「ほう、私に気付いていたのか」
場の空気が変わる。気のせいか、気温が下がったような気がする。目の前の『敵』が声を発した瞬間に、だ。まとっている空気、足運び、そして本性を現す前に、腕前を察せなかったことからもわかる。……強い。もしかすると『イ・ウー』の人間かもしれない。まだ『イ・ウー』という組織がどんなものかも掴めていないが、理子さんを見るに強敵揃いと判断したほうがいいはずだ。
……どうするべきだ?この場で確保できるのか?いや、少なくともオレ1人では勝てない。
だが、目の前のこいつを放っておくことはできなかった。何故なら『白雪さん』だからだ。放っておけば白雪さんか、その周りの人間に危害が及ぶかもしれない。これほど完璧な変装なら、事前に本物に会っていなければ気付けないだろう。だから、声をかけた――今この場で見過ごすのは絶対にダメなんだ。
「よくわかったな。私が偽者だと」
「……?ああ、さっき本物と会ったからな、電話でも確認したし」
「…………」
「…………?」
「……想定内だな」
「そ、そうか」
今少し間があったのはなんだろうか、なんでちょっと目をそらしたんだ。いや、目の前にいるのは強敵だ。余計なことを考えている暇は無い。相手を『イ・ウー』と想定するなら、最低でも交戦経験のある理子さんと同等か、それ以上の相手とみなすべき。侮るわけにはいかない。
理子さんは超能力によって髪を自在に操り、ナイフ2本と銃2丁を同時に扱っていた。手数が多く、複数人を同時に相手していたような戦いだった。それと同等、もしくはそれ以上か。どう考えても強敵だ、超能力は持っているものという前提で動くべきか。
……足が震える、目の前にいる『白雪さん』と目が合ったときから。寒いわけではないのに氷の中にいるような感覚。オレは、怯えているのか。
しっかりするんだ!たとえ相手が強敵だろうとオレのやることは変わらない。いつだって、どんなときだってそうだ。細心の注意を払え、よく考えて動くんだ。……仲間を護るために。
「黒野ソウジ。『撃てない武偵』、か。
「っ?!」
調べられている。やはり白雪さんの周りを探っているのか?こちらは相手のことを何も知らない。相手にアドバンテージを握られている。……!そうだ、こいつはいつから『白雪さん』だったんだ。オレの知らないところで、既にキンジと接触している可能性もあるじゃないか。オレが思っているより、こちらの情報を握られているかもしれない。
「……別名、『負けない武偵』。回避、防御に関しては右に出るものは無いらしいな」
「……?」
それ知らないな、誰から聞いたんだそんなこと。どこ情報だよそれ。いや、確かに防御は得意だし、勝てない相手にも負けないように努力するけども。なんだよ『負けない武偵』って。無敵かよ。
「ふっ、どんなものかと思えばただの臆病者か。まるで縮こまった亀だな」
「……よく言われるよ」
こちらの怯えを察知されたのか、嘲るように笑う。今更そんなことを言われた程度でどうってこと無いが。
「……お前ごときに知られたからと言ってどうなるものでもない。わかっているんだろう?お前では私に勝てない」
「……っ!」
わかっている……さっきから嫌というほどわかっているさ。
「私に気付いたことは褒めてやる。……だがそこまでだ、そこで大人しくしているがいい。それとも――」
「――ここで、死ぬか?」
空気がさらに冷たくなる。圧倒的だ、目の前のプレッシャー。……勝てない。最初からわかっていたんだ。
オレは声をかけるべきじゃなかったのか?あそこで気付かないフリをしていればよかったのか?
自分を護るために、自分が傷つかないように……仲間に迫る危機を見過ごせば良かった?
――――違う!そんなわけがない!!そんなことできるわけがないだろ!!
1人では勝てない?だから何だって言うんだ。知っているやつが……仲間が、友達が!今危険にさらされようとしているときに、そんなもの言い訳になるかよ!!
『武偵憲章第一条 仲間を信じ仲間を助けよ』
オレは仲間を、友達を助ける。……そして……仲間を信じよう。
だからオレは――――叫んだ。
「侵入者発見!!強敵だ、援護を求める!!」
「なに?!」
そうだ!ここは犯罪者を捕まえる人間を育成する東京武偵高校の廊下!当然他の正義感溢れる武偵校生の仲間だっているんだ、オレは1人じゃない!
「侵入者だって?!」「どこのどいつだそんな身の程知らずは!!」「ここをどこだと思っていやがる!」「いいだろう……相手になってやる!」
1時限目が始まる前、廊下にはまだ結構な数の生徒がいる。なんて頼もしいやつらなんだ、すぐに武器を構えて大勢で駆け寄ってきてくれた。思ったよりいっぱい来たな?!ありがとうみんな!ありがとう仲間!!
『武偵憲章第四条 武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用のこと』。でも要請すれば来てくれるんだ!
