が提督として艦娘を大事にしているという自負はある。

加古七号は第三艦隊の旗艦で、修子中佐は彼女を大切な友人だと思っていた。

だが何の因果か、「私達は親友だ」とはっきり公言した事は無い。

二人きりの時も、それを言った事は無かった。

七号は自分の事をどう思っているか。

それを聞き出せないまま逝ってしまったのだ。

もっと話しておけばと後悔しても遅い。

 

「ほんと、私らしくない」

 

「そうですね、らしくないですね」

 

「ああ、らしかねぇな」

 

「ですな」

 

独り言を呟いたつもりが、どうやら艦橋内に響いていたらしい。

通信、電探担当の女性オペレーターが修子中佐にそう返す。

それに続いて副長、砲雷長、その他艦橋に居る全員が声を挙げる。

修子中佐は憮然とした顔をした。

それを見て、部下達はにやついた微笑を浮かべる。

決していやらしい笑みではない。

例えれば、戦友同士が皮肉を言い合う時の笑い方だ。

 

「解ってる。七号が死んで自棄になっても仕方ない。

 今ここにも仲間達が居るってね」

 

そう、修子中佐の仲間は加古七号だけではない。

艦娘達もそうだし、今ここで笑っている部下達もそうだ。

次に彼らの内誰かが死んだ時、

「加古七号の時の様に腹を割って話し合う前に死んでしまった」とはなりたくない。

修子中佐が今出来るのは、生きている仲間達を大切にする事だ。

ただそれにしても、加古七号が過去形になってしまうのには慣れたいと思わなかった。

七号は今でも、これからも祖音修子の親友なのだと。

 

 

 

〇八〇〇時ちょうどに、第三艦隊旗艦加古七号の雷撃処分が行なわれた。

花を添える事も、念仏を唱える事も無い。

ただ残骸と呼ばれる遺体を海に放り出し、それを魚雷により打ち砕く。

加古七号は第三艦隊旗艦として立派に職務を全うした。

それは、雷撃処分の魚雷を放つ駆逐艦達の表情に表れている。

第三艦隊の艦娘達はその瞬間、誰もが涙を流していた。

 

第零艦隊の加古も、その場に立ち会っていた。

実感が無いわけではないが、いざ葬儀が終わってみてもまるで現実感が無い。

破砕されて沈んだ七号が突如浮かび上がり、

 

「や、十八号。あたしがこの程度で死ぬと思った?」

 

などと言ってからからと笑いながら肩を叩いてくるのではないか。

七号が粉々になったのを目の前で見たというのに、そんな感覚が拭えなかった。

 

泊地に帰る途中、加古は駆逐艦たつともの甲板上で修子中佐から手招きされる。

修子中佐は隣に正規空母の瑞鶴を連れて立っていた。

瑞鶴はその手に艦娘用の20.3センチ主砲を抱えている。

硝煙に炙られ、使い込まれた砲だ。

その砲を眺める瑞鶴の淋しげな表情から、七号の遺品なのだと気付く。

 

「やられたのは頭だったからね。

 武装はほとんど無傷で残ったよ。

 この主砲は加古十八号、あんたに使って欲しい」

 

「でも良いんですか、中佐」

 

「まぁ、そっちの方がこっちの加古も喜ぶと思うからね。

 葬儀が終わったら、もう悔やんでる暇は無いよ。

 忘れるわけじゃない。

 心の中に留めつつも、今生きている皆と前を向いて行くんだ。

 第三艦隊も、瑞鶴を旗艦に気を引き締めてこれからを暮らしていかないとね」

 

「えっ、修子提督! 私、それ聞いてませんよ!?」

 

「ああ。今言ったからね。

 第三艦隊旗艦の任は重いよ、瑞鶴」

 

やや明るさを取り戻した修子中佐の表情に、慌てた様子の瑞鶴が食って掛かる。

その日常的光景は、七号が過去形になった事を感じさせた。

しかし、それでも彼女達は未来を考えている。

しょうがないのだ。

居なくなった者が過去形になってしまうのは、しょうがないのだ。

ならば、自分も普通に頑張って生きていこう。

そう、加古は自分を納得させた。

 

加古と第三艦隊の面々は泊地に戻り、解散する。

諸島攻略はほぼ完了したとはいえ、まだ事後処理が残っている。

敵の残党が居る可能性もあるし、

制海権を完全に確保したと断定出来るまでは安全と言えない。

各所を艦娘に哨戒させつつ、修子中佐はたつともの自室で書類をまとめていた。

すると、不意に扉がノックもせずに開かれる。

 

「……よう、調子はどうだ?」

 

現れたのは、第零艦隊の提督であった。

修子中佐は、それを優しげな笑顔で迎える。

 

「マイド、もしかして私が立ち直るの待ってた?」

 

「あぁ、うん」

 

それを聞いて、修子中佐は軽く溜息を吐く。

この男は、いつもこうなのだ。

自己中心的に騒いでいるくせに、妙なところで気を遣う。

そして、絶対に嘘が吐けない。

何故今この部屋に来たのかと聞けば、

修子が正気を取り戻すまで待っていたのだとはっきり言ってしまうであろう。

 

「それで、何しに来たの?」

 

「まぁ、何だ。優秀な提督であるお前は仲間の死に慣れなくて、

 優秀な艦娘を持つ俺もそうだ。

 他の艦隊と違って、俺らは艦娘をガンガン轟沈させたりしないからな。

 それに、お互い艦娘を人間と変わらない者だと思っているわけだし。

 第零艦隊も、深雪が一度沈んだ時は今のお前みたいになったよ。

 ただ、そういう時って結局前に進むしかないんだよな。

 居なくなったもんは二度と蘇らないわけで……

 ああ、いや、確かに深海棲艦としては蘇るかも知れんけど――」

 

いつもより饒舌にぺらぺらと喋る提督。

数分に渡る台詞を真面目に一字一句聞き逃さずにいた修子中佐だが、

ついに耐えかねて提督に近づき、みぞおちに拳をそっと当てる。

提督はそこで、言葉に詰まった。

 

「――ああ、それでな。それで。

 ……ええっと、俺、何が言いたいんだろうな?」

 

「ほんと、あんたって野郎は……」

 

修子中佐は、当てていた拳をゆっくりと押し込む。

提督は怯むわけでもなく、修子の頭に手を置いた。

 

「あー、俺、やっぱおかしな事してる?」

 

「当たり前でしょ。

 もしかして、加古七号が死んで一番テンパってるのはあんたじゃないの?

 あんた、ウチの加古の事好きだったでしょ」

 

「はぁ!? 俺が、何でぇ!?」

 

「違うの? だから第零艦隊にも加古型を欲しがって、十八号が来たんだと思ってたけど」

 

提督は珍しく狼狽する。

確かに、加古十八号を呉鎮守府から引き抜いたのは自分だ。

そしてそれは、第三艦隊の加古七号を見て羨ましいと思ったからだ。

だがそれは艦娘艦隊の戦力という意味の上であり、

加古という少女に対して恋愛感情を持っていたからだとは自覚していなかった。

 

とはいえ、修子中佐の弁は腑に落ちる。

提督は加古型が欲しくて、わざわざ呉から引き抜いた。

しかし、第零艦隊に配備されていない空母瑞鶴や翔鶴の配備要請は出していない。

第三艦隊の瑞鶴翔鶴を見て羨ましいとは思うが、

それを手元に持って置きたいという気持ちは加古型ほどは無い。

という事は、提督は加古七号に惚れていたという事になる。

 

「マジかぁ……自分でも全然気付かなかったわ」

 

「自分はショタコンとか思いながら、前に加古がタイプだとも言ったんでしょ?

