私は時折辺りを見回しては、左腕に巻かれたシルバーの腕時計を見て何かを待つように、誰かを待つようにただ一人で立っているばかりだ。
私の隣には大きなコンクリート製の電柱が一本と、そこから私を照らす街灯がポツンと一つ。私は電柱に肩を寄せるように凭れかかっている。
周りは只、午後8時43分、夜が広がっている。
住宅街の細い路地。それぞれの家庭、それぞれの生活音。遠くの方からは東武東上線の線路を力強く踏みつけて走る電車の音がガタゴト、微かに聞こえてくる。
そうして、路地を抜ける風が秋の匂いを運ぶ。パラパラと落ち葉が地を履い、心地よい音を立てている。
そんな時だった。腕時計が丁度8時45分を刺した時、羽織っていたカーキ色のコートの、右ポケットに入れておいたiPhoneの着信音が鳴る。
そうして私は慣れた手つきで画面をスライドし、電話に出る。
電話をかけてきた相手はまだ、私の知らない隣人である。
「お久しぶりです。八年ぶりだよね、___君。」
聞き慣れた声ではあったが、私は電話の相手を知らない。
あくまで、聞き慣れた声であると言うだけで、相手が誰なのか、まだわからない状態で私は返事をした。
「ええ、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「はい、僕は何の問題もなく、元気でしたよ。」
テンプレのような返事をする私に、相手は淡々と"何の問題もなく"返事をする。過去形で。
「それにしても___君は大変そうだよね、お疲れ様です、いつも。」
「いえいえ、仰る通りでいつものことですから、慣れたものなんですよ。」
「またまた...。それにしても今日はまた一段と秋深い感じだよね。」
路地に吹き込む風はやはり、その秋を感じさせる。凭れかかっていた電柱から少し離れ片手をポケットに入れる。
「そうですね...。」
「___君。そう肩を落とさないでよ。秋だからといって寂しくなる必要はないんだよ?」
「...寂しいとかそうでは無くてですね、少し私は、情けなく感じてしまったのですよ。また逃げてしまったことが...。」
ポケットから手を出し、カーキのコートに付いたホコリをひと払いながら、私は電話での会話を続ける。
「逃げるつもりは無かったですしね、何よりもっと踏ん張れた気はするんです。」
「___君。」
「同情を買いたい訳では無いですが、確かに、なんにせよ、暗かったもので...」
「私はついに、ようやく死んでしまったのですね?」
それから少しして電話を終えた私は、iPhoneを元のポケットにしまう。
そうして、一言、私は零してしまう。
「...×____。」