アタシは屋上に一人立つ。風が吹く。
屋上にある人工の芝生は白一面の雪に埋まりまったく見えない。
あれから半年、二つの季節を超えて冬となっている。
今日は12月25日。
学園の授業は冬休みに入り、ほとんどの学生は帰国や実家に帰っている。
中には帰る事が出来ない子や、帰りたくない子もいるが・・それでもアタシは帰る場所はあるし、待っている家族も居る。父は再婚し、母も再婚した。
どちらに来ても良いと両親は行ってくれているがアタシは帰る気などない。
今はただこの寒さを埋める何かを探して歩いて居たい。
校内に戻り歩きだす。自身のではなく隣の教室。一つの席にある花。
ソレを見てそこを去る。食堂・・生徒会室前の廊下・・診察室前・・自動販売機のある広間、寮長室前・・今は帰郷している友人の部屋の前・・寮の廊下の談話用の広間・・心を埋めてくれる物を探して歩き続けた。
探して・・探して・・校庭、整備室、モノレールの乗り口・・色々な場所を走り出す。
更衣室、アリーナのピット・・そして、アリーナの真ん中でアタシはやっと止まった。
止まってしまった。
探し続ける彼の記憶、彼との想い出、彼への想いの欠片、彼自身を。
只探し続けたのに・・見つからない。
もうどこにも見つからない。
時がたつほどに風化して行く記憶と光景。
覚えているはずなのに、忘れちゃいけないのに。
時間とともに風化して行く『ソレ』。
消えてはいけないと手繰り寄せて、大事に宝箱に納めて居たいそれを・・。
忘れて、消えて行ってしまう。
それが耐えられない。
足が震えて立っていられない。
日は落ちて、辺りも真っ暗になり、使用許可もないアリーナの真ん中で震えている。
体が寒いんじゃない・・心が寒いんだ。
温かいものがない。温もりが欲しい。
あの温かい手が、力強い言葉が、熱いまなざしが・・もう無い。
「・・か・・・」
ポツリと漏れた言葉。もうそれは流れ出した土石流の様に止められない。崩れた雪崩のようにただアタシの理性を押しつぶして行く。
「・・・ちか・・。」
涙も堰をきってあふれる。決壊したダムの様に止めることなどは不可能だ。
「・・いちか・・」
顔をあげて叫ぶ。慟哭を、声をあげて。
「一夏ぁ!!いちか、いちか、いちかぁああああああ!!」
夜空で暗く、アタシ以外無人のアリーナに響く。
「いちかああぁああああぁぁぁああああ!!ああぁぁああ!!うわあああぁぁぁぁ!!」
あの日に誘わなければ・・アタシがISを持っていれば・・アタシが指輪に気を取られ過ぎて居なければ・・とっさにアタシが一夏を押しのけて居れば・・
「ごめんなさい、ごめんなさいいぃぃいいいい!!うわあぁぁぁぁあん!!」
アタシが一夏の代わりになって居れば・・アタシが、アタシが!!