 それも大勢の前で。

 だったら、それは本当の気持ちでしょうよ。

 あんたそもそも絶対に嘘は吐かない主義じゃない」

 

「無意識って奴ぁ恐ろしいなぁ。

 ところで修子、俺が加古だか加古型だかを好きだとして、一つだけ昔話がある」

 

提督はそういうと、少し気まずそうにしてから深呼吸をする。

 

「あー、数年前にだな、一人の明るい少女が居た。

 そいつは自己中心的で、凄くわがままで、でも自分の筋は通す奴だった。

 その明るい性格は、今の加古とちょっと似てる。

 だけどその少女は、偉くなるにつれて徐々に……ほんの少しだけ変わっていった。

 自分の自己中心的考えよりも、上の命令や部下の事を考えちゃうように。

 後、何か無駄に意地悪になってきた」

 

提督は言葉を紡ぎつつも、身体が触れ合うほど近くに居る目の前の女性が

酷く不機嫌で悲しげな表情をしている事に気付いてさらに居心地が悪くなる。

それでも、何故か今ここでそれを言っておかねばならない気がした。

腹を割って話す前に、相手の心を知らぬまま死ぬのは嫌だったからだ。

 

「だから俺がもしも本当に加古を好きだとしたら、大体そいつのせいだ。

 でもな、その女が今でも昔のままだったら。

 周りを気にせず自己中心を貫く女だったら、俺は……」

 

「何よ」

 

「俺は、軍を辞めてでもその女とくっついていたかもしれん」

 

最後まで吐き出した提督。

その胸元に、修子中佐は頭を預ける。

ぐすり、と、修子は涙を流していた。

それを聞いて、提督はどうしたらいいか分からなくなる。

目の前の女が原因とはいえ、自分は極度の恋愛嫌いなのだと。

 

「今更……」

 

修子は言葉を続けようとする。

こちらも、腹を割るべきだと思ったからだ。

提督の胸の中で、修子中佐は顔を上げた。

 

「今更だけど――」

 

言いかけた時、不意にドンドンと音がして二人は妙な悲鳴を上げつつ飛び跳ねた。

誰かが、部屋をノックしているのだ。

額に汗をびっしり浮かべた二人が目を合わせる。

提督が大げさに両手を広げるのを見て、修子は酷くイラついた。

肝心なところで邪魔をするのは誰だと、修子中佐は渋面を作って扉を開ける。

そこには、いかにもエリート気質で傲慢な顔つきの壮年男性が立って居た。

 

「ふむ、男を連れ込む暇があるとは、思ったよりも余裕らしいな」

 

「――クルガ提督!」

 

真っ先に反応したのは、第零艦隊の提督である。

今までの空気はどこへやら、顔を紅潮させてひまわりの様な笑顔を浮かべる。

部屋に入ってきたのは、呉鎮守府の第八艦隊提督である来河利光中将。

提督と修子中佐の、かつての上司であった。

 

「久しぶりだな、マイド少佐。

 相変わらず、百隻の戦力をまともに使いこなせていない。

 私の艦隊から加古型一隻を引き抜きまでしてもそれだ。

 まぁ、貴官の無能さが知れ渡るほど私は点数を稼げるわけなのだが」

 

「はいっ! 自分の未熟さを痛感しているところであります!

 それに比べ、クルガ提督は諸島南西部で大活躍を遂げたとか。

 自分も、再び提督と轡を並べるべく精進させていただきます!」

 

修子中佐は、頭を抱えてベッドに座り込んだ。

よりにもよって、このタイミングで来河中将がやってくるとは。

ただ単に上司が訪ねて来るだけならまだ良い。

しかし、第零艦隊提督のマイドは来河中将を異常なほどに崇拝しているのだ。

来河中将は艦娘を兵器扱いする様な人物であり、

傲慢で不遜な性格からして嫌われるタイプの人間である。

だがマイド提督は、何故か来河提督を心の底から尊敬出来る上司だと思っているらしい。

名前を「クルガ」とカタカナで熱のこもった呼び方をしている時点で、

提督が来河中将に何らかの好意を抱いているのが丸分かりだ。

 

だから、先程まで部屋に漂っていた甘酸っぱい雰囲気は雲散霧消してしまう。

女よりもおっさんが大事なのかと修子は叫びたくなったが、

もし提督がイエスと答えてしまったら精神的に立ち直れなくなるし、

そもそも提督が恋愛嫌いのショタコンに目覚めたのが

一部自分のせいでもあるのは理解しているので修子中佐はそれ以上追究出来なかった。

 

「第三艦隊の艦娘が撃沈されたと聞いて来てみれば、

 祖音中佐はいつも言っているほどセンチメンタリズムではないらしい」

 

「どーも。で、中将はわざわざ私を慰めに来てくれたんです?」

 

「そんなわけなかろう。

 用があるのはマイド少佐の方だ。

 貴官は、我が艦隊の古鷹を預かっているそうだな。

 あいつの分隊はてっきり全滅したものだと思っていたが」

 

「あー、そうそう、そうです。

 古鷹は一隻だけ生き残ったので、第零艦隊で一時的に預かってたんですよね。

 詳しくは古鷹に報告書を持たせて返しますので」

 

「いや、要らんよ。一人だけ生き残った戦隊長など。

 聞けば、新型とはいえ駆逐艦から逃げ出したそうではないか。

 その様な臆病者など、我が艦隊には要らん。

 古鷹には、貴艦隊の様なぬるい部隊がお似合いだ」

 

そこまで言うか、と修子中佐は顔を眉をひそめる。

人間と同じく心を持つ艦娘を兵器扱いし、あまつさえ自分の艦隊には不必要だと言う。

しかしそれを聞いた提督は、顔をぱぁっと輝かせた。

 

「さすが、クルガ提督! 古鷹の性格を見抜き、

 第八艦隊ではなく我が第零艦隊の方に適性があるとお考えになるとは!

 いやぁ、提督の司令官としての能力は見習わなきゃならんです!」

 

「……貴官のその態度は、一度改めた方が私としては助かるのだが」

 

来河中将は不快感を隠そうともせずに返す。

中将が来てから終始浮かれていた提督であるが、ふと思い出した様に指を立てる

 

「そういえば、ここに提督が三人揃った事だし言いますけど。

 今回の作戦、何かおかしいと思いませんか?

 いえ、横須賀鎮守府襲撃からこっち、ずっとそう思ってたんですけど」

 

「ふむ、貴官もそう思うか。

 確かに、深海棲艦への反撃が始まったのはよろしい。

 そもそも深海棲艦の行動パターンなど我々には理解出来んが、

 上層部はそれを踏まえた上であえて諸島攻略に乗り出した。

 中将である私もあずかり知らぬところで、何かが動いている。

 横須賀鎮守府襲撃を退けた勢いと言っても、では何故深海棲艦は横須賀を襲ったのだ。

 単純な数であれば、第零艦隊と第三艦隊の戦力の方が上だ。

 それに、その時の敵には人語を解する深海棲艦は含まれて居なかったのだろう?」

 

「マイドは、ちょっと前にスパイの可能性を疑ってたよね」

 

修子の問いに、提督は頷く。

ただ、疑問に首をかしげていた。

 

「そうなんだよな。

 結局あれは扶桑姉妹の見間違えって事で落ち着いたけど、

 最初に敵艦の数を報告した電探員が引っかかる。

 人の言葉を喋れるほどの知能を持つ深海棲艦が紛れ込んでるのかと思ったけど、

 もしそんなのが居れば電探室の連中が気付くはずだからなぁ」

 

三人の提督はそこで沈黙し、何かがおかしいと思考を廻らせる。

この議論は、提督が鎮守府襲撃の際に受けた一本の内線電話によりもたらされた。

居るはずの無い女性電探員の正確な報告。

些細な事であろうとも、不確かな事情を放置しておくわけにはいかない。

この諸島奪還作戦はほぼ成功したものの、たった一本の小骨が喉に引っかかっている。

それは日本海軍にどの程度の痛みを与える鋭さを持つ小骨なのか。

 

「もしかして、この諸島攻略はまだ終わってないのか……?」

 

「そう考えるべきだな、マイド少佐。

 警戒を強めるのに越した事はない。

 なに、深海棲艦が姑息な手段を用いたとしても、我が艦隊は負けんよ。

 どこぞの提督と違って、私は有能だと自他共に認められているのでな」

 

こうして、提督三人による議論はひとまず終結した。

例え何があったとしても、彼らに出来る事は目の前の戦いに勝つ事である。

艦娘艦隊の提督は、政治家でも大本営でもない。

百隻の艦娘を操る司令官も、実際には戦術レベルの戦闘をする事しか出来ていないのだ。

人類対深海棲艦という戦略レベルの思考を実現させるにしては、

この提督達はあまりに兵士でありすぎた。

 

「一提督が出来る事なんてこんなもんか。

 ……しかし、こういう会話は凄く楽しくあるけど、罪悪感を感じる」

 

「何故かね?」

 

「第八艦隊は、クルガ提督が中心となって動く艦隊でしょう?

