端くれ陰陽師と銀枝篇の少女   作:長田空真
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14話 嵐は過ぎ去りて

とある、その街の片隅、ある工房。

そこには一人の男がいた。

 

彼は日々蔵書を読み漁っては内容をまとめ、概説として記していた。

 

それは、あまりにも気の遠くなるようなものであった。

 

彼が目指すのは、集合知たる本。あるひとつの学術にたいして拾える限りの知識を凝縮して詰め込まれて生まれるもの。

 

 

それを目指してはや二十年。ヘルシングを名乗るある男の手助けもあり奇跡的とも言えるペースで、その完成に近づいていた。

 

青春を、人生をかけたそれはようやく日の目が見え始めてみた。

 

ふと、男は題名について考え始めていた。本というのは名付けられて初めて意味を持つ。

神や悪魔だって、名を持つことで意味を持ちまた名を変えれば神格や権能も変化するように、名というものはとかく重要だ。それを決めなければどんな内容の者であっても白紙と同じだろう。

 

しかし男は超絶的な名付け下手であった。親戚に子供の名付けを頼まれたことがあるが、親戚がみな落胆していた。

 

そんな時、彼女の助手らしい一人の幼い少女が一冊の本を差し出す。

題名な『金枝篇』。イギリスのサー・ジェームズ・ジョージ・フレイザーが著作した原始宗教と古代呪術における一大研究書。

男が伝承や魔術といった神秘を編纂し一大書を作る契機となった一冊にして、増補が繰り返されるたび

自分もこの本をまとめねばと励みになっていた。

 

私は、その本を見て閃いた。

 

その本に敬意を払い、私は名付けた。

 

「そう、題名は……」

 

そこで、意識が現実へと引き戻され覚醒する。目覚めると、そこは詰所の一室であった。

休憩・手当のためのスペースで俺はそこで寝かされていたようだ。

 

「今の夢はいったい……」

魔術の集積たる本を作るある男と少女の夢。

妙にシルヴァンナに似た少女、そして名前が決まる前に夢が冷めたがおそらくあの本は、間違いなく銀枝篇なのだろう。

しかして、あの少女の姿はなぜ……。少女とシルヴァンナの関連性が気になる。というかなんで俺が作者の視点で夢を見ている……。

 

そんな事を考えこんでいると、彼女が隣で寝ていたらしく。俺が起きたのを察してむくりと起き上がる。

 

「あら、おはよう」

「おはよう、でなんでお前が隣にいるんだ。俺はおそらくけが人として運ばれてるはずなんだが」

 

最後に意識を保っていたのが、アーサー王を倒した直後にその一撃の傷がもとで倒れた時なのだから当然俺はけが人としてここに寝かされているのだろう。

 

「それなら不断無があなたの『傷』を切ったわ。斬るという機能も極まれば、回復にすら使えるのはさすがというべきかしら。それで、意識を失ったままだからそこに担ぎ込んだわけ。その時にお邪魔させてもらったの」

いや、理由は分かったけどいちいち同衾しなくても……。寂しいというかそういう範疇ではないだろうし。

 

「……そこまで俺にくっつく必要はないだろ。で、クロハはどうしているんだ?」

 

「彼女なら、全てが終わったとたんへたりこんでしまったらしいわ。彼女、かなり頑張ってみたいだから」

「なら、クロハになにかしてやらないとな」

何をしたら喜ぶのだろうか、サプライズで贈り物をするか、いっそクロハに直接聞いてみるか

 

「あら、私には何かしてくれないのかしら?」

意地悪で蠱惑的な笑みで、身体を寄せながら迫って来る。

 

「分かったよ……で、何がお望みなんだ?」

 

「魔力が欲しいわ……ちょっと、不足気味みたいで。この形(からだ)で稼働してると力が入らないの。できれば、体液とかの形……血液が一番いいわ」

 

「そうか。じゃあ俺の血を吸え。肩からでも首筋からでもどこでもいい」

 

「そうね……じゃあ、すぐに終わるように首筋にしましょう」

彼女は、身体を抱擁するように身体を密着させ。首筋へとその歯を立てる。

 

体に走る痛み、しみるような感覚から、彼女が自分を啜っているという実感が湧く。

 

 

彼女の表情を覗き見ると、血を啜るのに意識を集中させているようであった。そんな彼女を視ていると不意に心臓が高鳴る。

 

自分の血まりょくを無心に求める姿はどこか艶めかしく、見る人が見たら淫らにさえ見れるように感じてしまうだろう

彼女はそういう相手じゃない、分かっている。分かっているはずなのに。

 

銀色の髪は透き通る絹のように、赤い目は紅石のように。彼女を観察みる目が変わっていく。

触れる肌の感触は戦いの中での安堵の追憶ではなく、女体の柔らかさと成長途中的な胸の起伏ばかりが強調され、彼女の服越しの体温が生生しく感じる。

 

俺は……彼女に惚れてる、とでもいうのか。自分の血を啜る姿を切欠にそれが開花したと?