「いちかぁああごめんなさい、ごめんなさいいいいぃぃ!!うあああぁぁ・・!!」
叫ぶように泣き声をあげた。
それでもあの時の顔が浮かんではなれない。片時も離れてくれない。
あの夕暮れに照らされて綺麗なオレンジの一夏の顔が。
ありがとうと言って静かに優しい頬笑みで眼を閉じて何も言わなくなった彼が。
誰よりも好きでアタシが好きでしょうがなかった彼のあの顔が片時も離れない。
「一夏あぁぁぁぁあ“あ”あ“・・!!」
喉がかれるように泣き喚く。それでもあふれだす涙は止まらず、アタシは泣き続けた。
「会いたいよう、あいだい“よう!!一夏ぁ、いぢがあぁぁぁ!!」
地面にうずくまって泣き続けた。寂しい、寒い、辛い、ただあなたが居るだけでこのつらさは絶対に消しされるのにそれがかなわない。貴方はもう居ない。アタシの替わりに‥
「寂しいよ!苦しいよ!寒いよ!つらいよ!痛いよ!もう・・嫌だよ!一夏ぁああ!!」
いつの間にかに雪が降り始めてアリーナの地面を白く染め始めた。
このままここで眠れば一夏と会えるだろうか?そう思って体を丸めたまま目を瞑ろうとした。
そこに一瞬風が吹く。
アタシはとっさに目を庇う。その際に目に冷たい鉄の感触が当たる。
眼を開くとそこには彼のくれたリングが有った。かわいらしい花のついた、彼とお揃いでつけたリング。
彼とアタシをつなぐリング。
ソレを触って懐に抱え込むように手に縋りつくように泣きつく。
「一夏・・いちかぁ・・。」
思い出す。
あの日の事。
お礼と言いながらも照れながら、
このリングを渡してきた時の事。
お互いに少し意識しながら・・
ゆっくりと手をつないだ時の事。
オレンジ色に照らされながらも赤くなっていたお互いの顔を。
アタシを必死に助けてくれた時の顔を。
トラックに跳ねられて痛みに苦しむ彼の顔を。
心配して声をかけ続けたら意識を取り戻した時の放心した顔を。
アタシが無事で安心した時の安堵した顔を。
自分よりもアタシが無事な事を嬉しそうにした顔を。
箒とラウラに悪かったと言っていた少し情けなく笑う顔を。
「いままでありがとう」と言って微笑んだあの顔を。
「いちかぁあああああぁぁぁぁ・・・」
泣き疲れて動けなくなってきた。それでも、さっきの瞬間に風が吹いて指輪に触れた時の事を思い出す。一夏が一瞬でもそばにいたかのような錯覚。いや、馬鹿な事を考えるなと怒った彼が起こした風なのかもしれない。
アタシは震えながらも立ち上がる。
痛む喉で、枯れた声で、息を吸い、吐き、深呼吸して・・
言えなかったあの言葉を・・言う。叫ぶ。慟哭する。
「一夏ぁ!アンタの事、愛してるわぁ・・!!」
暗く白い塊を降らせ続ける空に響き渡るその声。
過去じゃなく今も強く残るその記憶。
その想いだけは決して薄れる事は無い。
昔の記憶を振り返り続ける。
覚えて居る限りの記憶をまた強く脳に焼き付ける。
そして、今気がついた。
アタシが初めて告白した時の事。
今思うと彼は不自然な振り方をしていた。
優しいはずの彼はありえないほどひどい振り方だった。
すぐに携帯を出して電話をかける。
『・・・どうした凰?学園に残ったと聞いたが・・』
「一夏は・・何を隠していたんですか?」
『・・なにを・・言っている?』
「動揺しましたね。アタシは気がつきました。彼に告白した時の事。そして、不自然さに気がつきました。今のアタシだから気がつく違和感。彼は・・一夏はアタシを意識していた。けど・・理由が合って振った。そう言う風に考えられました。」
『・・・。それで、お前は何が言いたいのか。それが分からないな?』
「誤魔化さないでください。アタシは言いましたよ。【一夏は何を隠していたのか?】と。」
『・・・お前の勘は鋭すぎて困る。』
「答えてくださいますね?」
『・・一夏が住んでいた部屋に来い。藤岡先生の部屋だ。私もそこへ向かう。』
「分かりました。」