「オレの目の前にいるヤツは『星伽白雪』という女生徒に化けている侵入者だ!!確保に協力してくれ!!」
「確証はあるのか?黒野!」
「別のところでさっき本物と会っている!!」
「なんだって?!本物と同じ時間に学校にいるなんて、なんて大胆なヤツなんだ!なめやがって!!」
話しかけて来たのは同じ強襲科のAランク武偵、後藤だ。よく一緒に演習したりする気の良い奴さ!
「相手の底が知れない、みんなは一定の距離を保って援護してくれ!オレが盾になる!!誰か!対超能力者用の手錠をオレに貸してくれ!」
「了解だ黒野!!」「一石君も来てくれたんだね!」「手錠だ、受け取りな!」「囲め!囲め!!」
みんな手際がいい、さすがプロの武偵を目指しているだけはある。『武偵憲章第五条 行動に疾くあれ。先手必勝を旨とするべし』だ!
敵が超能力を使うのは前提だ。手錠も用意してもらった。『武偵憲章第七条 悲観論で備え、楽観論で行動せよ』だ!!
目の前の侵入者に向かってトンファーを構える。もう大丈夫、オレは1人じゃない。もう何も怖くない。
「……くっ、ただの武偵の分際で……お前たちごときが、いくら集まった所で!!」
ごとき、だと?オレの仲間になんて言い草だこの糞侵入者が!
「……なめるなよ。ここにいるのは、みんなそれぞれ熱い思いを胸に秘めた武偵だ。――お前ごときが!オレ達に勝てると思うなよ!!」
侵入者に向かって走り出す。ヤツがどこからか取り出した大剣を振るう。それを剣の腹を打ち、いなす。その隙に各方面から一斉に銃弾を撃つみんな。オレにも当たりそうになるが大丈夫だ、全部弾いといたから。
「ぐっ!!」
ヤツに雨のように銃弾が飛ぶ。でもみんな急所は外しているから大丈夫だ!
「確保!」
手錠をかけて侵入者を捕まえた、みんなの勝利だ。手ごわい奴だった、一体何者だったんだろう。やっぱりイ・ウーの人だったのかな。
どうやら銃撃で受けた傷は大したことが無さそうな辺りはさすが強敵と言ったところか。
侵入者は警察に引き渡しておいた。
翌日の朝、綴先生に呼び出され、教務科に白雪さんと来ていた。綴先生は尋問のスペシャリストで、その技術は日本でも五指に入るらしい。
「ねぇー、単刀直入に聞くけどさぁ星伽――アイツにコンタクトされた?」
「『魔剣』、ですか」
魔剣――聞き覚えがある。超能力を操る武偵『超偵』ばかりを狙う誘拐魔だ。星伽さんもこの武偵校の超能力捜査研究科に所属する超偵である。コンタクトされる可能性もあるわけだ。
だが、魔剣はその実在自体がデマだと言われている。都市伝説のようなものになってしまっている。
「それはありません。と言いますか……もし仮に魔剣が実在したとしても大物の超偵を狙うでしょうし」
「もっと自分に自信持ちなよぉ。あんたはうちの秘蔵っ子なんだぞー?」
「そ、そんな」
「……というわけで黒野ぉ。星伽のボディガードなー?」
それが用件と言うことか。
「要は魔剣とやらから白雪さんを護れってことですか……もっと適任がいると思いますけど。というか女性の警護なら同性の護衛がいた方が良いですね」
もし魔剣が実在するのなら、今まで尻尾をつかませずに誘拐を完遂させているということだ。それも都市伝説と言われるほどに証拠も目撃者もいないんだろう。相当な相手のはずだ。
「んーそうだなぁ。他にも声かけてみるかぁ」
「そ、そこまでやらなくても。それに……私は、幼馴染の子の、身の回りの世話をしたくて……誰かがいつもそばにいると、その……」
……そうだよね。キンジの身の回りの世話がしたくてどうしようも無いんだね。オレは邪魔だね、うん。
「……白雪さんがそう言うならキンジに護衛を頼むのが手っ取り早いですね。アリアさんも協力してくれるかもしれませんし。キンジに24時間体制で護らせましょう、そうしましょう」
「キ、キンちゃんと……24時間?!」
もういいや、キンジに任せよう。そうしよう。アリアさんと白雪さんに挟まれて死ねばいいんだあんな奴。
「……ふぅーん……そぉかぁーそういう関係かぁー。で?どーすんのさ星伽は?」
「キ、キンちゃんと……ど、同棲?そ、そんな……」
「……しばらく戻って来ないので無視しましょう。オレもできる限りのことはやりますから」
「……そうかぁ。じゃあそれでいいかー」
こうして対魔剣のボディガードは決まった。
護衛任務……責任重大だ。だが任務を受けた以上、誰にもケガさせたりはしない。絶対に白雪さんを護ってみせる。来るなら来い――『魔剣』