 

そんなわけがない。彼女は、俺にとってかけがえのない相棒なのだから。いくら異性だからといって、相棒にそんな感情を向けて良いわけがない。向けるわけがない。

 

これは気の迷いや幻だ、そうであってくれ。

しかし、無情にもその望みは消え去った。

 

彼女がもたらす五感からの情報すべてが動悸を引き起こしている、それは紛れもない事実であった。

 

 

感情をごまかして逃避してもどうにもならない……。うだうだ言ってもこの感覚が消えるわけじゃない。

だから素直に認めよう。俺、十城元晴はシルヴァンナ・ブランシュに惚れていると。

 

 

自分の感情を認めると同時に、同衾の記憶が、抱擁の温もりが、違う形を帯び始める。

 

どうやら、恋愛の呪いに当てられてしまったようだ、もはや一秒たりとも彼女に触れられないかもしれない。

 

触れてしまったら心臓は自らの鼓動で破裂し、体が火照りすぎて燃えて、心は蕩け、溶解してしまうだろう。

 

「あの……シルヴァンナ」

 

シルヴァンナはそっと、身体を離すと尋ねてくる。

 

「何かしら?」

 

「いや……その、だな。あまり身体をくっつけないでくれるか」

 

「自分から血を啜ってくれと言ったのに、今更身体をくっつけるな、なんておかしな事を言うのね」

 

無駄にはぐらかして追及されても困るので、意を決して正直な事を言った。

 

「……今更ながらだな、お前と体が触れてるのが恥ずかしくなった」

 

「今、なんて言ったのかしら?もう一度言ってちょうだい」

それを聞いた彼女はまるで言質をとったようなにやけた顔で、わざとらしく言ってくる。

目の前に邪神(あくま)がいる……人を手玉に取る邪神が。

 

「……お前と体が触れているという事が急に恥ずかしくなったんだよ!」

俺は、自分の顔が赤くなるのを自覚しながら言い直す。

 

それに対する反応もいつも通りであった。

「まったく、成人男性ともあろう人が初心なんて信じられないわ。このくらいの年であれば、多少の免疫ぐらいあってもおかしくないと思うのだけど。ねぇ、ご主人様・・・・?」

そう、いつものように。俺を『ご主人様』なんて呼びながら、からかうような責めるようなねっとりとした応答をこちらに返す。

 

このまま、ただはぐらかすだけでは責めは続くのだろう。

だから、俺は思い切って告げる。

「……お前だから恥ずかしいんだよ」

 

「……へ?あの、今……なんて。言ったのかしら?」

シルヴァンナは、かなり動揺していた。当然なのだろう、誰だっていきなり言われたら動揺する。だけど、ここは引き下がれない。

「もうこれ以上は言わないぞ!お前だから、恥ずかしく感じるんだ!お前のある一瞬を見た時から、お前を見る目が変わっちまったんだ!」

その言葉とともに、俺と彼女の間にしばしの沈黙が訪れる。

 

「貴方ったら、本当に阿呆ね……貴方はあくまで私の主よ、持ち主よ。私なんかに意識しちゃ駄目じゃない。あと……私も、恋愛感情について理解してないからどうしたらいいか分からないの、それ以前にあなたを主や恩人として慕ってるのか、半身として好意を寄せているのか、あなたを男として好きなのかなんて自体分かってすらいないの……ただ貴方の事は『好き』。それしか分からないの」

沈黙が解かれると、彼女は泣きそうな表情でこちらに訴えかけてくる。

……とんでもない事をしてしまった。俺は、彼女との今までの距離を壊してしまったのだ。

今までの、互いを良く想いつつも男女という一線に踏み込まない関係性は完全に崩れた。

もう、いつもの俺と彼女の間柄は返ってこないのだろう。悪い意味でだ。

 

「ねぇ……私、どうしたらいいのかしら?心臓が痛いほど鳴ってるの、体が燃えそうなほど熱いの。私の好きはどんな好きか分からないけど、貴方の言葉が心を掻き乱してしまうの」

 

「俺も、今似たような気持ちなんだ。でも、どんな好きかは分かってる」

 

「……そういうことね。元晴、少し顔を貸しなさい」

 

 

 

「好意を表明するときは、こうするのよね?」

彼女は顔を真っ赤にしながらも、張れる限りの威勢を張っていた。その姿は魅力的……ではあるがそんなのどうでもいい。

今、頭の中はキスをされたという事実で埋め尽くされていたからだ。

 

唇の湿り気と暖かさが残像のようにこびりつく。

人生で初めてのキスは、脳をトンカチで叩かれたような衝撃と、砂糖の塊のような甘ったるさで出来ていた。

 

「いちばん、大事な事を言い忘れていたわ。好きよ……元晴。頼りになる人で、私なんかの為に悲しみ憎んでくれて、私にいろんな事を教えてくれた人。相棒や主としては物足りなくて、よく手玉に取られてしまうぐらい抜けてるけどそこがなんだが微笑ましくて、素敵な人。これからもよろしく頼むわ、ただの相棒じゃなくてそれ以上として」

不敵で、妖艶な笑みを彼女は浮かべていた。

……それは、奇しくも初めて出会ったときのような、飲み込まれそうな妖しさと美しさを纏っていて。

 

この時、やっと気づいた。俺は最初から彼女に惚れていたのだと。

初めて目が合った時から、俺は彼女の姿に魅了されていたんだ。

 

「ああ……宜しくな、シルヴァンナ。俺に相棒以上の何かが出来るかは手探りだけど、それでもいいか?」

 

「ええ、もちろんよ」

シルヴァンナは屈託のない笑みで応えた。







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