部屋に着きノックをする。震える手を押さえるようにして。
「凰です。織斑先生に言われて来ました。」
「あぁ、入れ。」
ドアを開けて織斑先生・・千冬さんが招き入れる。
「随分と冷えてるな。何をしていた?」
「頭を冷やして居ました。」
少し枯れた声なのを聞いて何かを思ったのか追及はしなかった。
「一夏の隠してきた事・・お前に背負えるのか?」
「今はもう一夏の何かが無いと心がつぶれそうなんです。重りでも良い。つらい事でも良い。彼を感じて居たい。愛していた彼を、忘れたくない!!」
また堰をきるように涙があふれ出す。
「・・拭きなさい。」
藤岡先生が奥から飲み物を持ってきて、涙に気がついたからか、アタシに冷やした布を渡してくれてそれで目元を抑える。
目の前に温かなココアが置かれた。二人はコーヒーを飲んでいる。
少し口にする。温かかった。
「一夏の秘密は私達が墓まで持って行くつもりだった。政府の一部と倉持技研の一部、生徒会長と学園長、教師の一部だけしか知らない極秘事項だ。それでも・・重たすぎる事でも背負うつもりなのか?アイツはあえて黙っていたのをあばくと言うのか?」
「・・それでもいい。嫌われようとアタシはアイツを、一夏を愛していたから・・。話してほしいんです。」
「・・はぁ、負けたよ鈴。お前は素晴らしく一夏を愛する乙女の様だ。今の私よりも強いかもしれない。宏樹を思う気持ちは負ける気は無いと思っているが、今のお前の一夏を思う気持ちと比べると温度が違いすぎる気がするよ。・・まったく、おしい事をした弟だな。」
そう言いながら、一枚の紙を取り出した。
「・・一夏は数年前に原因不明の奇病にかかった。コレは世界中でも発病例が少なく、遺伝か何かが発病するきっかけかと言われていたものだ。しかし、私の家系にはその病気を発病した者はいないし感染する病気でもない。その奇病にかかってしまった。治療法は無い。薬も効果がなく、早期発見なら手術でかなりの延命が出来るが、それでも完全治療は不可能だ。そして、最悪な事に一夏は・・最悪な進行状態で発見された。すでに手を出す事は出来ないレベルの臓器への転移。アイツの臓器はもうぐちゃぐちゃだった。日に日に食べれる物は減り栄養剤で過ごす事になる。そう分かっていたのに、最悪は続いた。ISを動かしてしまったのだ。結果この学園に入学、強制的にデータを取るという目的でISの操縦を繰り返させられ、・・発作を繰り返した。アイツは発作を起こすごとに診察室で数日間の処置を必要とした。あのタッグトーナメントも発作を発病したのだ。そして、その日に言われた事・・次に発作か深刻なダメージが有れば助かる道は無い。そう言われた。そして、数日後お前とデートでレゾナンスに出かけた。もう、夏まで持つかどうかという状態だったアイツは気晴らしにと思っていたようだ。一番自分の事を知っていたからな。そして、最後の最悪な事が起きた。あの事故だ。私はアイツからISを取っていたんだ。コレ以上乗れば確実にアイツが死ぬと思って・・。代わりにお前が行くからと思って安心しきっていた。お前の機体がオーバーホール中なのを知らずに。そして、事故に遭い・・お前を助け、アイツは自分を犠牲にした。仕方なかった。アイツは優しいから。言っておくがお前は自分を責めるな。確認を怠った私が悪いんだ。パンクして突っ込むような運転をしたあの運転手が悪いんだ。アイツが・・優しすぎたのが悪いんだ。」
言いながらも千冬さんの目からは涙があふれ出した。
「奇病で一番苦しんだのはアイツなのに・・それでもアイツは私に宏樹に、皆に心配をかけないように振る舞い・・決して弱さを見せなかった。ソレはアイツが強かったからだ。私にしたアイツの最後の願いって何だかわかるか?」
「千冬さんに幸せになってほしい・・ですか?」
