0.ウサギとカメ
――おかしい
神崎・H・アリアは戸惑っていた。目の前にいる黒髪で、ごく平凡そうな男に。
『おいソウジ!いつまで縮こまってるつもりだ?!一発くらい撃てよ!』
『しぶといんだよ!早く死ね亀!』
「う、る、せえよ!うわっ!あぶな!!」
ギャラリーに『亀』と呼ばれた目の前の男、動きは大したことがない――が、攻撃があたらない。
あぶないと言いながらどこか余裕がありそうな気さえする。
軽そうな見た目と、しまりの無い顔から笑っているようにも見えてしまう。
ガキッ!
「うおっ!」
(っ?!また!)
いや厳密に言えば当たってはいる。だが攻撃の全てを防御か回避し、いなしてくるのだ。これだけなら防御のうまいヤツで済むかもしれない。
だがここぞという時、普通なら完全に攻撃が入り、勝敗が決するであろう時に限ってはあきらかにおかしい。
反応と対応が桁違いに速い。今の防御もまるで、トンファーを持った彼の腕が瞬間移動でもして、こちらの剣を防いだかのような異常な速さだ。
「そ、そろそろ終わりにしない?」
「……そうね」
いったいどれほど闘っていたのか、結局授業の終わりまでこの演習の決着はつかなかった。彼の評価はBランク武偵のハズだが、やはりランク付けなど大して意味が無い。
「はぁ、はぁ……。いや、さすがSランク。逃げるのに精一杯で何もできなかったよ」
『おいソウジ!さっさと着替えて遊びに行くぞ!』
「おう、今行く!じゃあなアリアさん、また明日」
「あっちょっ……」
呼び止める間もなく更衣室に行ってしまった。まあ良い、彼の言う通りまた明日会える。
自分も更衣室に戻りながら先ほどまでの演習を思い返す。
(うわさ通り、ってことね)
強襲科での噂――『撃てない武偵』、通称 亀
銃も近接格闘もそれなり、通常の動きも特別速いわけではない。ただトンファーによる防御が固い、それだけだ。そして一番おかしなところは、人に向けて実弾を撃たないこと。
なぜ強襲逮捕を常とする攻撃的な強襲科に防御特化の彼がいるのかはわからない。そんな彼を強襲科の大半は臆病者、固いだけでろくに攻撃に移れないノロマな亀と見ている。
だが、一部の生徒や教師から見た評価は違う。自衛、護衛など、『
そんな彼を影でこう呼ぶ者もいる――
彼、黒野ソウジを『負けない武偵』、と
(……でもパートナーとしてはダメだわ)
アリアが求めるのは一緒に闘っていけるパートナー。アリアは彼の能力を認めつつも、自分について来れる人間では無いと判断した。