それからラウラさんに引っ張られ、水着コーナーに辿り着いた、僕。
そのまま水着選びに入るのかと思ったのだが...
「....」
「ラウラさん?」
今日の目的地である水着コーナーに到着したのだが、ラウラさんは僕に顔を向けず、ただ沈黙が漂っていた。
沈黙が長続きすると悟った僕はラウラさんの返事を待つのではなく、自分から提案することにした。
「最初にラウラさんの水着からーーー」
「...と、とりあえず、私一人で調べることにする...!」
「え?どういうーーーってちょっと待って!!」
突然ラウラさんは何かから逃げるように一人水着コーナーに入ってしまった。
(どうしよう...このまま中にはいるのは...)
しかし僕はラウラさんの跡を追わず、足を止めてしまった。
ラウラさんが入った女性の水着コーナーに男である僕が一人で入るのは抵抗がある。
もし知っている人が近くにいたら、変な噂を流される可能性が生まれる。
僕はそう躊躇していると...
「あれ?ハイセ?」
「っ!!!」
学園内で聴き慣れた声が聞こえた瞬間、『ついに見られてしまった』と体を震わせてしまった。
一体誰だろうか?と振り向くとシャルロットさんがいた。
「....あ、シャルロットさん」
「どうしたの?水着コーナーの前に立って?」
セシリアさんたちの口ではシャルロットさんは一夏くんと一緒にいたと聞いたのだが、今はなぜか一夏くんと一緒ではなかった。
流石に一夏くんと一緒であった事実を口にすると、彼女から変に思われかねないため、僕は「あれ?シャルロットさんは一人で買い物?」と自然に振る舞った(ぎこちなさはあるが)。
「いや、つい先ほど一夏と一緒にいたんだけど...そしたら一夏の友人とたまたま会って、一夏はそのまま行っちゃって...」
「ああ、なるほど...」
だからシャルロットさんは一夏くんと一緒ではなく、ひとりになったんだ。
多分、今頃セシリアさんたちは一夏くんの方に向かっていると思う(多分)。
「それでもう一回水着コーナーを見ていたら、ちょうどハイセとラウラを見たって感じだよ」
「あ...み、見てたんだね」
「そうだよ。というか、ラウラの跡を追わないの?」
「いや...流石に男一人が女子の水着コーナーに入るのは...」
「そう?僕だったら普通に入るよ?」
つい最近まで男子として振る舞っていたシャルロットさんは問題ないと思うが、僕はこの世界に生まれた時から男であるからそう簡単に入れやしない。
「そういえば、ラウラがハイセから離れる時、なんか言ったよね?」
「えっと...ラウラさんは『一人で選ばせてくれ』と言って」と僕は答えると、シャルロットさんは「ああ、やっぱり」と納得した様子で数回うなずき。
「多分、恥ずかしがって逃げたと思う」
「ああ、そうなんだ...」
確かに先程のラウラさんの動きを思い出すと、あれは水着コーナーに入ったと言うより、逃げたと言ったほうが納得がいく。
「...まぁ、とりあえずラウラを追わずに、時間を置いたほうがいいかも」
「え?追わずに?」
「うん、そこのベンチで座らない?」
「でも...彼女は...」と僕は躊躇した様子で答えていると...