「・・お前は一夏を理解してるよ。その通りだ。そして、私と宏樹の仲を取り持ち結果として私達は結ばれた。夏前に両親への挨拶も終え落ち付いたら結婚も控えている。そこまで行って、アイツは安心したと言っていた。自分が死ぬ心配より姉の幸せを願うお人よしだ。お前ならあの馬鹿さ加減が分かるだろう?」
「はい・・もぉ・・馬鹿なんだから。」
「だからこそ、私は幸せになる権利が有る。義務が有る。アイツの分、幸せに生きるのが使命だ。」
「・・私からもお願いします。幸せになってください。」
「・・あぁ、ありがとう。鈴。」
何も言わず肩を支え、言葉を切った千冬さんを胸に抱き声を殺して泣いている顔を隠す藤岡先生は本当にお似合いの人だ。アタシはココアを飲み終えて部屋から出た。
≪推奨BGM 初音ミク 『Dear』≫
また、屋上に来た。
黒い闇の中、降り続ける白い塊。
雪の中にアタシの白い息が浮かぶ。
さっきまで寒いだけのアタシは今満たされている。
彼の優しさを胸に抱き。
屋上に立つ。
白い塊は寒さの冷たい雪ではなく、
温かな彼の優しさのように感じる。
夜空へと慟哭ではなく、
ゆっくりとした声をかけるように声を届ける。
「一夏、アタシ・・アンタの事がやっぱり好き。大好き。愛してる。」
紅くなり熱くなる頬。いま、彼の目の前に居るような錯覚のまま口を開く。
「だからこそ、アタシはアンタが抱えて居た寂しさも苦しみも痛みも悲しみもここから癒してあげる。寂しかったでしょう?人に言えなくて抱える事が。苦しかったでしょう?人に嘘をつかなければいけない事が。痛かったでしょう?嘘をついて騙した心が。悲しかったでしょう?騙して人を残して行く事が。全部アタシが受け止める。だから、アタシの中でアンタは生き続けて。アンタはアタシに忘れて幸せに生きてほしいって思ったんでしょうけど、最後にやっぱり本音が出たんでしょう?アタシが好きだったんでしょう?だからアタシは答えてあげる。アンタの思い通りになんてしてやんない。アタシにも意地が有るんだから。だから・・だからね一夏?」
腕を広げて空に向かって見据えて、
「アタシはここで生き続けて、いつかアンタの元に行ってやるわ。それまで待ってなさい!指輪・・お願いして一緒に焼いてもらったわよね?アタシのはペアリングだと思って大事にしておくわ。そっちに行ったら・・その指輪で結婚式でもあげましょう?だからそれまで、ゆっくり待ってなさい。」
笑顔でそう言う事が出来た。
雪が一瞬ふわりとした動きを見せて目の前に人がいる様な形で避けて地面に落ちて行った。
「・・え?」
次の瞬間にふわっと風が吹いてソレは消えた。
「・・サンタ気取りかしら?」
クリスマスごとにこの場所に来よう。卒業したら日本に住んで学園に教師として赴任できないか千冬さんに掛け合ってもらおう。資格が必要なら全力で取るわ。目標は決まった。アタシは全力でソレに突き進む。アタシらしくね。
でもとりあえずは・・
「また来年、此処で会いましょう?一夏。」
冬の雪の白は彼を思い出す色だ。
春に咲く桜の色で、照れてほんのり染まった彼の頬を思い出す。
夏は彼自身の名前を思い出す季節だ。
秋には彼の誕生日が有る。
一年中彼を忘れる季節なんて私に存在しない。
だから・・
「いつまでも一緒よ。一夏♪」
もう寂しくは無い。
寂しくなれば夜空に向かって彼を呼ぼう。
そして、彼に向けてこう言うんだ。
ソレが決意でアタシと彼のやり取り。
「貴方の事、ずっと、愛しているわ。」
冬のクリスマスはまた彼と過ごすのだから。
END
これにて、「【Dear】~貴女といた季節~」の最終話とさせていただき、終焉となりました。
貴方が望む終わりではなかったかもしれませんが、
私の精いっぱいの想いをこめて描いた作品なので、
どうか何かを感じてもらえれば幸いと思います。
ここまでお付き合いありがとうございました。
この作品を読んで下さった貴方にどうか、幸多からん事を。
では。またどこかで。