バスジャック事件の後、アリアさんとオレ、そしてキンジで今回の事件について資料の整理をしていた。
事件現場を担当した者の視点としてまとめた資料を、今回の捜査を担当する理子さんを中心とした探偵科チームに報告書として提出するのだ。
「なんで俺までやらなくちゃならないんだ」
「お前チャリの時も今回も被害者だろ?同一犯っぽいからまとめた方が楽なんだよ」
キンジがだるそうに言う。むしろこういうのは探偵科よりの仕事じゃないだろうか。
まあこいつは武偵自体を辞めようとしてるわけだからそうなるのも仕方ないかもな。だが、少しイラッとした顔をしたアリアさんはキンジに言いたいことがあるようだ。
「文句言ってないでさっさとやりなさい!犯人は『武偵殺し』なんだから同一犯に決まってるでしょ、ヤツを追うの!」
「俺は犯人を追うつもりは無い。それに武偵殺しは逮捕されたハズだぞ、アリア」
「それは真犯人じゃないわ、誤認逮捕なのよ」
確かにキンジの言う通り、武偵殺しは逮捕された。だがアリアさんの方も、今回の事件は『武偵殺し』だと言う。何か確証があるんだろうか。
「誤認逮捕ね……そういえばアリアさんはバスジャックの時に『ヤツの』電波をつかんだ、って言ってたな。前から追っていたのか?」
「ええ、ヤツが車とか爆弾を遠隔操作するための特殊な電波を割り出したの」
「なるほど、じゃあ実際に操作していたのが『武偵殺し』だとは限らないわけか。真犯人を知っているわけじゃないんだろ?」
「違う!武偵殺しなの!あたしにはわかるわ」
同じ電波を発しているからといっても、模倣犯が偶然か故意に同じものを使ったかもしれない。今捕まっている人が『武偵殺し』では無いと言える根拠にはならない。
ところがアリアさんはそれでも譲らない。
「そこまで言うならその他に、今捕まっている『武偵殺し』が誤認逮捕だという証拠があるのか?」
「…………」
「?どうしたアリア」
証拠の有無を聞くと黙りこんでしまった。しかし証拠が無いわけではなく、言うべきか迷っているように見える。
しばらくして意を決したようにアリアさんは言った。
「……教えるべきか迷ってたのよ。今捕まっているのは――あたしのママなの」
「「な?!」」
「誤認逮捕だっていう証拠は無いわ。それどころか犯人はママだっていう証拠は不自然なくらいある」
「それは……」
母の無実を信じている。……それだけでは無く他にも疑う余地があるようだが、確かにアリアさんが信じる理由にはなる。彼女がいつも焦っている様な、必死な様な気がするのにも関係あるのかもしれない。
「悪かった、少し無神経だったな。……アリアさんが誤認逮捕だと信じる理由はわかったし、オレも信じたいと思う。でも」
「わかってる!……証拠がないもの」
「……うん、残念だけど」
「アリア……」
空気が重くなる。
証拠が無いのなら誰もアリアさんの母の無実を晴らすために動きはしないだろう。だからこそ彼女は自分で追っていたのだ、『武偵殺し』の電波を。
だからと言って、今はどうすることもできない。できるのは奴の事件をまとめて、探偵科に報告するくらいだ。本物だろうと模倣犯だろうと、比べてみれば今後の対策くらいは見えてくるだろう。
とりあえず仕事を進めねば、と『武偵殺し』の過去の事件と今回の事件を照らし合わせる。
――『武偵殺し』が起こした事件とされているのは2件。今回と同じような手口でバイクジャックとカージャックで武偵を襲った。……ん?これだけ?武偵殺しだなんて騒がれている割には2件だけか。いや、充分重い罪ではあるが、その2件だけで捕まったとするならニックネームをつけられるほどだろうか?
と、そこで別の資料に目が止まる。……可能性事件?なるほど、要は証拠は無いが『武偵殺し』の仕業である可能性が有る事件、ということか。
いくつかある可能性事件によって、武偵が狙われているというウワサが立ち、それが発展して仮に『武偵殺し』という名前がつけられた、というところか。
とすると、表に見えている事件よりこっちの方が案外手がかりが――?!