「もし追いかけたら、確実に刺されるよ」
「あ、うん...」
僕はシャルロットさんの言葉に危うく命を落としかねない記憶を思い出し、肝を冷やしてしまった。
人の姿がまったくない夜の学園に、軍用ナイフを持つラウラさんから追いかけられた恐怖の記憶を思い出してしまった。
僕は「わかったよ...」と大人しくシャルロットさんの言葉通り、ベンチに座った。
「それでどう?」
「...何が?」
「あれだよ。ラウラとは」
「いや、付き合ったりしてないよ」
シャルロットさんの返事に咄嗟に拒否してしまった。
「なんかその言い方を聞くと、癖になってない?」
「みんな僕にラウラさんのことを聞いてくるんだよね...」
「ああ、だからすぐに言ったんだね...」
シャルロットさんは「大変だね...」とつぶやいた。
「ていうことは、ラウラとは付き合ってはない?」
「そうだよ」と僕は言うと、シャルロットさんは「ああ、やっぱり」と共感した様子でため息をした。
「やっぱりそうだよね。私でもわかるよ」
「シャルロットさんは気づいてくれるんだね」
「そりゃそうだよ。ハイセとラウラの様子を見た感じ、明らかに片方だけ満足?と言うか...」
「そう、僕はラウラさんに対して恋人とは認識してないよ」
キスをしてしまったとは言え、恋人同士になったわけではない。
あのキスはまぐれで受けたキスだ。
事前に決めたことではない。
「僕が彼女に近づいたのはかつての僕と同じ境遇に立っていたから、友達として付き合いをしたいんだけどなぁ...」
「友達としてね...なんだか私と立場が逆転してるよね?」
「逆転?」
「そう。こっちは一夏とは付き合いたいけど、一夏は私を友達として明らかに見ているから、ハイセのことを聞くと羨ましいよ」
「そ、そうなんだね...」
シャルルくんはそう言うと、『まったく、一夏は...』と額に手を置いた。
僕はラウラさんとは付き合っておらず、彼女と友達の関係で保ちたいと言う僕の主張は、一夏くんと付き合いたい女子たちにとっては"贅沢なわがまま"と認識していると思う。
「でも僕としてはラウラさんとは友達として付き合いたいんだけど...」
「...だったら、ある程度恋人ととして付き合ってくれたら?」
「付き合う?」
「そう。流石に無理矢理付き合えとは言わないけど、ラウラが私と同じルームメイトになったことは知ってるよね?」
「ああ、そうだね...」
僕はシャルロットさんの言葉を聞き
「どうしたの?」
「...ラウラさんとは仲いい?」
「うん、普通に仲良いよ?それがどうしたの?」
「前のラウラさんはシャルロットさんのことをかなり悪く言ってたんだよね」
「例えば?」
「....」
僕は口をつぐんでしまった。
シャルロットさんの顔や様子を見ても、怒りの前兆と言うものは感じ取れないけれど、もし言ってしまえば場の空気が一気に悪くなるんじゃないかと恐れていた。
しかしだからと言って沈黙を続けても仕方がない。
僕は覚悟を決め、口を開いた。
「シャルロットさんのことを...カ、カエル野郎だったり」
「ああ、最初一緒に部屋に入った時に言われたよ。『なぜカエル野郎と同じ部屋になったんだ』ってね」
「キッパリと言ったんだ...」
シャルロットさんは蔑称に慣れていたのか、僕に怒りを見せずに、冗談ごとように笑った。
「でもそれは初日だけで、その後は普通に話せたし、仲良くはできたよ。もしかして、仲が悪くないか心配だった?」
「うん。ラウラさんは他の子と仲良くしている姿を見せないから」
「私とラウラは別に仲悪くないから、安心してね」
僕はシャルルくんの返事にほっとした。
険悪な空気を作り出すんじゃないかと恐れていたが、そうでもなかった。
しかしだからと言って差別用語を安易に使ってはならない。
特に僕が所属しているIS学園には各国の生徒が来る。
だから僕はシャルロットさんに言うのを躊躇った。
「...あれ?初日以降から仲良くなった?」
「うん。すんなりと仲良くなったよ」
「僕ですらかなり時間がかかったんだけどなぁ...」
「ハイセの時は転校した当初だったから、仲良くなるのに時間がかかるのは当たり前だよ。まぁ、ハイセのおかげで私とラウラはすぐに仲良くなったとも言えるけどね」
「ま、う、うん...そうかもしれないね」
僕はそう言うと今までしたことが無駄にしていたかのような脱力感を感じた。
あれほどラウラさんと仲良くしようとしていた僕の努力は一体...?
