「先生、あたしはアイツの隣に座りたい」
「な、なんでだよ……!」
「ブフォッ!」
朝のHRの時間になって先生が来てすぐに、去年の3学期から転入した子を紹介するというので誰かはわかったが、予想より早い再会とそのセリフに思わず吹き出してしまった。
たしかにすぐ見付かるとは言ったが、まさかアリアさんが同じクラスでさらにキンジの隣に座りたいと言うとは思わなかった。
そんな2人の、周りからみれば謎な関係性にノリのいいクラスメートたちは歓声を上げ、キンジの右隣に座っていた武藤剛気に至っては、
「良かったなキンジ!お前にも春が来たみたいだぞ!」
とか言ってアリアさんと席を代わることを快諾している。武藤は白雪さんラブだからその方が都合いいのだろう。先生も、
「あらあら最近の若い子たちは……」
などと何やら嬉しそうである。ふたりは決してそういう関係ではないのだが、盛り上がったこの場は止められない。みんな楽しそうで大変よろしい。
「キンジ、これ。さっきのベルト」
そして当のアリアさんといえば今の周囲の反応を知ってか知らずか、さらなる爆弾を投下してしまう。
さっきキンジに聞いたがアリアさんのスカートの留め具が壊れてしまっていたので、ずり下がらないようにベルトを貸しただけらしい。
ただ借りたベルトを返しているだけなのだが、ノリの良いバカが集まるクラスでそれは自殺行為だ。
「理子わかった!わかっちゃった!これ、フラグばっきばきに立っているよ!」
ガタッと席を立ち、口火を切ったのはキンジの左隣に座るバカ筆頭、峯理子さんだ。
ゆるいパーマの金髪をツーサイドアップにし、制服にフリルをつけるなど見た目はとても女の子らしくかわいいのだが、どこか残念なところのある子だ。けどかわいい。付き合ってください。
「キーくんは彼女の前でベルトを取るような何らかの行為をした!そして彼女の部屋にベルトを忘れてきた!つまりふたりは――熱い熱い、恋愛の真っ最中なんだよ!」
完璧な推理だ……!バカ騒ぎするにはこれ以上の推理は無い。さすが探偵科に所属しているだけはある。おかげでクラスのボルテージは最高潮に達する。乗るしかない、このビッグウェーブに。
「キンジがこんなかわいい子といつの間に!?」
「影の薄いヤツだと思っていたのに!?」
「朝一で白雪さんの手作り料理をもらっておきながら!武藤の気持ちも考えろ!」
「ちくしょう……なんでキンジばっかり!轢いてやるぅ!」
見事に連携を取り口々にキンジを追い詰めていく。武藤が泣いている気がするがオレのせいじゃない。
教室内がお祭り騒ぎになり、収拾がつかなくなってきたころ、予想外のことが起こった。
――教室に2発の銃声が響いた
一気に静かになる教室。顔を真っ赤にしたアリアさんが2丁の拳銃を持っている。
……これは悪ノリが過ぎただろうか。
「れ、恋愛なんて……くっだらない!」
アリアさんの剣幕に、いつもテンションが高い理子さんもおとなしく着席する。
「全員覚えておきなさい!そういうバカなことを言うヤツには――」
「――風穴あけるわよ!」
そんな朝の風穴宣言の後、特に何もなく一般教科の授業が始まった。この学校では別に発砲してはいけない決まりは無いというのが恐ろしい。
その後も何事もなく授業は進み、昼休みに入ったところで当然のごとく質問攻めに合っているキンジをよそに、理子さんが今朝のお祭り騒ぎの件で話しかけてきた。
「いやーさっきはびっくりしたねーソウくん。まさか撃つとは思わなかったよぉ」
「まったくですな。理子さんがノリノリで迷推理したからだ。反省しなさい」
「あー理子のせいにしたー!ソウくんもノってたくせに!ぶんぷん!」
ぶんぷんと口で言ってるあたりキャラを作っているのだろうが、違和感無くかわいいと思える。しゃべり方や仕草はあざといが、それがよく似合っているから文句も言えない。むしろ良い。付き合ってください。
「まあアリアさんが何考えてるかはわからないけどねぇ。わざわざ隣の席に座る意味はなんだろ」
「くふふっ。だからぁふたりは熱い、熱い……」
「ストップ。また撃たれるぞ」
そんな冗談を言い笑いあってから、お互いに昼休みに用事があるということでその場で別れた。彼女は基本的に誰にでもあんなノリで明るい子だ。このクラスのアイドルになるだろう。