 自分の第零艦隊は艦娘達に支えられて生きてますからね。

 艦娘達の知らない所で、提督が三人集まって会議するというのは

 艦娘を除け者にしている様でちょっとどうかなと思うのですよ。

 まぁ、自分としてはこの旧第八艦隊の三人で話すのは好きなんですが」

 

「マイド少佐、それは違うな。我々は提督だ。

 提督にとって艦娘は兵器に過ぎん。

 貴官の様に艦娘に対して何らかの愛情じみた感情を持っていたとしても、

 我々の役割は司令官として艦娘を死地に送る事だ。

 なまじ女の形をしているだけでデレデレとしつつ、

 いざ戦闘となったら「自分の好きな女が死ぬわけがない」と慢心を持ったまま出撃させる。

 そうやって艦娘を死なせる方が、よっぽど鬼畜に見えるがね。

 まぁ、私は最初から艦娘など消耗品としてしか認識していないのだが」

 

 

 

――提督達が解散した直後。

来河中将は第八艦隊の仮設ドックへの帰り道についていた。

今回の戦いで、第八艦隊は多大な戦果を挙げている。

しかし艦娘達の損害も少なくはなかった。

まず、深海棲艦だった島風の手により古鷹の分隊を丸ごと失っている。

他の艦娘も被弾率が多く、今この瞬間にもドックで修理が行なわれているはずだ。

 

しかし、来河中将は冷静であった。

艦娘の死亡を兵器の喪失に置き換え、

ならば残った戦力で何が出来るかをすぐさま頭の中で組み立てる。

そうして、第八艦隊は回る。

いかに部下を死なせないかではなく、いかに手持ちの戦力を効率良く使い潰すのかという形で。

 

脳内で計算をしながら歩く来河中将の前に、一人の艦娘が現れた。

仮設基地のドラム缶に寄りかかり、腕を組んで中将を見やる。

まるで彼が通りかかるのを待っていたかの様だ。

彼女は実際に、待っていたのだが。

 

「……よう」

 

「天龍か、久しいな」

 

来河中将は無表情のまま返す。

天龍が二の句を発さないので、そのまま通り過ぎようとする。

中将の背中に、天龍は視線を向けずに声を投げかけた。

 

「相変わらずで安心した……って言いてぇが、そうもいかねぇ。

 俺は最近、アンタのやり方に良い感情を持てなくなってる。

 第零艦隊のぬるま湯に、浸かり過ぎたんだな」

 

元第八艦隊所属の天龍は言う。

昔の天龍は、今ほど丸くなかった。

単純な戦闘狂であり、自分がどんな扱いをされていようが構わない。

来河中将の下で、龍田と共に身体をボロボロにしながら戦いを続けていた。

そんな天龍が冷静さと、ちらちら見え隠れする不器用な優しさを見せるようになったのは

彼女が第零艦隊へと異動してからである。

 

来河中将は天龍へ振り返る事なく、その場を後にした。

去り際に小声で何かを口にした様な気がしたが、天龍には聞き取れない。

だが、天龍には来河中将が何と言ったのか大体の予想がつく。

おそらく、彼はこう言ったのだろう。

 

――それで良い、と。

 

 

 

第零艦隊、第三艦隊、第八艦隊による諸島攻略はほぼ成功していた。

しかし、各提督達はこの作戦に何か裏があるのではないかと勘ぐる。

深海棲艦のデータがあまりにも少なすぎる為、

敵が次にどの様な行動を取って来るのかが分からないのだ。

だから各艦隊は、制海権を完全に確立するまで気を抜けなかった。

 

第零艦隊の提督はここに至り、母港横須賀鎮守府が心配になる。

まさかこの諸島は囮で、深海棲艦隊が再び鎮守府を襲撃しているのではないか。

そんな根拠の無い憶測が頭を過ぎる。

さすがの提督も、憶測だけで艦隊を動かす事は出来ない。

今は如何に早く諸島を制圧するかだ。

 

とはいえ、提督の懸念は見えない敵だけではない。

元深海棲艦であった、島風の事である。

彼女は艦娘として生まれ、深海棲艦へと変貌し、再び蘇った。

沈んだ艦娘が蘇る例はあまりにも少なく、

艦政本部(海軍技術本部)からして見れば涎モノの被検体になるであろう。

 

提督としては、島風をこのまま第零艦隊に組み込みたいと思っている。

しかし彼女の事は上層部に報告せねばならない。

もしも島風がこの場で死ぬ様な事があれば、

それは技術的な意味で人類全体にとっての大きな損失だ。

艦娘に人権をと考えている提督は、

自分の個人的な情と軍人としての職務を両立させる必要があった。

 

貴重な島風型という意味でも、元深海棲艦という意味でも。

とにかく提督は島風を無事に鎮守府へ帰還させなければいけない。

そして、それは早ければ早い方が良い。

ちょうど横須賀鎮守府も心配になってきた事である。

諸島攻略が完了する前に、島風を先に鎮守府へ帰す事にしたのだった。

 

「――というわけで、利根の第三戦隊は先に島風を連れて帰還してくれ。

 帰ったら、利根は球磨から指揮権を引き継いでな。

 くれぐれも、島風を勝手に解剖させたりしないように守ってやってくれ」

 

「うむ、了解したのじゃ」

 

ドックに集まった第三戦隊。

利根はその命令を聞くと、すぐに了承した。

即答した利根を見て、提督は安心した様に頷く。

彼女は、自分のやるべき事が解っている。

 

艦娘はそのほとんどが強い個性を持っている。

兵器として生まれたと言えど、彼女達の統率は難しい。

その上何故か、艦娘達は指揮官としての資質を持つ者が少ないのだ。

艦娘達のお姉さん、艦隊旗艦である正規空母赤城。

座学で教師役をする戦艦霧島。

最古参である駆逐艦電に、意外とリーダー向きの軽巡天龍。

 

そして、冷静な分隊長の利根。

数少ないリーダーとしての能力を持ち合わせる艦娘である。

今回の諸島攻略では、その全員が出撃する大掛かりな作戦となった。

その代わり、残された横須賀鎮守府に指揮官として高い能力を持つ艦娘は居なかった。

分隊長である《球磨型軽巡洋艦球磨》に留守中の指揮を任せているとはいえ、

やはり赤城や霧島に比べると見劣りする。

鎮守府が不安になった今、

提督が有能な分隊長である利根を帰還させるのは当然の事と言えた。

 

それだけではない。

賢い利根は、第三戦隊が選ばれた理由をすぐに察する。

第三戦隊六番艦である、加古が原因だ。

提督は七号が戦死したその後の加古を見て、これは無理だと感じた。

そう思ったのは利根も同じである。

七号の死によってショックを受けた今の加古は、とても戦力になりそうにない。

だから先に帰還させ、少し休ませるつもりなのだろう。

 

「島風は、我々が確かに送り届けよう」

 

「ああ。それと、古鷹も正式な異動手続きが完了するまで

 とりあえずは第三戦隊で面倒見てやってくれ」

 

どちらかと言えば、古鷹が加古の面倒を見るのでないか。

当の二人を除く第三戦隊の面々は一様にそう思った。

ともあれ、こうして第三戦隊は先んじて帰投する事になる。

ドックで準備を進め、いざ出港となった時。

第三艦隊の修子中佐が物凄い勢いで島風へと駆け寄って来た。

 

「島風えええええっ!」

 

「は、はいっ!?」

 

自分の名前を叫びながら突進して来る女性を前に、島風はたじろぐ。

それもそう、修子中佐の表情が尋常ではない。

頬を紅潮させ、酷く興奮した様子だ。

第三戦隊の見送りに来ていた提督は目を細め、呆れた様子で修子中佐を見やる。

 

「島風だッ! ホント、本物の島風型だよぉ!

 初めて見た! マイド、ぜかましちゃんウチの艦隊にくれ!」

 

「落ち着け、修子」

 

「おおおおぉ! それ、自立駆動の連装砲でしょ?

