13.依頼と化け物退治
武偵少年法により、犯罪を犯した未成年の武偵の情報は公開が禁止されている。人権上の問題で武偵同士でのやり取りも禁忌であり、マスコミの報道でも名前は明かされ無い。
おかしな話だ。海難事故で乗員乗客を全て救助した金一さんは『無能な武偵』となりキンジの心も傷つけられ、犯罪を犯した武偵は名前すら明かされず法に守られる。状況が違うからと言って、納得できるものじゃないな。
その武偵少年法は、司法取引なども合わせて悪法であるとの声もある。……そんな法律のおかげで、こういう事も起こりうるわけだが。
「たっだいまー!」
女子寮での件の数日後、昼休みに入ったところで、いつものフリフリの制服と、何故か赤いランドセルを背負って理子さんが武偵校に帰ってきた。理子さんはみんなの認識では、長期の極秘犯罪調査のためにアメリカに行っていたことになっているらしい。
「みんなー、おっひさしぶりー!りこりんが帰ってきたよー!」
『りこりん!りこりん!りこりん!』
教壇に上がりくるっと回ってそう言った理子さんに、ノリの良いクラスのみんなは教壇に駆け寄り、りこりんコールを送る。のん気なものだ、真相を知らないと言うのは幸せなのかもしれないな。
『りこりん!りこりん!りこりん!』
「ソウジ………おい、ソウジ」
「りこりん!りこりん!りこ……なんだよキンジ。今忙しいんだ」
「なんでお前もやってんだ」
教壇の方に駆け寄ろうとしたオレに、キンジが呆れた顔でそんな事を言う。やるだろ普通。ここは余計なしがらみは忘れてノッておく所だろう。それに司法取引で解放された以上、合法なわけだ。納得いかない気持ちだってあるが、それはオレ個人の感情でしかない。
「お前もやっておけよ。これからチームで動くんだろ?表面上だけでも、わだかまりは無いほうがいいだろ」
「やってたまるか。……別に納得いってないわけじゃない。ただアホっぽいからやらないだけだ」
キンジの場合は、シージャックの件でギクシャクするのかと思ったが、金一さん関連の情報を報酬に理子さんに協力することに決めたらしい。
ただ、ノリが悪いのはまずいな。理子さんに振り回されるのが目に見えている。
「くふっ。キーくんもおいでよー!」
「…………」
理子さんもそんなキンジをわかっているのか、わざわざ名指しで呼ぶ。完全におちょくってるな。
その元気でいつも通りの彼女を、今にも銃を撃ちそうな目で、アリアさんが睨んでいた。
「アリアさんもずっと睨んでないでさ、『ブラド』分の冤罪を晴らすために協力することにしたんだろ?」
「……武偵殺しの冤罪が晴れたからって、すぐにその張本人と仲良くできるわけないでしょ。それにリュパン家の人間と組むなんて、ホームズ家始まって以来の不祥事になるわ」
それはもちろんそうだ。そこですんなり受け入れてしまったらおかしいだろう。ただ……チームで動く以上は、そういう負の感情はなるべく早く処理しなければ、トラブルに発展しかねない。
アリアさんもその辺りはわかっているとは思うのだが、抑えきれないといったところだろうか。それだけじゃなく、キンジをめぐって争いをしているせいもあるのだろう。
「なんであんたは平然としてるのよ」
「平気では無いけど、割り切るよ」
正直なところ微妙な気持ちを自分自身も感じてはいるのだが、そこを割り切っていかなければいつまで経っても先に進めない。
盛り上がった教室もなんとか落ち着きを取り戻した。昼休み中の用事を果たしに行こうかというところで、理子さんが話しかけてきた。
「ソウくん!りこりん、無事お務めを果たしてきました!」
そう言ってビシッ、と敬礼をする。
「あ、ああ。ご苦労様」
「あれ?なんかリアクション薄いね。さっきまでノリノリだったじゃん」
それはあの場での勢いみたいなものだ。割り切ろうとは思っても、実際1対1で話すとなるとどう接したらいいか戸惑ってしまった。
