緋弾のアリア 時を守る武偵   作:心はニート

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17.氷と銃

「ゲァバババハハハ!俺を檻にぶち込むときたか!どこのガキか知らんが大口叩きやがって!」

 

 オレが言った事がまるで不可能だと確信しているかのように、ブラドは笑う。

 ――確かにその通りだ。こんな化け物、オレがどうにかできる相手じゃない。というか攻撃するの理子さんとジャンヌさんだからオレが檻にぶち込むって言うの変な気がするな。

 

 

「……調子に乗ってすみませんでした……」

 

「せっかくキメたのになんでヘタレちゃうの……?」

 

「おっしゃる通り大口を叩いてしまったなと思って……さっきのセリフ理子さんが言ったことにならない?助けてくれ」

 

「ならないし助けて欲しいのはこっちだよ」

 

 ならないか……オレがあれを檻にぶち込むのか。あんな太い腕で殴られたら死にそうだ。防御すると言ってもまともに受けたら間違いなく大ダメージを食らうし、かと言って回避しては意味が無い。最低でもヤツの攻撃に一度接触して受け流し、相手の体勢を崩すまでやらなければ2人が攻撃する隙を作れない。……自分の無傷はあきらめよう。

 そして恐らくチャンスは一度きり。ヤツがこちらを舐めている間に倒さなければならない。こちらの狙いがバレて魔臓をかばうようになってしまったら、倒すのがより困難になる。

 交戦前に魔臓の位置がわかってしまったので足止め用の装備は持ってきていない。依頼終了しちゃったからな。悲観論で備えればよかった。加えて、あの化け物相手に筋肉や関節に損傷を与えるなんて芸当は出来そうもない。レキさんや『ヒステリアモード』のキンジならともかく、オレはそんなに器用じゃない。あいつ今回は来ないのか?

 

 良いところが1つもないな。結局のところ、この身とトンファーで何とかするしかないわけだ。……いや、一つだけあったかな。あまりやりたい方法ではないが、そうも言っていられない。

 

 もう1つの武器に気付いたところで、ひとしきり笑い終わったブラドがこちらを見る。

 

「ガキ共、作戦は立ったか?銀でもニンニクでも持って来い。俺はこの数十年の遺伝子上書きで、何もかも克服済みだ。まぁ……いまだに好きでは無いがな」

 

 出来ればもうちょっと待って欲しい。作戦は既にあるようだが、オレは知らない。ジャンヌさんに目配せすると、こちらの意図を読み取ってくれたようで小声で話す。

 

「この方法は理子と2人での非常用だ。元々不可能に近い」

 

「…………問題はリーチか威力か?オレが一発増やすから合図を」

 

「……わかった、任せる。理子は少し距離を取って両側、黒野は正面、私は脇だ」

 

 一瞬『できるのか?』と言う顔をされたが、任せてくれるようだ。

 

 2人での非常用で不可能に近い。それでも倒せる可能性があるという事は、手数は2人で一応足りるという事だ。おそらくは理子さんのあの力を使い、ジャンヌさんと合わせて5つの武器で魔臓を狙うといったところだろうか。

 だがあれは髪の長さ以上のリーチにはならないはずだ。理子さんがかなりブラドの懐に入らなければいけない。その上でヤツにナイフが刺さるとも限らない。確実性の無い、2人で戦わざるを得ない状況での非常用ということだ。

 そこでオレに確実性を足す役割が課せられた。ヤツの攻撃を防ぎ、隙を作った上で倒すという事だろう。確かにそれも可能かもしれないが、それに加えて手数を増やす方がより確実だ。理子さんの負担も減る。

 魔臓は、ブラドの体にある目玉模様のようなものの中心にあるらしい。理子さんが右肩と左肩の2つを撃ち、ジャンヌさんが右脇腹のを斬る。そして正面……口の中だ。これだけが外部から見えない場所にあった。そこがオレのターゲットだ。

 

 ……『小夜鳴先生』の顔が頭をよぎり、少し手が震えてしまうのは我ながら情けない。余計な事を考えてしまうからそうなるんだ。

 

 でも大丈夫だ。あれは『殻』で目の前にいるのは正真正銘の化け物。だからできる。

 

 今だけは感謝しよう、ブラドが化け物だった事を。人の形をしていなかった事を喜ぼう。

 

 集中しろ、いつもよりもっと深く。遠くの水一滴が落ちる音ですら聞き取れるくらいに。

 

 

 集中しろ、考えるな――――敵を撃つために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒髪の男は覚悟を決めて武器を手に取る。両手にいつも誰かを、自分を護るための真っ黒な棒状の盾を持つ。

 先ほどまでとは打って変わり、余裕は無い。それどころか追い詰められたように、何かに怯えるように構える。頼りのヒーローはきっと来ないという事を予感しているせいなのかもしれない。

 