 触っていーいー!?」

 

「えっと……は、はい、どうぞ……」

 

島風は連装砲ちゃんを一基差し出す。

すると修子中佐はそれに手を伸ばしたかと思いきや、

腕の軌道を変えて島風のひもぱんを勢いよく引っ張った。

 

「おぅっ!?」

 

島風は慌てて自分のひもぱんを押さえるが、

かなり強く引っ張られているようで引き剥がす事が出来ない。

修子中佐はきゃあきゃあと奇声を上げながらひもぱんを伸ばし続けている。

第三戦隊は、その様子を呆然と眺めていた。

 

「ひも、ひものパンツ! これは新しい!」

 

「……なんじゃ、これは」

 

「ハッ、もしかしたらアレですか。

 第三艦隊の祖音修子中佐は重度のレズかバイセクシャルだという噂の……!」

 

思い出した様に、青葉が声を上げる。

その間も島風はパンツを引っ張られており、

声にならない悲鳴を上げつつ必死に防戦している。

修子中佐がそれを下に降ろし始めた辺りで、提督がやっと止めに入った。

 

「おい、さすがに止めておけ。

 三年前の事をもう忘れたか」

 

「え? 何かあったっけ?」

 

「お前のセクハラが酷すぎて、叢雲が半泣きでうちの艦隊に逃げ込んできただろが。

 艦娘に生殖機能は無いのに、本気で貞操の危機を感じたって言ってたあの時だよ」

 

「失敬な、セクハラじゃなくてマジでやったのよ?」

 

なお悪いわ、と提督が修子中佐の頭をはたく。

ようやく解放された島風だが、よほど恐ろしかったのだろう。

修子中佐から大きく距離を取り、連装砲ちゃんを盾にぷるぷると震えている。

再度島風に本気という名のセクハラを敢行しようとする修子中佐を、

提督はアームロックを極めて阻止した。

 

「対深海棲艦隊の提督には、ヘンタイしか居ないんじゃないかと思うんだけど」

 

「加古、ようやく第零艦隊の流儀が理解出来たようでなによりです」

 

ドン引きしつつ呟いた加古に、青葉が返す。

修子中佐のせいで、既に出港の予定時刻を押していた。

一応ここはまだ戦場だというのに、ノリがまるで鎮守府に居る時と変わらない。

むしろ、各艦隊が集合してより酷くなっている節もある。

だが、青葉はそれでもかまわないと思っていた。

何故なら、ずっと落ち込んでいた加古が、

ドン引きしながらとはいえツッコミを入れているからだ。

第零艦隊の日常、艦娘達の日常は、それだけの価値がある。

それは第零艦隊の艦娘達にとって、当たり前の事なのだと。

 

その後、何とか修子中佐は鎮圧された。

もしかしたら彼女は加古に気を遣って

場を明るくする為にやって来たのではないかと艦娘達は思ったが、

提督によると修子中佐は七号という親友を失った自分自身に気合を入れる為に

この様な行動を取ったらしい。

実際、レズかバイだというのも本当らしかった。

 

予定より十数分ほど遅れて第三戦隊は横須賀へ帰還する。

道中の加古はいつもほどの元気は無かった。

しかし、それもすぐに元通りになるだろう。

加古は帰り道の雑談で、こう漏らしていた。

 

「あたしには、七号がついてる」

 

加古に装備された20.3センチ主砲。

使い込まれて煙に黒ずんだそれは、七号の遺品だ。

砲塔に手をやり、加古は確かにその鼓動を感じ取ったのであった。

 

 

 

――加古達第三戦隊が横須賀鎮守府へ帰還した翌日。

七号が死んだ事をようやく心の中で整理しかけた加古であるが、

やはり一日二日で仲間の死に慣れるわけでもない。

平静を装いつつ、だがいつもほどの明るい表情を持てないまま、

加古はリラクゼーションルームの広間にてぼうっとしていた。

 

暗い話題を忘れるには、明るい話題が必要だ。

しかし、一人で物事を考える時間もなくてはならない。

第三戦隊の皆はそれを理解しているようで、

あの青葉でさえも無理に声をかけてこようとはして来ない。

友人を亡くした者に対する接し方というものをされているのだろう。

そう気付ける程度に、加古は正気であった。

 

こんな事ではいけない。

確かに、亡くなった者に対する心を時間をかけて落ち着けるのは間違いではない。

だが、自分達は兵器であり、兵士である。

仲間が一人死んだくらいでいちいち落ち込んでいたらきりがない。

友人の死に慣れるつもりはないが、

引きずり続けるわけにもいかんだろうと加古は結論付ける。

 

気分転換に、青葉にでも会いに行こうと思う。

そこで、広間に他の艦娘達が居るのに気付いた。

まだ名前と顔が一致していない艦娘も居たが、彼女達も先輩である。

人の、艦娘の死に関して何か聞けるかも知れない。

そう思い、加古は自分から話しかけていた。

 

「あの……球磨さん」

 

「ん? 何か用クマ?」

 

真っ先に目に付いたのは、球磨型軽巡の一番艦である球磨だった。

球磨というのは熊本県にある川の名前であり、二重に『クマ』が付いている。

それ故か、この軽巡球磨は語尾に必ず「クマ」を付けていた。

球磨と一緒のテーブルを囲んでいるのは、同型艦の《多摩》と《木曾》である。

 

何か用かと聞かれて、加古は続きに詰まった。

特別親しくもない相手にいきなり仲間の死という暗い話題を振る事は出来ない。

加古は、まずは軽い話から入ろうかと考える。

 

「いえ、ちょっと世間話でもと思って。

 あたしはまだ第零艦隊に配属されて一ヶ月ちょいしか経ってませんけど、

 球磨さん達はもうだいぶ長いんですよね」

 

「まぁそうクマ。最古参の電が初陣を迎えたのがおおよそ三年前クマ。

 球磨達軽巡はその後に配備されたんだクマ。

 と言っても、先に配備されたのは多摩で

 球磨と木曾はだいぶ後になって第零艦隊に来たんだけどクマ」

 

「へぇ、それでも留守中の指揮官を任されるってのは凄いですね。

 やっぱり提督は、駆逐艦だけでなく軽巡も重視してるんですか?」

 

加古がそう言った瞬間、球磨達の表情が一斉にどんよりと曇った。

あまりにも露骨に落ち込まれたので、加古は思わず後ずさったほどだ。

負のオーラを漂わせる球磨達三人は、どこかあらぬ方向に目をやりながら答える。

 

「提督は駆逐艦を大事にしているなんてよくいわれるクマー。

 でも実際は軽巡と共にこうして留守番か、遠征という名のお使いの日々クマ……」

 

「にゃ。影薄いにゃー……」

 

「球磨と多摩はまだマシさ。

 俺はお前らみたいに特徴的じゃ無いからな。

 鎮守府襲撃の時もスタイリッシュに敵艦を撃破したはずなのに、気付いてもらえない。

 いっその事、語尾に「キソー」とでもつけるか……」

 

球磨達が何も無い空中を見上げつつ、何かを悟った様に言う。

その様子にドン引きした加古は、次にどう話をもっていけばいいか分からない。

何やら触れてはいけない部分に触れてしまったようだが、今ここで立ち去るのは酷く気まずい。

困惑しつつ、加古はとりあえず同調しておけばいいのかと考える。

 

「えっと、提督はそんなに駆逐艦や軽巡を蔑ろに扱ってるって事です?」

 

「いや、そうでもないクマ。今のは冗談クマ」

 

「冗談にゃ」

 

「冗談キソー」

 

「キソーって言った!?」

 

球磨達は打って変わって、あっけらかんとした表情になる。

球磨は顔の前で手を振りつつ返した。

 

「確かに、駆逐艦や軽巡は燃費が良い代わりに小さく脆いクマ。

 軽巡と駆逐艦のみで構成される第四分隊があまり前線に出ないのは、

 提督がそういった事を考慮しての事クマ。

 球磨達が戦艦だったら、とっくに最前線送りクマ。

 最も、それは提督が子供に対して過保護なとこもあるからだけどクマー」

 

「子供に対して?」

 

「提督は昔、家族や友人に恵まれなかったらしいにゃ。

 自分が子供の時に子供らしく大人から保護されなかったから、

 第二の自分を生み出さない為にも子供には優しくしようと思っているにゃ。

 だからこそ、容姿の幼い駆逐艦を前線に出したがらないのにゃ」

 

そういうものなのか、と加古は思う。

普段の提督を見ている限りでは、特に幼少期に苦労したようには見えない。

ただ、駆逐艦の艦娘からの評判は良いのだ。

一番最初に会った時、提督は子日、雷、雪風とじゃれあっていた。

あの時は単なるロリコンかと思ったが、そうではないのだと言う。

特別子供好きにも見えないし、

だからといって戦艦である金剛などのアプローチに落ちる事も無い。

今更ながら、加古は自分が提督の事をまだまだ知らないのに気付いた。

 

「でもちょっと待って。

 子供に対して過保護なら、第一水雷戦隊はどうなんです?