「それでラウラは結構ハイセのことを話してたよ」
「僕のこと?」
「そうだよ。ハイセのことを話すラウラって、転校した時の軍人らしいラウラの姿とは大きく違うんだよね」
シャルロットさんはそう言うと、「あの時のラウラはかわいいよ」と一人満足したかのようににへへと笑った。
シャルロットさんの話を聞いた僕は病室で赤面になったラウラさんの顔を思い出す。
いつもクールだったはずの彼女が恥ずかしがる姿は、ギャップを感じてしまった。
「それで...ラウラさんはなんて言ってた?」
「んー例えば『ハイセは私のことを嫌いになってないか』とか『ハイセは私のことをどう思うか』とか毎晩私に言うんだよね」
「そ、そうなんだね...」
そう言われると、なんだか嬉しさと恥ずかしさが現れる。
「だから、付き合えとは言わないけど、ラウラと一緒にいたほうがいいんじゃないかな?」
「...まぁ、そうだね」と僕は少し納得していない返事をしてしまった。
「あ、乗り気じゃない」
「うん。ラウラさんって他の人とは大きく違う、度を下げてくれたらありがたいかな...」
「ラウラはああ見えて一生懸命にやっているから、ラウラがそれを聞いたら悲しむよ」
もしラウラさんはそうやって頑張っているのなら、頑張っている方向が大きく違っているんだよね...
「だったら、ハイセが気になっている子って誰?」
「え?僕が気になっている人?」
「そう、ラウラのことが好きじゃないなら、ハイセが気になってる子っている?」
「気になっている子ね...」
僕がそう言うとしばらく沈黙が続いてしまい、「まだいないんだね」とシャルロットさんは察した様子で話した。
今思えば、僕にはまだ気になっている女子はいない。
ラウラさんは良いかもしれないけど、どちらかと言えば友達としていたい。
流石に今こうして話しているシャルロットさんの名前を上げたら、速攻で嫌われる(いわゆる相談した人のことを好きなるダメなパターン)。
「...なら、シャルロットさんの方は?」
「私?私はさっき言った通りーーー」
「一夏くんだよね?」
「...なんですぐ答えるの?」
「いや...なんでかな?」
僕は先ほどセシリアさんと鈴さんからきっぱりと言ったことを思い出し、話をすぐに切り上げるように答えた。
さっきのセシリアさんたちの返事は心にグサリと来るため、もうごめんだ。
「それでシャルロットさんと一夏くんとの関係はーーー」
「全然ダメ」
シャルロットさんは即答で返し、苦労が入ったため息をした。
「みんなが唐変木と言う理由がはっきりとわかるよ」
「ああ、やっぱりね...」
一夏くんの様子を見る限り、女性の扱いがわかっておらず、どちらかといえば男性の扱い方になっている。
「今日の外出なんかひどいんだよ?別に私だけ誘ったんじゃなくて一夏が『水着を買う
「ああ、なるほどねぇ...」
『ついでに』を強調するように不満を言った、シャルロットさん。
言葉の口調から苦労さがわかる。
「あと女子に対してのデリカシーがないし、勝手に私を置いていくしーーー」
「....」
ああ、始まってしまった。
よくセシリアさんや鈴さんが僕の部屋にやってきて、しばらく自分の話を一方的に話す愚痴が始まった。
女子の愚痴を聞く時に注意していただきたいのは、愚痴を助言をするのではなく共感をするように聞くことだ。
もし共感せずに助言を指定前ば反感を買われ、矛先が自分の方に向いてしまう(実際に僕は助言をしたことで、反感を買われた経験がある)。
「あとはーーー」
「...あの、シャルルロットさん?」
「ん?」
「申し訳ないけど、お願いをしてもいいかな?」
しかしシャルロットさんの愚痴をしばらく聞いても仕方がないため、僕は話を切り上げた。
「お願い?」
「ラウラさんの水着選びを任してもいいかな?」
僕はシャルロットさんに水着選びを任せようと頼んだ。
男性が思う良い女性水着と、女性が思う良い水着は絶対一致しないとわかっている。
特にラウラさんは最低限のことしか知らなそうなため(大部失礼だけど、半分事実)、基準を知っているシャルロットさんに任せることにした。
「あれ?ハイセはラウラと選ばないの?」
「僕にはその...女子が選ぶいい水着の基準がよくわからなくて...あと、ラウラさんはちょっと常識が抜けている所があって、僕だけじゃカバーしきれない部分があるから」
「ああ、だったら私も助けるよ」
「え?本当に?」
「うん。一夏はしばらく戻って来なそうだから、ハイセのお願いを聞くよ。でもその代わり...」
シャルロットさんはベンチから立ち上がり、間を空けると...