朝から騒がしい事件が起こり少し疲れたオレは、全ての授業が終わったところでまっすぐ家に帰って一息ついていた。今は夕食を食べているところだ。
「……さすがオレ、素晴らしい腕だ」
自分でご飯を作り自分でそれを食べる。オレには勝手にご飯を作ってくれる幼馴染も彼女もいないのだからしょうがない。ひとり寂しく自画自賛していると、下の部屋で今朝と同じように来客あったようだ。
ピンポーン
また白雪さんだろうか?朝夕2回来るとか完全に通い妻だな、うらやましい。さっさと付き合っちまえば良いのにと思う。
ピンポンピンポーン
ピポピポピポピピピピピピピンポーン
「うるせぇ!」
あんまりにも連打するのでさすがにうっとうしくなり、思わず言ってしまった。窓開けてたせいかいつもより音が大きい。
これは白雪さんじゃないだろうな、彼女はおしとやかな子だ、きっとこんなことはしない。
そう思いながら迷惑な来客とキンジに文句を言うために階段を降り、キンジの部屋に行くことにする。
部屋の前には誰もいなく、留守だと思って帰ったのか、部屋の中にいるのか。どっちにしろ文句の一つでも言いたい気分のオレはドアの前まで行き、インターホンを押そうとした。
と、そこで中から話し声が聞こえた。
『あんたここ、1人部屋なの?』
特徴のある声なのでアリアさんだとすぐわかった。何の話をしているのか?というか今朝の今で、すでに部屋に来るとかキンジのフラグ立てスキルはどうなっているのだろう。オレの部屋なんか女子が来たことすら無いのに。
悔しい気持ちもあるが、僻んだところでしょうがない。オレは大人なのである。
理子さんの迷推理もあながち間違っていなかったのかもしれないな。個人的には白雪さんとくっついて欲しかったがそれはキンジの問題だ、アリアさんとうまくいくことを願ってやろう。
がんばれよ、キンジ――
「――キンジ。あんた、あたしのドレイになりなさい!」
「進展早すぎだろ!!」
思わずドアを開けてツッコんでしまっていた。これはしょうがない。いきなり主従プレイとか最近の若者どうなってんの?怖い!オレ君たちが怖いよ。なんか涙出てきた。
「…………」
「…………」
「…………」
長い沈黙が訪れる。驚きの表情で固まるアリアさん。なんでお前いんの?みたいな顔で固まるキンジ。何故か泣いているオレ。
「……キンジ。お疲れのところ悪いが今からお前を全力でぶん殴る。歯ぁ食いしばれ」
「またかよ?!」
「今日初めて出会った女の子を部屋に連れ込んだあげくいきなり主従プレイを始めるドM糞野郎は制裁しなければならないんだ。大人しく殴られるがよい」
「勝手に入ってきたんだ。俺のせいじゃない」
「黙りやがれ違法フラグ建築士が!何をどうやったら今日会った転入生が『ドレイになりなさい!』とか言いにくるんだ?突貫工事でラブコメ突入してんじゃねぇよ!」
「知るか!俺だって何がなんだかわからん」
「?な、なんなのよ……」
何がなんだかわかっていないような顔でいるアリアさん。いや、あなたの発言のせいなのだがどうしてそんな顔をしているのでしょうか。
「ちくしょう……なんでキンジばっかり…………お茶飲んで良い?」
「情緒不安定だなお前。適当に飲めよ」
「……よくわからないけど、あたしもコーヒー飲む。エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ。砂糖はカンナ」
「了解、お嬢様。少々お待ちを」
「お前絶対わかってないだろ」
「なめるなよキンジ。余裕だ」
そんなものインターネットで調べればすぐだろう。まずエスプレッソってなんだろうか?ルンゴとドッピオ?誰だよお前ら有名な人?
そうして四苦八苦しながらようやくエスプレッソっぽいコーヒーができ上がった。
「あら、割りとよくできてるじゃない」
「恐れ入ります」
「マジで出来るのかよ……それで奴隷ってなんだ?どういう意味だよ」
なんとか飲み物を入れて落ち着いたオレ達は、さっきの問題発言の意図をアリアさんに聞く。
それにしても奴隷に奴隷以外の意味があるのだろうか?R18的な話しじゃないの?
