武偵――それは凶悪化する犯罪に対抗するために新設された国家資格、『武装探偵』のこと。
武装を許可され逮捕権を有するが、任務に対して金銭などの報酬を求めるため、警察というより何でも屋寄りだ。
そんな『武偵』を育成する学校の1つである東京武偵高校に通うオレ、黒野ソウジは今日、2年生の始業式を迎える。
だが特別な日だろうと日課を欠かしたりはしない。むしろこういう気持ちが浮つくような日こそ、日課の座禅が必要なんだ。祖父から勧められてから、心を落ち着かせることができて集中力が上がっている気がする。
――ゆっくりと息を吐き出し、精神を統一する。外界の情報を意識せず、それでも無視するわけでは無い。自分の感覚に集中することで鋭くなっていくのがわかる。遠くの水一滴が落ちる音ですら感じ取れるような――
……ピン、ポーン
ん?……なんだ下の部屋か……いや、ダメだダメだ。こんなことで集中を解いてるようでは。じいさんがいたら叩かれているところだ
再び集中する。
そう、遠くの水一滴すら――
『キンちゃん!』
『その呼び方やめろって言ったろ』
『あっ……ご、ごめんねでも私キンちゃんのこと考えてたから……』
――下の部屋の会話ですら聞き取れるほど集中する。キンジの奴、朝からかわいい幼馴染みの白雪さんが来るとかうらやま、いやけしからん。オレもソウちゃんって呼ばれて身の回りの世話された……いやいや何を考えているんだ!煩悩退散!
ふう、落ち着くんだオレ、深呼吸しろ。キンジは特殊なんだ。あいつ以外の男は大体かわいい幼馴染なんていない。大丈夫だ、あいつが特殊でオレが普通なんだ。ほら、もう何も怖くない。オレはもうひとりじゃない。泣いてなんかいない。
再び集中する。いちいち反応するからいけないんだ。じいさんにも『お前は集中力が足りん!』と言われるわけだ。それでも一度没頭すると、集中状態のオレは自分でも驚くほどの力を発揮する。周りの動きが遅く見えたり気配の察知や攻撃に対する反応が早くなったり。
ほら、今だって遠くで落ちる水の――
『これ……作るの大変だったんじゃないか?』
『う、ううん、ちょっと早起きしただけ。それにキンちゃん、春休みの間またコンビニのお弁当ばっかりだったんじゃないかな……って思ったら、心配になっちゃって……』
『そんなことお前に関係ないだろ』
……ふう、やれやれだ。キンジ君たら朝から白雪さんに手作り料理なんてもらっちゃって。あまつさえ、その天使のご好意を無下にしようとするリア充鈍感クズ野郎なんだからもう。
だが別に嫉妬したりはしない。あのふたりはお似合いだと思うし、素直に祝福してやる。オレは大人なのだ。なんだか集中も切れてしまったしキンジの部屋に行くことにするか。
「ようキンジ、おはよう」
「おう、ソウ――」
「キンジ。朝から悪いが今からお前を全力でぶん殴る。歯ぁ食いしばれ。あ、白雪さんおはよう」
「いきなりなんだ?!」
「朝から清楚系美少女の手作り料理をおいしくいただくリア充野郎は制裁しなければならないんだ。大人しく殴られるが良い」
「理不尽だろ。これは白雪が勝手に持ってきたんだ」
「そ、そう!キンちゃんは悪く無……」
「あぁん?!理不尽はどっちだ!なんでお前にだけ嫁が『キンちゃん♪』とか言って勝手に料理持って来てくれるんだ?こんな世界間違っている!オレなんて幼馴染みすらいねぇんだよ?!」
「知るか!それに嫁ってなんだ?」
「よ、嫁!?……キンちゃんの妻……ふ、ふふっ」
部屋のテーブルには重箱にエビやら鮭やらのやけに高そうな食材がならんでいる。
白雪さんが作ったのだろう、さすが星伽神社の箱入りお嬢様だ。いいお嫁さんになるだろう、むしろお嫁さんにしたい。結婚してください。
しかしトリップしている白雪さんを見てわかるように、彼女はキンジにゾッコンだ。それはもうたまに怖いくらいに。いつもは大和撫子を体現したようなおしとやかな子なのだが、時たまこのようにどこかの世界に旅立ってしまう。
そんな彼女の愛情を受け止めるどころか迷惑そうにするキンジは1回殴った方が良いと思うんだ。なんか涙出てきたちくしょう。
「ちくしょう……オレも彼女欲しいよぉ…………この鮭食べて良い?」
「なんで泣いてんだよ。好きなの食え、さすがに食いきれん」
「ふっ……ふふ……妻……」
「うまいなこれ」
非情な現実に打ちのめされながらもなんとか気持ちを立て直し、愛妻料理のおこぼれをいただく。未だに妄想の世界から戻ってきてないけど、この子料理うまいな。
「さて、オレは先に行くぞ。ごちそうさまでした」
「えっ?あ、お粗末さまでした」
「なんだもういいのか。なんか用事でもあるのか?」
「いや、別にないけど……」
ここにはいられない――そう悟ったのだ。視界の端でキンジをチラチラ見つつ頬を染めながら、みかんを剥いている白雪さんがいたからだ。
それ、オレの分じゃないですよね?キンジのために剥いてあげてるんだろうね。ごちそうさま言うまでオレの存在忘れてたんじゃないか。泣いてるオレもいるんですよ?