 電達は今回も出撃して活躍したし、前々から第零艦隊のエースなんでしょ、あの隊は」

 

「第一水雷戦隊が前線に出てるのは、昔からの習慣だ。

 強いからってよりも、

 初期の頃は電達駆逐艦しか居なくて仕方なく戦わせざるをえなかった。

 あいつらが最初から今まで、ずっと第零艦隊を支えてきたんだろ。

 だが、本当は提督も子供に戦争をさせたいなんて思っちゃいないだろうな。

 それでもあいつらは強いし、そこは提督も信頼を置いてる」

 

「信頼、かぁ……」

 

恐らく、自分は信頼というほどまでの感情は持たれていないだろう。

そう加古は予想する事が出来た。

長年戦友であり続けた電達第零艦隊の艦娘に比べれば、

加古はまだまだ新参者の域を出ない存在なのだ。

それは今回の第三戦隊帰還にも現れていた。

加古は気付いていたのだ。

提督が、加古を戦える状態ではないと判断して第三戦隊を先んじて帰還させた事に。

 

その命令を受けた時点で、異議を唱える事も出来た。

自分は大丈夫だ、まだ戦えると。

しかし、自分自身が思っているほど大丈夫でないのだろうとも思っていた。

仲間を失ったというのは、第三艦隊の面々も同じだ。

七号を旗艦として長年暮らしてきた第三艦隊の艦娘達に比べれば、

つい先日知り合ったばかりの自分の辛さなど軽いものであろう。

だが、加古は自分が新兵である事も理解している。

仲間の死に慣れるまでは、まともに戦う事など出来ないと提督は判断したのだろうと。

 

「皆さんは、提督から信頼されているんですね」

 

自然と、加古はそう返していた。

古参の電もそうであるし、赤城や長門の様な強力な艦娘もそうだ。

利根の様な優秀な分隊長も、何だかんだ言いつつ留守を任されているこの球磨も。

自分は第零艦隊に配備されて間もない艦娘であるが、

やはり信頼を得るほどの戦果も挙げてなければ

仲間として認められてないのではないかとも感じる。

そんな加古を、球磨は不思議そうな目で見やった。

 

「加古は、提督や仲間を信頼していないのクマ?」

 

それは、鈍痛であった。

鉄板で殴られる様な一瞬の痛みではない。

胸を抉られる様な、後を引く鈍い痛みだ。

加古は、まさか自分がそんな事を言われるとは思ってもいなかった。

第零艦隊は居心地の良い部隊であり、自分はそれが好きだと思っていた。

そのはずが、いざこうやって信頼しているのかと聞かれてみると、

その通りだと即答する事が加古には出来なかった。

 

「……どうでしょうね」

 

しばらくの間を空けて口から出た言葉が、それであった。

これが冗談やいつもの世間話なら、迷わずそんな事はないと答えていただろう。

しかし七号を失った加古は今、自信を持ってそれを口にする事は出来なかった。

少なくとも、加古はそう思おうとした。

もしも七号を失う前にこの言葉を聞かれていたとして、

それでもこの問いに迷いを持ったとしたら。

そうしたら、自分は最初から仲間を信頼してなかった事になる。

加古は、自分がそんな薄情な人だと認めたくは無かった。

だがそれは裏を返せば、七号の死があったからこの質問に躊躇したという事になってしまう。

どちらに転んでも、加古は自分が最低な考え方をしていると認めなければならなかった。

 

「そんなの、分かるわけないじゃないですか。

 自分はまだ新参者で、提督の事も仲間達の事もよく知らなくて。

 それでも皆はあたしの事をちゃんと仲間だと思ってくれて。

 そんな事されたら、あたしが特別だって勘違いしちゃうじゃないですか」

 

「自惚れてるのは自覚してるクマ? だったら、最初はそれでいいクマ。

 第零艦隊は見ての通り、勝手な奴ばかりクマ。

 そうやって、皆が皆に勝手に優しくなっていくクマ」

 

気付けば、加古は涙を流していた。

七号が死んでから、ずっと流せずにいた涙を。

まるで現実感の無い固まった時間が、この時やっと解け流れる。

球磨は加古を椅子に座らせると、その頭を抱えて撫でた。

号泣する加古を見た広間の艦娘達は、一様に思う。

ちょっと、気合を入れて頑張らねばならないなと。

 

 

 

「――少しは、心の整理がついたようですね」

 

数日後、広間には加古と第三戦隊の仲間達が居た。

青葉から見て、加古はだいぶ回復した様子だ。

あれから何度か泣く事が出来たのだろう。

少々疲れは見えるが、七号の事や自分自身の悩みについてはいくらか吹っ切れたのであろう。

 

「ごめん、心配をかけた。もう大丈夫だよ」

 

「それは、今から諸島に戻って戦えるくらいですか?」

 

「いや、そこまで出来るとは言わないよ。

 自分が無理をしてたってのは分かってるからね。

 死に急ぐわけにもいかないでしょ」

 

「ほう、本当に正気を取り戻したようじゃな。それは良い。

 惜しむらくは、そのきっかけを作ったのが球磨だという事だ。

 本来なら、それは分隊長である我輩の役割だったのだが。

 それか、古鷹のな」

 

利根がそう言って示した古鷹は、本気で残念そうな顔をしていた。

加古が回復したのは喜ぶべき事なのだが、

それをやったのが親友の自分ではなく球磨だというのに嫉妬していたのだ。

利根は自分の言った言葉が失言であった事に気付いたが、

あえて何も気付いていないかの如き態度を取る。

自分の間違いを認めないのも、分隊長であり大人のやるべき事なのだ。

 

「加古は、本当に強くなったよ……。

 私が居なくても、どんどん前に進めてる。

 その内、一人でそのままどこかへ行っちゃいそうで」

 

「そんな事ないよ。

 あたしは皆に支えられて、第零艦隊で生きているんだからさ。

 その筆頭が、古鷹だよ」

 

「……そう言ってもらえると、嬉しい。

 私は仮にも、ほら、お姉さんだからさ。

 起工は加古の方が早かったけど、ね」

 

古鷹と加古は、どちらからともなく手を取り合う。

その様子を見て、第三戦隊五番艦の睦月が四番艦の夕張に耳打ちする。

 

「これは、修子中佐を呼ぶレベルのモノなんでしょーか」

 

「私は一人っ子だから、判別出来ないわね……」

 

艦娘艦隊は女所帯なわけであり、そっち方面に目覚める者もいくらか存在する。

特に、姉妹艦には多いらしい。

加古と古鷹はどうなのであろうと、第三戦隊の面々は判定に悩んだ。

ちなみに、第三戦隊三番艦の那智はそういった事に鈍く、まったく気付いていない。

加古と古鷹の事も単なる友情だか姉妹愛だと思い、

純粋に好ましく思いうんうんと頷きながら声を上げた。

 

「落ち着いたようでなによりだ。

 それで利根、提督達の状況はどうなっているのだ?」

 

「あ、ああ。提督は残党を気にかけていた様子だが、今のところは順調だ。

 諸島の占領はほぼ完了し、数日後には帰還出来るだろうとの事だと。

 島風の今後についても、既に鎮守府司令へ報告書を提出してある。

 あの司令ならば、無下に扱う事はすまい」

 

「とりあえず、鎮守府襲撃から諸島攻略までのゴタゴタは収まりましたかね」

 

「それはどうかな、青葉。

 確かに今回の作戦は成功したが、世界規模で見れば局地的な勝利に過ぎん。

 海外の艦娘艦隊も頑張っていると聞くが、

 深海棲艦についての情報があまりにも不足しているのが現状じゃ。

 だからこそ、元深海棲艦であった島風が重要な情報源なわけなのじゃが」

 

「呼びましたー?」

 

利根が名前を口にした瞬間、当の島風が現れる。

偶然近くに居たのだろうが、それにしても反応が速い。

まるで突風の様に出現し、

第三戦隊の目の前で両手を羽の様に広げキキキッと音を立てて止まった。

三基の連装砲がてちてちと必死に後を追っている。

 

第三戦隊は数日間島風と過ごして気付いた事がある。

元となった通常艦艇の島風型駆逐艦は、日本海軍の中で最も速度のある船だ。

艦娘島風もその記憶を受け継いでおり、何かとスピードを重視するところがあった。

止まっている時も普通にあるのだが、いざ動き出すとちょろちょろと高速で動き回る。

衝突の危険性があると利根に注意されたものの、

自分のアイデンティティだと思っているのであろう足の速さで

毎日の様に鎮守府内を駆け巡っている。

しかもうさみみにひもぱんという奇天烈な格好であるから、

人間の一兵卒や第三艦隊の面々にまで顔を覚えられていた。

 

「島風、お主検査は終わったのか?」

 

「まだまだあるんですよー。

 いっぺんにやれば良いのに、何回にも分けてしかも遅いんだから!