「いや、いきなり前みたいなノリに合わせるのは無理があるって」
「……うん、そうだね」
少し間があったが、それは彼女もわかっているのだろう。だからこそ、変にならないようにテンションを上げているのかもしれない。
「その辺りは徐々にということで。それよりもまず、化け物退治の方、がんばってな」
「ソウくんはジャンヌとちゃんと仲良くやるんだよ?」
「……何とかやってみるつもりだけどね」
『化け物退治』は辞退させてもらった。オレがそういう、こちらから攻め入って逮捕するような任務には役立つとも思えない。迫る危機を振り払う、誰かを護るといった方が得意だ。
しかし、いがみ合っているアリアさんと理子さんと白雪さんが同じチームとなるとトラブルが起こる予感しかしない。何とか仲良くやって欲しいものだ。そもそもなんで白雪さんも参加してるんだろう。
「そういえば白雪さんって、なんでこの作戦に参加することになったんだ?」
「なんかねー、キーくんを女子寮に呼び出した時についてきてたみたい。アリアが来る前に先にゆきちゃんがきたの。それで、どうせなら巻き込んじゃえ!って」
巻き込んじゃったのか。あの日は白雪さんにキンジをぴったりつけてたから、確かに呼び出されたらわかるか。でもだからと言って見返りなしに参加したりはしないだろう。白雪さんにも欲しい情報でもあるんだろうか?
「ちなみに何か交換条件はあるのか?」
「あたしは知らないよ?ジャンヌと何か取引してたみたい」
いつの間に……というか抵抗はなかったんだろうか。直接会ったことは無いといっても、自分を狙っていた相手だろうに。
「……そっか。当人が納得してるならいいや。じゃあ、オレはこれからジャンヌさんと会う約束があるから」
「うん、そっちはよろしく!」
そう言ってまた敬礼する。マイブームなのかな。それはまあいいとして、あまり相手を待たすわけにはいかないし急がないとな。……その前にこれだけは言っておこう。
「一つ言い忘れたことがあった」
「ん?なーに?」
「……おかえり、理子さん」
ただいまには、おかえりを返さないと。
「……言うタイミング、外してない?」
そう言って彼女は、笑顔を見せてくれた。
情報科の一室、そこでジャンヌさんと待ち合わせている。ジャンヌさんは司法取引の条件の一つとして、この学校の情報科2年生という扱いになっている。設定としてはパリ武偵高からの留学生ということになっているが、実際のところは解放の条件として、そうすることを強制されているらしい。もっとも本人はそれも織り込み済みだったようだが。
待ち合わせ場所に着いたところで、中から話し声が聞こえた。ジャンヌさんと、相手は白雪さんだな、本当に抵抗は無いみたいだ。
ジャンヌさんが白雪さんを狙っていた理由は、優れた能力を持つ者を集めて競い合い、教え合うことで超人を作るという、イ・ウー内の目的のためらしい。誘拐しないで普通に教えて、って言うんじゃダメなんだろうか。
まあ、交換条件とやらもあるらしいし、2人の関係がそれほど険悪にならないのは良い事だ。そう思い、オレも中に入ることにする。
「悪い、少し遅れた……」
「――つまり盗聴、盗撮と言ったものは、相手の隙をつくことで効果を発揮するということだ」
「勉強になるよ、ジャンヌ。次はキンちゃんの情報……あ、黒野くん、こんにちわ」
なんの勉強だろうか。任務?そうだな、盗聴だの盗撮だのはきっと仕事に必要なんだろう。それ以外思いつかない、思いつきたくない。……これが交換条件というヤツか?確かにその辺りは、相手の情報を集めて行動を予測する『魔剣』の得意分野ではあるのか。
こちらの話の邪魔になると思ったのか、白雪さんがそそくさと帰る準備をし始める。
「続きはまた今度お願いね、ジャンヌ」
「いいだろう。次は証拠を残さずターゲットを連れ去る方法も教えてやる」
