「それで、私が」
彼女は続けて質問をするようだった。もちろんそれを非難して阻止することも出来たのだけれど、彼女から放たれる得体の知れない圧力が僕にそれを許さなかった。
「私が時折君に、キョウコに、他の友達に今すぐ縋り付いて死にたくないって泣き叫びそうになるって言ったら失望する?実は本当のことを打ち明けたくてしょうがない、隠し事をしたくなんてないって聞いたら、ガッカリする?」
それは彼女の魂からの悲痛すぎる声だった。静かに、それでいて普段押し殺されている感情の奔流が僕を呑み込んだ。僕は呼吸すらままならないほど息苦しくなった。
ヒトの生死の狭間に生きている僕は、ヒトが死ぬことにあまりに慣れきっていて、同時にあまりに不慣れだった。
言葉を、息を詰まらせる僕に彼女は「黙秘は認めません。罰として私をベッドまで運んで君もベッドで寝なさい。」と命令した。
僕は彼女を抱えて持ち上げて、ベッドにそっと横たえた。
それから寝る支度をして、彼女の隣に少しの隙間を空けて、寝転んだ。
僕は彼女に「失望した?」と聞かずにはいられなかった。
彼女はここに来てようやく普段の声音を取り戻して「全然?むしろ安心した。君も感情がある一人の人間なんだなぁって」
そんな的外れな返答を聞いて僕もようやく平静を取り戻して、思考に没頭し始めた。
喰種として生きる為に必要なこと。
それは人間と必要以上に関わらないこと。
そして、ポーカーフェイスを保つこと。
だけれど…
僕の意識は睡魔によってそこで絶たれた。
パチリ、と目が覚めた。
隣ですうすうと寝息を立てている彼女を起こさないようにそっと立ち上がって、洗面台で顔を洗った。
少ししてから彼女の携帯電話が鳴って、それで目を覚ました彼女は電話の主と話し始めた。
「桜良ァ〜!」
あ、親友さんだ。携帯電話越しでも聞こえてくる声が孕んだ怒りに僕は思わず体を震わせた。
「あんた今どこに」
「え?【仲良し】君と旅行〜」
息を呑む声が聞こえた。
「あんたねぇ!!」
より一層怒気を込めて放たれようとした言葉は彼女の静かな声に圧倒されてそれ以上溢れ出ることは無かった。
「このことは、いつか絶対に説明するから。」
「うー…わかった。その代わり【根暗なクラスメイト】に桜良に何か変なことしたら殺すって伝えて。あと私にお土産買ってくること!」
「わかった〜」
そう言って電話を切った彼女は何が可笑しいのか口角を上げて、「君、帰ったら殺されるんだってよ?」と言った。
「僕は何もしてないんだから殺される筋合いはないよ。」
「私のことお姫様抱っこして、隣で一緒に寝たのに?」
「あれはそういう名前だったんだね。初めて知った。僕はさしずめ引越し業者のような気分だったよ。あと僕はあの後すぐに寝たし、君に指一本も触れていない。僕の意志の強さを褒められこそすれ、殺される謂れはないと思うね」
「で、クラス1の美少女の隣で寝た感想は?」
「前から常々思ってたことだけど君は本当に馬鹿だと思うよ」
「いいから早く荷物をまとめなよ、言っておくけどもう1泊は付き合ってあげないからね」
僕に言われて彼女はうー、とかむー、とか何やら唸ってからチェックアウトの準備をし始めた。
ホテルを出る頃には太陽は僕らの真上にあって、それはつまり僕達にはもう観光するだけの時間が無いという事だった。
彼女は目に付いたお土産屋さんに入ってキョウコさんを含めた数人へのお土産を買っていた。
店からでてきた彼女は僕に掌に収まる程度の小さな包みを差し出した
「これは?」
「私から、君へのお礼も含めたお土産。折角旅行したのに思い出の品がないなんて勿体ないよ!」
包みを開けると、ストラップになったご当地キャラがひょうきんに笑いかけてきた。
傍についた鈴がチリリと涼し気な音を立てた。
「じゃーん、私も買ったの!だからお揃いだよ!」
少し驚いて言葉を詰まらせてしまってからお礼を言うと、今度は彼女が驚いて口をパクパクさせた。
少し照れくさくなって歩き出した僕を慌てて彼女は追いかけてきた。
「ちょっと待ってよ!【仲良し】君!」
「ああ、鯉の物真似はもういいの?」
「そんなのしてないよ!」
「それじゃ金魚?」
「そうじゃなくって!」
「そんなことより急がないと今日中に帰れなくなるよ」
「もうー!」
僕らが駅に着いたのは新幹線が出る5分前だった。
新幹線の中で僕は丸一日ぶりに安寧を手に入れた。
隣で眠る彼女を見て、黙ってさえいれば…と、刹那頭をよぎったものを振り払った
新幹線から乗り換えて、ローカル線で僕の家の最寄り駅についた。
「【仲良し】君、ありがとう。楽しかった。冬もまた遠出しようね」
という彼女に背を向けて僕は「うん、僕も楽しかった。冬に良さそうな場所調べておくよ」と言い残して電車をおりた。
後ろから間抜けな驚きの声と、周囲の人に対する慌てた謝罪の声が聞こえた。
簡単な話、僕は彼女に振り回された分のお返しをしたのだ。
計画通り、と少しだけ内心ほくそ笑みながら恥ずかしそうに窓ガラス越しに手を振る彼女に控えめに手を振り返し、携帯電話についたひょうきんなストラップに僕は笑みを深めた。
確かに楽しい2日間だった。
これ程笑ったり困ったりしたのは記憶を辿ってみても初めてな気がした。
ましてや、旅行なんて疑うこともなく初めてだった。
チリリ、と涼し気な鈴の音を鳴らしながら僕は自宅への道を歩き始めた。
忙しくて更新が遅れました…ごめんなさい。
これからも週一以上のペースは保つつもりなのでどうか宜しくお願いします!
感想も極力返すので頂けると嬉しいな…