君の膵臓を喰べたい(完結)   作:初代小人

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彼女の、僕の、彼の感情

「君なら、良いんだ。恋人でもなくて、私を恋人にする気もない、君なら。」

僕の耳元で囁いた彼女の身体は厭に熱を持っていて、声は艶めかしかった。

耳にかかった彼女の荒い吐息に我に返って、僕は彼女の手を振りほどいた。

しかし、再び抱きついてきた彼女に、僕はベッドに押し倒されてしまった。

 

「何、を……」

僕の掠れた声にすら、彼女は覆いかぶさった。

 

「ねえ、【仲良し】君、私とイケナイ事、しよ?」

そういった一瞬後に彼女はその妙な雰囲気を霧散させて、笑いだした。

 

ベッドから降りた彼女は笑いながら言った。

「悪戯だよ、イ、タ、ズ、ラ。いつものやつじゃな〜い。あ〜、恥ずかしかった。」

 

 

手で顔を扇ぐ彼女に、何故だろう、初めて本気で腹が立った。

 

「ほんと、君が妙な空気にするから本気っぽくなっちゃっ…」

その先の言葉は紡がれなかった。

今度は僕が彼女を押し倒す番だった。

 

「え、どうしたの【仲良し】君、もしかして私の冗談に」

そこまで言った彼女は、行き場をなくした怒りを露わにした僕の眼を見て、声にならない悲鳴をあげた。

 

 

不本意だった。裏切られた。あるいは、失望した。

そんな負の感情がない混ぜになって、僕はどうしていいか、どうすべきか分からなくなった。

彼女をベッドに押さえつけて、そんなふうに数秒硬直した後、彼女の目の端にじわり、と涙が滲んだのを認めて、僕はようやく少しの落ち着きを取り戻した。

僕はベッドから降りると、彼女から借りる予定だった数冊のハードカバーの本が入ったカバンを掴んで、彼女の部屋を、家を、飛び出した。

後ろから彼女の「【恐いクラスメイト】君」という声が追いかけてきたけれど、僕はそれすらも振り切った。

 

 

───────

 

 

僕は大きな家に背を向けて足早に歩いていた。

どうして、彼女はあんなことを。

どうして、僕はあんなことを。

認めよう、僕は後悔していた。

 

 

彼女の怯えた顔を見たか。

あれほどまでに彼女を傷つけるつもりなんてなかった。

でもそれはもう届け先もない虚ろな言い訳でしかない。

 

 

結局僕はまた一人ぼっちになるのだろう。

僕は自分を憎んだ。まさか、ヒトと関わって、ここまでの激情を抱くことになるとは知るよしもなかった。

 

 

まとまらない考えに割り込んできたのは、明確な敵意だった。

 

 

 

「【ストーキング容疑をかけられているクラスメイト】」

その声は剣呑で、はっきりとした悪意を含有していた。

そこに立っていた彼は、普段学級委員としてクラスメイトたちの前にたつ時の穏やかな顔とは程遠い、醜い、人間そのものといった顔だった。

 

 

もう暫く捕食していないというのに、どうでもいいような人間が目の前にいるというのに、僕は殺意も食欲も湧かなかった。

 

「お前がどうして、ここにいる」

彼は静かに、激情を孕んだ声で僕に問いかけた。

「答えろよ!【ストーキング容疑をかけられているクラスメイト】!!」

 

 

彼は随分と興奮しているようで、僕に対して怒鳴った。

「また、桜良といたのか…なんで…なんでなんだよ!なんで桜良はこんな、何を考えてるかもわかったもんじゃない、不審で暗いやつと!」

 

 

彼の言うことは概ね正しいと言えた。

僕にも、彼女が僕と積極的に関わろうとした動機なんて分からなかったし、きっとこれから先もわからないままだろう。

 

 

自らの感情を制御できていない彼と、自らの感情を把握出来ていない僕との間には存外大きな差はないのかもしれないけれど、僕は彼と関わる気は毛頭なかった。

従って僕のとった選択は、無視だった。

 

 

「待て!話は終わっていない!」

僕は苛立ちを隠せなかった。

「あのさ、君にアドバイスをあげるよ。彼女は君のようにしつこい男は嫌いだそうだ。前の彼氏みたいな、さ。」

彼を傷つけるつもりで僕が投げた言葉は彼の弱点を直撃したらしかった。

 

 

僕が瞬きした瞬間だった。

体がぐらりとよろめいて、そのまま後ろに倒れた。

 

殴られた。

喰種としての判断力がすぐにそれを導き出した。

 

 

「お前みたいなやつに付きまとわれて!桜良も迷惑してるに違いないんだ!二度と桜良に近づくな!」

そう言って彼は何かを僕に投げつけた。

それは空中で中身を散乱させながら濡れたアスファルトに落ちた。

 

 

「君だったんだね」

さっきの物言い、そして彼が投げつけた───僕の筆箱。

僕にまつわるあらぬ噂を流したのも、僕のものを隠して捨てたのも目の前の彼だった。

人間は得てしてカメレオンのように擬態する。

僕は彼女と共に過しすぎて失念していたようだった。

 

 

だけれど、彼が僕に抱く悪意、彼女に向ける好意は驚く程に真っ直ぐで、真っ当だった。

僕はそれを甘んじて受けることしか出来ない、そう思っていた

 

 

 

「何…してんの?」

僕が少し前に泣かせて、僕を困惑させた声が、そこにやってきた。




お気に入り件数100件突破ありがとうございます!
通算UAも5000を超えて、小説情報のところに少し貫禄がで出来て嬉しい限りです。
実は今回のシーンは好きで、「僕」と、彼女と、彼の感情の向き、ねじれ等がとても素晴らしいと思ってます。
4連日投稿したのは多分初なんですけどUA伸びたり感想書いて下さったりしないかなとすこし期待している所存であります。
明日も続くかは未定ですが今後もよろしくお願いします!
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