「どうしたソウジ?何かあったのか?」
「ソウジ?」
「…………」
固まってしまったオレを心配するように見てくる2人。だがあまりの衝撃に少しの間答えることができなかった。
「……キンジ、さっき犯人を追うつもりはないって言ったよな?」
「あ、ああ」
「追わなきゃいけないかもしれないぞ……お前のために」
「?どうしたって言うのよ」
そう言ってキンジに資料を手渡す。
「なんだ?これ」
「武偵殺しが関わった可能性のある事件だ。見てみろ」
「いったいそれがなんだって言うんだ?……っ?!な、なん、で……?」
「何だってのよ。あたしにも教えなさい!」
『2008年12月24日 浦賀沖海難事故 死亡 遠山金一 19歳』
「…………兄、さん……?」
「え?」
「ああ、そうだ。お前の兄さん、金一さんが亡くなった
クルージング船の事故だった。金一さんは乗員乗客を全て避難させ、そのせいで逃げ遅れたことになっている。通常なら金一さんは英雄扱いされてもおかしくは無い。だがクルージング会社が訴訟を恐れ、金一さんをスケープゴートにし、マスコミもそれにのって彼を非難した。曰く、『船に乗り合わせながら事故を未然に防げなかった無能な武偵』、と。そして遺族のキンジにもその矛先は向かった。そのせいで心に深い傷を負い、キンジは武偵をやめると言うようになった。
ふざけた話だ。関係者一人づつ呼んで制裁を加えてやりたい。
顔が凍りついたような、青ざめた顔をするキンジ。無理もない、キンジにとっては一番のトラウマかもしれない。ここでこの事故を掘り返すのは酷だろうが、それでも必要なことだ。
「キンジのお兄さんが……まさか」
青ざめた顔のままうつむくキンジを、気遣うように見るアリアさん。そして少し間が空いて、顔を上げてキンジが口を開いた。
「……おかしいとは思っていたんだ。あの兄さんが逃げ遅れた、あの優秀な兄さんが、ってな。でも……いろいろあってその事故を避けてた。本当のことを考える余裕なんてなかったんだ」
「キンジ……」
「違和感はずっとあったんだ。でも、確かに武偵殺しに邪魔されたとしたら……あの
「落ち着けキンジ。って言っても無理だろうがな」
青ざめていたキンジの顔が怒りで赤くなる。兄のこととなると、とたんに冷静でいられないのはそれだけキンジの中で金一さんの存在が大きかったのだろう。こいつにとっては憧れの『
だが熱くなっているキンジとは対照的にアリアさんは浮かない顔をしている。
「その事故では……武偵殺しの電波が感知されていないの」
「……兄さんの事故は武偵殺しと関係ないって言いたいのか?」
「そうかもしれない。でもあたしの考えは違うわキンジ。ヤツは電波を流す必要が無かったのよ」
「どういうことだ?」
「あたしが拾っている電波は、さっきも言ったけど、爆弾とか車とかを『遠隔操作』するためのものなの」
「――!そ、そうか!遠隔操作する必要が無かったんだ!じゃあ武偵殺しは船内にいたのか?!」
「……キンジの『違和感』を信じるなら、キンジが言ったように金一さんを武偵殺しが邪魔したということか、確実に仕留めるために直接。だから結果的に逃げ遅れてしまった」
優秀な兄が逃げ遅れるハズがないというキンジがずっと感じていた違和感。キンジがようやく納得できたような顔をしてうなずいている。
「まあ、この事故がシージャック事件だったっていう仮説の上での推理だけどな。けど、キンジも金一さんの死に疑問を持っていて、アリアさんも遠隔操作以外なら電波を感知することができなかった。そこは間違いないよな?」
「ああ」
「そうね」
証拠の無い、推理というより推測だが、こう考えれば武偵殺しの次の目的が見えてくる。手がかりが無い状態から手繰り寄せた一本の糸。とことん考えてみるべきだろう。
「だとするなら、引き続きこの線で考えてみよう。奴の目的が見えてくるかもしれない。――最初にチャリジャック以前の犯行を時系列でまとめると、まずいくつかの可能性事件。事件としては小さく、また証拠もないため報道はされていない。だが武偵殺しが関係していると思われるものだな」
「次はバイクジャック、その次はカージャックね。『武偵殺し』の犯行として報道されているのはこの2件だけよ」
「そしてシージャック、兄さんの事件か。ここでいったん武偵殺しの犯行は終わる。アリアの母親が代わりに捕まり、武偵殺しは捕まった、と報道されたわけだ」
そう、ここまでが世間的に武偵殺しの犯行とされるもの。武偵殺しが起こす事件はひとまず無くなったんだ。
「……だがまた武偵殺しと思われる事件が発生した。キンジのチャリジャックだな。まるでキンジ爆発しろとでも言うようにピンポイントで狙われた」
キンジ爆発しろは心のそこから同意できるが、物理的にやるのはダメだろう。もしかして武偵殺しはキンジのリア充ぶりに嫉妬して犯行に及んだのか?なかなか過激な制裁だ。
「なんで俺なのかはわからんが、不自然だ。あれだけの事件を起こしながら、なんでリセットして俺だけを狙った?」
「リセット……確かにそうね。だんだん大きくなる事件が最初にもどった感じがするわ。そして次がバスジャック、また大きくなってる」
「……偶然、か?いや、それにしてはあからさまだな。金一さんの事件を境に――」
と、そこまで言ってハッとして顔を上げると、3人同時に目が合った。それだ!