 金髪の少女は過去と決別するために、敵を睨む。母の形見である青い十字架を手に取り、祈るようにその力を解放する。両手に銃を、操る髪に2本のナイフを持たせる。

 距離を保ちながら不意に自分に攻撃が向かって来た時のために武器で威嚇する。

 

 銀髪の少女は友を救うために、勝てるはずの無いと思った事さえある化け物に、大剣を持ち立ち向かう。

 男の腕を信用していないわけではないが、相手が悪い事を理解している。不可能だと判断した場合は即時撤退する事も視野に入れている。

 

 そして化け物――ブラドは笑う。自分が捕食者であり、人間は餌でしかないと考える彼の目には、この状況は滑稽に映っている。狼がネズミを警戒しないように、あまりにも無防備に立つ。自分が負けるなどとは微塵にも思っていないのだろう。銃も2丁しか見えない。自分の弱点を狙い撃つには足りないことが、さらに彼の油断を誘っていた。

 

 

 男は攻撃を誘うように、真正面からブラドに近づいていく。勝負は一瞬で決まるだろうと予測し、失敗すれば死ぬ可能性がある事もわかっている。それでもその歩みに迷いはない。2人の少女は囲むように左右に別れる。

 

 ブラドは一瞬、怪訝な顔をするが、目の前の男が自分を倒せるとも思わない。腕で払えば飛んで行きそうなほど身体能力に差があると見ただけでわかり、無警戒に右手を男に向かって横に振るう。

 

 

 ――その瞬間。ブラドの手は彼の予想以上に左に流れていった。当たったはずの拳は自分の意思に反して動き、そのままバランスを崩してしまう。同時に状況を理解した。自分の攻撃が、その動きに従うように回転した男に受け流されてしまったのだと。そして崩してしまったバランスを戻せないまま、あお向けに倒れこむ。

 

 油断した、それだけの事だ。あまりにも弱そうな、臆病そうなその男は、確かに真正面から戦えば負けるはずの無い人間だった。

 

「――今だ!」

 

 合図と共にそれぞれが撃ち、斬る。想定外の事態に呆けて口を開けていたブラドは構える暇すらなく、全ての弱点を潰されていた。

 ブラドが倒される前に見た光景は、いつの間にか右手の武器を銃に持ち替えた……感情の無い目をした男の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーなんとかうまくいって良かった、ギリギリだった」

 

「……ギリギリアウトだけどね。腕、ブラブラしてるよソウくん」

 

 一発で決まって良かった。左腕が痛い。今すぐに病院に行きたいところだが、後始末が残っているしな。この怪我は自分が未熟なせいで招いたものだ、かなり痛いけど我慢しよう。……いや、ダメだなこれは、どんどん痛くなってきた。超痛い。体中痛い気がする。しかし自分の腕とは対象にトンファーは折れていない。なんなんだろうなこの棒は。

 

「……まあオレの腕はいいとして、ジャンヌさんはさっきから何やってるのあれ。トドメ?」

 

「ブラドを氷で固めるんだってさ。力が入らないみたいだけど、いつ動き出すかわからないし」

 

 ブラドが倒れた直後からジャンヌさんが剣を構えて、少し溜めてから倒れているブラドに振り下ろしている。一応話には聞いていたが、彼女は氷を操る超能力者だったらしい。見るのは初めてだ。

 

「『オルレアンの氷花』――銀氷となって、散れ――!」

 

 ……結構全力でやってる気がするな。

 

「……ブラドが銀氷となって散りそうなんだけど放って置いて大丈夫なのか?死んじゃうんじゃないのアレ」

 

「たぶん大丈夫じゃないかな、ブラドなら」

 

「そうなんだ……」

 

 死んでも大丈夫って事じゃないよな?あれぐらいならたぶん死なないんだと思う。動きだされたら困るしあれだけ固めれば安心だろう。

 

 ブラドが完全に氷付けになったところで、キンジとアリアさんが戻って来た。

 

「終わったのかソウジ、やけに早いな」

 

「お前が遅いんだよ。てっきり良いタイミングで来ると思ってたのに」

 

「こいつ、ずっとバカキンジモードなのよ。あたし1人で戦ったようなもんだわ」

 

「……しょうがねぇだろ」

 

 アリアさんが不機嫌そうにキンジに言い、キンジもまた不機嫌そうに答える。……そうか、キンジは今回ヒステリアモードにならなかったのか。それなら良いか。

 

「やればできるじゃないかキンジ。今日は真面目に仕事してたんだな」

 

「……なんで褒められたのかわからんが、それよりお前その腕……」

 

 オレのブラブラしてる腕を指差しそう言うキンジ。そういえばさっきより痛いな……体中の痛みもはっきりしている。

 

「……ああ、そうだった。至急、救急車呼んでくれ。痛くて死にそうだ」

 

 

 そこからの記憶は無い。後から聞いた所によると、オレはその場で倒れたらしい。


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