「……白雪さんの愛はお前だけのものだ」
「く、黒野くん?!」
「何言ってんだお前」
いたたまれなくなったオレはそそくさとキンジの部屋を出る。あの空間にいたら心が荒んでいく。寮の近くから学校へ向かうバスも出ているが、今日は天気が良いので自転車で行こう。きっと自然がオレの心を癒してくれるさ。
オレが通う東京武偵高校は、レインボーブリッジ南方に浮かぶ南北およそ2キロメートル・東西500メートルの人工浮島にある。一般教育の他に武偵の活動に関わる専門科目を履修でき、科目は強襲科や狙撃科、探偵科など多岐に渡る。
最初はその多彩さにしり込みしたものだが、学科名の通りの事を学ぶので、どんなことをするのかはすぐ理解できた。
ゆっくり景色を眺めながらのんびりと自転車を漕ぐ。男子寮からだいぶ走り、学校が見えてきたところでふと空を見上げる。
今日は晴れ、春の陽気に照らされて気持ちの良い朝だ。暖かい風、道の草花、小鳥のさえずり、キンジの叫び声、全てがオレの心を癒していく。
特に最後の叫び声は、朝から幼馴染み同士のいちゃいちゃを見せつけられ荒んだ心を――ん?
何かが横を高速で通り過ぎて行った。
「…………??」
今、前を走っていったのは、確かいつもはバスで学校に行くハズのキンジが必死に漕ぐ自転車と、それに併走するように走る、たしか『セグウェイ』とか言う乗り物だ。
しかもそのセグウェイ、人が乗っておらず、変わりに短機関銃のUZIが取り付けられていた。
「……ははっ。なかなか派手な登校だな」
意外すぎるエクストリーム登校に理解が追い付かず、学科の第2グラウンドの方に走り去った2台を呆然と見送ってしまった。いったいどんな業を背負えばあんな特殊な状況に追い込まれるのか。きっと日ごろの行いが悪いんだろう、主に女性関連で。
「っと、笑ってる場合じゃないな、追いかけてやらないと」
恐らく何らかの事件ではあるのだろうと、走り去ってしまったキンジを追いかける。
武偵憲章の4条に『武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事』とあるが、さすがに目の前の危機を放っておくことは出来ないな。
とは言っても、速度が出ている自転車に今から走って追い付くのはキツいか。
「……あれ、アリアさんか?」
何とか自転車を目視出来る距離を維持していると、グラウンドの近くにある7階建ての女子寮の屋上に女の子が立っていた。
高校2年生にしては小柄すぎるシルエットにピンクの長い髪をツインテールにしている。遠目から見てもわかるその特長から、去年の3学期に転入してきた神崎・H・アリアさんだろうと当たりをつける。同じ強襲科なのですぐにわかった。
あんなところで何をしているんだろう、と思った次の瞬間にはすでに飛び降りていた。
一瞬驚いたがすぐにパラグライダーを開き、キンジに向けて降下した。どうやら助けるつもりらしい。
「……やっぱりすげぇな」
その救出劇は鮮やかだった。降下しながら2丁の拳銃でセグウェイを破壊し、そのままパラグライダーに逆さ吊りになってキンジを抱き止めた。
運転手を失った自転車はコントロールを無くし、よろよろと少し走ったあと――爆発した。
「っ?!爆弾か!!キンジとアリアさんは……!」
どうやら自転車に爆弾が仕掛けてあったらしい。アリアさんが何故あんな助け方をしたのかと思ったが、恐らく自転車が減速か停止かすると爆発する仕組みだったのだろう。それを避けるために自転車の勢いを殺さずにキンジを助けたのだ。
改めてその判断力と行動力に驚きながら、爆風で体育倉庫の方に吹っ飛ばされた2人のもとへ向かう。
「ん?なんだ?……!ウソだろ!?」
オレが体育倉庫に向かうのより速く、先ほどのセグウェイと同型と思われるものが7台も走っている。もちろん全てにUZI付きだ。
――ガガガガガン!
「くそっ!!」
体育倉庫の中に向かってセグウェイが斉射する。ふたりは無事なのか?