 もっと手早くやってほしいな」

 

「整備や船舶検査とはそういうものだ。

 人間の医者もそうらしいぞ」

 

前のめりになり、胸の前で両手を握り拳にして不満を隠さない島風。

腕を組み目を閉じたまま、宥める様に那智が返す。

それでも島風はせっかちであり、

両目を不等号記号かのごとく曲げながら両手をシェイクしている。

この時代に萌えという言葉は存在しないが、

男性に向ければあざといとも思えるその仕草は何かに使えるとして

青葉はとりあえずカメラを向けた。

 

「も~! おっそーい!」

 

「そう言うな、まったりと過ごす事も大切なのじゃ。

 ……時に島風、今のところ検査で異常は見つかっておらぬのか?」

 

「はいっ、島風は異常無しです。

 相変わらず、深海棲艦だった頃の記憶はほとんど無いし……あっ」

 

島風はそこで気がつく。

第三戦隊の中で、古鷹がやや淋しげに困った顔をしているのだ。

深海棲艦だった頃の記憶はほぼ無いが、

自分が古鷹の分隊を壊滅させた事は遠回しに聞いている。

古鷹にとって、島風は自分の分隊仲間を殺した仇なのだ。

 

島風と古鷹の目が合う。

一瞬躊躇ったが、島風の特技は速さである。

ならば、謝るのも速くなければならないと思った。

島風が声を挙げかけたその時、古鷹は黙って優しく顔を横に振った。

とたんに、島風はうさみみを萎びさせてしまう。

 

「島風ちゃん、深海棲艦だった時の記憶で残っているものって何かな?」

 

古鷹がそう聞く。

仲間を殺された怨みを島風にぶつけるのではなく、

敵である深海棲艦に向けているのだとその場の全員が気付いた。

加古は古鷹と再会してから、彼女に『成長した』と言われている。

現に先程も強くなったと言われた。

しかし加古は古鷹の割り切りの良さを見ると、

彼女こそ自分にはとても追いつけない心の持ち主なのではないかと感じるのだ。

問われた島風も、その精神に感嘆に近い困惑を持って返す。

 

「あ、あの……深海棲艦って感じの記憶は無いんです。

 ただ、うっすらといくつかの言葉や人の顔が頭の中にあって……。

 一番強く残っているのは『鬼』っていう単語なんです」

 

「鬼?」

 

その場に居る面々は思案顔になる。

深海棲艦という存在はともかく、伝説上の妖怪である鬼とは結びつかない。

第三戦隊は島風が深海棲艦から艦娘になった事を知っている。

青葉、那智、夕張、睦月は詳細を聞かされていないが、

島風が艦娘に変化したところを見ているのであらかたの事情は察していた。

 

「深海棲艦に鬼……新型って事なのかな」

 

「もしかしたら、深海棲艦が使っているコードか何かなのかも知れません。

 噂の人語を解する深海棲艦がそう呼ばれてるとかはありそうです」

 

古鷹と青葉が憶測を述べる。

何にせよ、単語一つでは情報量が少なすぎる。

 

「島風の脳から直接データを取り込むとか……」

 

「にゃっ!? 夕張さん、それはちょっと酷すぎるのです!

 提督も睦月達に島風を解剖させない様にと言っているのです」

 

「あっ、いや、言ってみただけよ。

 本気でやるわけないでしょう」

 

夕張と睦月が言うも、実はそれが可能かどうかは彼女達には分からない。

艦娘はほぼ機械で出来ており、ロボットかもしくは人造人間である。

ならば艦娘の脳を使ってデータをやりとりする事も可能なのではないかと夕張は考えた。

艦娘が生まれた時から前世である通常艦艇の記憶を持っている事も鑑みると、

それは不可能ではない様に思える。

だが、実際そうやって艦娘に対してデータを改竄し、

人間の都合の良い様に洗脳したという話は聞かない。

そもそも何故艦娘に感情が存在するのか。

最初から感情の無い戦闘ロボットを作れば良いのに、

わざわざ人間に近い艦娘を作ったのが何故なのか、当の艦娘達は知らなかった。

 

「島風は解剖などさせん。

 それは提督に言われたからでもあれば、第零艦隊の戦力として期待しているからでもある。

 独断専行ではあるが、島風の力は本物なのだからな。

 今我々が出来る事は、検査で何か有益な情報が出てくるのを待つだけだ」

 

これ以上仮定を重ね続けても無駄だと判断し、利根が会話を締める。

島風は安心すると共に、第零艦隊の面々への申し訳なさで胸を痛めた。

ろくな情報も思い出せず、仲間を沈められた古鷹にも気を使われる。

ならばこれから役に立てば良いという前向きな気持ちもあったが、

今は自分の無力さに悔しさがこみ上げる一方だ。

 

先日島風が独断で敵を追撃したのは、

古鷹を始め自分が深海棲艦だった時代に迷惑をかけた者への贖罪の意もあった。

現在分かっているのは古鷹の分艦隊を島風が沈めたという事だけだが、

それ以前に艦娘や人類に対して危害を加えていないはずがない。

記憶は無いが、自分は多くの仲間をこの手にかけているのであろう。

そう理解している島風は、

自分の力を深海棲艦に振るう事で罪を償うしかないのだと思っている。

 

「あ、あの――」

 

「失礼します、第三戦隊の方々でしょうか?」

 

やはり、今の内に古鷹に謝るべきだと島風が声を挙げかけた瞬間、

人間の兵士が第三戦隊の艦娘達に話しかけてきた。

階級章から見るに、兵曹長(准尉)である。

女性兵士であり、長い髪をツインテールに結んでいる。

年齢は分からないが、女性で兵曹長という階級を考えれば相当な実力者であろう。

 

通常、徴兵やら志願やらで軍に入隊した場合、階級は二等兵から始まる。

(以前の日本帝国海軍は四等兵や三等兵なるものが存在したが、1942年に改正されている)

一方、軍学校――兵学校とも呼ばれる――という所謂士官学校の卒業生は少尉となる。

だから軍隊では新米少尉よりも、

たたき上げの下士官である兵曹長の方が高い影響力を持っていたりもする。

 

「横須賀鎮守府通信科の安部登志子兵曹長であります。

 マイド提督より、第三戦隊の重巡利根宛てに暗号通信が届いております。

 こちらが、解析した物です」

 

安部兵曹長は利根に一枚の紙を渡す。

そこには、こう書かれてあった。

 

『――重巡利根以下第三分艦隊第三戦隊は、至急色丹島に向かわれたし。

 現在、アメリカの艦娘《コロラド級戦艦ウェストバージニア》と

 《アトランタ級軽巡洋艦ジュノー》他護衛艦隊。

 ソビエトの艦娘《ソビエツキー・ソユーズ級戦艦ソビエツカヤ・ロシア》と

 《キーロフ級重巡洋艦キーロフ》他護衛艦隊が色丹島に停泊中である。

 これらの艦隊は東京にて行なわれる極秘首脳会談を護衛するものであり、

 会議中は横須賀鎮守府に滞在する予定である。

 第三戦隊はただちに色丹島へ向かい、米ソ艦娘を横須賀へお招きされたし。

 なお、島風は鎮守府でおとなしくさせとくように。

 色々仕事押し付けてすまん、俺もすぐ帰る』

 

手紙を読み終えた利根はふむと唸る。

横から覗き込んでいた他の艦娘達も、珍しそうな顔をした。

 

「海外の艦娘か。今まで海外艦はろくに日本へ来た事が無かったが……

 色丹島というと、北方領土の一つだな」

 

「アメリカとソ連ってあまり仲良くなかったけど、

 深海棲艦が出てきてからはそれほど対立しないようになったんですよね?」

 

那智と夕張が言う通り、日本の艦娘が海外の艦娘を見かける事は少なかった。

深海棲艦の出現以降、各国は艦娘を量産しそれに対抗する。

深海棲艦は人類共通の敵であり、ほとんどの国家はかつて起きた大戦の余韻もそこそこに

謎の化け物と戦わざるを得ない状況に陥った。

それ故、大戦後に起きると噂されていたアメリカとソ連の戦争は実現しなかった。

世界中の海を支配する深海棲艦により、海上交通は非常に難しいものとなる。

つまるところ、人類同士で戦争やってる場合では無いと各国は判断したのだ。

 

