先日配属になった花騎士、イフェイオン。
彼女と初めて会ったのは「花騎士の自叙伝を書く」という依頼の際である。
騒動の原因となった白紙の本の売り手である行商人を探しその被害者3人が突入、3人を待っている間自分と彼女が2人きりになると彼女は言った。
「あなたの命をもらう。両親の復讐は、ここで果たす…!」と。
しかし直後件の行商人が逃走し、合流した3人と後を追うこととなりうやむやに。
結局詳しい話を聞けぬままに騒動は解決し、「今は手を出さない」と告げられ、その後正式に騎士団に配属となった。
その際も彼女は「あなたに復讐する」と言う。復讐自体をやめる気はないようだった。
…その後だが、これと言って問題は起きていない。
確かに復讐の機会を伺っているような視線は感じるが、なにぶん大所帯になったため常に誰かの目があると言ってもよい。
彼女自身も元来真面目な性格なのか、他の花騎士達とトラブルが起きたということもない。
一部の花騎士は彼女の目的を知っており、時折心配そうに自分と彼女を見る。その程度だ。
…数人、自分の命が危ないと知ったらそれこそ「どんな手を使ってでも」彼女を排除しそうな花騎士がいるが、その数人には伝わっていないらしい。
「…そうね。何も知らないで死ぬのは嫌だろうし、教えてあげる」
何度か任務を共にし、少なくとも人目のある場所では危険なことはしないだろう。そう感じた自分は、彼女に詳細な話を聞くことにした。
「最初に言った通り、私の両親は害虫に殺された」
「避難した子どもたちの方へ害虫が来ないようにするため、数人の大人が犠牲になった。その子どもたちの中に私が、大人達の中に私の両親がいた」
「増援が来た頃にはもう遅かった。私の両親は害虫に殺された後だった」
「本当のことが知りたくて、その日に関する資料を見て知ったの。その日、隣街の外れに巣を作った害虫の討伐作戦があって、それを指揮していたのが団長だった。そして害虫を逃してしまい、バックアップの間に合わなかった私のいた街が被害に遭った」
「団長がもっと強ければ、もっと必死でやっていれば、私の両親は死なずに済んだの…!」
「…そう、団長は直接の原因じゃない。でも、団長は私の両親の仇なの」
話すことはこれで全部、そう言うように彼女は席を立った。
黙って聞いていたのは、本当に…どうしても、そんな作戦の記憶がないのだ。
害虫の巣を破壊する作戦はこれまで何度もやった。しかし、害虫を逃した作戦なんてなかったはずだ。害虫を逃し、一般人に被害が及んだようなことがあれば絶対に自分の耳に入っているはずなのだ。
しかし、記憶違いという可能性もある。自分の耳に入っていない、または…あまりに凄惨な事件で、自分の記憶から無意識に消していた、そういうこともある。だから、まず過去の討伐記録を、害虫の巣の破壊作戦を中心に洗いざらい見ることにした。
しかし、記録の中におかしなものを見つけた。自分の騎士団が主体となり害虫の巣を破壊する作戦、それ自体は珍しくないが日付がおかしい。
この日付はまだ自分が新米の頃だ、この規模を任せられるはずがない。
…いや、問題はそこじゃない。
忘れるものか、この日に起きたことを。
その点と点を繋げようと、イフェイオンの資料を引っ張り出す。彼女の性格とこれまでの話から、偽造の可能性は限りなく低いだろう。
やはり、彼女の出身地は自分の「記憶での」駐屯地と一致していた。
誤算が4つあった。
1つ目は、復讐を告げたその日に復讐を成し遂げられなかったこと。横槍が入ってきて、私の目的を話した上でうやむやにされてしまった。
2つ目は、それでも団長はこの騎士団に私を迎え入れたこと。これは嬉しい誤算…だった。ただ、本気にしていないのかもしれないと思うと少々腹が立った。
3つ目は、この騎士団が想像以上に大規模になっていること。いつでも人目があり、これではよほどのことがないと復讐を遂げられない。だから団長は私を迎え入れたのだろうか、復讐を遂げる機会が来ないことを知っているから。
4つ目は…私が、団長に復讐以外の感情を持ってしまったこと。
なぜあの人はあんなに誠実なのだ、あんな人があの事件を仕方ない、なんて流せるはずがない。
なぜあの人は「守ること」にこだわるのだ、あんな人が害虫を逃して一般人に被害が及んだ、そんな事件を忘れるはずがない。
なぜ…あの人は、復讐のために来た私に優しくしてくれるのだ。
なぜ…
そう考えていたため、テーブルの上、目の前に謎の毛玉がいることにしばらく気付かなかった。
「うわぁ!」そう声を上げると毛玉…あ、いや子狐も驚いたようで奥にいる女性の持つカゴに入っていった。
あなたは確か…フォックスフェイスさん。