「キンジ!アリアさん!無事か?!援護する!」
「ソウジ?!わかった!お願い!」
ふたりに呼び掛けたが、返事があったのはアリアさんの方だけだった。防弾の跳び箱を盾にして応戦しているようだ。
キンジは無事か?姿の見えない友。援護するも、なかなかセグウェイに当たらない。次第に焦る。
なんとか追い払いうが、まだ近くにいる。きっとすぐに斉射を再開するだろう。……このままじゃジリ貧か。
どうしたものかと考えていると――キンジがアリアさんをお姫様抱っこして跳び箱から飛び出してきた。
「ちょっとの間だけ――お姫様にしてあげよう」
「な、なな、なに……?!」
「そこにいたか!ってお前この状況で『なってる』のかよ!?」
先ほどの朝食の時と別人かと思うほど、柔らかい微笑みとキザったらしい言葉を扱うキンジ。『ヒステリアモード』になったのだろう、なにやらかっこつけたことをアリアさんに言っている。
7台のセグウェイを前に余裕で拳銃を構えるキンジは、そのセグウェイ達の一斉射撃を全て上体を反らしてかわした。そして流れるようにUZIの銃口に弾丸をお見舞いし、一瞬にして全てを破壊してしまった。
『ヒステリアモード』のキンジはやはりすごい。と思うのと同時にオレの中には怒りが沸いていた。
――状況を整理しよう。まず『ヒステリアモード』についてだ。詳細は教えてくれないのでわからないが、どうやらキンジが性的に興奮すると『ヒステリアモード』になり、急激に戦闘能力、判断力などが向上するようだ。
つまりキンジは……いや、遠山キンジ容疑者はこの状況で欲情したということである。自転車に仕掛けられた爆弾に吹っ飛ばされ、UZI付きのセグウェイに攻め立てられながら、こちらの心配をよそにハァハァしてやがったのだ。
しかも状況的に、興奮を覚えた相手は一緒に跳び箱の中に隠れて密着していたアリアさんということになる。
アリアさんは……確かにかわいい。美少女と言って良いだろう。だが彼女は、彼女には失礼だが小学生と見紛うほど小柄で起伏に乏しい。
そんな彼女に何を感じたのか、何をしたのか……それによっては遠山容疑者に対する処遇も変わってくる。
キンジを疑いたくはないが、状況がそれを許してはくれない。あろうことか彼女の前でベルトを外し始めやがった。
何をする気だ、やめろ、しかしいきなりの展開に声が出ない。よく聞こえないが奴の言葉に真っ赤になるアリアさん。くそっどんな卑猥な言葉をかけやがった!確保しようと遠山容疑者に走りよる。
そして被害者であるアリアさんから決定的な言葉が発せられてしまった。
「あ、あたしが気絶してるスキに、服を脱がそうとしてたじゃない!そ、それに、む、む胸見てたあぁあああっ!これは事実!強猥の現行犯!」
「はい逮捕。キンジ、詳しく話しを聞こうか」
素早く確保に向かう。これは言い逃れできないだろう。これはダメです。
「……ソウジ、違うんだ。誤解なんだよ」
「ああ、そうだな。そうかもしれないな。詳しくは尋問科でな」
あの窮地を脱する為には必要だったのかもしれない。事実、『ヒステリアモード』のキンジのおかげでセグウェイを破壊できたのだ。
でもそれはそれ、これはこれだ。
「よしアリア、ソウジ、冷静に考えよう。いいか?俺は高校2年生だ。中学生を脱がしたりするワケ無いだろう?歳が離れすぎだ。だから――安心していい」
冷静に考えてどこにも安心できる要素が無いんだが、こいつは何を言っているんだ?歳が離れていると勘違いしていても、脱がしてない保証にはならないぞ。そういう趣味の人もいる。
アリアさんも納得できないのか両手を振り上げて怒っている。当然だ、実際は高校2年生だし。
「あたしは中学生じゃない!!」
「……悪かったよ。インターンで入ってきた小学生だったんだな。助けられたときから、そうかもなとは思っていたんだ」
「いやキンジ、お前もうしゃべるな」
どんどんドツボにはまっていくキンジと今にも爆発しそうなアリアさん。キンジ、小学生扱いはまずい。
というか『ヒステリアモード』になった以上、小学生かも、と思っていながら興奮してしまったということになるのだがそれは良いのか?
キンジの新たなロリコン容疑に問い詰めるべきか、と考えていると、アリアさんが銃を構えだした。
「こんなヤツ……助けるんじゃなかった!!あたしは高2だ!!」
「ま、待てっ!」
「お?」
何やら戦闘が始まってしまった。困ったことにアリアさんも『ヒステリアモード』のキンジも、オレよりもだいぶ強いので介入もできない。
……まあお互いに武偵だし、防弾装備もあるわけだから大事にはならないだろう。
強襲科では日常茶飯事くらいのものなので、ふたりの戦闘を黙って見てることにする。
そして思ったより戦闘は長続きせず、キンジが隙をついてさっさと逃げてしまった。つまらん。
「この卑怯もの!ソウジ何やってんのよ!あいつ逃げる!!」
「……逃げたところで同じ学校で、同じ学年だしすぐ見付かるだろ」
「そういうことじゃない!」
怒られてしまった。
怒り狂うアリアさんをなだめながらオレは、このキンジと彼女のイザコザはまだしばらく続くのだろうな、と何となく思うのだった。