「強襲科で、あたしのパーティに入りなさい」
どうやら違ったようだ。しかしどうしてそれが奴隷になりなさいになるのか、普通に頼めば良いだろうに。
少しわくわくしていたが期待外れの話のようなので早々に引き上げることにする。
「じゃ、オレ帰るわ。あとは2人でごゆっくり」
「お前何しにきたんだ?ていうか帰るな。こいつと2人きりにしないでくれ」
「夕食の途中なんだ。悪いが構っている暇は無い」
食器を片付けて帰る準備をする。早く帰らなければせっかく腕によりをかけた夕飯が冷めてしまう。そういえば何しに来たんだっけ?
「一応、ソウジも候補に入ってるから」
さあ帰ろうかというところでアリアさんが意外なことを言ってきた。え?ドレイ候補になってるのオレ。
「それはありがたい話だけどなんで?オレはしがないBランクだけど」
「この前の模擬戦でだいたいあんたの実力がわかったわ」
「……?あの時は逃げ回るのに精一杯だった。だからそれが決め手だと言われてもな」
「逃げ回れたからよ。あたしの攻撃、全部捌いてたじゃない。並の動きじゃないわ」
確かに反射神経はよい、というか集中すると周りの動きが一瞬ゆっくりに見える時もある。日ごろの精神統一の成果だろう。
「ふっ、ばれてしまったか。そう、強襲科の秘密兵器とはオレのことよ」
「変わり身早いな」
やれやれ、実力者とは目立とうと思わなくても注目を集めてしまうらしい。はっはっは良いんですよ?パートナーにしてくれても。
「でもソウジは攻めが全然ダメね。あれじゃ犯罪者の強襲逮捕なんてできないわ」
「……そんなはっきり言われると……まあ、一応連絡先渡しとくよ」
そう言って自分の部屋にもどる。いや、別にパートナーになりたかったとかそんなんじゃない。そんなんじゃないから。
その後も下から怒鳴り声やら悲鳴やらチャイムやら聞こえた気がするが、しばらくすると静かになった。きっとアリアさんも帰ったんだろう。
――わかってはいた。自分が『撃てない武偵』なんて呼ばれてるのも知ってるし、演習してて亀だなんだとヤジられるのはしょっちゅうだ。
でも、武偵は自分も、誰かも、そして犯罪者ですら護らなきゃいけない。
『武偵法9条 武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない』
日本で決められた法律だ。
だったら――だったら攻撃しなければ良い。実弾を撃つ銃も人が斬れる剣も使わなきゃいい。なんでわざわざ相手を殺してしまう可能性が高い武器を使わなきゃならないんだ?人を殺すことを禁じるなら、『攻撃』では無く、非殺傷の武器で『制する』術を考えるべきだ。
犯罪者が凶悪だから?生半可な武器じゃ対応できないから?
それなら……それなら殺人犯でさえ 殺してはいけない なんてキレイ事を――
そこまで考えてハッとする。オレは何を考えていたんだろう、こんなの武偵の考えじゃない。それに、攻撃『できない』やつが何をえらそうに。オレは相手を制する格闘に秀でているわけでもない。オレが言うことには重さも何も無い。
オレはノロマな亀、『撃てない武偵』だ。それでいいじゃないか。誰かを護り、自分を護って生きていけば良い。犯罪者の強襲逮捕とかは、アリアさんとかそういう荒事が得意な人がやればいい。適材適所というヤツだ。
犯罪者を護るのは……きっと誰かがやってくれるさ。
翌日、朝一で今日も日課の座禅を組む。何故か今日は集中状態になかなか入れなかった。しかし時間をかければいつだって入れるんだ。
徐々に深くなっていく。半目を開けつつもどこも見ない。意識を失わずに何も考えない。没頭していく――
『バカキンジ!ほらさっさと起きる!』
『何すんだ!この……』
………………え?……うん?いやいや、聞こえるわけ無いだろう、うん。朝一で来客があったような気配は無かったし。
まずいな、今日は調子が悪いようだ。うまく集中できないし幻聴も聞こえる。いかんいかん。下の部屋でドタバタと振動や音が聞こえるのもキンジが1人で踊ってるんだろう、おかしなヤツだな。
――ふう、深呼吸だ。いつものようにやれば良い。集中するんだ、風の音でも聞こう。今日の風はかなり弱い、それでも集中すればどれだけの強さか、どこから吹いてるのかさえわかるはずだ。