「チャリジャック以前の目的は兄さんだったんだ、だから直接兄さんの妨害をした!そしてその目的が達成されたから、そこで一度終わったんだ」
「そして活動を『最初から』また始めた。……これは、武偵殺しのメッセージか!新しい標的を定めたんだ」
「その標的っていったい誰のことなの?次はその人を直接狙うんでしょ?!」
そうだ、問題はそこだ。新しい標的が、順当に行けば次あたりでバスより大きい乗り物をジャックされ、その標的である『武偵』が狙われるかも……ん?
「……その答えはもしかしたら最初に出ていたのか?」
「わかったの?」
「最初に?どういうことだソウジ」
「最初から標的を定めていたのだとしたら、行動を操れる武偵が1人いるじゃないか。そもそも武偵殺しは世間的には捕まっていて、誰も本当のヤツを追おうとしてない。わざわざスケープゴートとして
「おい、それって!」
「……あたし?」
たどり着いた、のか?ヤツの目的に、この頼りない推測で。武偵殺しが最終的な標的を定めているとすれば、その標的を誘導するために何らかの策を使ったはず。それが、アリアさんのお母さんの逮捕なのか。
「ママの冤罪を晴らすために動いている武偵はあたしだけ。……っ!あたしはヤツの手のひらで踊らされていたって言うの?!」
「落ち着きなってアリアさん、何も証拠はないんだ。見当外れの可能性だってあるし」
「ああ、でもつじつまが合う。アリアは心当たりないのか?バスより大きくて、次かその次に狙われそうな乗り物だ」
もし本当に狙いがアリアさんなら次のジャック対象も決まるかもしれない。
キンジに問われたアリアさんは一瞬だけ考えるように俯いたがすぐに答えた。
「飛行機……!ロンドンに帰るための飛行機があるわ!」
「ハイジャックか!!」
「おいおい、本当に心当たりあるのかよ……っていうかアリアさん帰るの?」
「ロンドン武偵局が早く帰って来いってうるさいのよ。もともとそんなに長く滞在するつもりじゃなくて、飛行機ももう予約してあるんだけど、キャンセルしようと思ってたの。武偵殺しも捕まってないし、まだキンジの見極めも終わってないから」
ロンドン武偵局がそう言うのはアリアさんがあっちで活躍していたからだろう。彼女が日本に来た理由は武偵殺しかパートナー探しかだろうが、そのどちらも中途半端で帰るわけにはいかないというのもわかる。
「キャンセルした方がいいだろうな。アリアを狙っているなら尚更だ」
「まあ、もともとそのつもりだったなら、狙われていてもいなくても問題ないか」
狙いをそのように仮定するなら、アリアさんが乗りさえしなければハイジャックされないだろう。もともとキャンセルするつもりなら何の問題も無い。良かった良かった。
それなのにアリアさんは考え込むようにしている。……嫌な予感がするな。
「キャンセルはしないわ」
「ああ……そうなるのか」
「アリア?!何を言ってるんだお前!」
「確かに!あたしが乗らなければハイジャックされないかもしれないけど、そうとは限らないじゃない!最悪なのは誰も機内でヤツに対応できないことよ!」
「……そりゃ武偵殺しの狙い通りに行かなくて、それでも予定通りにジャックするとかヤケになって暴れるとか、もともとが愉快犯的な動機だとかあるだろうけど。それを考え出したら……」
「武偵憲章第七条!悲観論で備え、楽観論で行動せよ!可能性があるなら備えるべきよ」
武偵殺しが武偵を狙うと言っても一般人に手を出さないとは限らない。嫌な想像だが
けどアリアさんを標的と仮定した話なのに、それを根本から否定するような考えはどうなの?この考えに従うなら、アリアさんが乗らない方が安全な可能性が高いだろう。
でも別の可能性がある以上……無視するわけにはいかないのか。
「それに、これはチャンス。ヤツはこっちが狙い通りに動いてると思ってる。油断してる今なら逮捕できるわ」
「無茶なことを言うな。仮にそれができたとして、他の乗客はどうするつもりだ?」
「航空会社にハイジャックの可能性があるって警告するわ。あたしとロンドン武偵局の名前を出せば動くはずよ」
そう言ってすぐに電話しだす。そうと決めたら行動が早いあたりは見習うべきなんだろう。