先進国に分類される国家、

及び海軍に力を入れている国家は人型艦船艦娘の開発に成功。

それを用いて領海から深海棲艦の排除を目指す。

だが、艦娘は核技術並みの軍事機密とされ、各国の艦娘が交流する事はほとんど無い。

古参である電達は、以前北方への遠征中にソ連の艦娘と出会った事がある。

第零艦隊に所属する響とそっくりな、《ヴェールヌイ》の駆逐隊だ。

前世の通常艦艇である響は大戦後にソ連へ賠償艦として引き渡され、

ヴェールヌイ(真実の、信頼できるという意味の名)として生まれ変わった。

艦娘響とヴェールヌイはほぼ同一人物だとも言えるであろう。

第零艦隊が海外艦と顔を合わせたのはその一回のみである。

 

「ふむ。あいにくだが、我輩は日本語しか喋れぬ」

 

「その点については、ソ連からヴェールヌイ型をよこすとの事です。

 元が響型であるから、通訳は出来ると」

 

「ならば言う事は無い。

 やれやれ、一仕事終わったと思いきや火急の用件とはな。

 首脳会談とやらで何か進展があれば良いのだが」

 

「では、以後の判断は第三戦隊に。失礼します」

 

安部兵曹長はそう言い残して去っていった。

その後ろ姿を見て、島風が何かしらの懐かしさを感じる。

それはとても小さな違和感であり、次の瞬間には忘れ去っていた。

 

「さぁ、第三戦隊出撃準備じゃ。

 加古、客人の送り迎えくらいは出来るな?」

 

「大丈夫です、利根分隊長。

 あたしから明るい笑顔を取ったら何も残りませんからね」

 

「軽口が叩けるならば、ま、大丈夫じゃろ」

 

第三戦隊の面々はドックにて武装し、横須賀から北方領土へと向かう。

各艦娘は極秘の首脳会談なるものがどんなものか気になったが、

どうせ軍機であろうからと深く考える事はしなかった。

 

 

 

横須賀を出港した第三戦隊は、青森県の《大湊警備府》を経由して色丹島へ向かう。

大湊警備府には対深海棲艦隊である第六艦隊と第七艦隊が所属している。

この二つの艦隊は、第零艦隊らの様な特務遊撃艦隊ではなく、

本土や離島の防衛を主任務とした艦隊である。

艦娘艦隊の中で最も戦果を挙げているのが呉の第八艦隊。

次いで横須賀の第三艦隊、第零艦隊であり、

この三つは艦娘艦隊が設立された最初期の艦隊である。

それに比べると大湊警備府は比較的新しい艦隊であり、

練度は低いが新型の艦娘が回される事が多かった。

 

第三戦隊が大湊で補給を受けた際、警備府の司令や第六艦隊、

及び第七艦隊の提督は困惑の表情を浮かべながら補給要請を受け入れた。

どうやら大湊にとっても、今回の海外艦来訪は寝耳に水であったらしい。

第零艦隊から通信を受けて初めて知ったとの事だ。

第六、第七艦隊の提督は、

何故位置的に近い自分達が知らされていなかったのかと疑問を口にしていた。

 

「普通だったら、大湊の艦隊が大湊警備府に海外艦を招いて、

 そこを経由して横須賀まで送り届けるはずですよね?

 何故横須賀の第零艦隊……しかも第三戦隊単独なのでしょうか?」

 

第三戦隊が色丹島近海まで来たところで、古鷹が言う。

疑問が拭えないという表情の古鷹に、分隊長の利根もまた考え込む様に返した。

 

「考えられるのは機密保持の為だが、

 ならば大湊警備府が今回の事を知っているはずがないな。

 おそらく、いきなりの事で情報と対応が混乱してるのだと思うが」

 

「第零艦隊も、という事でしょうか……」

 

「正確に全てが伝わっている、というのは無いじゃろうな。

 まぁ、憶測よりも実際に会って話した方がよかろう」

 

「そうですね。……っ! 利根さん、前方二時の方向に艦影!」

 

双眼鏡で索敵をしていた古鷹が声を張り上げる。

第三戦隊各員は咄嗟に戦闘態勢を取った。

 

「どっちだ!」

 

「色が……肌色です! 深海棲艦では、ないかと」

 

「海外艦か……」

 

戦隊の皆は胸をなでおろす。

本土近海とはいえ、深海棲艦が出現する可能性は多いにある。

だが、海外艦と連携が取れれば多少の敵ならば問題無いであろう。

利根は安心して海外艦に無線を飛ばす。

 

「こちら、日本帝国海軍対深海棲艦用第零特務遊撃艦隊、

 第三分艦隊旗艦の利根型重巡利根である。

 貴艦隊の所属をお教え願いたし」

 

三十秒ほど待っていたが、相手からの返答は無かった。

無線が通じていないのかと思い、利根は何回か呼びかけたが結果は同じである。

 

「しょうがない。青葉、探照灯で発光信号を送れ」

 

「はいはい、了解しましたよー。

 ええと、ワ……レ……」

 

発光信号を送ろうとして、青葉は思いとどまる。

古鷹の方へ振り向き、複雑な表情を浮かべてから頭をふるふると横に振った。

 

「すみません、ちょっと私はアレなんで……古鷹さんお願い出来ますか」

 

「はい、良いですよ」

 

古鷹を始め、第三戦隊員は苦笑する。

青葉は「ワレアオバ」という発光信号を送るのがトラウマだったのだろう。

過去、通常艦艇の青葉は敵艦を味方と誤認して「ワレアオバ」と発光信号を送り、

それが原因で攻撃を受けている。

その際、古鷹は青葉の盾になって撃沈されているのだ。

今回も古鷹が傍に居る事であるし、「ワレアオバ」とは言いたくない。

古鷹は青葉の配慮に感謝しつつ、左目の探照灯で発光信号を送る。

 

「ワ・レ・フ・ル・タ・カ……っと、次は――」

 

直後、相手の海外艦が光った。

最初、古鷹はそれが発光信号を返しているのかと思った。

だが違う。

遠距離の相手艦からは、黒煙が立ち上っていた。

 

「――ッ! 皆、避けて!」

 

古鷹の叫びに、第三戦隊員は咄嗟に緊急回避を行なう。

何か尋常ではない事が起きているのだと、直感で理解したからだ。

第三戦隊員は新兵の加古を除けば、決して練度の低い艦娘達ではない。

だが、練度だけで生き延びられるほど戦争は優しくない。

撃つも撃たれるも、結局は運次第なのだ。

 

海外艦かと思われた者達から放たれた砲弾は、青葉に直撃する。

青葉は意識を途切れさせる直前、それが重巡クラスの砲弾である事を体感した。

仲間に警告を送らなければ。

そう頭に思い浮かぶのと、視界が暗転するのはほぼ同時であった。

 

「青葉っ!」

 

加古が叫ぶ。

利根がすぐさま倒れ伏した青葉を抱きかかえつつ、古鷹に声を飛ばした。

 

「敵か誤認か!」

 

古鷹は双眼鏡で、遠方の艦を調べる。

相手の艦は確かに肌色をしていた。

深海棲艦は生気の無い白い肌をしているから間違えようが無い。

古鷹は目を凝らして相手を注視する。

 

すると、海外艦かと思われた相手艦の一つに、見知った顔があった。

いや、顔というよりは頭だ。

巨大なクラゲの様な物が頭に乗っかったその姿は、

古鷹が今まで幾度と無くやりあって来た深海棲艦の姿に酷似していた。

他の艦に隠れていた為発見が遅れたのだろう、

その深海棲艦《空母ヲ級》を見つけた古鷹は歯軋りをする。

 

「空母ヲ級らしき敵艦を確認! 肌色は擬装です!」

 

「今までに例が無い……!」

 

利根は歯を噛み締める。

深海棲艦が艦娘に擬装するなど、深海棲艦の登場以来一度も報告例が無かった。

腕の中でぴくりとも動かない青葉の顔を覗きこむ。

どうやら生きてはいる様子だが、直撃弾はかなりの損傷を青葉に与えていた。

このまま放置すれば命に関わると利根は判断する。

 

「大湊まで撤退する。青葉の修理はそこでしか出来ん」

 

「各員聞いたな! 大湊まで撤退だ!」

 

那智が復唱し、第三戦隊員は全速力で後退する。

疑問点はいくつもあった。

海外艦はどうなったのか。

敵にやられたのか、そもそもこの任務自体が仕組まれたものであったのか。

もしそうでないとしたら、この敵を早く報告せねばならない。

だが青葉がやられた今、

色丹島に居るかどうかも分からない海外艦と敵を迎撃する方法は危険だ。

人間ならともかく、艦娘の修理は専用の設備が無いと出来ない。

大湊警備府まで速く戻らねば、青葉は死ぬ。

利根はこれ以上、新しい部下である加古の精神を壊させたくなかった。

 

