君の膵臓を喰べたい(完結)   作:初代小人

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今回が多分最大のグロテスク表現です。ご注意ください


※大切な貴方に、魂を贈ります

ああ夢か、僕はそう思った。

ぼんやり、ふらふらと街を歩く、そんな夢。

街の風景を僕は伸びた前髪の中から赫眼越しに眺めていた。

 

 

「腹ガ、減ッタ」

漏れた声も足取りと同じようにおぼつかなかった。

 

 

本当は目の前を歩いている沢山の人間のどれかに適当に噛み付いて貪り尽くしてしまいたいのだけれど、何故だか僕はそれを許さなかった。

 

 

ふと、どこかで嗅いだことのある匂いがした。

母親のような、安心する匂い。

僕はそっちに向かって、ゆらゆらと歩いていった。

 

 

街を抜けて、眩しい光は消えて、そこはどこともしれない裏路地。

夢の癖に、やけに凝った風景だ。

僕はやはりぼんやりとそんなことを思ったけれど、その思考は直ぐに断ち切られた。

 

 

 

人間における三大欲求の内の1つ、即ち食欲によって。

 

 

美味しそうな匂い、夢の中でなら、好きに食べてもいいだろう。

 

 

僕は匂いの先にパジャマの上に薄い生地のパーカーを羽織った雌の人間(獲物)が居るのを見つけた。

僕は自らの本能に抗えずそれに襲いかかった。

 

 

哀れな人間(獲物)はここでようやく僕に気づいたようだった。

だけれど、はなから諦めているのだろうか、無駄な抵抗をすることは無かった。

僕は尾赫で足をすくって人間(獲物)の足先の邪魔なものを取り除いて足に噛み付いた。

 

 

ああ、人間のやはりなんと美味なこと。

人間(獲物)は、もう悲鳴をあげてもおかしくないはずだったのに、何故かそうはせず、僕が噛み付く度に痛みを堪えて低いうめき声を出していた。

 

 

足を1本食べ終えて、頭にかかったぼんやりとしたモヤが晴れて、僕は口についた血を拭ってから我に返った。

 

 

「僕は…何を…?」

 

そして僕は顔を上げた。

涙を流して体を喰いちぎられる激痛に耐える人間(桜良)を見て、僕は愕然とした

 

 

「え…?」

僕の声になるはずだった息は空気を揺らさずそのまま掠れてどこかへと消えていった。

僕と彼女は血の海に浮かんでいた。彼女は涙こそ流していたけれど、その表情には、慈愛に満ちた微笑が湛えられていた。

 

 

「どうして!?」

僕は慌てて止血しながら彼女に聞かずにはいられなかった。

彼女はそれを制止してゆっくり話し始めた。

 

 

 

「私ね、実はもう長くないの。君が思ってる、半分しか、生きられないの」

「えっ…」

「私ね、死ぬ前にやりたいことリストと別にね、最期にやりたいことリスト、作ってたの。それはね」

 

 

 

「【優しい喰種のクラスメイト】君、君に私の膵臓を食べてもらうことなの」

 

 

「何を…言って…」

「私、知ってたんだよ、君が喰種だってこと。あの、私と君が仲直りした、あの日から、ずっと」

 

 

「ふふふっ、君ね、あの時、眼が(あか)かったんだよ」

そんなはずない、そう言いたかった。

 

だけれど、僕は感情が昂っていたし、そんな時に喰種の赫眼は意思と関係なく発現してしまうことがある。

 

 

「それでね、病室に来てくれる君が、来てくれる度に痩せて、顔が青白くなっていくのを見てて、私わかったんだ。君は、君がクラスで1番可愛いと思ってくれてる私の事が枷になって、きっと食事が取れていないんだって」

 

 

 

「でも…どうしてこんな馬鹿なことを!」

 

 

「馬鹿なことなんかじゃ、ないよ。私は、君に枷を填めてしまった責任を取らなくちゃならない。それに」

 

そこまで言って彼女は苦しそうに息を大きく吸い込んだ。

 

「私は、君になら喰べられてもいい。他でもない、君になら。」

 

 

「ダレン・シャンにね、こういう話があるんだ。バンパイアが、人間の血を一滴残らず吸い尽くしたら、その人の魂の一部がバンパイアに取り込まれて、バンパイアの中で生き続けるんだって。君はバンパイアじゃなくて喰種だけど、何故だか、君に喰べてもらったら、私は君の中で生きられる気がするんだ。このまま死んで、消えてしまうなら、私は、その方が嬉しいな。」

 

僕はもう「なんで…どうして…」と涙を流しながら繰り返す事しか出来なかった。

 

 

「最期になったけどさ」

彼女はそう言ってパーカーのポケットの中から1冊の血に汚れた文庫本を取り出した。

 

「これ、共病文庫。君に持っててほしい。」

 

僕は何も言えずに受け取った。

涙が流れて、止まらなかった。

 

 

 

「君みたいに素敵な人に喰べられて、私は幸せだよ。私は、君に必要とされて、嬉しかった…」

 

彼女の目に、いつもの光は宿っていなかった。

 

僕は声を上げて泣いた。泣きながら彼女を喰べた。こんなことは初めてだった。

美味しい事が、悲しかった。

体が楽になっていくことが、許せなかった。

それでも僕は彼女を全て、喰べ尽くした。

 

 

なぜだか最後に残してしまった膵臓は、僕の涙の味のせいでしょっぱかったけど、病気に侵されて変質していたのだろうか、苦さの中に甘酸っぱさがあった。

 

 

捕食を終えた僕は共病文庫を抱えて、自宅に帰った。

そして泣き疲れて、泥のように眠った。

 

 

彼女は僕を許してくれたけれど、僕は僕を許せなかった。

 




遂にこの回を書く日がやってきてしまって、僕は悲しいです。
出来れば桜良が春樹と幸せになる、そんなエンディングを書きたかったのですが、それをしてしまったらこの話は「君の膵臓をたべたい」ではなくなってしまうような、そんな気がして僕にはどうしても書けませんでした。
次回が最終回となります。
この調子で行ければ明日の2:00までに投稿されることでしょう。
次回までのお付き合いをよろしくお願いします。
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