「ラウラの水着は臨海学校まで楽しみにしてね」
「楽しみ...?」
「そう。私に任せたのだから、こっちの意見に異議はないよね?」
「あ、ああ..そうだね」
シャルロットさんはそう言うと、『楽しみにしてね』とラウラさんがいるであろう女子の水着コーナーへと入って行き、僕はひとりになった。
(...友人ね)
シャルロットさんが言っていた一夏くんの話を思い出した。
今思えば、高校よりもはるか前に知り合っている人なんていない。
千冬さんや刀奈さんはIS学園に入る前に出会っているが、小学校からとか中学校からの知り合いなんて僕にはいない。
仮に僕に昔からの付き合いのある人がこの世界にいるならば、僕のことを知っているのだろうか?
そう考えていくと...
「やっと見つけましたわ!」
「っ!」
つい数分前に聞いた声が耳に入った。
声がした方向に顔を向けると、セシリアさんと鈴さんが『やっと見つけた』と言わんばかりに息を切らしながら、僕に迫った。
「なんであんたたちはすぐに消えたの!?」
「いや、あれはラウラさんが...」
「それより、一夏さんはどこに行ったんですか!?どこですか!?」
「し、知らないよ...!」
友人とどこかに行ったことはわかるが、具体的にどこに行ったのかはわからない。
「そ、そういえば...二人とも?」
「「はい?」」
「水着の方は買った?」
「「もう買っているわ!!」」
「...はい」
二人の苛立ちが入った返事に僕は恐縮してしまい、肩をすくめた。
二人からは強い当たりが来るのだが、決して仲が悪いとは言えない。
セシリアさんや鈴さんのように何か話を聞いて欲しい人(愚痴だけじゃないけど)や、シャルロットさんのように何かを任せれる人、ラウラさんのように僕に好意を持ってくれる人、あとは刀奈さんのように僕に絡みをきてくれる人、そして一夏くんのように同じ男子として友達である人が今の僕にある。
今の人間関係で満足していれば、過去の人間関係に気にする必要はないと今の僕はそう思う。
(そういえば...箒さんは僕にあまり話しかけないような)
僕の周りの人を考えていると、ある人を思い出した。
それは箒さんだ。
箒さんはある程度ながら僕と交流があるのだが、あっちから避けてきている感じがある。
なぜかは知らないけど...
あまりよろしくない空気が漂っているのは薄々ながら感じる。
それは皆が寝静まる夜の学園のこと。
篠ノ之箒は携帯を持って寮の外に出て、ある人物に電話をかけていた。
「....」
箒自身、その人物に電話をするのを避けてきたが、今回は避けざるおえない状況に置かれていた。
発信音を数回聞くことなく、一回聞いた瞬間、声が聞こえた。
「やぁ、久しぶりだね!箒ちゃん!」
その人物の名は篠ノ之束。
ISを作った張本人でもあり、箒の姉である。
「ずーーーーーと箒ちゃんのことを待ってたよ!!」
「...姉さん」
「要件はあれだよね?自分にも専用機が欲しいよね?お姉ちゃんはお見通しなんだよね」
箒は束の返事に「ああ、そうだ」と言おうとした瞬間ーーー
「ーーーでも、それだけじゃないよね?」
「...?」
「あの子が気に入らないから、私に電話をしたんだよね?」
「あの子?」
「そう、箒ちゃんと同じクラスで、いっくんと同じISが使える男子のことだよ」
束がそう言うと、箒はすぐに頭に浮かんだ。
「...佐々木琲世」
箒が電話をしたのはただ専用機が欲しいからではなく、もう一つ理由があった。
それは佐々木琲世に怨恨に似た感情を抱いていたからだ。
かつて自分に尋問をした人物と似ている人であると。
次回は3月4日(木)12時以降となります。