しかし、動くはずよ、か。さすがは高名な貴族の上、二つ名持ちのSランク武偵、スケールが違うな。オレが同じように電話しても絶対に相手にされない自信がある。
それにしてもなんだか大事になったな、ただ探偵科への報告書作成のために来たのにどうしてこうなった。
「……大丈夫か?」
「……ああ、さすがに堪えた。まさかこんなところで兄さんの事故と向き合うことになるなんてな……でも――」
そう言ってキンジがため息をつく。どこか決意したような、そんな目で言葉を続ける。
「いつかは向き合わなきゃいけなかったんだ。そして……真実が今まで思っていたものと違っているとしたら、俺も武偵殺しを追いたい。……俺はまだ、武偵だからな」
「おお、珍しくやる気だな」
良かった、とは言えないがあの事故以来死んだ目をしていたこいつの目に、少しばかり光が戻った。
その一方であまり交渉がうまくいかなかったのか、電話を荒々しく切り、憮然としているアリアさんがいた。
「なんなのよもう!そんな不確定な情報じゃ客に言えないって!!危機感が足りないわ!」
「いや、そりゃそうでしょ。乗客何人いるか知らないけど、確証もないのにキャンセルとかはできないって」
「それでどうなったんだ?アリア」
「……一応、そういう可能性があるってことで護衛の同行を許可されたわ、少数だけ。あたし達はハイジャックがあった時のもしもの戦力として動くの。何かあったら報酬も出すし、機内の警備も自由にしていいって。……何かあってからじゃ遅いのに!」
まあ、それで充分だろう。あるかどうかもわからない事件にしては、むしろ良識的な判断だ。
「……ところでアリア、もしかして『あたし達』に俺は入ってるのか?」
「当然でしょ」
「そうだぞキンジ。がんばって来い」
「あんたもに決まってるでしょ!」
話の流れからしてそんな気はしてたが、やっぱりそうなってしまうらしい。いやいやもうここはプロに護衛頼みましょうよ。
「えぇ……アリアさんとキンジは因縁あるけどオレは無いし。依頼も無いのにそんな」
「じゃあ依頼。あたし達と一緒に来なさい。護衛よ、報酬出すから」
「えぇ……SランクとかAランクの人連れてけば良いのに。それかプロの護衛雇えばいいじゃないか。いっそ会社の株買ったら?株主の言うことなら聞くかもしれないじゃん?って言うかアリアさん乗らなくてキンジと他の誰か乗せれば解決じゃん?」
「お前何気に最低な事言ってるぞ」
「つべこべ言わない!そんなことしたら武偵殺しに対策されるでしょ!少数精鋭よ。ここにいる人間だけで対処して、外に情報を漏らさないの。それに、あたしについて来れそうなのは今のところキンジだけだけど、あんたにも期待はしてるんだから」
期待しないでいただきたい。確かに護衛なら得意分野だけど、そこまで実戦経験があるわけじゃないんだ。
「いつの間にオレの評価上がったの……もうやだキンジも何か言って」
「確かにソウジがいれば盾になるから良いな。武偵殺しも銃や剣を使うかもしれない」
「もうやだお前嫌い……なんでやる気マンマンなの?」
「……俺にとってこの推理が見過ごせないからだ。別に武偵を続けるつもりになったとか、そういうんじゃない。ただ……もし本当に兄さんを殺したのが武偵殺しなら……ヤツだけは俺の手で!」
キンジが燃えている。少し前まで報告書作成すらめんどくさがってたのに燃えている。金一さんが関わってるかも知れないとわかったとたんに現金なやつだ。
「あたしだってママの冤罪を晴らせるならどこへだって行くわ。……キンジ。これが約束の、最初の事件になるのね」
「どんな大きな事件でも、とは言ったが本当に大事件だな」
「約束は守りなさい?あんたが実力を見せてくれるのを楽しみにしてるんだから」
「俺はEランクの武偵でブランクもある。全力でやるが期待しすぎるなよ」
2人がそう言って笑いあう。……もう止められないか。
「……2人がそんなにやる気になったらオレも頑張るしかないな。でも、これでハイジャックされなかったら笑えるな」
「笑い事で済むならそれでいいだろ。イギリスの旅行ガイドでも買っておくか?」
「バカなこと言ってないの!絶対ヤツを捕まえるのよ!!」
結束が固まったような気がするオレ達。果たして武偵殺しは本当に現れるのだろうか。