それからも僕は定期的に彼女の病室に通った。
彼女はそれを拒まなかったし、僕は…彼女の言葉を借りるとそれを選んだ。
もちろん僕自身の意思だけで来ている訳でもなくて、知り合いが入院しているからというのと、彼女が僕に練習している手品を見せることを望んだから。
それから暫くはいつも通り、つまり僕が彼女の病室に通って、彼女が笑って、そして時折鉢合わせた───仕組まれたようなタイミングでやってくる親友さんに睨まれる、そんな日々が続いた。
もう僕と彼女に表立って噂は立たなかった。
きっと、これまでの騒ぎは全て学級委員の彼が煽動していたのだろう。
そんな気がする。
それでも少しは噂になって、それはせいぜい僕が彼女に片思いしているとか、彼女と恋仲にあるんじゃないかとか、事実無根のものだったけれど、僕はそれらを全て無視した。
僕になにかしようなんていう暇人はいなかったようで、せいぜいこちらを見て眉をひそめてひそひそと話す程度が関の山で、僕は無視しようと決め込んだけれど、彼女がしきりに学校の話を聞きたがるのでその話をしてみた。
「うわははっ、面白いことになってるね〜」
彼女の第一声はそのようなものだった…と、思う。
最近体調が安定しない僕は、彼女と一緒に死んでしまうんじゃないかという位だった。
彼女と会話している時こそ落ち着いていられるけれど、その時の会話の内容すら、少し朧気だった。
「君さ、みんなともっと話しなよ!そしたら誤解も解けるって!」
「嫌だよ、僕は
「え〜?そんなんじゃ私が死んだあとまた一人ぼっちになっちゃうよ?」
それで良かった。
今こうして彼女の病室で彼女と話しているこの状況こそが、僕として、喰種として異常な状況であることに間違いはないのだから
「ね〜、【???】君、そこにあるお見舞いのリンゴ、一つ剥いて〜」
「わかった」
そう言って僕はりんごをむき始めた。
シュルシュルという小気味いい音を立てて赤い帯が長くなっていく。
リンゴなんて剥く理由もなかったから剥けなかったのだけれど、彼女にこうしてあげているうちにいつの間にか出来るようになっていた。
適当なサイズに切り分けたそれを、彼女は全て平らげてから笑って言った。
「あ、【???】くんも欲しかった?ごめんね、これ私のだから〜」
「いや、気にしてないよ」
むしろ助かったとは言えるわけもなかった。
「さっきの話の続きなんだけどさ、どうして君はそんなことになってると思う?」
「君とこうしているからじゃないの?」
「私のせい?君はそこに座ってることを選択したんだと思ってたんだけどー?」
「それで、どうしてこうなってると思うの?」
「君がほかの人と話さないからだよ」
僕は意味がよくわからなかった。
「君が、ほかのクラスの人と全く話さず、全く関わらずにいるから、そんな噂がたっても否定しないし、そのままになるんだよ。君は私以外のいろんな人と関わるべきだよ」
そう彼女は熱弁してみせてから、穏やかな声で
「【???】くんが、とっても、とってもいい人だってみんなに教えてあげたい。そしたらきっと君は、私が死んでも…」
彼女はその先を言わずに唐突に話題を変えた。
「そうだ!今日のマジック、見ていってよ!」
「もう出来るようになったの?」
「時間が無いからさ!頑張ったよ!」
彼女が僕に見せたのはコインが現れたり消えたりするように見えるものだった。
喰種の僕の動体視力を持ってしても見破ることが出来なかったそれは、かなりの出来だと言えた。
もしも彼女が膵臓に病を持っていなければ…
そこまで考えて僕は意図的に思考を放棄した。
僕がそれを思うのはあまりにも罰当たりで、病気とともに前向きに最後まで生きようとする彼女に対する冒涜であるように思えたから。
そのあとの週明け、学校に行った僕は、再び親友さんに呼び出されて、件の外階段に居た。
「あのさ、噂知ってんだよね」
僕は小さく頷いた。
「はっきり返事しろよ!私はアンタがあの子のところに通ってるのを知ってる!前も聞いたけどもう1回聞く!今度こそちゃんと答えろ!アンタはあの子のことをどう思ってんの!」
僕は不明瞭な答えを明瞭に答えた。
「わからない」
それが僕の答えだった。
最初は体のいい保存食、そのつもりだった。
どうせ死ぬなら適当なところで捕食してしまっても別にいいだろうだなんて、僕の罪悪感を少しでも薄らせるための保存食。
いいや、それも違うのかもしれない。
彼女と出会う前、僕は人間を捕食することに罪悪感を持ってすらいなかったのだから。
人間がそこいらにありふれたスーパーマーケットで、ありふれた形に加工された豚肉や鶏肉を食べるように僕は人間を喰べていた。
彼女のことは保存食どころか、待てば勝手に喰べられるようになるカップ麺のようにしか思っていなかった。
なのにいつからか、その意識は変わっていた。否、変えられていた。
他ならぬ彼女自身に。
僕の脳は彼女を捕食対象として見ていたが、僕の心は果たしてどう見ているのか、僕にも分からなくなっていた。
だから僕は親友さんにもう一度答えた。
「分からないんだ。彼女をどう思っているか。だけれど僕は、彼女が言うところによると彼女といることを選んだ。だから僕は彼女の隣に居るんだ。」
親友さんは意外にもハッキリと返ってきた僕の言葉にまごついてから、ため息を吐き出して、その鋭い眼光はそのまま、僕の肩に手を置いて教室に向かっていった。
「一旦は認めてやる。それでも彼女を傷つけたら私がお前を殺す」
親友さんの心の声が、何故か僕に伝わってきた気がした。
何気に春樹の最後のセリフを本気で心から言える人って少ない気がする。
追記:誤字報告ありがとうございました!助かります