「敵航空機接近!」

 

古鷹が叫ぶ。

空母ヲ級、正規空母型深海棲艦の放った航空機が飛来し、第三戦隊に向けて雷爆撃を行なう。

利根は青葉を抱えつつ25ミリ機銃で迎撃するも、

左右斜めから迫る魚雷をかわすので精一杯である。

その時、利根はある事に気付いた。

 

「交叉雷撃じゃと……!?」

 

偶然かも知れないとは思う。

しかし、敵雷撃機は明らかに一方向からの雷撃ではなく

左右斜め前後ろから利根がX字の中心に来る様に雷撃を行なっている。

それは祖音修子中佐や提督のデスゾーン戦法によく似ていた。

 

「こっの、機銃さえあれば……!」

 

加古も対空迎撃を行なっているが、

彼女が使っているのは横須賀鎮守府に着任する前から使っていた7.7ミリ機銃だった。

通常艦艇の加古が装備していたのは25ミリ機銃である。

艦娘艦隊への装備補充が追いついていないのか、

それとも艦娘の加古型には25ミリ機銃が標準配備されていないのかは知らない。

だが、何にせよ加古は現状の対空能力不足を恨んだ。

 

敵艦載機に手間取っている間にも、敵深海棲艦との距離は縮まっている。

特に駆逐艦クラスは、今にも有効射程距離に入らんとしていた。

そんな中、最後尾を遅れて走っていた古鷹が言う。

 

「私が殿を務めます。皆さんはそのまま離脱して下さい」

 

「何言ってんだよ古鷹! だったら全員で残った方が――」

 

「大破した青葉さんを帰さなきゃ。それに、私は……」

 

言いかけて、止める。

どういうつもりだと加古は古鷹を見やる。

それで理解した。

古鷹は機銃掃射と爆撃により、損傷を受けている。

遅れているのは機関部に何らかのダメージを負ったからであろう。

この状況で、それは致命的であった。

 

「加古! あなたは艦娘としてでも人としてでもなく、自分として役割を見つけなさい!」

 

そう声を挙げると、古鷹は反転して敵駆逐艦と相対する。

遠ざかる背中に、加古が悲鳴を上げた。

 

「古鷹!」

 

「加古、ダメよ!」

 

「退くのです!」

 

古鷹を追おうとする加古を、夕張と睦月が両側から腕を取って曳航する。

加古は錯乱に近い様子で、古鷹の名を呼び続けていた。

 

「古鷹! 古鷹! クソッ離せよ夕張、睦月ぃ!」

 

「イヤよ、絶対離すもんですか!」

 

「第零艦隊から、二度と死人は出したくないんです!」

 

「夕張、睦月、加古をそのまま固定するのじゃ!」

 

利根は青葉を抱えつつも、加古に近寄って主砲を向ける。

重巡の20.3センチ砲を至近距離から放てば、

少なくともこの青葉並みの損傷は受けるであろう。

下手な所を撃てば死ぬ可能性もあるが、

このまま加古を行かせれば確実の敵の手にかかって撃沈されるはずだ。

考えた末、利根は加古を気絶させるという最後の賭けに出る事にした。

 

「古鷹――!」

 

「加古、お前は……!」

 

直後、金属が衝突する音が海上に鳴り響く。

加古は気を失い、ぐったりとしたまま夕張と睦月に抱えられていた。

利根は呆気に取られた表情で、手を下した相手を見やる。

 

「許すが良い。……利根、それでは死んでしまうぞ」

 

重巡那智は、勢いをつけて加古の後頭部をぶん殴っていた。

利根が考えた砲弾による攻撃では峰打ちが出来ない。

だから那智は重巡のパワーを使って加古を気絶させた。

最も、こちらも下手をすれば死んでもおかしくはないが。

 

「撤退を。我々はこの情報を伝えねばならん」

 

「……そうじゃな」

 

利根はそれだけ言い、青葉を抱えなおして大湊への航路を駆け抜けていった。

夕張と睦月、そして二人から加古を受け取った那智も続く。

後には古鷹と、深海棲艦隊のみが残った。

 

「加古は大丈夫……」

 

古鷹は自分にそう言い聞かせる。

あの妹は、きっと自分が居なくても立派になる。

それが見れないのは残念ではあるが、

自分が仲間を守れたというその事実一つで、古鷹は満足であった。

そしてその気持ちは、通常艦艇の頃から変わっていない事に古鷹は笑みすら浮かべる。

 

「加古にはああ言ったけど、私は艦娘として、人として、それよりも――」

 

古鷹は、左目の探照灯を光らせて敵艦を見据える。

まだ日も落ちていない今、それは意味を成さない。

ただ単に、気合を入れる、それだけの為。

 

「これが、重巡洋艦古鷹の役割――!」

 

古鷹は吶喊する。

敵駆逐艦型深海棲艦の砲弾が身体に突き刺さるも、意にも介さず主砲の狙いをつける。

両肩の20.3センチ連装砲三基が火を噴き、それぞれが敵駆逐艦型に命中。

魚型の敵駆逐艦は直撃を受け四散する。

 

次いで、雷巡へと狙いを定める。

雷巡から扇状に放たれた魚雷を隙間を縫うように回避し、相手の胴体に風穴を開ける。

一つ、二つ、三つ。

狙うは中央に固まっている重巡型数隻と空母ヲ級。

取り巻きの駆逐艦や軽巡洋艦は無視する。

 

これは。これは決して重巡の役割ではない。

その事くらい古鷹は理解している。

しかし、最も古い日本の重巡洋艦として。

数ある重巡型艦娘の姉として。

そして、自分自身の意思で古鷹は戦っていた。

過程も結果も関係無い、今自分がここでこうしている事が、古鷹の役割だと。

 

古鷹は深海棲艦隊の陣形に突入する。

恐らく旗艦であろう、空母ヲ級との距離は50メートルの至近距離に縮まっていた。

20.3センチ砲を全てヲ級へと向ける。

最期の時を迎える事になろうとも、自分の役割は果たす。

 

「私は……重巡洋艦古鷹なんだっ!」

 

「知っているよ」

 

20.3センチ砲の砲音が響く。

それは古鷹の物ではなかった。

空母ヲ級が背面に隠していた砲を展開したのだ。

気がついた時には、古鷹は海面に仰向けで漂っていた。

 

――左目が、見えない。

破片にやられたなと、古鷹は今にも絶えそうな呼吸を漏らす。

傷は目だけではなく人工内臓まで達し、重度の肺炎患者の様な咳が喉を焼いた。

残る右目に、肌色の擬装を施したヲ級がこちらを覗き込むのが見える。

 

「ワタシとしては青葉か加古でも良かったのだが……誤算だよ。

 手負いでそこまで向かってくるとは思わなかった」

 

今私は何を聞いているのだ? と、古鷹は驚愕する。

海水で肌についた塗料らしき物を洗い落とし、生気の無い白い肌を露にした空母ヲ級。

それが、自分達と同じ言語で喋っているのだ。

 

「あな……たは……」

 

「重巡古鷹。ワレワレはいずれ貴様ら第零艦隊を一匹残らず根絶やしにするつもりだ。

 ……ここで質問をしよう。ワレらが、憎いか?」

 

「そん、な……事は……!」

 

「そうか。ならば死ぬがいい」

 

仰向けに倒れた古鷹に対して、空母ヲ級は主砲を放つ。

砲弾は古鷹の胴体に風穴を開け、爆風で内臓をずたずたに引き裂く。

それからほどなくして、古鷹は海に沈んでいった。

空母ヲ級は、頭につけたクラゲ状の甲板に艦載機を収納すると、

第三戦隊が逃げて行った方向を見やる。

艦載機生成用の杖を振るい、ヲ級は呟く。

 

「さて、吉と出るか凶と出るか。

 慣れない事をするものではないな……」

 

 

 







~後書き~



Q.何で七章書くのに一年近くかかったの?バカなの?
A.加古とケッコンしてました(迫真)
  後はいつもの遅筆な模様。

出ない出ない言ってた衣笠やZ1、Z3、大和なども着任し、
着々戦果ヲ拡張中ナリ、となっております。
万年少佐から少将や大佐ぐらいには昇進しました。
無課金勢だったのが無(理のない)課金勢になってしまったのは残念だが。
艦娘100名突破して枠がカツカツなんですがそれは……。

元々10万文字の超短編を目指してましたが、
もう無視して書きたい分を書きたいだけ書きます。
次回の八章は既に書けているが、更新は未定な模様。
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