「……それを覚えて白雪さんは何する気なんだよ」
これは放っておいて大丈夫なヤツなのか?ターゲットって誰だよ。誰か連れ去る予定でもあるのだろうか。深く突っ込まないほうがいいのかもしれない。
白雪さんは出て行ってしまい、この部屋には2人だけが取り残された。とてもプレッシャーを感じる。
「……座れ」
「はい」
……怖いんだよな、この人。やっぱり根に持ってるのかな。
この前、初めて素顔を見せてもらった時は驚いた。銀髪でサファイア色の目をしたとてもキレイな白人さんだったんだから。ジャンヌ・ダルクの末裔というだけある。あまりに予想外過ぎて思わず『初めまして』って言った時はすごく怒られてしまった。
一緒に行動する以上はジャンヌさんともある程度良好な関係を築きたいものだが、その辺りは難航している。
「時間が無い。先に作戦の概要を説明する。質問は随時するがいい」
「……お昼ご飯食べながらでいいかな?」
「…………」
「我慢します」
ダメだ、無言で睨まれてしまった。おなか減ったな。
「……まず、『ブラド』については、全員の前で話した通りで理解できているな?」
「ああ、正真正銘の化け物で、基本的に死なないけど弱点があるって言う話だな」
理子さんを狙う変態ストーカー、『ブラド』。オニのような化け物で、120年以上前から生きているらしい。そして傷を負っても回復する力があるが、体にある4ヶ所の魔臓と呼ばれる弱点を同時に潰すと、その回復能力を無効化できる、と。……ゲームのボスみたいな、なんともファンタジーな存在だ。最初は信じられなかったが、ジャンヌさんも理子さんも嘘をついている様子は無かったので、最終的にはみんな納得した。
「そうだ、『魔臓』の位置は3ヶ所までわかっているが、残り1つの場所がわからない。そこがヤツを倒す上での障害となる」
「うん。その辺りは化け物退治チームに任せるけど、そこでオレがやることってあるのか?」
今日の用件はそこだ。化け物退治は他のメンバーに任せるとして、オレの仕事はなんだという話だ。
「1つは理子の護衛。『ブラド』の所在が掴めるまでの危険を防いでもらう。理子に直接つくのは私で、お前は周囲の警戒だ」
ブラドは、この学校に非常勤講師として勤務している小夜鳴先生が管理する館に出入りしている、というところまで判明しているらしい。当然、その小夜鳴先生も警戒の対象となるだろう。
ジャンヌさんもその点を考慮して、司法取引の条件である武偵高生になるということも受け入れた。計画通りといったところなのだろうか。
「まあ理子さんを相手が狙っているとすれば、もちろん必要だな。それでもう一つは?」
「魔臓の位置がわからないまま『ブラド』との戦闘が始まった場合、残り1つの魔臓の位置が特定できるまでヤツの攻撃を防げ」
「えぇ……」
オニのようなほぼ不死身の化け物相手に時間を稼げ、と?確かに倒すだけじゃなく、捕まえる必要があるからこそ、魔臓を潰して弱体化させる必要があるんだろうけど。
「……それオレ死ぬんじゃないの?」
「お前なら問題ないだろう。何とかしろ」
「えぇ……」
死んでも問題ないってことでしょうか。オレの扱い雑過ぎないか?相当恨まれているんだな。
「仕事はそれだけだ。受けるか?」
「……時間を稼ぐ方法をオレに任せてくれるって言うなら」
死にそうな気もするが、その役をやらなければ他の誰かが死ぬかもしれない。どうにか方法を考えなければいけないな。
そんな事を考えていると、満足そうな顔でジャンヌさんが言った。
「大した自信だ。期待しているぞ、『負けない武偵』」
「だから、それ知らないって」
オレにできることといえば防御して、逃げて、必死に考えることぐらいだ。その時点で負けているようなものだろう。
『報酬』もあることだし、依頼は受けることにした。相手は化け物らしいが、オレのやることは変わらない。誰も傷つけさせないために努力するだけだ。