そう、どんなに微弱な風だって――
『登校時間をずらすぞ』
『なんで?』
『なんでも何も、この部屋から俺とお前が並んで出てってみろ。見つかったら面倒なことになる』
……はっはっは確かにその通り、この男子寮から女連れで出ていったらウワサになるよな。正しい判断だよキンジ。
なるほど、そういうことなら手助けしてやろう。何、心配いらないさ、オレにまかせとけ。とりあえずキンジの部屋に行こうか。
「よう、キンジ。おはよう」
「!?ソ、ソウジ!!」
「……キンジ、朝から悪いが今から」
「わかってる!さすがに俺もこれはどうかと思う。わかってるから殴ろうとするな」
認めるということはつまり
「つまりなんだ?あの後お2人は親睦を深めて一緒にお泊りになった、と。2人は昨日お知り合いになられたんですよね?はっはっは、手なんか組んじゃってもうキンジ君たら女たらし糞野郎なんだから」
「深めてない!よく見ろ!しがみつかれてるんだっ!は……な……せ!」
「やだ!逃がすもんか!キンジはあたしのドレイだ!」
「おやおやお熱いことで。邪魔しちゃ悪いから先行くな。お幸せに!」
いつまでもじゃれあっている微笑ましい二人を置いて先に学校に行くことにする。置いて行くなとか助けてくれとか聞こえたがきっと気のせいだろう。
「――と言うわけだよ理子さん。これが今朝の出来事だ」
「うぉーー!!キーくんってばだいたーん!」
学校についてすぐに理子さんに報告した。なにやらキンジとアリアさんの仲が気になるようで、オレの話に興味深々だ。
「いやまさかキンジがなー。オレは白雪さんだと思ってたのに」
「俺は良いと思うぞ!応援しようぜ!!」
いつの間にか話に混ざっていた武藤がとてもうれしそうに言ってきた。キンジとアリアさんがくっついたからと言って白雪さんがお前になびくわけではないとは言わないほうが良いか。なんか幸せそうだし。
アリアさんがこのクラスに入ってから話題に事欠かない。しばらくは退屈しなくて済みそうだ。
それから数日たったある日教室で、何か疑いの眼差しをこちらに向けながらキンジが話しかけてきた。いったいどうしたと言うのだろう。親友とも言えるこのオレに向かってそんな目で見てくるなんて……心当たりがありすぎる。
「……アリアファンクラブとかいうところで、俺とアリアが付き合っていることになっているらしい。理子からそう聞いた」
まさかオレがその情報を流したとでも言うのだろうか、心外だ。
「へー。アリアファンクラブの人には、アリアさんがキンジの腕にしがみついて一緒に部屋から出てきたという嘘偽り無い事実しか話してないけど、どこから付き合っているなんて話になったんだろうな?」
「やっぱり情報元はお前か。いいか、アリアは俺の部屋に無理矢理泊まったんだ。自分のパーティーに入るって言うまで泊まるってな」
「……キンジ、アリアさんがいくら子供っぽいからって、そんな駄々っ子みたいな理由で泊まったなんて言われて信じられると思うか?」
そんなまさか、さすがにすんなり信じることはできない。あるとしても、話込んでいて夜になったから仕方なく泊まった、ぐらいの話だと思っていた。
「それが本当だ。なんとか追い出そうとしたんだが暴れられてな。それに昨日だって俺を待ち伏せして、わざわざ猫さがしの依頼に一緒についてきた」
確かに昨日は強襲科の授業には出ていなかった。探偵科のキンジの方に行ってたわけだ。
「そりゃパーティーのメンバーってのは重要だけど、なんだか必死だな。なんでそんな強引な手で勧誘してくるのか聞いたのか?」
「聞いたが武偵なら自分で調べろの一点張りだ。理子にもアリアの調査を依頼したが、アリアがすごい奴だって言うこと以外わからなかった」
アリアさんがすごい人だと言うのはオレも聞いたことがある。『
しかしその辺りの表面的な情報は調べようと思えばすぐ調べられる、ありふれた情報だ。そこから彼女の行動理由を察することはできないだろう。
「……で、アリアさんは今日も泊まるって?」
オレの問いにうなだれるようにキンジが頷く。そんなに嫌なんだろうか。
しかし、気の毒には思うがこれはキンジの問題だ。手助けしてやらんことも無いが決めるのはキンジ自身じゃなくてはならない。
――そう、
それを決める大事な問題なのだ。