「ええ、こんにちはイフェイオンさん。この子が考え事をしているあなたを心配そうに見てたから」
少しお話いいかしら、と隣に座る。でも、こっちは話すことなんて…
「部分的だけど聞いてるわ。…私もね、両親を亡くしてるの。火事で、だけどね」
その言葉にはっと彼女の顔を見る。でもその顔は、過去にとらわれていない、未来を見ている顔だった。
「少し似た境遇の人の話なら聞けるんじゃないかなって思ってね。私もね、ここに来てから前向きになれたの」
「団長はお節介でしょ?それに根負けしたら、結局団長の言葉は正しかったのよ」
やはり、団長はみんなに好かれてる。でも、私にとっては、だけど、
「…彼を信じたいけど、過去の経験がジャマをしてる。そんな顔」
その言葉は、私の悩みをすんなりと包み込んだような気がした。
「何人か見てきてるの、そんな子を。ここに来てからね」
そう、本当は答えは出ている。
団長を見てきてわかった、団長を恨むのは筋違いだと。
でも、団長は両親が殺される原因を作った人。でも、団長は悪くない。
…私から「復讐」を取ったら何も残らない。でも。でも。
「…復讐を果たしたら、きっと後悔すると思う」
フォックスフェイスさんの言葉に驚く。
「ごめんなさい、あなたの目的を知って話してたの」
「間違っているかもしれない復讐なんて、きっと誰も幸せになれないわ。あなたも、両親も、周りの人も。もちろん私も」
幸せになれない…そうだ、その後の光景なんて簡単に思い浮かぶ。私の心は晴れることはないだろう。そのまま殺される、殺されるより酷いことをされるかもしれない。両親だって喜びはしないだろう。団長に関わる人も、他の花騎士さんも。誰も幸せになれない。けど。けど。
「けど、復讐ってそう割り切れるものじゃないだろうしねえ…そこが難しいの」
「それに団長は…きっと、復讐することも否定しないんでしょうね」
「でも、やっぱり私としては。あなたと『仲間』でいたいわ」
「…なぜ、こんな夜更けに私を呼んだのでしょう団長。私の目的は知ってるはずです。決闘でもするつもりでしょうか。それとも卑猥な目的で私を呼んだのでしょうか」
そんなつもりはない。邪魔が入らないであろう時間に2人きりなのは、今から話すことが…おそらく、上が隠そうとしていることだからだ。
「上…というと、団長さんに指示を出している人、という意味ですか?」
その通り。実を言うと、調べるまで自分も隠蔽されていると知らなかった。
だからこれは、話すべきじゃない。自分の中だけに留めて隠し通すべきなのだろう。
だが、これはイフェイオンが知らなくてはならないことだ。なので、自分の独断で伝える。覚悟はいいだろうか。
「…ええ、いいですよ。どんなに汚い事実だろうと構いません」
頷き、数点の資料を取り出した。
「予想はしていましたが…やっぱり、この日のこと、なんですね」
彼女の表情が曇る。この資料は、彼女の街に害虫が襲ってきた日の討伐記録だ。
「団長の騎士団を主体とした複数部隊で、害虫の巣を駆除する作戦。しかし手間取ったせいで大型の害虫を討ち漏らし、街に被害が及んだ。救援が辿り着いた頃には、民間人の死者が出た後だった。…私の両親を含め、です」
そう、自分の騎士団が主体の作戦は民間人に被害が出る、という結果に終わった。
…公的な資料では、そうなっている。
「…え?」
そう告げると、彼女はこちらを見る。驚きと、なんと言えばいいのか、なんと切り出せばいいのかわからない、といった目で。
続いて、自分の騎士団に関する資料を見せる。
この日に自分は「団長」となり、花騎士を率いることとなった。その日付が、
「街に害虫が来た日の…4ヶ月前…?」
そう、この作戦当時自分の騎士団はまだ4ヶ月目の新米だった。
他の部隊は皆、当時の自分より先輩だ。ここの偽り方…経験を積ませるため、というのは無理がある。新米に任せるとしても、余裕を持った戦力、余裕を持った時間での作戦にしてバックアップがいつでも可能な状態でないとおかしい。
「え…でも、その、団長は…資料で読む限り、いや、何度か作戦指揮を見ても、現場の叩き上げで、ものすごく優秀で…」
最後に、この騎士団の活動報告書を取り出した。
事件が起きた日付付近の活動報告を見せると、彼女は目を見開き、読み上げる。
「10日前から、隣街で駐屯…当日、付近で討伐作戦があるため警戒及び監視、必要があれば迎撃及び住民への避難指示…
…作戦以降8日間、重体で意識不明…以降50日間療養…」
これらをこの話のための偽造文書だと思うのなら、それでもいい。
公的な文書を見ても、おそらく異なることが書いてあるためこれが真実だと証明する方法は自分にはないのだ。
「いえ… 詳しく、聞かせてください。その日に起きたことを、団長が見たことを」